77話-6、総大将の身勝手な計らい

 祝福の空気に満ち溢れた永秋えいしゅうの前で、早めに誓いのキスが行われた後。

 狐の嫁入りの列は妖狐神社へ戻って行き、本殿前で終わりを迎え、舞台は直会殿なおらいでんへと移る。

 かえでに導かれた今回の主役である、新郎新婦の八吉やきち神音かぐねが直会殿に入るや否や。目を疑う光景に、両者共に口をだらしなくポカンと開けた。


 本来であれば披露宴は行わず、こじんまりとした会食だけで済ませる予定だったはずなのに対し、目の前には想定外の大規模な披露宴会場が広がっていた。

 全体的にブラウン色ベースで、落ち着いたシックな雰囲気を醸し出していて。テーブルと黒の椅子が大量に設置されており、どの席にも知った顔ぶれが座っている。

 そのテーブルには、前々から綿密な計画を立てていたのにも関わらず、予定には入っていない和食メインの豪華絢爛な料理が並んでいた。


 打ち合わせは一切しておらず、聞いてもいないのに予想外の装飾と規模に、八吉と神音が蚊帳の外へ追いやられている最中。

 隣に居るかえでは、予想通りと言わんばかりの表情をしていて、糸目を妖しく微笑ませていた。


「お、狐の嫁入りの時には居なかった、朧木おぼろぎ馬之木ばのき幽船寺ゆうせんじもおるの。おお、今日は『丑三つ時占い』が休みなのに、未刻みこくの姿が―――」


「お、おい……、楓?」


「む、なんじゃ?」


「なんだよ、これ? 打ち合わせじゃあ会食って、長テーブル二つ程度のもん、だったよな?」


「そうじゃったな」


 打ち合わせの内容を認めつつ、あっけらかんと返してきた楓に、八吉は見開いている顔を楓にやり、指先を会場へ向ける。


「だよな!? やっぱりそうだよな! なんだよこれ、めちゃくちゃ本格的なもんになってんじゃねえか!」


「うわあ〜……。あんなに豪華な和食料理、料亭でも見た事がないや……」


「内装のこーでねーとと料理は、ぬえが担当したようでの。どうやら、現世うつしよの結婚式場を参考にしているらしい」


 狼狽えている八吉の言葉に、意を介さず話を進める楓へ、八吉は「へ、へぇ〜、そうなのか……」と一旦は相槌を打つも、「いや、そうじゃねえって!」と話を戻す。


「打ち合わせの内容とまったくちげえじゃねえか! 一体どうなってんだよ?」


 説明を求められると、楓は八吉に顔を移し、口角を緩く上げる。


「今回は、ワシもかなり引っ掻き回されての。これは全て、ぬらりひょんの身勝手な計らいじゃ。お主らは何も気にせんでいい」


「ぬらりひょん様の?」


「そうだ、驚いただろ?」


 事の現状があらわになってくると、不意に背後から、第三者の嬉々としている声が割って入ってきた。

 その先ほど聞いた声がした方に、八吉と神音が顔を向ける。見開いた視界の先には、今回の元凶とも言えるぬらりひょんが立っていた。


「ぬ、ぬらりひょん様!」

「ぬらりひょん様っ!」


 夫婦が同時に声を揃えて言うと、ぬらりひょんはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「八吉よ。お前さんから結婚の報告を受けた日に、楓の所に言って結婚式の流れを聞いたんだが、その時はワシ以外に報告をしていなかったそうじゃないか」


「そ、そうですね。言うのが恥ずかしかったので……」


「なるほど。それに披露宴は行わず、自分らだけで会食を済ませるつもりだったんだよな?」


「はい。誰も呼んでないので、それでいいかなと」


「阿呆。爪が甘過ぎるぞ、八吉」


 ウブが極まった八吉に、ぬらりひょんは火がついていないキセルで八吉を差し、ニヤリと笑う。


「爪、ですか」


「そうだ。たとえ誰にも知らせていなくとも、一旦バレてしまえばこのザマよ。見てみろ、温泉街の奴らが出揃っている式場を」


 そう言ったぬらりひょんが、キセルの先を披露宴会場へ移したので、そのキセルを目で追ってから、差された先の光景へ顔をやる八吉達。


 興奮しながらカメラを連写し、一夜限りの思い出を切り取り続けている雹華ひょうか。今回ぬらりひょんの指示で、式場のコーディネートを担当したぬえ

 大急ぎで用意したのか。山のような酒とシャンパンを開けている、酒天しゅてん酒羅凶しゅらき。式場の一角で料理作りの手伝いをしている、クロと女天狗達。

 酒を嗜みつつ相撲について熱く語り合っている、薙風なぎかぜ流蔵りゅうぞう、花梨達。他にも、新郎新婦を待ちながら騒いでいる者達もいる。


 そんな、建築途中の温泉街のバカ騒ぎを思い出せてくれるような光景に、八吉は心の底から感極まってしまい、勝手に震え出した唇を固く噤んだ。


「なんだか……、すげえ懐かしい光景だなあ」


「ああ。今や全員が集まる事なぞ、滅多にないからな。やや人数が増えたもんだから、更に賑やかになっておる」


「新旧めんばぁがほ……、全員集まるのは初めてじゃの」


 うっかり『ほぼ』と言いかけそうになった口を止め、ぬらりひょんと八吉に悟られていないか横目で確認してから、花梨に視線を移す楓。

 新旧温泉街メンバーの中には、花梨の家族である父の鷹瑛たかあき、母の紅葉もみじも含まれている。

 しかし二人は、温泉街がプレオープンする前日にこの世を去ってしまったので、初期メンバーが全員集まれる事は、二度と出来なくなっていた。


「……そうだな」


 やはり、八吉も頭に過るものがあったのか。返答は物思いにふけているかのように細く、視線は確かに式場へ向いているものの。何か足りない者を探しているようにも見えた。

 そのまま会話が止まり、約二十秒後。探している者が見つからなかったようで、静かに肩を落とした八吉が、後頭部をガシガシと掻いた。


「こうなるんだったら、初めからみんなに言っときゃあよかったなあ。余計に迷惑かけちまったぜ」


「なに。あやつらは全員、自分の意思でここへ来たんじゃ。それに、お主にも都合というものがあったじゃろ? そう気に病むな」


「まあ、そうなんだがよお……」


 だんだんと罪悪感が芽生えてきたせいで、八吉の言葉は歯切れが悪く、眉間に浅いシワを寄せていく。

 八吉の言葉が神音にも刺さり、何か言いたげな素振りを見せている中。気まずい空気を全て吹き飛ばすように、ぬらりひょんが「うぉっほん」と大袈裟に咳払いをした。


「それじゃあお前さんら、荒波に揉まれる心の準備は出来たか?」


「あ、荒波?」

「……ぬらりひょん様。それって、どういう意味でしょうか?」


「どういう意味だと? いいか? あいつらはまだ、お前さんらの存在に気づいていない状態だ。ワシが注目を集めた途端、どうなるか分かっているだろう?」


 そう楽し気に言ったぬらりひょんが、口角をいやらしく上げる。


「どう、なるんですか?」


「決まっとるだろ? 荒波が如く、一気に押し寄せて来るぞ。さあ、覚悟せい!」


 理由を明かしたと同時に、ぬらりひょんは式場に顔を向け、息を大きく吸い込んだ。


「えっ? あ、ちょっ、ぬらり―――」


「ちゅうもーーーくッ!!」


 慌てた八吉の制止をかき消す大声は、賑わっている式場の空気を瞬く間に塗り替え。何事かと思った全員が、一斉にぬらりひょんの方へ顔をやった。


「ほーれお前さんらよ! 今日の主役が来たぞー!」


「あっ、やっと来やがったな!」


 第一声を放ったのは、式場のコーディネートと料理の用意を急遽任された鵺。

 その鵺が八吉の姿を認めると、猛ダッシュで詰め寄って来ては顔を限界まで近づけて、真紅の瞳で睨みつけた。


「てめえ八吉。よくもまあ私に相談も無しに、結婚しやがったな?」


「お、おお……。すまねえな、鵺。い、言うのが恥ずかしくってよお……」


「なーにが恥ずかしいだ、このバカ。前々から知ってりゃあ、私が全部サポートしてやったのによお」


「さ、サポート?」


 鵺の論点がズレている怒りに、八吉がたじろいで後退るも、横から割り込んできた酒羅凶が「この野郎ッ!」と怒号を上げる。


「当日知ったせいで、店にある酒しか用意出来なかったじゃねえか!! ああッ!?」


「ぐおっ!?」

「にゃっ!?」


 ほぼゼロ距離から放たれた、衝撃波紛いな怒号に凄まじい耳鳴りを起こし、思わず顔を歪める八吉と、密かに巻き添えを食らった神音。

 両者共に目を回し、酷い耳鳴りのせいで瞬間的に外部からの音を拾えなくなるも、温泉街の新旧メンバーはお構い無しに我も我もと詰め寄っていく。

 そのまま全員が思い思いに喋り出すも、八吉達には聞き取れるはずもなく、事態が収集するまで狼狽える事しか出来なかった。

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