81話、語るは悪い鬼になろうとしている者

 いらっしゃいっス! おお、また来てくれたんスね! 嬉しい限りっス。どうも、茨木童子の酒天しゅてんっス!

 今、席に案内しますね。はいこれ、おしぼりとお冷っス。えっ? あたしの過去? 何言ってるんスか。あたしの過去を聞いたって、つまんないっスよ?

 だってあたしには、特にこれと言った事が無いっスからね。あたしはただ、店長の酒羅凶しゅらき様に憧れて、ここまで着いて来ただけっスもん。


 まあでも、夢や目標は持ってるっスよ。それはっスね、人を幸せにしたり喜ばせたりして、笑顔にする事っス。ねっ、つまらないでしょ?

 そんな事はない? そ、そうっスか? そう言ってくれると、なんか照れるっスねぇ。ありがとうっス!


 あたしが居酒屋をやってる理由も、その夢や目標が関係してるんス。なぜかって? それは、店内を見れば分かるっス。

 みんながみんな、笑顔で酒を飲んでいたり、美味しそうにツマミを食べてるでしょ? この光景が、たまらなく好きなんスよ。

 とても心地よい平和に満ちた、あたしが大好きな空間。たまに、仲間やあたしがヘマをして、店長に殴り飛ばされたりしてますが……。


 ああ、そうっス。『居酒屋浴び呑み』名物、店員乱舞。窓は全部直されてますけど、入口付近にある壁が、穴だらけになってるのが分かるっスよね?

 あそこにある右下の穴が、あたしがめり込んだ部分っス。あとほら、階段の脇にある穴。あれも、仲間がヘマして庇った時、一緒に飛ばされた時の穴っスね。

 へへっ。恥ずかしながら、全部覚えてるっス。仲間が空けた穴や、あたしが空けた穴をね。


 でも店長ったら、あたしが庇ったのが分かってるようで。その時は寸止めして、拳圧で吹き飛ばされるんス。

 しかし、あたしがヘマをした時は、ちゃんと殴り飛ばされるんスよ。これまた痛いんスよねぇ。めちゃくちゃ腫れるんで、よく辻風つじかぜさんの塗り薬にお世話になってるっス。

 今まで使った塗り薬の数は……、数え切れないっスね。あたしの体に通ってる血は、塗り薬だと言っても過言じゃないっス。


 そう。店長はすごく怖くて、すぐに手が出る乱暴者っス。表沙汰はね。お客様が居ない時や、あたし達だけしか居ない時は、それ以上に優しいんスよ。

 なんスか、その信じられないといった顔は? 本当っスよ? だってお店をやってない時は、いくらヘマしようとも、蹴りや殴りは一切飛んでこないっスからね。


 まかない料理や、閉店後もそうっス。いつも豪華で美味しい、活力が漲ってくる賄い料理。

 閉店後は給料と別に、店長が全員にお金を渡してきてくれるんス。これで永秋えいしゅうに行って、疲れを癒してこいってね。

 今日だって、海鮮の手巻き寿司を出してくれたんスよ。ウニ、カニ、大トロや中トロ、一本アナゴ! いやぁ、最高だったっス。


 ええ! 店長の事でしたら、夜通しで語れるっスよ! あっ、やっぱ、あたしの話が聞きたいっスか?

 う〜ん……。あたしの事、ねぇ。客に合った酒を勧められる! これじゃ駄目っスか? えと、ほかには〜……。

 一応あたし、こう見えても結構力が強いんスよ。魚市場難破船うおいちばなんぱせんって知ってます? そうそう、ススキ畑をずっと行った所にある港っス。

 その一番大きい漁船を、持ち上げる事が出来るっス。重さは、五、六十トンぐらいだったっスかね?


 それと、移動させたい木とかあれば、あたしに言って下さい。根っこごと引っこ抜いて、指定された場所に植え直しておきますので。

 ……これでも駄目? お客さん、かなり知りたがりっスねぇ。負けました。それじゃあ、少しだけ自分語りをするっス。


 見ての通りあたし、鬼の妖怪じゃないっスか? えっ? そうっスよ! 見て下さい。おデコから生えてる、この立派な二本の角をっ。

 それで……。鬼って、悪い妖怪として見られがちじゃないっスか。ええ。実は、現世うつしよだとそうなんスよね。

 節分の日には、鬼は外なんて言われて、豆を投げられたり。童話や絵本でも、よく悪さをして主人公に懲らしめられたりと。

 とにかく現世うつしよですと、鬼は悪の象徴みたいな存在なので、色々と肩身が狭いんス。まあそもそも、妖怪自体が恐れられてる存在なんですけどもね。


 結局、だからその〜……、なんていうか、う〜ん……。自分語りってした事がないんで、上手く言えないっスねぇ。

 こう、鬼にもいい鬼が居るんだぞ! って、世に知らしめてやりたいんス。人を幸せにしたい鬼とか。ただ、あなたの笑顔が見たいだけの鬼が居るんだぞ! と。

 別に、鬼が全員悪い訳じゃないんス。ないんスけど……。あたしも数日後、悪い鬼になろうとしてまして……。


 あいえっ! ちょっと、ほんのちょっとっスよ!? ……たぶん。


 いやですね。あたし、とても大好きなお方が居るんス。この命に代えて一生護ると、十六夜の月に誓ったお方が。

 その方、お酒が非常に弱く、酔っ払うと悪さをしてから甘えてくるらしいんス。だから〜、お酒をほんの少しだけ飲ませて〜ですね?

 あたしに〜、甘えてきてほしいなぁ〜なんて、思ってまして。……はぁ。やっぱりこれって、すごく悪い事ですよね。

 お酒を扱う者が、お酒を使ってわがままを叶えようとしてるんス。きっとあたしが死んだら、阿鼻地獄あびじごくに落ちてしまうんス……。


 へっ? それくらいなら、別に大丈夫だろう? ……本当っスか? 本当に、ほんっと〜うに、そう思います?

 もちろん! 無理矢理には飲ませません! 飲みたくないと言ってきたら、あたしはすんなり引き下がります!

 だって、人が嫌がる事をするだなんて、絶対に許せない行為ですからね。もしあたしがしようとしたら、自分で自分をぶん殴るっス!


 じゃあ大丈夫? 地獄には落ちない? ……そうっすか。それを聞けただけで、悩んでた心がちょっと救われた気がするっス。ありがとうございます!

 ははっ、そうっスね。これじゃあ自分語りというよりも、悩み相談に近いっス。でも、それだけ悩んでいたんスよ。

 とても大好きなお方に、こんな事をしてもいいのか、と。普段っスか? 普段は誠実なお方なので、抱きついて甘えてくるなんて絶対にしてこないはずっス。

 そうなんスよ。普段は誠実で真面目で、笑顔が素敵で、一緒に居ると何もかもが楽しく思えてきて、ずっと笑い合っていられるようなお方っス。


 そのお方に、お酒を飲ませる日ですか? 一応、二日後を予定してるっス。場所は、秋国山に点在してる秘湯ひとうでですね。

 ええ。熊や野生の動物が出没するらしいので、護衛も兼ねて付いて行くっス。知り合いの妖狐さんから、かなり前から誘われてたので、楽しみにしてたんスよねぇ〜。

 大好きなお方を護衛し、共に秘湯へ入るっ! そして、あわよくばお酒を飲んでもらい、あたしに甘えてきてもらうっ! ああ〜、早く当日になってほしいっス!


 えへへ……、ちょっと熱くなっちゃったっスね。でも、それだけ楽しみにしてたんス。休みを取るなんて、かなり久しぶりだったので。

 こう見えてもあたし、多忙の身なんスよ。現世うつしよでもお店を開いてる仲間が居るので、その店のヘルプに行ったりと。

 休みは〜……。一応、店長に週二回以上休まねえと殺すぞと言われてますが、実際はほとんど休んでないっス。


 だって休みを取ると、働けないじゃないっスか。体を常に動かしてないと、なんか気持ち悪いんスよねぇ。

 そわそわするというか、落ち着けないというか。とにかくあたしは、休日は好きじゃないっス。

 趣味? 趣味は〜、人助けですかね? 困ってる人を見かけたら、ところ構わず猪突猛進していきますよ! 

 あなたも何か困ってる事があったら、この酒天にお任せ下さい! あたしに出来る事があれば、何でもやりますから!


 ……えっ? 働き過ぎ? 休め? あっはははは……。なるべく精進するっス。あっ、その目は疑ってるっスね?

 や、休むっスよ! 明日は、働きますけど……。ほら! 二日後は有給を取ってるので、ちゃんと大好きなお方と秘湯に行ってくるっス!

 他の日も、有給を取れ? そのお方と、もっと遊んで来い? でも、迷惑じゃないっスかね? あたしが頻繁に傍に居たら。

 ……そうっスね。あなたの言う通りっス。考え方が、ちょっと卑屈過ぎかもしれません。酒が不味くなっちゃいますよね。すみませんっス。


 しかし、遊んだ事がほとんど無いので、どう遊んでいいのか分からないんスよね。すみませんが、少しご教授お願いしてもいいっスか?

 ……ふむふむ。ただ会話を楽しんだり、料理屋に行って色んな物を食べる、ですか。後は温泉街巡り。あっ、それいいっスね!

 ずっと遊んでいたら、自ずと疲れてくるはず! 疲れたら気持ちのいい温泉に浸かり、そして美味しい物を食べる!

 なるほど! だんだん分かってきました! 要は、一緒に色んな事を楽しめばいいんスね! そうか、それが遊ぶ!


 そうなると、二日後も遊んで来る事になりますよね!? やっぱり! とどのつまり、大好きなお方と遊ぶ事になるじゃないっスか!

 ずっと楽しみにしてましたけど、もっと楽しみになってきました! 考え方が変わるだけで、こうも違ってくるとは!

 本当にありがとうございます! なら二日後は、ちょっと冒険をしてみます! あいえっ、冒険と言っても、危ない方のじゃないっスよ?

 もっと、あたしと遊んでくれませんか? って、大好きなお方に相談してみるんス。ええ、今のあたしなら、絶対に言える自信があるっス!


 もし言うならば、お酒を飲む前にっスよね。それか、お酒を飲まなかった後の、帰り道にでも。

 ふふっ、早く二日後になってほしいっスねぇ〜。胸がワクワクしてきましたし、待ち遠しいっス。


 今のあたし、楽しそうな顔をしてます? さっきの落ち込んでる顔が、嘘のよう? それは、あなたのお陰っスよ。

 今日、あなたとお話が出来て、本当によかったっス。もし、あなたがこのお店に来てなかったら、ずっと卑屈なあたしのままだったんですから。

 よーし! 今日はあたしの奢りっス! なんでも好きな物を注文して下さい! 枝豆と軟骨の唐揚げ。それに、熱燗っスね。了解っス! 少々お待ち下さい!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る