80話-1、季節外れなお誘い

 ひつじ雲がぷかぷかと浮かぶ群青の空が、眠る準備をするべく茜色に変わり始めた頃。

 花梨とゴーニャ、仕事をサボっている妖狐のみやびは、夕方色に染まりつつある妖狐神社で焼き芋を食べていた。


「くう〜っ! この焼き芋もホックホクで、はちみつみたいな甘さだ。んまいっ!」

「花梨っ。こっちの焼き芋は、持ったら形が変わるほど柔らかいわっ」


 花梨、ゴーニャ共に九本目の焼き芋を食べ進めるも、各焼き芋ごとに個々の感想を言い合っては、瞬く間に完食していく。

 最早慣れ切った様子でいて、六本目の焼き芋を綺麗に割り、ねっとりとした甘さを放つ湯気の匂いを嗅いだ雅が、にんまりと笑う。


「おー、この焼き芋当たりだー。見て見て二人共ー、これほとんど蜜みたいになってるよー」


「どれどれ? うわっ、本当だ。中が琥珀色になってるや」

「匂いも甘くて、今まで食べた中で一番おいしそうだわっ」


 姉妹の理想的な反応が嬉しくなり、狐の尻尾をご機嫌に揺らした雅が焼き芋を頬張ると、垂らしていた狐の耳をピンと立てた。


「あっま! ちょっと二人共、これ上げるから食べてみなー。もうすっごいよー」


「いいの? ありがとう! んっ?」


 雅から琥珀色の焼き芋を受け取るや否や。ポケットに入っている携帯電話から、着信を知らせる音が鳴り出した。

 ひとまず貰った焼き芋をゴーニャに渡し、携帯電話を取り出して画面を見てみると、『酒天しゅてんさん』という文字が記されていた。


酒天しゅてんさんからだ。この時間に珍しいなぁ、なんだろう?」


 不思議に思いつつも、花梨は発信ボタンを押し、携帯電話を左耳に当てる。


「もしもし、秋風です」


『お疲れ様っス、花梨さん。酒天っス!』


「酒天さん、お疲れ様です! 珍しいですね、この時間に掛けてくるだなんて」


『いつもは夜遅くに掛けてるっスからねー。今、何をやってるっスか?』


「今ですか? 妖狐神社で焼き芋を食べています」


『焼き芋! いいっスねー。妖狐神社の焼き芋って、すごく甘くてあたしも好きなんスよー』


「ですよね! もう手が止まらなくて、九本食べちゃいました」


『あっははは、相変わらずの食べっぷりっスねー。で、花梨さん。この後、予定とかあるっスか?』


「予定ですか? いえ、特にありませんよ」


『おおっ、そうっスか! なら今夜、あたし主催で花見を開くんスけど、花梨さん達も是非来ないっスか?』


「えっ? 花見?」


 あまりにも季節外れな誘いに、花梨は眉間に浅いシワを寄せ、目を軽く細めた。

 現在、現世うつしよの季節は、真冬真っ只中の十二月。隠世かくりよは隠世で、季節は永久的に変わらず、どこを見渡せど紅葉の山々が連なっている秋。

 なのに対し、酒天が言い放った『花見』という現状出来るワケがない誘いに、花梨は多大なる違和感を覚えた。


「花見って、どこでやるんですか?」


『『秋国山』の外れでやるっス。紅葉と桜が舞う中で飲む酒は、これまた格別なんスよー! 今日は女子の部でやりますので、花梨さんが知ってる方々も沢山来る予定っス。どうっスか? 来ないっスか?』


「秋国山? あの山に桜なんてありましたっけ?」


『実は、あるんスよ。秋国が始まって間もなくなんですが、知人から四季桜の苗を大量に譲り受けた事がありまして。それで、こっそりと植えてみたところ、全部スクスク育っちゃったんス』


「酒天さん、やる事が意外と大胆ですね……」


『えへへへへ。良かれと思い、つい弾みで。それで、どうっスか? もちろん、クロさん達も来るっスよー』


「へぇ〜、クロさんも来るんですねっ」


 愛する人でもあり、母親となってくれた人の名前が出てきて、それが決定打となったのか。思わず心が弾み出す花梨。


「あのー、私も誰か誘っても大丈夫ですかね?」


『ええ、もちろんっス! どんどん誘っちゃって下さい!』


「分かりました! それじゃあ、ちょっと待ってて下さい」


 そう一言断りを入れた花梨が、携帯電話を耳から離し、ゴーニャへ顔を向ける。


「ねえゴーニャ。酒天さんからお花見のお誘いがあったんだけど、ゴーニャも一緒に行かない?」


「お花見って、桜を見ながらご飯を食べる事だったかしら?」


「そうそう。私達が知っている人達や、クロさんも来るんだって。みんなで花見とか、絶対に楽しいよ」


「クロも来るのねっ、じゃあ私も行くわっ!」


「よし、決まり!」


 早々に話が決まると、次に花梨は、頬をばつんばつんに膨らませている雅へ顔を移す。


「雅、雅も花見に行かない?」


『話は聞いてたけど、かえで様に聞いてみないと分かんないなー。こう見えても私、まだ仕事中だしねー』


「そ、そういえばそうだった……」


 初めは姉妹だけで妖狐神社へ訪れ、参拝をしたり出店を回っている最中。ごく自然に雅と合流し、そのまま共に行動していた事を忘れていた花梨が、顔を引きつらせていく。

 が、天狐の千里眼は全てを見通していたらしく。花梨は、いつの間にか雅の背後に忍び寄っていたかえでを認めてしまい、更に顔を強ばらせた。


「雅さん、早く焼き芋を飲み込んだ方がいいよ」


「なんでー? ……あっ、うん。分かったぁ」


 一度は聞き返してくるも、花梨の全てを物語っている表情を見て、己が置かれている現状を察した雅が、喉をゴクンと鳴らして飲み込んだ。

 その間に花梨は後ろを向き、背後から木霊する「ンギャァァアアアアア!!」という絶叫を聞きつつ、携帯電話を再度耳に当てる。


「それじゃあ酒天さん、私達も花見に参加させて下さい」


『了解っス! それでは夜の八時までに、秋国山のふもとにある橋に来て下さいっス!』


「橋ですね、分かりました。それでは!」


 集合場所と時間を覚えると、花梨は通話が切れた携帯電話をポケットにしまい込み、絶叫が空を裂いていた背後へ体を戻す。

 移り変わった視界の先には、伸び切っている両頬から湯気を昇らせて、痙攣しながら地面に突っ伏している雅。そして、すぐ隣で妖々しい笑みを浮かべ、ちゃっかりと焼き芋を頬張っている楓が立っていた。


「どうやら今の電話は、酒天からのようじゃな」


「お疲れ様です、楓さん。はい、そうです」


「そうか。なら、お主らを誘う手間が省けたわ」


「と言う事は、楓さんも花見に行くんですか?」


 花梨の的を射た質問に、楓が新しい焼き芋を取りながらうなずく。


「さっき、ワシにも電話が掛かってきての。雅とお主らを誘おうと思っていたんじゃよ。ついでに、他の仲間達にも声をかけるつもりじゃ」


「ワーイ、ヤッタァー……。グフッ……」


 仕事をサボっていた罰を受け、地面に突っ伏していた雅が、最後の力を振り絞って反応するも力尽き、そのまま黙り込む。


「他の妖狐さん達も来るんですね。それじゃあ、結構な人数になりそうですね」


「うむ。他の奴らも、各々仲間を連れて来るからの。毎回かなり賑やかになるぞ」


「そうなんですね。楽しみだなぁ」


「毎回って事は、頻繁にやってるのかしら?」


 会話に入ってきたゴーニャが、雅から貰った琥珀色の焼き芋を半分に割り、大きい方を花梨に渡す。


「いや、年に二、三回程度じゃ。四季桜の開花具合を見て、酒天がいつ開催するか決めていての。前は確か、五月頃に行われたか」


「五月……。そういえば前に花梨から教えてもらったんだけど、桜って三月か四月ぐらいに咲くのよね?」


「普通の桜はの。四季桜は、主に四月と十月頃に二度咲く桜じゃが、ここの四季桜はちょっとひねくれていての。満開になる時期がバラバラなんじゃよ」


「そうなのねっ。ここがずっと秋だから、桜もいつ咲いていいのか、分からなくなってるのかもっ」


「あっははは。確かに、そうかもしれないね」


 ゴーニャの可愛げな考えに相槌を打ち、琥珀色の焼き芋を口に運び、「んっはぁ〜、甘いっ!」と唸る花梨。


「そうじゃな。四季が巡らないから、流石に桜も困惑するか」


「そういえば。なんでここって、ずっと秋のままなんですかね?」


「さあの、ここに居る誰もが知らぬ。たぶん、『竜田姫たつたひめ』でもおるんじゃないかの?」


竜田姫たつたひめ?」


 聞いた事のない名前に、花梨は顔をきょとんとさせる。


「簡単に言うと、秋の女神じゃ。もしかしたら、この温泉街に入り浸っているかもしれぬぞ?」


「秋の女神、ですか。隠世かくりよって、神様も居るんですね。すごいなぁ」


「あくまでワシの予測じゃ。あまり気にするでない」


 真に受けられても困るので、ひとまず念を押した楓は立ち去る様子を見せず、新しい焼き芋を手に取った。

 数分してから雅が意識を取り戻すも、楓は一向に仕事に戻る事はなく。結局、四人で一時間以上も焼き芋を食べ続けていた。

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