80話-2、誘い誘われ帰路道中

 一行いっこうが焼き芋に舌鼓したつづみを打ち初めてから、約一時間後。

 さり気なく仕事をサボっていたかえでに不服を持ったみやびが、楓の頬を引っ張っている光景を見送りつつ、姉妹は帰路に就く。

 夕闇色が移った鳥居を抜け、温泉街の大通りに出ると、最後の焼き芋を大事そうに食べているゴーニャが、手を繋いでいる花梨に顔をやった。


「花梨っ。待ち合わせの時間まで、かなり時間が空いてるけど、これからどうしょうかしら?」


「そうだねぇ。お花見には誰でも誘っていいみたいだから、皆さんに声を掛けながら帰ろっか」


「そうなのねっ。なら、まといに電話しとこっと」


「じゃあ私は、神音かぐねさんにメールを送っておこうかな」


 八咫烏の神音かぐねが、今は仕事中かもしれないと考えた花梨は、ポケットから携帯電話を取り出し、メールを打ち出す。


「え〜っと、お疲れ様です。夜の八時から女性だけでお花見をやるんですが、神音さんもどうですか? っと。よし、送信」


「うん、わかったわっ。それじゃあ、後でね。バイバイっ」


 どうやら話がついたらしく、肩に掛けているショルダーポーチに携帯電話をしまったゴーニャが、「花梨っ」と続ける。


「纏も来るって」


「そっか、よかった。そういえば纏姉さん、昼からどこかに行っちゃったけど、どこに居るの?」


「今は『薬屋つむじ風』にいるみたいよっ。薙風なぎかぜにマッサージされてるみたいで、すごく気持ちよさそうな声を出してたわっ」


「へえ〜、薙風さんのマッサージかぁ。私も今度やってもらおうかな?」


 いつもマッサージ機に揉まれる度に、悲痛な呻き声や奇声を発する花梨が、人差し指を唇に添え、わずかな残紅が散らばった夜空に視線を仰ぐ。

 次の休みにでも、やってもらおうと心の中で決めた矢先。神音からメールの返信が来たようで、携帯電話からメールが来た事を知らせる音が鳴った。


「おっ、返信が来たかな。どれどれ……。ありゃ」


「もしかして、ダメそう?」


 声色で全てを察したゴーニャが、花梨に問い掛けると、花梨は残念そうな表情をしながら携帯電話を閉じ、ゴーニャに苦笑いを送る。


「店員さんが一人休んじゃってるし、書き入れ時でお店から離れられないってさ」


「むう、残念だわっ。けど、一番忙しい時間帯だし、仕方ないわね」


 焼き鳥屋八咫やたで二度働いた経験があり、その時間帯の忙しさを実際に体験しているゴーニャも、神音に同情しながら口を尖らせた。


「だねぇ。ゴーニャも、てんやわんやしながら働いてたもんね」


「うんっ。日中はそうでもないけど、夜からが大変なのよ。休憩する暇がなくて、お皿を洗ってる時が一番落ち着けたわっ」


「なるほど。店内に居ると、ずっと接客してないといけな―――」


「花梨ちゃん達ーー!!」


「んっ?」


 ゴーニャの苦労話に相槌を打っている最中。どこからともなく、夕闇を振り払う声が割って入ってきた。

 その聞き慣れた声がした方に、花梨はきょとんとしている顔を移す。移した視線にあるは、提灯の灯りに照らされた大通りを行き交う妖怪達。

 その中に、手を振りながらこちらへ向かって来ている、雪女の雹華ひょうかの姿も混じっていた。


雹華ひょうかさん。お疲れ様です」

「お疲れ様っ、雹華っ」


 姉妹が先に挨拶を交わすと、目の前で来た雹華も応えるように、柔らかな笑みを浮かべた。


「こんばんは、二人共。電話をしようかと思っていたんだけど、ちょうどよかったわ」


「電話ですか?」


「ええ。二人共、夜は暇かしら?」


「夜……」


 雹華の誘いを匂わす話に、返答に困って言葉を濁す花梨。が、ある程度の予想を立てて「あの〜」と口を開いた。


「もしかして、酒天しゅてんさんの件ですかね?」


「ああ、そうそう。その様子だと、花梨ちゃん達にも電話が来たみたいね」


「はい。先ほど酒天さんから電話が来まして、行きますと答えました。それじゃあ、雹華さんにも電話が来たんですね」


「ええ。もちろん、私達雪女も行くわよ。花梨ちゃん達も来るなら、今夜は楽しくなりそうね」


「あらぁ、私も誘おうと思っていたのにぃ〜。残念だわぁ〜」


 予想が見事に当たり、安心した束の間。更に第三者のねっとり声が割って入ってきた直後。

 「ギニャアアアアーーーッッ!!」という、夕闇を裂くゴーニャの断末魔が後を追い、やまびことなって温泉街中に木霊していった。


「ゴーニャ!? いったいどうしふぉぉあああああーーーっっ!!」


 慌てて振り向いた視界の先、ゴーニャが映るかと思いきや。視界一杯にあるは、不気味な闇に染まり、つり上がった口角が恐怖を煽る、ろくろ首の首雷しゅらいの笑み。

 花梨にとって、畏怖の権化とも言える顔を認め。瞬間的に放たれた絶叫は、未だに響いているゴーニャの断末魔を塗り替えていく。


「あらぁ、最高のリアクションをありがとう〜。一日の疲れが取れたわぁ〜」


「こ、こえぇっス……。暗いのも相まって、余計にこえぇっスよ、首雷しゅらいさん……」


「夜は、私達妖怪の時間だからねぇ〜。けどぉ」


 お得意様から理想的な反応を貰えたものの、やや不満が残っているのか。首雷は標的を変えるかのように、顔をグルンとゴーニャの方へ向ける。


「ンニャッ!?」


「ゴーニャちゃん、今日は気絶してくれなかったわねぇ〜」


「……ちょ、ちょっとだけ、にゃれて、きた……」


「まぁ、慣れてきちゃったのぉ〜? それじゃあ、新しい驚かせ方を考えておかないとぉ〜」


 片や、青ざめた顔をもっと青ざめ、涙目になりながらガタガタ震えている妹。片や、闇夜に溶けていくような、クスクスと笑い声を発するろくろ首。

 その傍らで、更に体を身震いさせていた花梨は、無きに等しい勇気を振り絞り、カチカチ鳴っている歯を食いしばった。


「ひょ、ひょっとして、首雷さんも来るんですか?」


「そうよぉ〜。でもぉ、流石にお花見をしてる時はぁ、花梨ちゃん達を驚かせないから安心しなさい〜」


「そ、そうですか。本当に安心しました……」


 嘘はついてないと判断した花梨は、心の底から安堵し、口から恐怖心のこもったため息を吐き出す。

 もう怖がらないと悟ったようで。ニタリと笑った首雷は「それじゃあ、また後でねぇ〜」と言い、伸ばしていた首を戻し始め、顔が『着物レンタルろくろ』の店内へ吸い込まれていった。


「うふふっ。首雷ちゃんったら、相変わらずね」


「はぁ〜……、怖かった。結構見てきたのに、まったく慣れないや」


 恐怖の権化が居なくなり、ようやく体の震えが収まった花梨が、涙目のゴーニャを慰めるべく抱っこする。


「首雷さんも誘われているみたいだし。酒天さん、大体の人には声を掛けているのかな?」


「そうね。最低でも、温泉街に居る人達には声を掛けているはずよ」


「やっぱり。それだと私が誘えるのは、あと二人ぐらいかな?」


 そう呟いた花梨の頭に思い浮かんだのは、仕事仲間であり、友達と言える仲にまでなった、女天狗の八葉やつは夜斬やぎりの顔。

 が、神音と同様、仕事中である可能性が高く、誘う前から早々に肩を落とした。


「人数制限は特に無いから、どんどん誘っちゃいなさいね」


「分かりました。それでは!」

「び、びゃいびゃい……、ひょーかぁ……」


 まだ手を振る事すらままならず、目を泳がせに泳がせているゴーニャと、いつの間にか恐怖心が抜けていた花梨は、雹華に手を振りながら極寒甘味処を後にする。

 そのまま着物レンタルろくろの店先で、ごく普通の人間姿をした首雷も見送ると、花梨はゴーニャの頭を撫で、体をギュッと抱きしめた。


「しっかし、よく気絶しなかったね。かなり成長したじゃんか」


「そんな事ないわっ。ギリギリ意識を失わなかったけど、大声で叫んじゃったもんっ」


「叫ぶのは仕方ないよ。たとえ、来るのが分かって身構えていても、あの顔を見たら結局は叫んじゃうだろうなぁ」


 先の反省を交え出した姉妹は、対首雷用防御法を考えながら話し合い、永秋えいしゅうが目の前にある丁字路に到着する。

 永秋の入口付近まで来ると、花梨は抱っこしていたゴーニャを地面に降ろし、人の出入りが途絶えぬ入口へと入っていく。

 脱いだ靴を空いている靴箱にしまい込むと、まずはクロと合流しようと考えた花梨は、長蛇の列を成している受付を通り過ぎていった。

 そして、手が空いていそうな女天狗を見つけると、花梨は周りの様子をうかがいつつ近づきていき、「あの、すみません」と声を掛けた。


「はい、なんでしょう……。あ、なーんだ、クロの愛弟子達じゃんか。どうしたのー?」


 最初は接客的対応をしてきたものの。花梨達だと認めるや否や、口調を崩した女天狗に、花梨は、ま、まだ、その設定生きてたんだ……。と、口元をヒクつかせる。


「クロさんは、どこに居ますかね?」


「クロ? あいつは厨房で何か作ってるよ」


「厨房ですね。ありがとうございます!」


「いえいえー」


 手をヒラヒラと振り、ワンパク気味な笑みを飛ばしてくる女天狗に一礼し、メインフロアにある厨房を目指して歩き出す。

 赤いふわふわの絨毯が敷き詰められている、二階に続く中央階段付近まで来ると、和と中の匂いが入り乱れる食事処へ顔を移す。

 すると、厨房で機嫌が良さそうな表情で、菜箸で何かを盛りつけをしているクロを見つけ、小走りで食事処へ向かっていった。


「クロさーん」


「んっ? おっ、花梨か。後で電話をしようと思ってたんだが、ちょうどよかった」


 クロからデジャヴを覚える返しが来たせいで、花梨はやんわりと苦笑いをした。


「えっと。もしかして、酒天さんの件ですかね?」


「そうそう。なんだ。その様子だと、もう誘いは受けたみたいだな」


「はい。つい先ほど、酒天さんから電話が来たので、ゴーニャと一緒に行きますと答えました」


 予想が当たり、花見の誘いを受けた事まで伝えると、クロは口角を緩く上げた。


「そうか。なら、今日の花見は楽しくなりそうだな。弁当を沢山作ってるから、期待しながら待ってろよ?」


「本当ですか? やったー!」

「クロ、クロっ、みんなで一緒に食べましょっ!」


「ああ、もちろんだ。それと―――」


「クロさーん。新しい卵焼きが出来上がりました」

「こっちもです。唐揚げ揚がりました」


 誘おうとしていた者が来ると知り、嬉々と話を続けようとしていたクロの会話に、二つの声が重なる。

 声がした方に顔を向けると、そこには誘おうと思っていた女天狗の八葉と夜斬がおり、各々卵焼きと唐揚げが盛られた大皿を持っていた。


「おっ、ありがとよ」


 二人がクロの近くに皿を置くと、対面に居る花梨達の姿を認めた八葉が、「花梨さん達じゃないですか、お疲れ様です!」と声を掛ける。そのハキハキとした八葉の挨拶が飛んだ方へ、夜斬も顔を持っていった。


「花梨さん、ゴーニャさん、お疲れ様です。よかった、電話する手間が省けました」


 流れるように話し始めた夜斬の言葉に、今日三度目のデジャヴを感じる花梨達。

 最早、予想すら立てずに答えが分かり、全てが後手に回ってしまった花梨は、「あっはははは……」と苦笑する事しか出来なかった。


「八葉さんと夜斬さんも、酒天さん主催のお花見に来るんですね」


「あれ? なんで分かったんですか?」

「ですです。クロさんに誘われました。花梨さん達も誘うから、是非にと」


「お前ら、仲が良いからな。私が先に誘っといたんだ。しかし、よく分かったな」


 出来立ての卵焼きと唐揚げを、特大の重箱に盛り付け始めたクロが、不思議そうに言う。


「妖狐神社から帰って来る間に、同じ事が何度もありましたからね。みんな誘っているらしいので、もしかしたらと思いました」


「なるほど。じゃあ、お前も別の奴らに誘われたってワケか」


「そうですね。私も色んな人を誘おうと思っていたのに、全部先回りされちゃいました」


 そう明かした花梨が後頭部に手を回し、不燃焼気味にから笑いをする。

 そして、やる事が無くなり暇になった姉妹は、クロ達の手伝いをするべく、食欲を刺激する匂いが立ち込めている厨房に入り込んでいった。

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