10話-2、とても臆病で元気のある木霊達
颯爽とした涼しい秋の風に吹かれ、右往左往しているススキ達が、サーッと静かに音を立てている。
温泉街とはまた別の深い秋の雰囲気を醸し出しており、温泉街ではあまり見かける事がない赤トンボが、ススキ畑のそこらかしこで、風に逆らいながら飛んでいた。
「う~ん、とっても良い景色だ。満月が出ている夜に来たら、最高だろうなぁ」
花梨は、ススキ畑から流れてくる、秋を存分に含んだ風を全身に浴びつつ、赤トンボが飛び交う一本道を進んでいく。
そこから三十分ほど歩くと、地平線の彼方まで続いていたススキ畑が、急に終わりを迎え、今度は広大な野菜畑へと変わる。
こちらも、見渡す限りに剥き出しの濃い茶色い土と、そこから顔を覗かせている野菜達が彼方まで広がっており、相当な大人数でなければ、野菜の管理は到底行き渡らないであろうと想像できた。
が、視界に入る範囲の野菜達は、全てがみずみずしく健康そうであり、木霊農園には相当作業員がいるのだろうと、花梨は推測した。
「作業員何人いるんだろう? とっても広いから、五百人いたとしても全然足りなそうだなぁ」
野菜の管理は全て行き届いているようだが、肝心の作業員の姿がどこにも見当たらず、見えるのは元気に飛んでいる赤トンボや、顔がへのへのもへじで、ほつれた麦わら帽子をかぶっている複数の
たまに、風が吹いていないのにも関わらず、野菜の葉っぱが揺れ動いているように見えたが、虫か動物だろうと思った花梨は、気に留めないで更に一本道を進んでいった。
そこから二十分ほどすると、野菜畑の中に一軒の建物らしき建造物が目に入り、花梨は、あそこなら人がいるかな? と予想し、歩く速度を早めてその建物へと近づいていく。
建物の前まで来て、リヤカーを置いてから辺りに人が居ないか探してみるも、やはり人っ子一人おらず、微塵の気配すら感じなかった。
が、しかし、建物の前にある広場には、先ほどまで人がいたのであろうか、適度な大きさの石で設けられた簡易型の囲炉裏があり、火が起こされていて、網の上にある厚底鍋を煮えたぎらせている。
厚底鍋には蓋がされておらず、近づいてから中を覗いてみると、濃厚な味噌の匂いを漂わせる野菜スープが入っており、鍋の底から湧いてきている泡と共に踊っていた。
花梨は、その食欲をくすぐってくる美味しそうな匂いを嗅ぐと、食べてみたいという衝動に駆られたが、まだ少ない自制心が残っている内に、その場から逃げるように慌てて離れる。
鍋の中身を忘れるように、必死になりながら改めて建物に目をやると、それなりの大きさと広さはあるが、とてもじゃないが、大人数の作業員が全員入れるとは思えなかった。
外見は少し寂れているものの、掃除などは行きと届いているようで、小奇麗になっている。
店というよりも、田舎にある民家のような印象を受け、花梨の頭の中に、座敷童子堂の建物が思い浮かんだ。
こっそりと誰もいない建物内に入ってみると、中は大半が土間になっており、花梨が来る直前まで誰かが作業をしていたのであろうか、新鮮な野菜の切れ端や、カッターよりも小さい刃物らしき物が、無造作に散らばっている。
その刃物が目に入った花梨は、刃物らしき物の柄の部分を指で摘まみ、拾い上げてからまじまじと眺めてみた。
かなり小さいが包丁の形をしており、刃先があり、切っ先もあり、
「どう見ても包丁だよなぁ……。すごく小さいや。刃渡りは四センチあるかないか、ぐらいかな? 何に使う包丁なんだろ?」
小さい包丁を、ひっくり返しながら使用方法を考えていると、奥の方からガサッという小さな物音と共に、急に何か得体の知れない気配を感じ始める。
その音を耳にした花梨は、足音を忍ばせてゆっくりと奥に向かい、開いている扉から顔を覗かせて辺りを見渡してみた。
すると、室内の右側を伺っていると、反対方向から「ヒィッ……!」と、か細い叫び声が聞こえてきて、その声がした方向に目を向けると、花梨の事を見ながらガタガタと震えている小人が立っていた。
背丈は十センチほどで、青いチェック柄の三角巾を頭にかぶっており、青いブロックチェック柄に似た民族衣装を思わせる服を着ている。
鼻の下に灰色のチョビ髭を生やしていて、髪の毛も同じ灰色をしていた。
その民族衣装を着た小人は、涙ぐんでいる澄んだ瞳で、怯えながら花梨の事を見ており、遠くから見ても分かるほど強く体を震わせていて、足に力が入らなくなったのか尻餅をついた。
「あ、あのっ……。あなた様は……、な、何者、デス、か……?」
「私、ですか? 木霊農園に用がありまして、
花梨が自己紹介を終えると、怯えていた小人の体の震えがピタッと止まり、キョトンとした目で「秋風 花梨さん……?」と、思案するように声を漏らす。
「もしかして、ぬらりひょん様からの指示でここに来た人間の方、デスか?」
「はいっ、そうです」
それを聞いた小人は、怯えていた表情が一気にぱあっと明るくなり、安心したようにため息をついてから話を続ける。
「あなた様がそうでしたか! いやはや、仲間達から、見かけない人が野菜畑を通っていると報告がありまして。それで、みな恐怖し、一斉に隠れていたのデス……。申し訳ないデス」
「えっ、隠れていたんですか? だから、人っ子一人見かけなかったワケかぁ」
小人は謝罪するように何度も頭をペコペコと下げ、小さいハンカチで、冷や汗を拭きながら更に話を続ける。
「いやー、我々
「
要件を伝えた花梨は、リュックサックから例のリストを取り出し、朧木の前にそっと置いた。
そのリストよりも小さい体をしている朧木は、絨毯のようなリストの上に乗り、「ふむふむ」と口にしながら内容を確認し始める。
「ぬらりひょん様から話を伺っておりましたが、やはりかなりの量がありますね。わかりました、仲間総出で集荷を致しますので、土間の方へどうぞ」
そう言った朧木に誘導されると、花梨は先ほど小さな包丁を拾った土間へと移動する。
先に土間に移動していた朧木が、土間の中央付近で立ち止まると、部屋中をキョロキョロと見渡しながら叫び始めた。
「おーいっ、みんなーっ! 花梨さんがいらっしゃったぞーっ!! 仕事の時間だから、もう隠れていないで出てきなさーいっ!」
「あっ、この部屋にも隠れていたんですね……、おっ? おっおおっ……おおおおっ!?」
朧木が、誰もいないハズの部屋内で叫び上げると、あらゆる物陰から、朧木と同じぐらいの伸長をした木霊達がひょっこりと現れ始める。
しかし、現れた木霊の数が尋常ではなく、次から次へと止めどなく土間へと集合していき、あっという間に、土間を埋め尽くすほどの木霊達が朧木の事を囲んだ。
静まり返っていた土間が、一気に明るく騒がしくなり、その圧倒的な光景を垣間見た花梨は、呆然としながら口をあんぐりと開けた。
「はぇ~……。こんなに大勢の木霊さん達が隠れていたなんて……」
「ここにいるのは、ほんの一部の木霊達です。外にはまだまだ沢山の木霊達が―――」
率直な意見を口から漏らした花梨の呟きを、朧木が返答している最中に、部屋にいた別の木霊達が花梨の呟きを一斉に叫び上げる。
数が数なせいか、爆音に近い合唱は凄まじい衝撃波となり、建物と周りの空気を激しく揺るがした。
花梨はその爆音を浴びて、思わず両手で耳を塞ぎ、起爆剤の追加として「だあーーっ!? うるさっ!」と木霊達に与えると、木霊達は応戦するかように第二の爆音を放ち、再び建物を激しく揺るがす。
その爆音が行き交う中、涼しげな表情で聞いていた朧木が慌てながら声を上げた。
「コラーッ!! みんな、やまびこをするのを止めなさーいっ!! 花梨さんが驚いているだろう!」
「やぁっ……、やまびこぉ……?」
木霊達による、二つの爆音衝撃波を全身モロに浴びた花梨は、耳内に甲高い耳鳴り音が鳴り響いている中、やまびこをするように同じ言葉を繰り返す。
「そうデス。我ら木霊は木の精霊であり、やまびこの正体でもあるのデス。ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ないデス……」
「わぁ、悪気が無ければぁ……、私はじぇんじぇん大丈夫ぅ、です……」
花梨は両耳の穴を指で塞ぎ、口をヒクつかせながら答え、それを聞いた朧木は安堵のため息をつくも、もう一度だけ、顔を引きつらせている花梨に頭を下げて謝罪した。
そして朧木は、花梨から受け取った巨大なA4サイズのリストを広げると、周りに大勢いる木霊達に、指示と出すように叫び上げる。
「みんな、さっきも言ったが仕事の時間だ! このリストに書かれている野菜を、各自集めてくるように! 集め終わったら、リヤカーに全て乗せておいてくれ! それじゃあ、よろしく頼むぞ!」
朧木が、ハキハキとしながら木霊達に指示を出すと、リストを見た木霊から順々に外へと駆け出していき、あっという間に部屋内は、花梨が最初ここに来た時と同じような静まり返った部屋へと戻っていった。
「あっという間にいなくなっちゃったや……」
「うちは迅速がモットーデスからね。そうだ、どうでしょう花梨さん。待っている間に、お昼ご飯でも食べますか?」
「いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて、いただきますっ!」
「分かりました。それでは木霊農園で作った、とっておきのお米と野菜でお昼ご飯を作りますので、少々お待ち下さいね」
そう説明した朧木は、周りに残っていた木霊達に声を掛け、昼食の準備をする為に、一緒に奥にある部屋へと入っていった。
花梨は、もしかしたら、さっき外にあった野菜スープも飲めるのでは……? と、期待を寄せつつリヤカーに寄りかかり、野菜畑で作業をしている可愛らしい木霊達の姿を、微笑みながら眺め始めた。
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