10話-1、木霊農園へのおつかい

 既に温泉街は活気に溢れており、心地よい秋の風が窓から入り込んでる午前十時頃。


 たっぷりと眠れたお陰か、奇跡的に一回目の目覚ましのアラーム音で目を覚ました花梨は、大きなあくびをついてから固まっている体を伸ばし、ベッドから抜け出す。

 私服に着替えて歯を磨き終え、珍しく冴えている目でテーブルの上を見てみると、ふっくらとしている二つのコッペパンと、そのお供に、ビンの容器に入っている牛乳が置かれていた。


「パンと牛乳かぁ、シンプルながらも嬉しい朝食だよね~。いただきまーす!」


 花梨はまず初めに、濃厚な深い甘みのある牛乳を飲んで喉を潤し、パンを口の中に入れるための準備を済ませる。

 そして、とても柔らかい感触がするコッペパンを手に取り、大口を開けて一気に半分以上口の中へと入れた。


 一つ目のコッペパンの中身は、強く感じる甘さがあるも、その中に酸味が見え隠れしているイチゴジャムで、そのイチゴジャムが大量に入っているおかげか、牛乳を飲まなくてもスムーズに食べられるようになっていた。


 一分もしない内に食べ終えると、牛乳を飲んでから二つ目のコッペパンに手を伸ばす。


 二つ目のコッペパンの中身は、食感が大いに楽しめるようになっている粒あんで、イチゴジャムとはまた別の上品な甘さがあり、なおかつ牛乳との相性も抜群で、こちらもあっという間に平らげていった。


「ふぅっ、美味しかった。出来立てみたいな温かさがあったけど、パンも永秋えいしゅうで焼いているのかなぁ?」


 花梨は、空いた皿を眺めつつ首をかしげ、聞いてみないと出ない答えを、頭に抱えながら皿を水洗いして、テーブルの上に置いた。

 昨日、ぬらりひょんに持ってくるようにと言われた剛力酒ごうりきしゅを、リュックサックに入れ、しっかりと背負ってから支配人室へと向かっていった。


「おはようございまーす!」


「おお、おはようさん」


 花梨の挨拶に返答をしたぬらりひょんは、相変わらず椅子にふんぞり返りながら座っており、室内に白いキセルの煙を撒き散らしている。

 そのせいか、室内は薄っすらと白いモヤが掛かっており、更に白く染め上げているぬらりひょんが、キセルの煙をふかしながら口を開いた。


「それじゃあ早速だが、昨日も言った通り、今日は木霊農園こだまのうえんにおつかいに行ってきてもらうぞ」


「了解です! 確か、野菜をここまで運んでくればいいんですよね。量はどのくらいあるんですか?」


「このリストに必要な野菜と数が書かれておる。話は既に付けてあるから、木霊農園にいる奴に渡すだけでいいぞ」


「分かりました、どれどれ……」


 花梨は、ぬらりひょんから手渡された、A4サイズの紙に書かれている内容を見てみると、


 レタス:70玉     ピーマン:200個

 キャベツ:60玉    ゴボウ:50本

 玉ねぎ:70個     ほうれん草:80束

 ニンジン:80本    カボチャ:50玉

 ジャガイモ:100個   アスパラガス:150本

 カブ:40個      オクラ:60本

 ブロッコリー:40個  カリフラワー:40個

 小松菜:60束     きゅうり:150本

 ゴーヤ:30本     サツマイモ:50本

 里芋:50個      さやいんげん:40束……


 と、これらの他にも、リストの下までビッチリと野菜の名前と数量が書かれている。

 予想を遥かに上回る膨大な野菜の量に、花梨は途中からリストを見るのがだんだんと嫌になり、リストの影からチラッとぬらりひょんを睨みつけた。


「や、八百屋でも開くつもりなんですか……? いったい何に使うんですかこんなに……」


「明日『草食妖怪の友』という団体が、ここ永秋に宴会をしに来るんだ。もしかしたら、その量でも足りんかもしれん」


「嘘でしょ……? これだけの量だと、剛力酒を飲んでも一回じゃ運び切れないなぁ」


 花梨の愚痴を耳にしたぬらりひょんが、不敵な笑みを発してから話を続ける。


「その件については安心しろ。三トンまで積める大型のリヤカーを用意させておいたから、一回で運べるだろう」


「さ、三トンリヤカー……? もちろん、自転車か何か付いているんですよね……?」


「あるワケなかろう、甘えるでない。リヤカーは既にクロに用意をさせてあるから、さっさと行ってこんかい」


「……へーい」


 無茶苦茶なおつかいをぬらりひょんから託された花梨は、口を尖がらせながらリュックサックにリストをしまい込み、支配人室を後にする。

 外に出る前に、受付に居た女天狗のクロに「ドンマイ」と、優しさと悪意のこもった気遣いにトドメを刺され、ヤケになった花梨は「行ってきまーーすっ!」と、涙を流しながら明るい外へと出ていった。


 沢山の妖怪達で賑わっている外に出ると、たたみ八畳はちじょう以上はあろう大きなリヤカーが、花梨の事を出迎えるように置かれていた。

 そのワンルーム並に大きいリヤカーを見た花梨は、「で、でけぇ……」と呆気に取られながら呟き、出迎えてくれたリヤカーをじっと睨みつける。


「……まず、この姿のままで引けるか試してみねば。最悪、ここで剛力酒を飲んで茨木童子にならないとなぁ」


 極力、人間の姿のままで仕事をしたかった花梨は、リヤカーの前ハンドルを両手で掴み、ゆっくりと持ち上げる。

 そして、どうか、引けますように……。と、強い願いを込めつつリヤカーを引いてみると、思っていたよりもずっと軽く、思わず目を丸くしてキョトンとした。


「あれっ、すごく軽いや。これなら難なく引けそうだ。よーし、行くかっ」


 引ける事が分かった花梨は、安堵のため息をつきながら永秋から出て右の大通りを歩き始め、今日の仕事であるおつかいをする為に、木霊農園を目指して温泉街を抜けていった。

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