80話-3、百パーセント当たる占い、もとい予言

 夜の帳が下りた温泉街の大通りに、酒が気持ちよく回り、顔が赤く火照った千鳥足の妖怪達が闊歩かっぽし出した、夜の七時五十分頃。


 全ての支度を終えた花梨とゴーニャ、女天狗のクロ一行いっこうは、待ち合わせ場所である『秋国山』へ続く橋を目指し、真っ直ぐな足取りで向かっていた。

 すれ違っていく店先にぶら下がった、提灯の温かな光が、温泉街の大通りを纏う闇夜を払い。行き交う人々の眠気を飛ばし、活力を与えている中。

 その、活力の光を余す事無く吸収している花梨とゴーニャが、遠くに居る妖怪の注目さえ集めかねない、大きな腹の虫を同時に鳴らした。


「あ〜、お腹すいたぁ〜……」

「私もぉ〜……」


「あれ? 花梨さん方、妖狐神社で焼き芋を沢山食べたはずじゃ?」


 荷物を持っている両手を後頭部に回し、姉妹の隣を歩いている、女天狗の夜斬やぎりが不思議に思いながら言う。


「二十本ぐらい食べましたけど、準備をしている段階で全部消化しちゃいましたぁ〜……」

「私もぉ〜……」


「そんなに食べてたんですか!? 花梨さんならまだ分からなくもないですが、ゴーニャさんまで?」


「花梨と同じペースで食べてたから、たぶんそのぐらい食べたと思うわっ」


「はあ〜……、すげえ」


 花梨ならともかく。ゴーニャの小さな体のどこに、二十本もの焼き芋をねじ込めるのか疑問に思い、目を丸くして言葉を崩す夜斬。

 更に横に居た八葉やつはも、同じ事を思っていたようで。驚愕している目を、上下に動かしながらゴーニャの体を眺めていた。

 そこから、誰がどの料理をどれだけ食べられるかという話が始まり、八葉と夜斬が標準的な量を答え。クロが五、六倍以上の量を言って二人を驚かせるも。姉妹がとんでもない量をあっけらかんと言い、八葉達を唖然とさせては、クロが笑いを飛ばしていく。


 そんな腹の虫を誤魔化す会話に花を咲かせていると、いつの間にか一行は、目的地である橋に到着していた。

 橋の脇には、既に到着している妖狐、雪女の集団がおり。反対側には、カマイタチの癒風ゆかぜくだん未刻みこく、化け狸の釜巳かまみ、座敷童子のまとい達が居る。

 花梨達一行は、とりあえず纏達が居るグループに歩み寄り、花梨が「纏姉さーん!」と大声で呼び掛けた。


「花梨、それにゴーニャも、昼振り。クロ達も来たんだ」


「よお、纏。お前も大食らいだから、食べ物を沢山用意してきたぞ」


「本当? わーい」


 無表情ながらも、手を上下にピコピコと動きして喜んでいる纏を見て、クロがワンパクそうな笑みを送る。

 その見飽きないやり取りを、花梨は微笑みながら眺めていると、不意にジーパンを引っ張られた感触がし、視線を下へ滑らせていく。

 下がった視線の先。ゴーニャと同等程度の背丈で、身長に見合わない着古した大きな赤茶のローブを身に纏い、草鞋を履いた人物がちょこんと立っていた。


「あなたは確か……。八吉やきちさんの結婚式に居た、未刻みこくさん?」


 花梨の注目を集めると、未刻と呼ばれた少女が、ローブから覗かせているミステリアスな口を、ニコリと笑わせる。

 そして、右手に持っていたメモ帳に何かを書き始め、数秒して書き終えると、メモ帳に書いた文字を花梨に見せつけた。


「はい、そうです。『丑三つ時占い』を受け持ってる、未刻と申します。花梨さん達の噂はかねがね伺ってます。よろしくお願いします! か。そうなんですね! こちらこそ、よろしくお願いします! で、この子が〜」


 ここぞとばかりに花梨は、こちらの様子をうかがっていたゴーニャに手をかざす。


「妹のゴーニャです」


「秋風 ゴーニャです。よろしくお願いしますっ」


 待ち構えていた事もあってか。噛まずにスラスラと自己紹介したゴーニャが、ペコリと頭を下げる。頭を上げると、周りの人に粗方声を掛け終えたクロが、「おっ」と反応した。


「未刻じゃないか。花梨、こいつの占い、もとい予言はすごいんだぞ?」


「占い、予言?」


「ああ、なんせ予言だからな。簡単にしか教えてくれないけど、百パーセント当たるんだぜ?」


「百パーセント!? すごっ! まるで夢のような占いじゃないかです」


 決して外れず、己の未来すら的中させるであろう占いと聞き、半信半疑ながらも自分も占われてみたいと思い始める花梨。

 占い内容を精査していると、未刻が花梨の足をちょいちょいと突っつき、両手でメモ帳を開いた。


「不定期で、真夜中の二時から三十分だけやってます。気が向いたら、是非お越し下さい? げっ、に、二時? 爆睡してるだろうし、起きれないなぁ……」


「店の名前が丑三つ時占いだからな。丑三つ時にだけやってるってワケさ」


 荷物を八葉達に持たせ、代わりに纏を抱っこしていたクロが、絶望に打ちひしがれて項垂れた花梨に補足を入れる。


「店名に、そんな意味が……。クロさんは占った事あるんですか?」


「いや、まだ無いな。何回か行った事はあるけど、どの日もやってなくて、あくびをしながら帰ったよ」


「な、なるほど。占えるまでの道のりは、一筋縄ではいかなそうですね」


 二人の会話を、ローブの奥底に隠れている目で追っていた未刻が、こっそりと『ふっふっふっ』と書いたメモ帳を提示した。


「むう。そうやって不敵に笑われると、せめて一回は占われたくなってくるなぁ。開店日は教えてくれないんですか?」


 意地になってきた花梨が質問をすると、未刻はサラサラと新しい文字を書き、花梨に見せる。


「すみません、企業秘密です。あまり占い過ぎると、私が死んでしまいますので。えっ、死ぬ?」


くだんっつーのは、予言を残して死んじまう妖怪なんだよ。だからこいつは極力喋らないで、すっげー曖昧な予言を占いとしてやってて、生きながらえてるってワケさ」


「へ、へぇ〜……。じゃあ未刻さんは、命を懸けて占いをやってるんですね。……んっ?」


 流れるがままに相槌を打ったものの。クロの声ではない別の誰かの声だと気づき、遅れて違和感を持つ花梨。

 顔をきょとんとさせてから、声がした方へ振り向いてみると、そこには中指で黒縁メガネのズレを直しているぬえが立っていた。


「鵺さんっ、お疲れ様です!」


「よう、お前ら。ここに居るって事は、お前らも酒天しゅてんに誘われたんだな」


「はい、そうです。花見と聞いて最初は、えっ? ってなっちゃいましたけど、楽しみにして来ました」


 かつて、同じ会社で働いていた良き後輩も居ると知り、鵺は楽し気に口角を上げ、腕を組む。


「よしよし。お前らが居るんなら、今日は大いにはしゃがねえとな。しっかしよお、こんな所に桜があんのか? 酒天しゅてんから詳しく聞いたけど、にわかに信じられねえぞ?」


 花梨と同じように、未だに信じられない様子でいる鵺が質問を投げ掛けると、隣で会話を聞いていたクロが「ああ」と割って入り、『秋国山』に向かって指を差した。


「秋国山のちょうど向こう側に、酒天が植えた四季桜があるんだと」


「ほーん。お前は行った事があんのか?」


「いや、場所は知ってるけど、花見自体は行った事が無いな。だってほら……」


 何か後ろめたそうな反応を示したクロが、鵺に詰め寄り、チラチラと花梨に横目を送る。その意味がありそうな横目に、全てを察した鵺が「ああ〜」と言いながら二度頷いた。

 そのままクロの肩に手を回すと、体ごとグイッと引き寄せ、ニヤニヤしている顔をクロに近づけていく。


「そういやクロ。学生ん時のあいつ、どんな感じだったよ?」


「なんだあ、鵺。知りたいのか?」


 愛娘の子供時代を語れるチャンスが到来し、クロは親心が溢れる笑みを浮かべる。


「あったりめえだろうが。よし。この花見が終わったら、ちょっと居酒屋浴び呑みで二次会といこうぜ」


「ああ、いいぞ。だが、覚悟しとけよ? 私ののろけ話は長いぞお?」


「全然構わねえ。オールで付き合ってやんぜ」


「よしきた。なら、お前の会社で働いてた時の話も聞かせてくれ。かなり興味があるからな」


「任せとけ。可愛い部下の話を、呆れるまで語ってやらあ」


 今宵の楽しみが増えると、二人は凛とした表情ながらも、どこか子煩悩が垣間見える微笑みをする。

 片や愛娘、片や愛する部下のどこから語ろうか考えている最中。花見をするメンバーが全員集まったのか、酒天の「みなさーん!」という、元気が溢れている声が二人の思考を遮った。

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