20話-3、総大将の独り言
「さて、そろそろいいかな」
『地獄の湯』に生卵入りの木のザルを浸してから、三十分が経過した事を携帯電話で確認すると、固定していた紐で木のザルをゆっくりと引き上げる。
そして、胸元で眠りについていたゴーニャをそっと起こすと、調理として使った地獄の湯を後にし、受付にいたクロにもう一度お礼を言ってから、建物建築・修繕鬼ヶ島へと戻っていった。
「
「あれ、本当に作ってきてくれたのかい? なんだか悪いね。それじゃあ早速いただこうかな、皿と箸を持ってくるから待っててくれ」
そう言って椅子から立ち上がった青飛車は、建物内の一番左側にある『スタッフルーム』の部屋に入っていき、人間には少し大きい皿と箸を四セットずつ持ってきて、花梨、ゴーニャ、
花梨が後を追うように、各自の皿に出来立ての温泉卵を乗せると、温泉卵自体は知っていたものの、割り方までは知らなかった
「花梨さんよ、殻はどう取りゃいいんだ?」
「生卵と同じ要領で割って、お皿の上に落としてもらえれば大丈夫ですよ。こんな風に……」
そう説明した花梨は左手で皿を持ち、右手で卵を数回皿に当ててヒビを入れ、片手で器用に卵を割った。
割れた卵の中から、トロトロでプルプルとしている白身が出てきて、その柔らかそうな白身が、程よく固まった濃い色をしている黄身を包み込んでいる。
青飛車と赤霧山も真似をして、温泉卵を割って皿の上に落としている中。花梨はゴーニャの温泉卵を割り、皿の上に落としてから差し出した。
殻は木のザルの中に入れ、待ちかねた温泉卵の試食が始まると、我先に食べた花梨がにんまりと笑みを浮かべる。
「んっはぁ〜、白身がトロットロ! 黄身も味が濃くて美味しいや」
「花梨っ! これ、とっても柔らかくておいしいわっ!」
「ゴーニャも楽しみにしてたもんねぇ。口に合ってよかったよかった」
赤霧山も「うん、こりゃ美味い。いいんじゃないか? 温泉卵を出す店とか」と、賞賛するも「確かに美味いが、これだけで出すのか?」と、温泉卵の味は褒めるも、物足りなさを感じた青飛車が異議を申し立てる。
その二人の会話を聞いていた花梨が、温泉卵を完食してから話に割って入った。
「実は、色々と考えていたんですよ。トッピングもあればいいな〜、と思ってまして。木霊農園の野菜、牛鬼牧場のお肉……。ああ、想像しただけでヨダレが……」
花梨のアイデアに「トッピングか、いいアイデアだな。セルフサービスにして、客に自由に取らせたりとかいいかもしれん」と、ノッてきた赤霧山に、青飛車も「最初からメニューを用意して、客に選ばせたりとかもいいかもな」と、残っていた温泉卵を口に入れる。
更に赤霧山が「面白そうだな、温泉卵専門店。これでいいんじゃないか?」と、後押して皿と箸をテーブルに置くと、「うん、俺もそれで良いと思うぞ。後は、ぬらりひょん様がどう言うかだな。秋風さんは、どう思う?」と、青飛車が花梨に目を向けた。
「私ですか? 私は、それを決定出来る立場ではないので……」
花梨の曖昧な返答に、青飛車が「ふむ、ならばこれでいこう」と即決し、「よし、決定だな。なら、秋風さんよ。ぬらりひょん様に報告してきてくれないか? その方が、意見が通りやすくなるだろう」と、赤霧山が言葉を返す。
「私がですか!? せ、責任重大ですね……。分かりました、それじゃあ永秋に行ってきますね。ゴーニャ、行くよ」
突如として報告役に抜擢された花梨は、若干臆しながらもゴーニャと手を繋ぎ、建物建築・修繕鬼ヶ島を後にする。
再び永秋まで戻ると、今度は支配人室を目指し、赤いふわふわの絨毯が敷かれた中央階段を登っていく。
支配人室の扉の前まで来ると、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、扉をノックして中へと入っていった。
「お疲れ様です、ぬらりひょん様」
「なんだ、花梨とゴーニャか。もう仕事の手伝いは終わったのか?」
「いえっ、まだ仕事中です。それでなんですが、青飛車さんと赤霧山さんに、新しい店を出そうとか言っていましたよね?」
花梨の質問に対し、ぬらりひょんはキセルの煙をふかしながら「そうだが、なぜ花梨の口からその件が?」と言い、再びキセルの煙をふかす。
「えっと、私が考えた案が通ったみたいでして……。ぬらりひょん様に報告しに来ました」
「なにっ、お前さんが考えたのか!? 言ってみろ!」
驚いたぬらりひょんが目を丸くし、食い気味の反応を見せると、花梨はおどおどとしながら説明を続ける。
「そ、その〜、この温泉街には無い食べ物でして。温泉卵を提供する店、です」
「温泉卵……? なるほど、そう言えば無かったな。しかし、温泉卵だけか? 流石にそれだけじゃ味気ないと思うんだが」
「いえっ、一応トッピングとかも色々と考えています。木霊農園の野菜、牛鬼牧場のお肉をとかですね。お客さんにメニューから選んでもらったり、セルフサービスでトッピングを自分達で選んでもらったり~、です」
青飛車達が出した案も交えて説明すると、口に手を当てたぬらりひょんが、右眉毛を上げつつ話を続ける。
「ふむ、なるほど。しかし、温泉卵と言うぐらいだから、当然源泉か温泉で作るのだろう? そいつはいったいどうやって用意するんだ?」
「げ、源泉? ……温泉? えっと、え~っと……」
温泉卵を食べる事だけにしか意識が行っていなかった花梨は、その他の大事な部分を指摘されると、まったく考えていなかったせいで、思考がピタリと止まってしまい言葉が詰まる。
しどろもどろになり、何か妙案が無いか必死になって思案している中。先ほどのクロの言葉と、『地獄の湯』の有様を思い出すと、花梨は「あっ」と声を漏らし、後先を考えずに口を開いた。
「あの~、ぬらりひょん様……。ちょっとした、ご相談がありましてぇ……」
「相談? 言ってみろ」
不意に、口調に重圧感が増したぬらりひょんの言葉に対し、全身に鋭い緊張が走った花梨が、思わず
そのせいか、キセルの白い煙が充満している支配人室の空気が、一挙に張り詰めたものへと変わる。不穏が漂う空気の中でも、花梨は他に妙案が思い浮かばなかったせいか、そのまま話を続ける。
「そ、その~……。地獄の湯があるじゃないですか? そこから、パイプを繋げて少しずつお湯を拝借するのは……、まずい、ですよね?」
「地獄の湯からパイプを繋げる、だと?」
「あっ! いやっ、その……」
ぬらりひょんの予期せぬ返答の悪さに、花梨は
両腕を組んで、眉間にはこれ以上にない程までに深いシワを寄せており、ふざけた発言で怒りが浸透しているのか、顔全体が小刻みに震えている。
鋭くつんざくような眼光は花梨一点を捉えていて、その眼光で心を刺された花梨は、全身の隅々まで
「す、すみません……。もっとちゃんと考えてから、発言するべき、でした……」
「……」
「うっ、ううっ……」
ぬらりひょんから返答が無かったせいか、花梨は、も、ものすごく怒ってる……。流石にいまの馬鹿げた案はマズかった……。完全に浮かれていたせいだ……。ああ、私のバカ……。と、酷く自己嫌悪し、恐怖で体が震え始める。
が、張り詰めていた部屋の空気が急に柔らかくなり、いつもの支配人室の空気へと戻っていく。そして、恐怖で気が気でなくなっている中。花梨の耳に「ふっ、よかろう」と言う、ぬらりひょんの温かな言葉が入り込んできた。
「……えっ?」
その言葉で、呆気に取られた花梨が
「元々あそこは客の出入りが悪く、扱いに困っとったんだ。有効活用できるのであれば、是非とも使うがいい。花梨の温泉卵の案、ワシはすごく良いと思うぞ」
「……そ、それじゃあ?」
「うむ、青飛車と赤霧山に伝えといてくれ。温泉卵を出す店とやらを建ててくれ、とな」
ぬらりひょんの全肯定する言葉に花梨は、怯えていた表情がパァッと一気に明るくなり、目と口を大きく開いた。
「ほ、本当にいいんですか!?」
「ああ、ワシはすごく気に入っとるぞ。店が開店したら、絶対にワシを一番客として呼んでくれ」
「わぁ~……、ありがとうございますっ!」
花梨の温泉卵の案が快諾されると、終始
「なんだかよくわからないけど、よかったわね花梨っ!」
「うんっ、ありがとうゴーニャ! すっごく嬉しいや! 本当にありがとうございます、ぬらりひょん様!」
「店が開店するのを楽しみに待っとるぞ。それと、一刻を争う事態だ。早く二人に報告してこい」
「分かりました! それでは失礼しますっ! ゴーニャ戻ろっ」
花梨が満面の笑みでぬらりひょんにお辞儀をすると、そのままゴーニャと手を繋ぎ、駆け足で支配人室を後にした
その二人を見送ったぬらりひょんは、扉が閉まった事を確認すると、座っていた椅子を回転させる。そして、背後にある窓に目を向けると、キセルの白い煙をふかしてから口を開いた。
「おいっ、聞いたかお前さん達よ! 永秋の横に、花梨が考えた店が建つ事になったぞ! 喜ばしいことだ……。花梨の説明を聞いている内に、思わず涙が滲んできてしまったわ。必死になって
とある二人の名前を呟いたぬらりひょんの目に、堪えていた涙が滲み始める。そのまましばらく間は、鼻をすする音が支配人室内に響き渡り、鳴り止む事はなかった。
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