99話-1、日頃の行いと、お祭り前日
雲一つ無い空に浮かぶ太陽が、活気ある温泉街を優しく暖めていく、朝の九時前。
携帯電話に設定したアラームよりも、十分早く起きていた花梨は、両脇腹に引っ付いている姉妹を引き連れながら上体を起こし、体をグイッと伸ばしていた。
「んん〜っ……、ふぅ。クロさんが居ないって事は、珍しく早起き出来たのかな? よーし、たまにはビックリさせちゃおっと」
年に数回あるか無いかのチャンスに、花梨は逆寝起きドッキリを仕掛けるべく、未だに鳴らないアラームの設定を切り、ゴーニャと
そのままベッドから抜け出し、素早く私服に着替えた後。皆で歯を磨いて顔を洗い、ついでに支度の準備まで済まし、各自テーブルの前に腰を下ろしていった。
「さあさあ! あとは、クロさんが来るのを待つのみ!」
「クロがどんな反応をするか、楽しみねっ」
「腰を抜かして気絶するんじゃ───」
「入るぞー」
秋国に来てから史上初。全ての準備を終えた状態の三人は、期待に胸を膨らませようとしていた矢先。
現実にありそうな纏の予想を重ねる形で、扉越しからクロの声が聞こえてきたものの。三人はあえて返答せず、笑うのを我慢し、ひとりでに開いた扉を注目していた。
「……え?」
待ち構えていた三人の視線を浴び、信じ難い光景を目の当たりにしたクロは、空気が抜けたような声を漏らし、その場からピクリとも動かなくなる。
瞬きをするのさえ忘れ、夢現や走馬灯でも決して拝む事は無いであろう光景に、目を奪われて数秒後。
「あ、えと……。す、すみません。部屋間違えました」
錯乱した脳で答えを導き出したクロは、目の前にある非現実から逃走を図り、気まずそうな謝罪を残して扉をそっと閉めた。
「ええっ!? いや、クロさん! 部屋合ってますって!」
「クロっ、逃げちゃったわっ」
「楽しい」
よもやの逃亡に、花梨が慌てて呼び止めると、今度は扉が勢いよく開き、目が泳ぎ明らかに動揺しているクロが、三人に向かい指をビッと差した。
「お、お前ら一体誰だ!? ここは花梨達の部屋だぞ! あいつらをどこにやった!?」
「このやり取り、なんかデジャヴを感じるなぁ……」
「教えて欲しければ財宝の在処を言いなさい」
悪ノリした纏の要求が、トドメとなったのか。クロは「おのれぇ、かくなる上は……!」と、朝食が乗ったお盆を一旦テーブルの上に置き。
着物の袖から携帯電話を取り出し、両手でぎこちなく操作してから、右耳に当てた。
「もしもしクロです! すみませんが一大事なんです! 今すぐ花梨の部屋に来て下さい! はい、大至急でお願いします!」
「クロっ、誰に電話してるのかしらっ?」
「盛り上がってきた」
「うわぁ〜、大きくて具沢山なホットドッグだ」
クロと対話をするのは不可能だと判断した花梨は、とりあえずテーブルに置かれた朝食に目をやる。
直径三十センチ以上あろうパンには、極太のウィンナー、千切りされたキャベツ、半輪切りのトマトが所狭しと挟まっており。
その上には、赤と黄のコントラストが食欲をそそる、ケチャップとマスタードが大量に掛けられていて、備え付けに、柔らかな琥珀色で、嗅ぐと心が安らぐオニオンスープがあった。
「いただきまーす!」
「クロっ! 一体何があったというんだ!?」
朝食を食べたい欲が先行した花梨が、我先にと食事の挨拶を交わし、まだ温かさが残るホットドッグを手に持つや否や。
扉が乱暴に開き、見えた廊下の先には、肩で息をし、血相を変えて走って来たと伺えるぬらりひょんが立っていた。
「う〜んっ! ウィンナーがすっごくジューシーで、食感がプリプリしてる! んまいっ」
「このスープ、すごく優しい味をしてるわっ。おいひい〜っ」
「あ、ぬらりひょん様だ。美味しい」
しかし、食事を始めた花梨とゴーニャは、ホットドッグに夢中になっていて意を介さず。
唯一、反応をしてくれた纏も、意識がすぐホットドッグに戻っていく。
「な、なんだ。何も起こってないじゃないか」
「いいえ、確かに起こってます! 聞いて下さい、ぬらりひょん様。こいつら偽物です」
「に、偽物?」
「はい。私が部屋に朝食を持って来たら、既に皆が起きていたんです。しかも、それだけじゃないですよ!? なんと、支度も全部済ませていたんです! これ、絶対に有り得ないですよね!?」
大袈裟に手振りを混じえたクロの熱弁を聞いている内に、ぬらりひょんの表情が険しいものへと変わっていき、眉間に深いシワが刻まれていく。
「た、確かに……、それは有り得ん話だな」
「えっ? ぬらりひょん様まで、同調しちゃうんですか?」
「今ワシは、
「私が早起きするのって、そんなレベルの話なんですか……?」
最早、宝くじで一等を連続当選した直後、雷に打たれて無傷で生還する確率より低そうな、天文学的数字でも表せられない次元の話を引き合いに出され、ただ呆然とする事しか出来ない花梨。
「当たり前だ。例えばお前さんは、学生時代の時、祖父の手を借りずに起きられた事はあるのか?」
「学生時代の時ですか? えと、その……。たぶん、無いです」
「そういう事だ」
「うっ……」
大事な約束がある日や、遠足、修学旅行当日でも起きず、祖父に扮したクロやぬらりひょんに叩き起されていた記憶しかなく。
ぬらりひょんの鋭い指摘に、花梨は何も言い返せず、体にバツの悪い小波を立たせた。
「しかし、今日はよく早起き出来たな。偉いぞ」
「あっははは……、ありがとうございます」
「後は、それを持続するのが大切だ。心掛けるようにしなさい」
「はい、分かりました。頑張ります」
ようやく褒められて嬉しくなった花梨が、微笑みつつ期待の薄い決意表明をすると、ぬらりひょんは「よろしい」と言いながら
「それと、ついでだ。朝食を食べ終わったら、焼き鳥屋
「焼き鳥屋八咫ですか。今日は、お店の手伝いをする感じですかね?」
「店の手伝いというよりも、明日に控えた祭りの下準備の手伝いだな」
「祭りの、下準備……、んっ?」
『焼き鳥屋八咫』から続いた『祭り』という言葉に、花梨はかつて、カマイタチの
八咫烏の
朧気だった内容が鮮明になってくると、オニオンスープを口に含んだ花梨は、「あっ」と声を出した。
「もしかして、明日『八咫烏の日』が行われるんですか?」
「おお、知っておったのか。その通りだ。それで今日、温泉街全域に祭りの装飾を施すから、その手伝いをして欲しいんだ」
「やっぱり! うわぁ〜、お祭りかぁ。楽しみだなぁ。分かりました! 張り切ってお手伝いしてきます!」
予想が見事当たり、祭りと聞いて気分が一気に舞い上がった花梨が、やる気に満ちたガッツポーズをぬらりひょんへ送る。
「うむ、八吉も喜ぶだろう。それと、ゴーニャと纏も居ると助かると言っていたから、二人も花梨に付いていきなさい」
「分かったわっ!」
「がってん承知」
花梨と仕事の手伝いが出来ると知り、嬉しくなったゴーニャが満面の笑みで答え。一本目のホットドッグを食べ終えた纏も、口元にケチャップを付けながら了承した。
「それで、クロよ。お前さんは、予定の時間までどうするつもりだ?」
「こいつらが変な動きをしないか、最後まで見張っています!」
茶番に付き合うのを止めたぬらりひょんに対し、未だ現実を受け入れられていないクロが、鼻をふんすと鳴らす。
「そ、そうか……。なら、満足するまでやっておれ。ワシは部屋に戻ってるぞ」
「了解致しました!」
やや呆れ気味になったぬらりひょんが、部屋を後にすると、クロは扉を静かに閉め、花梨が居る対面の場所に腰をドスンと下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます