89話、語るは長年の悲願を達成させたい者

 ふぁ〜……。おっと。みっともない姿を見せてしまい、申し訳ないね。ここ最近、追い込みの徹夜続きで、まともな睡眠を取っていなかったんだ。

 それと、今日は満月に備えて店は休みなんだ。なので悪いけど……、む? 私の話が聞きたい? いいのかい? 私の話は、眠気を誘うほど退屈だよ?

 なるほど、構わないと来たか。ならば、せっかくここまで来てくれた事だし、少し語ってあげよう。正直、夕方まで退屈だったからね。


 そうだ、自己紹介がまだだったね。カマイタチの辻風つじかぜだ。以後よろしく。


 そうだね、何を語ろうか。普段は聞く側だから、いきなり話す側に回ると、何を語ればいいのか咄嗟に出てこないものだね。

 我々が、ちゃんと妖怪らしい行動を取っていた時。いや。カマイタチを知っている者であれば、語るまでもないか。

 限界集落で小さな病院を開くも、集落が本当に限界を迎えてしまい、途方に暮れた時。これは、二言で完結してしまったね。

 内容も薄過ぎるし、何よりも話に発展が無い。盛り上がりに欠けてしまう。いやはや、相手を楽しませる為に語るのは、難しいものだね。


 え? 私が何故、まともな睡眠を取れていなかったのかって? それは、今宵出る満月が関係しているんだ。

 だけど、本当にその話でいいのかい? それこそ退屈で、私みたいにあくびをしてしまう内容になってしまうよ?

 ……そうかい。君がそこまで言うのであれば、是非語ってあげよう。ならば何故、満月の光が私達妖怪を狂わせてしまうのか。そこからおさらいをしようか。


 満月の光は、主に二種類ある。一つ目は現世うつしよの満月。こちらの放つ満月の光は、我々妖怪には、なんの害もなさない事を知っているね?

 そう、正体はただの太陽光だからさ。現世の満月は、言わば太陽光を反射する巨大な鏡。月を通して、太陽が発する光を浴びているに過ぎない。


 しかし問題なのは、二つ目の満月。隠世かくりよの夜空に浮かぶ、満月から発せられている光だ。こちらの光が、我々を狂わせてしまうんだ。

 不思議だよね。隠世の満月が光を発する原理も、現世とはなんら変わりがないというに。こちらの根本的な原因は、まだ解析中さ。

 だけど、私自らが被検体となり、隠世の満月の光を幾重にも浴びていく内に、だんだん分かってきた事がある。


 一つは、異常なまでの昂奮。今の所例外なく、満月の光を浴びた者は、体から白い湯気が昇り出すんだが。あれは、血が沸騰するほどの興奮状態に陥っているせいなんだ。

 それはもう、心がどんなに清らかな者であろうとも、己を抑制出来なくなり、理性が瞬くに吹き飛び、全てのタガが外れしまうほどにね。


 あの快楽にも近い昂奮に抗う術というか、耐えうるには、私でも主に二種類しか分かっていない。

 一つは、昂奮をも跳ね返す強靭な精神力の持ち主だという事。こちらに該当する例を挙げるとすれば、我らが総大将ぬらりひょん様。

 それに三大悪妖怪と謳われた、酒呑童子の酒羅凶しゅらき君。あとは天狐のかえで君と、女天狗のおさである、クロ君かな。

 しかし楓君とクロ君は、もしかしたら、もう一つの方に当てはまるかもしれない。


 もう一つの方。それは深き絶望を知り、心が折れ果ててしまうも、そこから立ち直り、より気丈な心を手に入れた者。

 おっと。悪いけど、楓君とクロ君の過去については、割愛させてもらうよ。詮索も無しだ。質問も一切受け付けない。


 まあ、どちらにせよ。理性を失う程の甘い誘惑をものともせず、跳ね除ける屈強な精神力と心さえあれば、満月の光に打ち勝つ事が出来る。

 だけど我々は、その誘惑に抗う事が出来ない。抵抗する間も無く本能が受け入れてしまい、意識を無くしたまま暴徒と化してしまうんだ。

 けど、それにだって個人差はある。精神力がある程度強い者であれば、辛うじて意識を保つ事が出来るんだよ。


 それは、茨木童子の酒天しゅてん君が立証している。彼女は一度、意識が飲まれたらしいけど、何かの拍子に意識が戻ったと聞いている。

 それに、あえて満月の日に秋国へ来ている者達もそう。実はね、暴れる口実を作りたくて、ここへ来てる者達も少なくないんだ。

 だが、今宵はそれも無い。君も秋国へ来た時、入口で知らせを聞いただろ? そう。今宵だけは、夕方四時半以降の外出を禁止しているんだ。

 理由の方は、すまない。我々に箝口令かんこうれいを敷かれているから、明かせないんだ。


 ……話がだんだん逸れてきてしまったね、そろそろ戻そうか。先の術を見つけたのは、秋国がオープンして少ししてからなんだ。

 妖怪の本能までをも呼び覚ます、異常なまでの昂奮。そして、唯一その昂奮を耐えられる事が可能なのが、強靭な精神力と気丈な心。

 そこで私は、ピンと来たんだ。満月の光とは、言わば究極の天然興奮剤。ならば、薬でそれを抑えられる事が出来ないか、とね。

 読みは、見事的中した。精神安定の作用がある試薬を調合し、私の体で試した所。当初は、約三十分以上耐える事が出来たんだ。


 あの時は、流石の私も、弟や妹と共に叫んだよ。我々一般の妖怪も、満月の光に耐えられる手段があるのだとね。

 妖怪の君なら、満月の怖さを十分理解しているだろう? 下手すれば、意識を失っている内に、仲間や肉親にさえ手を掛けかねない恐怖を。

 実際、隠世でそれは起こっている。毎月毎月、どこかで必ずね。しかし、それも今日で終わる。私達が調合したこの薬で、全てに終止符を打つんだ。


 長かった、本当に長かった。この薬を完成させるのに、約二十年以上も費やしたよ。

 どうして、そこまで費やしたのかって? それは、副作用の取り除きに手間取っていてね。それだけでも五年以上は掛かったかな。

 主な副作用は、現世にある精神安定剤とほぼ同じさ。頭痛、めまい、眠気、倦怠感、吐き気、脱力感などなど。

 しかも、試薬段階だった頃の副作用は、特に強烈でね。飲まないで、大人しく隠れていた方が全然マシだったんだよ。


 それと、効果の持続性にも難があってね。効果の持続時間を伸ばせば伸ばす程、副作用もより強く反応を示し、まるで使い物にならなかった。

 けど、この薬は違う。約二十年間、研究に研究を積み重ね、より複雑で困難を極めた調合をし続けて、ようやく完成した薬なんだ。

 副作用は皆無。体の大きさにより、多少の前後はあるけれども。服薬してから大体三十分後に効果が出て、月の出から入りまで続くようになっている。……計算上はね。


 恥ずかしながら、先月は調合量を誤ってしまい、月の入りまで十分少々足りなかったんだ。

 それで、満月の光を浴び続けていた私は、理性を無くしてしまってね。性懲りも無く、弟と妹に襲い掛かってしまったんだ。

 まあ、それについては心配無用だよ。弟と妹は、とっくの昔に、私の攻撃を完全に見切っているし、パターンも分かっているからね。私は見事、数分で返り討ちさ。


 ……弟と妹も、よく私に愛想を尽かさず、今日まで付いてきてくれたものだよ。

 あの二人が居たからこそ、心を支えてくれ続けていたからこそ、この薬が完成したと言っても過言じゃない。

 あの二人が居なかったら、私は数年もしない内に心が折れていただろう。そして、この薬は完成にまで至らなかった。


 待っていろよ、満月。もう、お前の好きにはさせない。来月は、お前が出る夜と重なった『八咫烏の日』が行われる。

 その日の夜空は、盛大で圧巻的な花火に彩られるだろう。同時に、八吉やきち君主催の祭りも派手にやるんだ。

 我々が、ようやくお前から解放されたと、必ず馬鹿騒ぎをしてやるからな。……おっと、少々興奮してしまった。すまないね。


 君も、来月を楽しみにしていて欲しい。脅威では無くなった満月が浮かぶ日に、この温泉街はお祭り一色に染まる。

 屋台だって何でもある、正に至れり尽くせりさ。私も、今から楽しみでしょうがないよ。


 さて、私がまともに睡眠を取れなかった話は、これで終わりだ。次は、何を話そうか?

 『八咫烏の日』についてかい? いいね! それならば、私も激しく熱論が出来るよ。特に、お祭りの目玉である花火にはね!

 ふっふっふっ、今日は長くなるよ。そうだ。語り明かす前に、お茶と和菓子を用意してあげよう。私がオススメする、ちょっと高級な物をね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る