77話-5、周りが騒がしい八咫烏の嫁入り

 天狐のかえでの、花梨を想う母性溢れる暴走が止み、夜空にまだ夕焼けの残紅が垣間見える、夕方の五時頃。

 狐火が飛び交い出した妖狐神社の境内けいだいでは、これから狐の嫁入りをおこなうべく、妖狐達が織り成す列が出来ていた。


 最前列には、片手に神楽かぐら鈴を持っている楓と、自前の龍笛りゅうてきを握っている妖狐のみやびがおり。

 次に、提灯や煌びやかな装飾が施された、今回の主役であり新郎新婦である、八咫烏の八吉やきち神音かぐねを乗せた山車だし

 その新郎新婦を囲むように、神楽鈴と龍笛を持っている妖狐達も乗っており、狐の嫁入りが始まるのを今か今かと待ち構えている。


 更に山車の周りには、大きめのぶら提灯を携えている妖狐達が居て、花梨達も左側の列に並んでいた。

 山車の後方からは、狐の嫁入りと新郎新婦の存在を立たせる狐火班。太陽が昇っている内であれば、山車にも乗って天気雨を防ぐ和傘班。

 更にその班の合間にも、神楽鈴班と龍笛班が割り込んでいて、全長約三十メートル前後の大規模な列を形成させている。

 静かに佇む狐の嫁入りの列を見て、参拝客が何事かと集まり出し始めた中。最前列に居る楓が、糸目を微笑ませつつ山車に手をかざした。


「さあさあ皆さん、お目を拝借。あの祝い山車だしに居ますは、新郎『八吉やきち様』、新婦『神音かぐね様』でございます。我ら妖狐一同は、新たな夫婦に永遠の愛があらん事を願い、深いいつくしみを持ちまして祝福をお贈り致します。これから始めますは、狐の嫁入りもとい、八咫烏の嫁入り。お目を拝借の皆様方は、温かい拍手でお御迎え下さいませ。―――では」


 参拝客の全意識を山車へ向け、独自の祝辞を述べた楓が、山車と共に祝福の拍手を浴び。だんだんと収まってくると、持っていた神楽鈴を力強く鳴らす。

 それを合図に拍手は完全に止み、神楽鈴班が呼応して一斉に鈴の音を鳴らすと、龍笛班も後を追って演奏を始め、『狐の嫁入り』然り『八咫烏の嫁入り』が開演した。

 数秒後。八吉達を乗せた山車が、楓の神通力でふわりと宙に浮き、先頭を行く楓の歩む速度に合わせて前へと進み出す。


「とうとう始まったぁ〜……」


「す、すごく緊張するわっ……」


 八咫烏の嫁入りが始まった途端。なんとか出だしを合わせ、周りに付いていけたものの。ほぼぶっつけ本番と変わりない状態の花梨とゴーニャは、鈴と笛の音に掻き消される小声で呟き、全身を駆け巡るガチガチの緊張を誤魔化していく。

 しかし一度合ってしまえば、たとえ緊張していたとしても、狐の嫁入り独特の歩み方を覚えた体が周りに合わせ、勝手に足が前に歩んでいった。


 そのまま一定の速度を保ちつつ、歩くコース先を示している狐火が赤い鳥居を照らしながら抜け、先に温泉街の大通りへ飛び出していく。

 狐の嫁入りの列は、まず初めに『座敷童子堂』の前に差し掛かるも、花梨達が居る方とは反対側にあるせいで、まといの様子をうかがえないまま通過していった。


 次に、道を開けている客の壁に埋もれた極寒甘味処ごっかんかんみどころが見えてきたので、花梨達は雪女の雹華ひょうかの様子を探るべく、横目をチラリと送る。

 すると、背伸びをして山車の様子を見ていた雹華が、溺愛する者の視線に気づいたようで。吸い込まれるように花梨達へ顔を合わせ、透き通った青い瞳をギラリと輝かせた。


「やっぱり!! 花梨ちゃん達も居るわっ!!」


 予想でもしていたのか。花梨達の姿を認めるや否や、店に飛び込む勢いで駆けていき、まだ客が居る店内に向かって叫び上げた。


「ちょっと誰か! 撮影を手伝ってちょうだい!! 八吉ちゃん達と花梨ちゃん達の晴れ舞台なの!! 超解像のビデオカメラと、超望遠レンズ付きの一眼レフカメラも持ってきて!! あっ、あと、温泉街のみんなにも連絡してちょうだい!!」


 最早、絶叫に近い声で店員に指示を出し、一部の注目までもかっさらっていく雹華。

 その温泉街に響き渡らんばかりの指示は、やはり八吉達の耳にも入り込んでいて、苦笑いしている顔を合わせていた。


「八吉さん達だけならまだしも、私達の晴れ舞台って……」


「あらぁ、やっぱり八吉ちゃんだったわぁ〜」


「んっ?」


 目が血走っている雹華の、「釜巳かまみちゃん、今どこに居るの!?」という音割れがしていそうな電話を聞かされている最中。不意に頭上から別の声が聞こえてきたので、花梨は上目遣いで確認してみる。

 ギリギリ見える視線の先には、蛇のうねり歩きを彷彿させる棒状の何かが映り込み。声や喋り方からして、その波打つ棒状の物は首で、主はろくろ首の首雷しゅらいだと分かった。


「よう首雷しゅらい。いつ見ても便利な首してんな」


「いいでしょう〜? ご相手は確かぁ、八吉ちゃんの所の神音ちゃんでよかったかしらぁ〜?」


「は、はい、そうです。八咫烏の神音です。八吉がいつもお世話になってます」


「ああ、やっぱりぃ〜。その白無垢ぅ、とってもよく似合ってるわよぉ〜」


 花梨達の居る場所では、山車に居る首雷の表情を見る事は出来ないが、神音の「えへへへ……」という嬉しさと恥じらいが混じっている声が、上から流れてきた。


「八吉ちゃんったらぁ、結婚するなら言ってくれればよかったのにぃ〜」


「すまねえなあ。言うのが恥ずかしくて、ぬらりひょん様にしか知らせてねえんだよ」


「あらあらぁ〜。八吉ちゃんってばぁ、ウブなのねぇ〜。この後ぉ、披露宴とかはやるのかしらぁ〜?」


「披露宴自体はやらねえが、直会殿なおらいでんで小規模の会食をやるぜ」


「そう〜。ならぁ、必ず行くから用意しておかないとぉ〜。それじゃあ八吉ちゃん、神音ちゃん、ご結婚おめでとう〜」


 八吉と神音が声を重ねて「ありがとう」とお礼を返すと、花梨達の存在に気付かぬまま、首雷の首が『着物レンタルろくろ』に戻っていく。

 同時に雹華の絶叫も聞こえなくなり、短い嵐が過ぎ去ったかと思いきや。一反木綿に乗っている雹華が、突如として視界の上から現れては、先頭を行く楓の元へ降りていった。


「楓ちゃん楓ちゃん! あらゆる角度から狐の嫁入りを撮影してもいいかしら!?」


「よいぞ。だが、新郎新婦よりも目立つ行動だけは避けとくれ」


 警告とも取れる楓の注意に、鼻をふんふん鳴らしていていた雹華の表情がハッとし、気まずそうに肩を落としていく。


「ご、ごめんなさいね……。ひとまず楓ちゃん、撮影の許可をありがとう。目立たない場所からこっそりと撮るわね」


 楓の一言により我を取り戻し、謝りを入れた雹華が慌てて飛び去っていき、ボランティアの凄腕カメラマンが加わる。

 フラッシュは自粛し、ビデオカメラを携えている雪女がもう一人加わり。狐火が飛び交う夜空から、一夜限りの思い出を記録していると、狐の嫁入りの列は、永秋えいしゅうが佇んでいる丁字路まで来ていた。


 左側に続く道の見物客の中に、一際巨体で目立つ酒呑童子の酒羅凶しゅらきと、酒羅凶に肩車され、特等席に居る茨木童子の酒天しゅてんの姿が。

 永秋の二階部分には、ぬらりひょんを肩に置いて滞空している女天狗のクロの姿があり。狐の嫁入りを、りんとした笑みをしながら見守っていた。


「八吉さーん! 神音さーん! ご結婚おめでとうっス!」

「八吉てめえ! 俺に結婚の報告をしないとかいい度胸してんじゃねえか! 後で山ほど祝い酒持ってくから覚悟してろ!!」


「おお! 酒天、酒羅凶、ありがとよ!」

「あ、ありがとうございます」


 片や、周りの喧騒を跳ね除ける元気の良い祝福の言葉。片や、喧騒を黙らせる不器用な祝福の怒号に、後を追ってお礼を述べる八吉と神音。


 大通りの右側も、道を塞ぐ勢いで客が群がっていて、その中には、カマイタチ三兄妹の辻風つじかぜ薙風なぎかぜ癒風ゆかぜが、山車に居る八吉達に笑みを送っている。

 更には、鬼の青飛車あおびしゃ赤霧山あかぎりやま。猫又の莱鈴らいりん、河童の流蔵りゅうぞう、化け狸の釜巳かまみ

 人影にこっそりと小豆洗いの洗香あらか、その洗香の体をギュッと抱きしめている静か餅の硬嵐こうらんの姿もあり、新旧温泉街メンバーがほぼほぼ揃っていた。


「八吉ちゃーん! ご結婚おめでとうー! いきなりの報告だったから今日は無理だけど、明日にでも和菓子を沢山作って持ってくわねー!」


「釜巳ー、ありがとよ! お前の和菓子、嫁の神音が大好きだから楽しみにしてるぜー!」


 釜巳と八吉がやり取りをしている途中、初めて嫁と呼ばれて嬉しくなったのか。神音は顔を俯かせ、頬を赤らめてほくそ笑む。

 八吉が山車から身を乗り出し、釜巳に手を振っていると、身長三メートル前後ある青飛車が山車に近づいてきて、八吉の目線とほぼ同じ高さで顔を合わせた。


「八吉さん、結婚おめでとう。今度、店全体の修繕を無料でやってあげるね」


「マジか!? ありがとよ青飛車! すげえ助かるぜ!」


「うおっほん!」


 八吉達が騒がしい祝福の空気に囲まれていくと、クロの肩に座っているぬらりひょんが、場の空気を改めるべく咳払いをする。

 どの喧騒よりも響く咳払いに、辺りは途端に静まり返り、全員がぬらりひょんに注目をした。

 先ほどの騒がしさとは打って代わり、祝福と静寂が同居している空気を認めると、ぬらりひょんはうんうんと二度うなずく。


「まずは、ここに居る方々に感謝の意を伝えたい。予告無く始まった八咫烏の嫁入りに集まり頂き、誠に感謝する」


 辺りを埋め尽くすまでに集まった客を見渡しては、頭を深々と下げるぬらりひょん。


「そして今宵は、秋国が創立して以来、誠にめでたい日となった。いやはや、実に悦ばしい」


 客の注目を独占し、さながら演説の様に語るぬらりひょんが、温かい眼差しを、今日の主役達である八吉達に送る。


「神音よ」


「は、はいっ!」


「八吉は、太陽のように明るい存在だ。皆の心を暖かく照らしてくれる清々しい笑顔。それに人情が厚く、思いやり深く。困難を極める壁に当たった時、必ず毎回手を差し伸べてくれて、お前さんを助けてくれるだろう。八吉とは、そういう奴だ」


 秋国が創立する前から、仲間である八吉の素性を包み隠さず語り出したぬらりひょんが、年相応の笑みを浮かべ、一呼吸置く。


「そして八吉は、ワシの大事な仲間でもある。だからこそ神音よ、八吉を末永く幸せにしてやってくれ。これは、ワシたっての切なる願いだ。どうか八吉を、よろしく頼む」


 実の息子を見送るように切実な思いがこもっていて、やや寂しげに語ったぬらりひょんが、再び頭を深く下げる。

 誰もかもが神音の返答を待ちわびていると、神音は座らせていた腰を立たせ、明るく男勝りな笑顔をぬらりひょんに送った。


「はいっ!」


 神音が返した言葉は、たった一言の返事。が、その返事の中にある確たる想いと、八吉に対する愛情の深さを汲み取ったぬらりひょんが頭を上げ、ふわりと微笑んだ。


「うむ、とても言い返事だ。これなら何も心配はいらんな。それじゃあ改めて、八吉、神音よ、結婚おめでとう」


 ぬらりひょんの祝辞が終わると同時に、辺りから疎らに手を叩く音が鳴り出し、瞬く間に拍手喝采へと変わっていく。

 鳴り止まぬ賞賛の雨に打たれ、数多の人達に祝福された夫婦は、幸せに潤んでいる瞳を合わせた。


「ははっ。一生忘れられない思い出が、今日だけで沢山出来ちまったなあ、神音」


「うん。私ね、今まで生きてきた中で、この瞬間が一番幸せだと思ってるんだ。八吉は、どう思ってる?」


「そんなもん決まってんだろ? 俺も、この瞬間が一番幸せだと思ってんぜ」


 長い時を生きてきた中で、一つの幸せのいただきに辿り着いた事を、確たる自信で言い合う夫婦の八咫烏。そしてその夫婦は待ち切れず、正式な結婚式を行う前に、熱い誓いのキスを交わした。

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