98話-3、最早、語るまい

「ほーれ、持って来たぞー」


 ぬえまといの要望である、すりおろしニンニクと温め直したご飯を持って来たクロが、厨房越しにあるカウンターに置いていく。


「待ってましたー! うわっ、くっせぇ」


 すりおろしニンニクが盛られた皿を、両手で持つや否や。強烈な匂いを嗅いだ鵺のニヤケ顔が、皿を避けるように後ろへ向いた。


「すごい匂いだね。ヨダレが止まらない」


「ほんと、すごい匂いだよね。……ああ。なんだか急に、餃子が食べたくなってきたや」


「ラーメンといったら、やっぱり餃子よねっ。私もだんだん、チャーハンが食べたくなってきちゃったわっ」


 匂いに釣られ、中華料理を連想してしまった花梨とゴーニャが、再び妄想の世界へ旅立っては、各々思い描いた料理の山を食べ始めていく。


「明日の夕食に出してやるから我慢しろ。それよりも、そろそろラーメンが出来てるんじゃないか?」


「……へっ、へへへっ。この永秋えいしゅうより大きな餃子、どこから食べ……、はっ!? 危ない危ない。かやくを入れないと」


「そうだったわっ!」


 クロの呆れた忠告に、超特大餃子を食べ損ねた花梨と、数十万人は入れそうなドーム状のチャーハンを食べていたゴーニャが、ふと我に返り。

 付属のかやくを、慌てて各銀鍋の中に投入し、全体に馴染むようかき混ぜていく。数秒もすると、透明だったお湯は、醤油の香ばしい匂いを発する濃い琥珀色に変わっていった。


「よし! これでいいかな。それで、ラーメンを器に移してっと」


「よいしょっ、よいしょっ」


 白湯気に乗る、食欲を刺激する匂いに抵抗しつつ、二人はクロが用意していた器に、スープが零れないよう丁寧によそっていく。


「で、その上に野菜炒めを盛り付けてだ」


 器にラーメンを移し終えると、待っていたクロが、五つある器の上に、出来たて熱々な野菜炒めを盛り付けていき。

 最後の器に盛り付け終えると、鉄鍋の中身はちょうど空になっており。りんとほくそ笑んだクロが、「よし!」と満足気にうなずいた。


「さあ、完成したぞ。花梨、ゴーニャ、持って行くの手伝ってくれ」


「分かりました!」

「分かったわっ!」


「これぐらいは、流石に手伝うか」

「御意」


 ラーメンが完成するまで、ずっと席に着いていた鵺と纏も立ち上がり、厨房で三人から各器を受け取っては、テーブルまで運んでいく。

 そして、五人分のラーメンとご飯まで行き渡ると、花梨達も席に着き、割り箸を配っていった。


「うわぁ〜、すっごく美味しそう!」


 割り箸を綺麗に割った花梨が、改めて自分達が作ったラーメンを、キラキラと輝く瞳で眺めていく。

 出来立てを知らせる湯気には、主役のラーメンを覆い隠すシンプルな野菜炒めを掻き分け、醤油の香ばしくもサッパリとした匂いが含まれており。

 その、ご飯が進んでしまいそうな匂いを認めた四人も、ニンマリとした顔で器を覗き込んでいた。


「よーし、食うぞ食うぞー。いっただっきまーす」


 クロの食事の挨拶に、四人分の元気ある挨拶が追い、待望の夜食会が始まった。まず花梨は、胃を慣らすべく、ラーメンの上にある野菜炒めを箸で掴み、口へ運ぶ。


 味付けは、塩コショウだけな事もあり。みずみずしいシャキシャキ感の中に、ほんのりと顔を覗かせる、新鮮な豆特有のもやしの甘み。

 そのもやしと相反し、しっとりとしたホクホク感の後に、どの風味にも負けぬ主張をしながらも、上手く馴染み溶け込んでいく果実に近いニンジンの甘さ。

 炒める前は、ボリュームが一番あったものの。半透明になるまで火が通り、油も存分に吸っているも、噛み応えを十分感じるキャベツ。

 各野菜の甘さに、塩梅のあるほのかな苦味をプラスし、上手く纏め上げていくピーマン。


 一纏めに口へ入れるも、各野菜の良さはぼやけておらず。油と塩コショウの量も丁度よく、思わずご飯が欲しくなった花梨は、誘惑に負けて少しだけつまんだ。


「んふっ。野菜炒め単体でも、すごく美味しいや。それじゃあ、麺の方をっと」


 もう二口ほど、野菜炒めを食べた花梨は、ようやく表に出てきた麺を箸で掴んでは軽く持ち上げ。息を数回掛けて冷まし、豪快にすする。

 クロのお陰により、茹で時間は超えていなかったらしく。強めにウェーブがかかっている麺から、プリプリとした弾力とコシを感じ取れた。

 その麺に絡め取られて、一緒に連れて来られたスープの中には、香辛料のスパイシーな風味も混ざっており、食欲とご飯欲を更に掻き立てていった。


「んん〜っ、これこれ! ああ〜、さいっこうに美味しい〜」


「私の求めてた物が、この中に全部詰まってるぜ。いや〜、たまらんっ」


「お店のラーメンと比べると、麺はちょっと柔らかいのねっ。でも、すっごくおいしいわっ!」


「野菜炒めとすごく合う。油っこくないからスイスイ食べられる」


「かあ〜っ! ニンニクと超合うっ! うんめえ〜」


 ニンニクのリクエスト主である鵺が、麺を半分ほど食べた所で、ラーメンにすりおろしニンニクを入れたようで。

 目をギュッと瞑った至高の表情をしながら唸り、感情の昂りを皆へ知らしめるように、小刻みに震えるガッツポーズを作っていた。


「そ、そんなに……。ちょっと、私も入れてみようかな」


「花梨っ。入れ終わったら、私にもちょうだいっ」


「じゃあ次は私」


「私の分も残しといてくれよー」


 鵺の幸せに満ちた顔に触発され、生唾を飲んだ花梨も、すりおろしニンニクを三杯ほど投入し。ゴーニャ、纏、クロと回っていく。

 余裕を持って全員に行き渡り、ニンニクが全体に馴染むよう混ぜると、食事処の空気が一気にニンニクへと染まっていき、皆して一斉に麺をすすった。

 当然、風味は全てニンニク色に支配されているも、野菜炒め、サッパリとしたスープ、麺との相性が抜群に合っており。

 一口目で虜になり、二口目で病み付きになり、三口、四口と止まらず、皆の食べるペースが格段に早まっていき、数分も経たない内に麺を完食していった。


「ぷはぁっ! はぁ〜、卑怯なぐらい美味しかったぁ〜」


「ラーメンとニンニクって、こんなに合うのねっ。替え玉が欲しくなっちゃうわっ」


「分かる。ご飯より麺が欲しい」


「麺もそうだけど、酒が飲みたくなってくるなー」


「だな。ツマミも欲しいけど、流石に我慢するか」


 鵺の誘惑が強い願望に、クロが共感の相槌を挟むもグッとこらえ、スープにご飯と追いニンニクを投入していく。

 そして、なんとか諦めがついた鵺や、まだまだ食べ足りなさが残る花梨達も、欲を埋めるべく締めのご飯を入れ、名残惜しくも夜食を堪能していった。

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