77話-7、文句と祝福のリレーと未来の占い
新郎新婦の
ようやく穏やかなさざ波となった新旧温泉街メンバー達は、簡単に話し合った結果。一人ずつ八吉達に物申すべく、静かに並んで自分の番を待っていた。
一人目は、真っ先に駆け寄って来た
「この野郎。結婚式を挙げるのは、いつから決めてたんだ?」
「確か、一、二ヶ月前ぐらいだったか?」
「そうだね。鵺さんに焼肉をご馳走してもらった時には、話は大体纏まってたかな?」
「ああ? そんなに前からだとぉ!?」
鵺の筋違いな怒りにたじろぐ様子もなく、あっけらかんと答える二人。その答えを挑発と受け取った鵺の真紅の瞳が更に細まり、しかめっ面を限界まで八吉に近づけていく。
「神音ならともかくよお。八吉、お前はなんでその時に言わなかったんだ?」
「ち、ちけえって……。だから、さっきも言っただろ? とにかく恥ずかしかったんだよ」
「恥ずかしいって、そんな柄じゃねえだろお前は」
「あっはははは……。とにかくすまねえな、結婚するって言えなくてよ」
全員から言われそうな言葉を突きつけられると、八吉は後頭部に手を当て、苦笑いを見せつける。
そんなマイペースな八吉に、顔を遠ざけた鵺が「けっ」と蔑むも表情は柔らかくなり、鼻からため息をついた。
「ったく。その時に言ってくれりゃあ、最高のコーディネートと料理が用意出来たのによお」
「いや、今でも充分すげえよ。本当にありがとうな、鵺」
「そうか。急遽用意したけど、喜んでくれたようで何よりだ。もし新婚旅行先が決まってなかったら、私に相談しろ。最高のプランを立ててやる。それとこれ」
流れるがままにアピールした鵺が懐に手を入れ、一枚の封筒を取り出し、八吉の胸に押し当てた。
鵺の手が離れた封筒を、八吉が手に取って確認してみると、白い簡素な封筒には筆文字で『祝儀』と記されていた。
「なんだこれ? ……祝儀?」
「なんだ、知らねえのか? そん中には金が入ってっから、神音に何か良い物でも買ってやれ」
「か、金? あっ、ちょ、待てよ鵺!」
言いたい事を全て吐き出せたようで。鵺は八吉の制止を聞かずにその場を離れ、後ろを向いたまま手をヒラヒラと振り返すのみ。
その、気ままな鵺を追おうとするも、次に並んでいた
「八吉ィ」
「うおっと! しゅ、酒羅凶か」
傷が絶えない赤い甲冑の壁に行く手を塞がれ、歩み出そうとした足を止め、恐る恐る見上げる八吉。
見上げた先には、巨木の如く太い腕を組み、ゴツゴツとした岩場を彷彿とさせる顔の中にある獣王の瞳が、八吉を逃がさんとばかりに捉えていた。
「言いたい事は大体言ったから、てめえに言う事は何もねえ」
「お、おう……、そうか。わりいな、結婚する事を事前に伝えられなくてよ」
「それはもういい、過ぎた事だ」
威圧感のある口調でざっくり切った酒羅凶が、捕食者の眼を神音に移す。
「てめえ、神音っつったな?」
「は、はひっ!」
「てめえの事は一切知らねえが、わりい奴じゃねえのは雰囲気で分かる。八吉を選ぶたあ、少しは見る目があるじゃねえか」
一旦は
「さっきぬらりひょんも言ってたが、八吉は馬鹿が付くほど良い奴だ。だが、超が付くほど不器用で馬鹿な奴でもある。けれども、どんな奴でも幸せにしてくれる良い馬鹿野郎だ。そんな八吉を生涯のパートナーに選んでくれて、ありがとよ」
ひたすら不器用に感謝を述べる酒羅凶に、八吉は「ぬらりひょん様、馬鹿って言ってたっけか……?」と密かに呟く。
「八吉は必ず、てめえを幸せにしてくれるだろ。だからてめえも、八吉を必ず幸せにしてやれよ? 頼んだぜ」
最後の言葉に僅かな照れを見え隠れさせるも、酒羅凶は神音の返答を待たず、右手に隠し持っていた物を神音に差し出す。
神音が受け取った物は、厚さ一センチメートルはあろう祝儀袋であり、その厚さを認めた八吉と神音が目をギョッと丸くさせる。
「ちょ、酒羅凶!? もしかしてこれって……?」
「百万円入ってる。新婚旅行費にでもあてろ」
「ひゃくっ……!!」
予想で終わらせたかったが、さも当然の様に言い放った酒羅凶の言葉に、厚い祝儀袋に目を戻す二人。
しかし、ポンと渡されても受け取れるはずもなく。二人は酒羅凶に返そうとするも、目の前には既に居らず、代わりにしゅんとしてる
「八吉ちゃん、神音ちゃん。さっきは場を乱すような事をしちゃって、本当にごめんなさいね」
「場を乱す……?」
酒羅凶の祝儀のインパクトがあまりにも強く、突然言い出した雹華の懺悔に、八吉の反応がやや遅れる。
数秒後。狐の嫁入りが
「ああ、あれか。気にすんじゃねえよ、むしろ感謝してんぜ。なっ、神音」
「うん。カメラとビデオカメラで、私達の思い出をずっと記録しててくれたもんね。すごく嬉しかったです」
「で、でも……」
先ほどまで暴走していた気持ちが落ち着いた後、冷静に思い返して罪悪感でも芽生えたのか。二人に感謝されるも、雹華の表情は晴れないままでいる。
そんな落ち込んでいる雹華に、八吉は一歩前に出て、雹華の冷ややかな肩に手を置いた。
「気にすんなって。それよりも、ビデオカメラの映像とカメラの写真、すげえ楽しみにしてんぜ。必ず全部見せてくれよ?」
「あ、私もすごく見たい! 雹華さん、私にも見せて下さいね!」
「八吉ちゃん、神音ちゃん……」
話を自然にすり替え、楽しみにしてるとまで喜んでくれた二人の振る舞いに、雹華の透き通っている青い瞳が細まり、そのまま閉じて微笑んだ。
「分かったわ。写真は明日か明後日までに現像できるから、映像もその時と一緒に見せてあげるわね。それじゃあ八吉ちゃん、神音ちゃん。ご結婚、本当におめでとう」
「ああ。ありがとよ、雹華」
「ありがとうございます、雹華さん」
裏表のない本音で、表情が晴れてきた雹華を説得して言い包めると、やや不燃焼気味であるも、雹華は華奢な笑みを浮かべてその場を後にする。
雹華の後ろには腕を組んでいるクロがおり、そのまま話を始めるのかと思いきや。一歩前進してきただけで、それ以上近づいて来ようとはしない。
おかしいと思った八吉は、目線を下に滑らせてみる。落とした目線の先には、着古したぶかぶかな赤茶のローブを身に纏い、フードを深々とかぶっている小柄の少女が立っていた。
「おっ、
ようやく気づいてくれた八吉に、
その両手には、メモ帳と赤茶の万年筆を持っていて、メモ帳にスラスラと文字を綴り、八吉に見せつけた。
「『二人が結婚するのを、予言で知ってたから』か。相変らずすげえよな、お前の百パーセント当たる予言は」
八吉がなんの恥ずかし気もなく褒めると、再びメモ帳に何かを綴った未刻が、メモ帳を八吉に向ける。
「『えっへん!』か。久々にお前の字を見たけど、ほんと読みやすくて綺麗だよなあ」
「八吉。未刻さんって、『丑三つ時占い』の人だよね?」
「ん? おお、そうだぜ。神音は初めて会ったか?」
「うん。たまにこっそりお店に行ってたんだけど、毎回閉まってたんだよね」
「行ってたのかよ。店は『丑三つ時占い』の名前の通り、丑三つ時にやってんだ。午前二時から二時半の三十分だけで、不定期にな」
「げっ……、そうだったんだ。完全に寝てる時間だわ」
「それでも、すげえ人気があんだぜ? なんせ百パーセント当たる占い、もとい予言だからな」
『丑三つ時占い』に行っていた事を明かすも、開店時間を知らずに通っていた事を後悔し、悟られない程度に落胆する神音。
しかし、よもやのタイミングで出会えてしまったので、神音は未刻の方に体を向け、白無垢を汚さぬようしゃがみ込んだ。
「未刻さん、初めまして。今日はここへ来てくれて本当にありがとうございます」
感謝の意を込めてニコリと笑うと、未刻は黙ったままメモ帳に何かを書き、メモ帳に両手を添えて神音に見せた。
「『ごめんなさい。次は三日後にやるので、是非来て下さい。神音様、ご結婚おめでとうございます』。三日後! 分かりました、絶対に行きます!」
「へえ〜、開店日を言うなんて珍しいな。神音、何を占うんだ?」
「へっ!? え〜っとぉ……」
無粋を極めた八吉の質問に対し、神音は急に赤面し出して、そわそわと周りの目を気にし始める。
他人に聞かれるのが恥ずかしかったのか。紫色の瞳が下に泳いでいる神音が立ち上がり、八吉の耳元に顔を近づけていった。
「……あ、赤ちゃんが、いつ、産まれるか……」
「んんっ!?」
予想だにしなかった神音の占う内容に、八吉の限界まで見開き、すかさず神音の方へ向く。
「おまっ、それ聞くつもりでいんのか……?」
「だって、早く欲しいんだもん……。ダメ、かな?」
たとえ夫であろうとも、言うのがよほど恥ずかしかったようで。神音の潤んでいる上目遣いに、八吉は思わず心を射抜かれ、神音以上に頬を赤らめる。
最初は言葉に詰まったが、徐々に我が子がいつ産まれるのか気になり出してきた八吉も、目線を左斜め上に逸らし、わざとらしく咳払いをした。
「ま、まあ……、なんだ? その、神音」
「な、なに?」
「その時は、俺も一緒に行くわ」
絞り出したようにか細く言った八吉が、
その短い一言の中にある意味を、余すことなく全て汲み取った神音は、乙女心に溢れる笑顔になった。
「ありがと、八吉。私、頑張るからね」
「……おうっ。俺も今夜は、頑張るからな」
遠目から見ても、二人の雰囲気は濃く色付いている事が手に取るように分かるが、全員は見て見ぬふりをし、視線を天井に逃がしていく。
その疎らに咳払いが聞こえてくる中で。未刻は末尾にハートマークが添えられた『お待ちしています』という文章を、二人にこっそり見せつけていた。
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