20話-2、姉妹や親子と思われた二人の人間

 木材の匂いが香る建物内に入り込んだ花梨が、再び鼻で大きく深呼吸をしてから辺りを見渡した。

 右側を見てみると『居酒屋浴び飲み用ストック』と、書かれた札が貼られている扉と窓が目に入り、よく見てみると約五十セット以上が壁に立てかけられていた。


「と、扉と窓のストックが大量に置いてある……。あの店にかかると、それらも消耗品になっちゃうのか……」


 扉と窓の膨大な数に呆気を取られ、口をヒクつかせつつ建物内の奥へと目を移す。そこには、様々な幅や厚み、長さの木材が壁に立てかけられている。

 その手前には、全身が緑、黄、ピンク色に染まっている鬼達が、木屑をまき散らしながら木材を切っていたり、金槌でリズム良く木材に釘を打ちつけている姿が伺えた。


 右端と左端に奥の部屋へと続く扉があり、右側の扉の上には『材料・物置部屋』、左側の扉の上には『建築図面設計室』と書かれた看板が貼ってある。


 建物内の左側に目を移すと、中央付近に花梨の背丈と同じぐらいの高さの椅子に座り、一回り大きいテーブルに肘を突き、悩みを抱えているような表情を浮かべている青鬼と赤鬼が、同時に湿ったため息を吐き出していた。


 全長三メートル以上はあろう二人の容姿は似ており、剛毛の天然パーマからは、二つの立派な黄色い角が顔を覗かせている。その天然パーマはもみあげとヒゲが繋がっていて、顎を覆い隠すように伸びていた。

 一重のまぶたの下には、どこか優しそうなつぶらな黒い瞳があり、鼻の頭は四角く角ばっていて、下顎から二本の太くて鋭い牙がはみ出していた。

 服装はとても身軽な物で、もはや鬼の中では正装なのか、強制でもされているのであろうか虎柄のパンツだけを履いている。


 二人の姿を見た花梨が、あの二人が、ぬらりひょん様が言っていた鬼さん達かな? しかし、ザ・鬼って感じの見た目だなぁ。と、素直な感想を思いつつ、二人のそばに歩み寄っていった。


「あ、あの~」


「んっ、誰だ?」

「あれ、どこかで見た事がある子だな……。確か、永秋えいしゅうでだったか……」


 先に赤鬼が花梨の問いかけに反応し、後を追って青鬼も口を開いた。その青鬼の言葉を聞いた花梨は、一度はキョトンとするも、何かを思い出したのか「あっ!」と声を上げる。


「もしかして、永秋で私が131号室の部屋に案内した青鬼さんですか?」


「ああ、そうだそうだ思い出した。あの時はどうもありがとうね。じゃあ、君が秋風さんだね?」


「はいっ! 秋風 花梨と言います! 今日一日よろしくお願いします!」


「よろしくね秋風さん。私が青鬼の『青飛車あおびしゃ』で」

「俺が赤鬼の『赤霧山あかぎりやま』だ。よろしく花梨さんよ」


 青鬼の青飛車あおびしゃが秋風さんと言い、赤鬼の赤霧山あかぎりやまが花梨さんと言い、お互いに自己紹介を済ませると、赤霧山あかぎりやまが花梨の背後にこっそりと隠れているゴーニャの姿を見つけ、震えているゴーニャに向かって指を差した。


「花梨さんの後ろにいるちっこいのが、ゴーニャさんか?」


「ヒィッ……!? は、初めまして……、ゴーニャ、です……」


 ゴーニャが怯えた表情で自己紹介をすると、青飛車もゴーニャに目を向けて喋り始める。


「ああ、君がそうか。よろしくねゴーニャちゃん」


「あれっ? お二人共、ゴーニャの事を知っているんですか?」


「なんだ、秋風さんは知らないのかい? 仲の良い人間の親子やら姉妹やらが、手を繋いで温泉街を歩いていると、いま妖怪達の間で噂になっているんだよ」


 その説明を聞いたゴーニャは、怯えていた表情がパァッと一気に明るくなり「ねぇ花梨っ! 私達が人間の親子ですって!」と、嬉しそうに跳ねた言葉で言い、花梨も微笑みながら「姉妹にも見られてるみたいだね、ちょっと照れるなぁ」と、言いながら頬をポリポリと掻いた。

 温泉街の妖怪達に公認で人間と認められ、親子や姉妹と思われたが余程嬉しかったのか。ゴーニャは感極まって涙ぐんでしまい、慌てて花梨の足に抱きつき、顔をジーパンに深くうずめた。


 ジーパンが涙で濡れていくのを肌で感じている中。花梨は、ほくそ笑んでからゴーニャの頭を優しく撫で、青飛車達に目を向ける。


「そういえば、何か考え込んでいたようですけど、悩み事かトラブルでもあったんですか?」


 花梨の質問に対し青飛車が「んっ、ああ。永秋のすぐ左側にあった建物が、空き家になったから解体したんだ」と言い、すぐに赤霧山が「その際に、ぬらりひょん様から新しい店でも建てようと提案が入ってな。何の店を建てようかずっと考えていたんだ」と、困り顔で悩んでいた内容を打ち明けた。


「新しい、店ですか」


 花梨がそう呟くと、「一応、食べ物を提供する店にでもしようかと思っている」と青飛車が説明し、「温泉街に合った食い物……、何がいいかね?」と、赤霧山が大きなため息をついた。


「う~ん、甘味処、焼き鳥屋、定食屋……。魚市場に農園、牧場……、色々とありますもんねぇ」


 二人の悩みの種を移された花梨が、更に思いついた食べ物を羅列していく。


「リンゴ、バナナ、ミカン、スイカ、焼き芋、かき氷……。う~ん、肉、野菜、魚、お米……。牛乳、チーズ、卵……。んっ、卵? 卵、卵……。あっ、卵! そうだっ、温泉卵!」


 花梨が急に声を上げて言った単語に、赤霧山が「ああ、温泉卵。そういや、温泉街にも永秋にも売ってなかったな」と手をポンッと叩き、「温泉卵? なんだそれ」と、青飛車が首をかしげながら質問を返した。

 その質問に驚いた赤霧山が「えっ、知らないのか? 温泉に卵を浸して作る、半熟卵みたいなもんだ」と、答えを返す。 


「あのトロッとした濃厚な黄身と、プルプルッとした白身が、また……。うぇっへっへっへっ……」


「そんなに美味い食べ物なのか、是非とも食ってみたいな」


 さり気なく言った青飛車の願いに花梨は、どうにかして温泉卵が作れないか思案すると、そういえば、永秋に『地獄の湯』っていう、お湯の温度が六十五度以上ある露天風呂があったよなぁ。温度的には作るのに最適だし……、よしっ! と考え、ニコっと笑みを浮かべる。


「あの~、四十分少々時間を貰ってもいいですか? 温泉卵が作れないか聞いてきます! ゴーニャ、行くよ」


 花梨は二人の意見を聞く前に、既に泣き止んでいるも、甘えるようにジーパンに頬ずりしていたゴーニャと手を繋ぎ、永秋へと向かっていった。

 混雑している入口をすり抜けて永秋内に入り、ぬらりひょんかクロがいないか探しながら歩いていると、食事処で料理の仕込みをしているクロの姿を発見し、手を振りながら歩み寄っていく。


「クロさーん! お忙しい所すみませーん」


「んっ? あれ、花梨とゴーニャじゃないか。仕事の手伝いに行ってたんじゃないのか?」


「いま、その真っ最中なんですよ。それで、ちょっとクロさんにご相談がありまして」


「相談? ……なんだ?」


「生卵を四つとザル。それと、長い紐が二つほどあれば貸して頂けないかな~っと、思いまして」


「それを仕事中なんに使うかは分からんが……。まあいい、ちょっと待ってろ」


 クロは首をかしげつつも、コンロの火を止めて調理場の奥へと姿を消した。しばらくすると、木のザルを両手で持ちながら戻ってきて「ほらよ。中に生卵と紐が入っているから、落とさないよう気をつけな」と、説明しながら花梨に差し出した。


「ありがとうございます! ……それと、もう一つお願いがあるんですが……」


「まだあんのか、とりあえず言ってみろ」


「露天風呂に『地獄の湯』があるじゃないですか。そこで温泉卵を作っても……、いいですかねぇ?」


「温泉卵ぉ? あの露天風呂にはほとんど客が来ないし、別に作っても構わんが……。仕事となんか関係でもあるのか?」


「え~っと、実はですね―――」


 そこから花梨は、クロに今までの経緯を話し始める。建物建築・修繕鬼ヶ島で新しく店を建てる為に、悩んでいた赤鬼と青鬼がいた事。そこで自分が温泉卵の案を出した事。

 青飛車が温泉卵を食べてみたいと言ったので、自分がお節介で行動を始めた事を、嘘偽り無くクロに伝えた。話の内容を理解したクロが、腕を組み「ふ~ん」と言いながら話を続ける。


「なるほどねえ。それじゃあ、その案が通れば永秋の横に花梨が考えた店が建つワケか。面白そうだな、それなら応援するぞ。頑張れよ」


「本当ですかっ? ありがとうございます! それじゃあ、地獄の湯を使わせてもらいますね!」


 応援してくれたクロにお辞儀をすると、ゴーニャと共に露天風呂の一つである『地獄の湯』へと向かっていった。

 客がいない脱衣所をそのまま通り抜け、風呂場へと入場する。入場してから辺りを見渡してみると誰もおらず、不気味な静寂に包まれており「はえ~、本当に誰もいないや」と言う、花梨の独り言が露天風呂内に反響した。


 近づくにつれ体感温度がみるみる上がっていく、ヒノキで作られた大きな風呂前まで来ると、その場にしゃがみ込む。

 そして、生卵が入っているザルに二つの紐を固定し、音も無く沸騰している湯の中に沈め、携帯電話で現在時刻を確認し始めた。


「よしっ、後は三十分ぐらい待てばできるかな」


「花梨っ、これで、おんせんたまご? って言うのができるのかしら?」


「そうだよ~。できたらゴーニャにも食べさせてあげるから、楽しみにしててね」


「うんっ!」


 新しい食べ物を食べられると知ったゴーニャは、嬉しそうにしながら微笑むと、花梨が「ふふっ」と声を漏らして微笑み返す。

 五分ほどすると、ゴーニャが再び「あの青い方の鬼……、青飛車、だったかしら? 私達の事を親子だって言ってたわよねっ! 嬉しいっ」と、体を左右に揺らしながらニコニコと話し、花梨も「姉妹だとも言ってたよねぇ。カワイイ妹が出来ちゃったなぁ」と、照れを交えて言葉を返した。


 すると、喜びの感情が爆発したゴーニャが、しゃがんでいる花梨の胸元に飛びつき、顔を深くうずめ、甘える猫のように何度もを頬ずりをし始める。


「じゃあ私、今日から花梨の妹になるっ! かり~んっ」


「あっはははは。まったく、甘えん坊な妹だなぁ」


 そう言いつつも花梨は満更でもない様子で、帽子の上からゴーニャの頭を優しく撫でまわし、小さい体をギュッと抱きしめた。

 外から差し込む日差しで、二つの姉妹の影が仲良く一つに重なる。その影はしばらく間、別れる事なく重なり続け、明るい笑い声を露天風呂内に響き渡せていった。

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