20話-1、建物建築・修繕鬼ヶ島の手伝い
満月の夜から一週間が経ち、当時の悲惨たる記憶が薄れてきた朝八時頃。
花梨達の部屋内に、眠りを妨げる騒がしい目覚ましのアラーム音が鳴り響いていた。
その忌々しい音で目覚めた花梨の右腕が、慣れた手つきでアラーム音を消し、再び眠りにつくように布団の中へと吸い込まれていく。
花梨とゴーニャの寝坊癖が移ったのか、座敷童子の
その光景を睨みつけるように見ている、朝食を持って来ていた女天狗のクロが「纏もとうとう、そっち側に行っちまったか……」と、寂しさを含んだ声を漏らすも、表情は、悪巧みを考えているワンパク小僧のようにニヤついていた。
「さて、久々に私の出番だな。どうすっかな、三人同時に起こすか? ……花梨だけガバッて起きれば、残りの抱きついてる二人も起きるだろう。よし、ここはシンプルに行くか」
そう算段を立てたクロは、一枚の小さなタオルを取り出し、脱衣所に向かってタオルを水で湿らせる。そして、部屋に戻って安らかな表情で眠っている花梨の顔に、そっと覆いかぶせて反応を伺った。
顔に覆いかぶさった濡れたタオルは、花梨の呼吸を容赦なく妨げる。呼吸を出来ていない鼻の部分が、膨れ上がったり沈んだりと繰り返す回数が早まっていく。
少しすると、酸素が供給出来ずに苦しくなってきたのか、両腕がじわじわと天井に向かって震えながら伸びていき、指先は何かを探すようにワキワキと激しく暴れ始める。
そして、限界を迎えたのか花梨が勢いよくガバッと起き上がり、その勢いで顔からタオルが剥がれ飛んで布団の上へと落ち、苦しんでいる花梨の顔が出てきた。
しかし、ゴーニャと纏はそれでもなお目を覚まさずに、起き上がった花梨の体を強く抱きしめ、ぶら下がりながら静かに寝息を立てている。
肩で呼吸をしながら一点を見据えている花梨と、テコでも起きないゴーニャと纏を見たクロは、腹を抑えて笑いを殺しながら口を開いた。
「ふ、二人がものすごい体勢で寝てやがる……。おもしれえ……」
「く、クロさん……、これ、ダメなやつ。死んじゃうやつ……」
「だよな、やっぱりマズイよな」
「……はい、次はやめてください……」
「だったら、目覚ましが鳴ったらすぐに起きんかい」
「ごもっともです……」
花梨が降参して頭を下げると、クロが勝ち誇った笑みを浮かべて「んじゃ、朝食はテーブルに置いといたぞ。今日も一日頑張ってこいよ」と言いつつ、手を振りながら花梨達の部屋を後にする。
クロを見送った花梨は、体にぶら下がって寝ている二人をそっと起こし、ベッドから下りる。私服に着替えると、ゴーニャも花梨から貰ったオレンジ色のTシャツから、青みがかっている白いロリータドレスへと着替えた。
纏も同じく、花梨から貰った黄色いTシャツから黒い和服へと着替え、寝ぼけ
今日の朝食は大きなホットドッグのようで、長いパンの間には、同じ長さの太いウィンナーがギッチリと詰まっている。
細かく刻まれた飴色のタマネギも一緒に挟まれており、その上には、ケッチャプとマスタードの線が交差するようにかけられていて、見た目だけでも食欲が刺激されていった。
「ホットドッグだ、久しぶりに食べるなぁ。いただきまーす!」
「いただきますっ!」
「いただきます」
声を揃えて朝食の号令を唱えると、花梨が真っ先にホットドッグに手を伸ばして口に頬張り、ゴーニャと纏も後を追うように手に取り、小さな口であんぐりと頬張った。
ふんわりとした焼きたてのパンの香ばしい風味と、パキッと音を立てて割れたウィンナーから、染み出してくる肉肉しい旨味を含んだ油が口の中に広がり、ケッチャプのほどよい酸味と、マスタードのピリッとした辛さがその後を追いかける。
飴色のタマネギも負けじと言わんばかりに、四つの自己主張し合っている風味を、問答無用で塗り替えるほどの深い甘さを放出し、
「う~ん、アメリカンな味だ。陽気な気分になるなぁ」
「ちょっと
「美味しいねぇ~。ああゴーニャ、口の周りにケッチャプとマスタードがベッタリくっついてるよ。ほら、拭いて拭いて」
花梨がティッシュを二枚取り出して差し出すと、ゴーニャは慌てて受け取り、口周りに付着している赤と黄色のヒゲをゴシゴシと拭き落としていく。
その光景を横目で見ていた纏が、呆れたように鼻で笑い、半分ほど食べたホットドッグを口の中へと入れた。
「ゴーニャだらしない」
「纏姉さんも人の事を言えないですよ。纏姉さんの口周りにも、鮮やかなヒゲが生えてますからね」
「ゔっ」
それを聞いた纏も花梨からティッシュを受け取り、ゴーニャに背を向けて急いで口周りを拭くも、一部始終を見ていたゴーニャは、ニヤニヤとした視線を送っていった。
何度拭いても、口周りに鮮やかなヒゲが生えるホットドッグを完食すると、ヒゲの剃り残しがある纏が「それじゃあ、また夜来るね」と言い残し、窓から飛び降りて花梨達の部屋を後にする。
花梨も入念に口周りを拭くと、
二人が支配人室に入るや否や、キセルの煙をふかしていたぬらりひょんが「来たな」と言い、再びキセルの煙をふかした。花梨がゴーニャから手を離し、リュックサックを背負い直しながら口を開く。
「おはようございます、ぬらりひょん様」
「おはようございますっ」
「うむ、二人共おはようさん。それじゃあ早速だが今日は『建物建築・修繕鬼ヶ島』に行ってもらう」
鬼ヶ島という単語を耳にした花梨が、思わず首を
「鬼ヶ島……、鬼を退治してくればいいんですかね?」
「阿呆、退治してどうする。赤鬼と青鬼が中心になり、建築関係の仕事をしているんだ。奴らは、この温泉街の要でもあるな。と言っても、最近は居酒屋浴び飲みの修繕工事ぐらいしかしていないがな」
「ああ……、
「ふっ、正解だ。建物建築・修繕鬼ヶ島が無ければ、とうの昔にあの店は崩壊していただろう」
そう語ったぬらりひょんが、キセルの吸い殻を灰皿に落とし、新しい刻みタバコをキセルに詰め始めた。今日の目的地を知った花梨が、胸を叩きながら話を続ける。
「とりあえず建築関係の仕事もやった事があるんで、任せてください!」
「
「了解です! それじゃあゴーニャ、行こっか」
ゴーニャと手を繋ぎ直すと、白い煙が充満している支配人室を後にし、空気が澄んでいる外まで出ていった。
そのまま、
最近二人は外を出歩く際、必ずと言っていい程に手を繋ぎながら歩いており、二人はそれについて、何の違和感も疑問も抱いていなかった。
中身の無い会話を楽しみつつ、お互いに微笑みながら建物建築・修繕鬼ヶ島の前まで来ると、歩んでいた足を止め、目的の建物をまじまじと眺め始める。
建物の大きさは、周りの建物に比べると一回りも二回りも大きく、屋根は頑丈そうな艶のある黒い瓦で敷き詰められており、建物全体は、濃い茶色の木材を使用していて平屋を思わせる作りになっている。
大きく口を開いている入口には扉が無く、外からでも中の様子が伺えた。入口の上には、黒い
時折、建物内から心が安らぐ木材の匂いがフワッと漂ってきて、花梨は無意識の内に鼻で深呼吸し、にんまりと笑みを浮かべた。
リズミカルに金槌を叩く音や、ノコギリで木材を切る賑やかな音も建物内から聞こえてきて、物を作るのが好きな花梨の心が躍り、
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