80話-9、娘を愛する二人の親バカ(閑話)

 欠けた月が隠世かくりよをぼんやりと照らしている、夜中の十二時前。


 茨木童子の酒天しゅてんが主催したお花見は、ほぼ何事も無くお開きとなり。夢現ゆめうつつを抜かしている者達が、各々片付けを済ませ、帰路へと就いていく。

 未だに酒が抜けていなく、へべれけ状態を維持していて、ぬらりひょんを決して離そうとは花梨達も、千鳥足で永秋えいしゅうへ帰ったものの。

 花梨は支配人室へ着くや否や、そのまま寝落ちしてしまい。その様を呆れた様子で見届けたクロとぬえは、酒天に介抱を任せて『居酒屋浴び呑み』へ向かっていった。


 体を巡る酒を抜いてくれるような、清涼な夜風を浴びつつ、誰も居ない月夜に照らされた大通りを歩き、『居酒屋浴び呑み』に入っていく。

 静寂が佇んでいた外とは打って変わり、日中のように騒がしい店内を進み、クロは冷酒を。鵺はビールを注文しながら空いている席に着いた。


「さてと、花梨のどこから話そうか」


「あー、小学生ん時ぐらいの話から聞きてえなあ。っと、すまん。軟骨の唐揚げと、ポテトフライの大盛りをくれ」


「じゃあ私は、もつ煮とピリ辛キュウリを頼む」


 花梨の過去話を始めようとするも、鵺が近くに居た店員に注文をし出したので、クロもついでにと追う。


「小学生の時か、あの頃は特にやんちゃだったな。よく男友達と混じって、山へ遊びに行ってたっけ」


「秋風らしいな、容易に想像できるぜ」


「だろ? けど子供達だけで、山遊びは何かと危ないからな。元の姿に戻って、こっそりと後を付いてってたよ。ずっと笑顔でいて、楽しそうに遊んでたぞ」


「そこは羨ましいな。子供ん頃のあいつ、可愛かったろ?」


 語っていく内に、過去の場面を思い出したのか。クロが母性の垣間見える笑みを浮かべた。


「ああ、とにかく可愛かった。授業参観の時もそうさ。先生が「この問題分かる人?」って言ったら、花梨がやる気のある声で「はい、はい!」って、元気よく手を挙げてたんだ」


「ほーん、エラいじゃねえか。そんで、当てられたりしたのか?」


「ああ、一回だけされてた。それで、その後どうなったと思う?」


「答えが外れて、赤っ恥をかいた」


「正解」


 人差し指を立たせ、りんと笑うクロ。


「はっはっはっ。ほんとっ、今も昔も変わらねえなあ、あいつは」


「お待たせしましたー。冷酒とビールです」


 ちょうどいい頃合に酒が来て、鵺は受け取りざまにグイッと飲み、「ぷはあっ」と声を上げる。


「しっかし、そん時のあいつを見てみてえなあ。写真とかねえのか?」


「確か、雹華ひょうかからカメラを借りて撮ったハズだから、あいつが持ってるアルバムを探せば見れると思うぞ」


「なるほど。そんじゃ、明日は極寒甘味処ごっかんかんみどころに入り浸ってみるか」


 明日の予定を決めた鵺が、背もたりに寄りかかり、両手を後頭部に回す。


「そういやクロ。中学や高校の時は、どんな感じだったよ?」


「その時になっても相変わらずだよ。なんせ、住んでた所が田舎だったからな。遊びに行く場所もそんなに変わらなかったけど……」


 意味深に言葉を溜めたクロが、テーブル越しに鵺へ詰め寄り、口元に右手に添える。


「あいつ、男子からかなり好かれててな。ちょくちょくラブレターを貰ってたぞ」


「なっ……!? あ? ちょっと待てよ?」


 一度は親心に嫉妬深い火がつくも、疑問が浮かんできた鵺が、クロに顔を寄せていく。


「お前、なんでそんな事知ってんだ? あいつから直接聞いたのか?」


「いや。ひっそりと物陰に隠れて、一部始終この目で見てたんだ」


「あっ……。お前、まさか学校にまで付いてってたのか?」


「たまにな」


 悪どい顔を見せたクロが、鵺から顔を遠ざけていき、席に腰を下ろした。


「てめぇ、割といい趣味してんじゃねえか」


「仕方ないだろ? 花梨が学校に行ってる間は、やる事が掃除ぐらいしか無くて、本当に暇だったんだよ」


「あー、無理してここに帰って来るワケにもいかねえもんな。つかよ、かなりモテてたんだろ? やっぱり彼氏とか居たのか?」


 再び親心に嫉妬深い火がついた鵺が、話を蒸し返すも、クロは黙ったまま首を横に振る。


「花梨の奴、信じられないほど初心うぶでさ。顔をほんのりと赤らめて、苦笑いしながら無難に断ってたよ」


「おお、それならいい。ったくよぉ。私に話を通さないで付き合うとか、八億年はええんだよ」


 最早、父親目線でものを語る鵺が、話の合間に来たポテトフライを摘み、安心した様子で口に放り込んだ。


「ふふっ。まるで頑固オヤジみたいな言い方だな」


「あったりまえだろうが。秋風がいきなり、見ず知らずの男を連れて来てみろ? 私は間違いなく、その男にキレるぞ」


「それは、いくらなんでもやり過ぎじゃないか? 花梨が決めた男なら、たぶん大丈夫だって」


「そう言ってる割にはよお、クロ。お前の手、震えてんぞ?」


「えっ?」


 呆れ返ったジト目で睨みつけている鵺が、クロの手に視線を移したので、クロも自分の手を確認してみる。

 とっくりを掴んでいる手は、酷く動揺しているようにカタカタと震えており。どの感情のせいで震えているのか分からない手を認めたクロは、口元をヒクつかせた。


「……どうやら、体は正直みたいだな」


「へへっ。もし秋風が結婚したら、結婚式場で号泣してそうだな、お前」


「ああ、間違いないな」


 そう否定せずに肯定すると、クロが注文した品を店員が持ってきて、テーブルの上に並べていく。

 店員が会釈をしてから離れていくと、クロはピリ辛キュウリを箸で摘み、「そういえば」と話を切り出した。


「そっちで花梨は、どんな事をしてたんだ?」


「おっ、今度は私の番か。なんか、刺激的な仕事をしてみたいって言ってたからよ。入社した次の日に、世界を巡るコンテナ船に乗せてやったぜ」


「出た。それのせいで、花梨を秋国に連れて来るのが、四年以上も遅くなったんだ」


莱鈴らいりんの情報網を駆使しつつ、ぬらさんが必死になって全国を探してたらしいじゃねえか。いやー、わりぃ事しちまったな」


「本当だよ。項垂れながら帰って来ては、夜な夜な泣いてたんだからな」


 ぬらりひょんを巻き込み、当時の状況を暴露したクロが、何か訴えかけているような眼差しで鵺を睨みつける。


「げっ、マジか……。しゃーねえ、後でぬらさんにまた謝っておくか」


「けど、それだけじゃないだろ? かなり長い間、国外に行ってたんじゃないか?」


「そうだな。人類未踏のジャングルだろ? 幻のピラミッドを探す為に、クッソ広い砂漠を歩き回させたり。噴火しまくってる溶岩地帯や、南極にも行かせたぜ」


「お、お前の話を聞く限り、世界を雑に一周してそうだな……」


 刺激を与える為とは言えど、あまりに桁違いで危険な仕事に、クロは唖然とする事しか出来ず、一瞬だけもつ煮の味が遠のいていく。


「それに、合間合間に色んな事をやらせちまったし。そのせいで、あんな完璧超人に仕上がっちまったワケよ」


「色んな事って、例えば?」


「説明するとなると、多すぎて全部は言い切れねえな。私も紹介してないのに、なんでそれを覚えてんだ? ってのも、かなりあるし」


「お前まで把握し切れてないのかよ。その、覚えてないヤツってのは?」


 話の興味が移ると、鵺は顎に手を添え、真紅色の瞳を右へ流す。


「そうさな〜……。主に格闘術か? たぶん、コンテナ船に乗ってる間に覚えてきたんだろうが……。その種類がまた多くってよ」


「か、格闘術……? どれぐらいあるんだ?」


「柔道、空手、護身術だろ? サバットや、軍隊格闘術のし、システマ? あと、太極拳やらなんかやら……」


 名前があやふやになってきたのか。鵺の眉間に深いシワが寄り、首をかしげていく。少し沈黙すると、鵺は「まっ」と諦め気味に肩をすくめた。


「とにかく沢山だ。しかもよ、花梨もちゃんと会得してるようで。私が殴ったり蹴る動作をしても、気づいたら私が地面に倒れてんだ」


「はあ……。じゃあ、もし花梨が暴漢に襲われたとしても……」


「ナイフや金属バットを持ってたとしても、まったく関係ねえ。暴漢があっさり負けちまうだろうよ」


 今まで花梨が、そんな素振りを一切見せていなかったせいで、クロは信じられない様子で目を丸くし、箸で持っていたもつ煮を皿に落とす。


「お、温泉街での仕事は、全部難なくこなせてたけど……。まさか、防衛面でも完璧だなんてな……」


「けどよ。それについては、一つ難点があってなあ」


「難点?」


「そっ。あいつ、暴力がマジで大嫌いなんだ。おふざけで 程度なら、すぐに見せてくれっけど。いざ本番になると、本当に追い込まれねえ限り、格闘術は使わねえだろうな」


 真っ当な意見とも取れる愚痴を零した鵺が、軟骨の唐揚げに塩につける。


「子供の頃から暴力が嫌いだったし、そこは変わらなくてよかった。格闘術を使う場面なんて来てほしくないし、これからも来ない事を願うばかりだ」


「そうだな。まっ、そこは私がサポートするがな。汚れるのは、私だけで充分だぜ」


「おいおい、そこだけ私は仲間外れか? 私だって花梨を守る為なら、手を汚すのはいとわないぞ」


「何がいとわねえだって?」


 過去話から脱線し、やや不穏な話に入るも。野太い第三者の声が割って入り、二人の緊張感がある空気を断ち切った。

 二人して顔をきょとんとさせ、声がした方へ顔を向けてみると、そこには大量の空き皿を持っている酒呑童子の酒羅凶しゅらきがおり、二人を鋭い眼光で見下していた。


「よう、酒羅凶しゅらき。花梨についてさ」


「花梨?」


「そっ。今、あいつの事について色々話してたんだ。子供の頃とか、私の会社で働いてた時の事とかな」


「ほーん……」


 微塵の興味も示していない酒羅凶が、ぶっきらぼうに言葉を返すと、何事も無かったかのように厨房へと向かっていく。

 が、自分の身の丈に合った椅子を持ちながら戻ってきては、クロ達が居るテーブルの前に置き、乱暴に腰を下ろした。


「その話、俺にも聞かせろ」


「おっ、なんだあ酒羅凶? 興味津々じゃねえか」


「うるせえ。今日は俺が奢ってやっから、さっさと全部語れ」


 早く話を聞きたくてウズウズしているのか。酒羅凶が餌を豪快に撒くと、途端に食い付いた鵺が「マジで!?」と声を荒らげ、テーブルに両手を突きながら立ち上がる。


「マジだ。いいから早く―――」


「だったら刺身が食いてえなあ! おーい、舟盛り五つぐらい持ってきてくれー!」


「それじゃあ私は、肉類を攻めようかな」


「おい、無視すんじゃねえ。とっとと―――」


「ついでに、一番高い酒もだ! ピッチャーで頼むわー!」


「待てよ? フグの刺身もいいな。おっ、松茸の土瓶蒸しもあるじゃないか」


「てめぇらッ!! さっさと語れっつってんだよッ!!」


 意識が完全に食へと行ってしまい、大雑把に注文を投げている鵺と、メニュー表に齧り付いてるクロに、衝撃波紛いな怒号を放つ酒羅凶。

 しかし、欲の虜に囚われてしまった二人にはまったく効かず。結局、花梨の過去話が再開したのは、注文を初めてから十五分後の事だった。










 ――――花見から帰宅後、起きてから書いた花梨の日記





 ……おかしい。酒天しゅてんさんから貰ったお酒を飲んでから、記憶が飛んでる。


 昨日の夕方。妖狐神社で焼き芋を食べてる時、酒天さんから、お花見のお誘いの電話があったのは覚えている。

 帰りの道中、雹華ひょうかさんと首雷しゅらいさん。クロさん、八葉やつはさん、夜斬やぎりさんからお花見のお誘いがあったのも覚えている。

 秋国山の近くにある、橋に集合した事。秋国山を上り、途中で道を外れて、花見会場まで行ったのも覚えている。

 そこでぬらりひょん様と合って、一緒にお花見をする事になった。で、お花見が始まって、少ししてから酒天さんからお酒を貰って……。


 ダメだ、そこから記憶が完全に途切れてるや。お酒を飲んだ後、何かとんでもない事をやってたんだろうなぁ……。

 だってさ、いつの間にか寝てて起きたと思ったら、永秋えいしゅうの支配人室に居たし。それだけならまだしも、幸せそうにニヤけてるぬらりひょん様を、思いっ切り抱きしめていたし……。

 仕舞いには、なぜかぬらりひょん様から、大量のお小遣いを貰ったしね。本当に私、何をしていたんだ?


 うーん、気になる。起きた時に酒天さんが居たから、聞いておけばよかったなぁ。今日の夜にでも、酒天さんに電話してみようかな?

 しかし、なんで急に記憶が途切れたんだろ? まさか、お酒を飲んだせい? でもなぁ、コップ一杯分しか飲んでないはずなんだよね。

 あーあ、お花見もっと楽しみたかったなぁ。かなり勿体無い事をした気分だよ。次に機会があったら、昨日の分も合わせて、もっと楽しんでやるんだ!

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