77話-4、狐の嫁入りの最終調整と、底無しの胃袋を持つ姉妹
花梨から祝福の涙を受け取った、新郎新婦である八咫烏の
天狐の
列の順番は、最前列に
二人の背後には新郎新婦が乗る予定の、提灯などが装飾された小型の
その
更に山車の後続に、和傘班、神楽鈴班、龍笛班、提灯班、狐火班と列が延々に続いており、事の大規模さが
最前列に居る楓が、神楽鈴をシャンと鳴らせば、それを合図に長蛇の列が一歩前進し。透明な龍笛の音色が辺りに響けば、狐火達が一斉に夕焼け空に昇って溶け込んでいく。
参拝客の注目が空へ向き、神楽鈴と龍笛が逸れた注目を呼び戻し。儚く灯る提灯の淡い光が釘付けにして、新たに出現した狐火が、一際煌びやかな光を放つ山車へ視線を誘導していった。
たとえ個々が目立ち、人目を大いに集めてしまっても、最終的に注目されるのは、主役である山車に乗る予定の新郎新婦。
歩きに集中しつつ、狐の嫁入りの一連の流れを把握し、横目で追っていた花梨は、小声で「すごいなぁ」と感想を呟く。
そのまま二度、三度と最終調整を重ねていき、花梨達も完璧に狐の嫁入りをこなせるようになった頃。束の間の小休憩に入る。
花梨達も休憩に入ると、人間時に背負っていたリュックサックを漁り、中から自分用とゴーニャ用の赤い水筒を取り出し、片方をゴーニャに差し出した。
「ほらゴーニャ、飲みな」
「ありがとっ」
最終調整ながらも、緊張して喉が乾いていたのか。花梨から水筒を受け取るや否や、喉をコクコクと鳴らして飲み出すゴーニャ。
体は大人と等しい姿ながらも、やはり中身はゴーニャのままで。両手を使って幼く飲んでいる姿は、花梨の疲れている心身を全快まで癒していった。
花梨も喉を潤すべく、水筒に口をつけて飲み始めると、「かりーん、ゴーニャーちゃーん」と名前を呼ばれ、声がした方に顔を向ける。
移した視線の先には、透明のフードパックを両手に携えている雅の姿があり、にんまりとしながらこちらに歩いて来ていた。
「雅、お疲れ様」
「お疲れー。はい、これー。差し入れだよー」
龍笛を腰に差している雅が、花梨の前まで来ると、持っていたフードパックを二人に差し出してきた。
目の前まで来たフードパックは、蓋が開かないよう輪ゴムで留められており、中には大きなおいなりさんが五つ入っていた。
「おいなりさんだ! お腹ペコペコだったんだよね、ありがとう!」
「私もっ! ありがとっ、雅っ」
「おかわりはまだまだ配ってるから、どんどん食べなー。ほれ、割り箸もあげるー」
手を汚させぬよう割り箸も渡すと、三人はその場で割り箸を綺麗に割り、フードパックの蓋を留めていた輪ゴムを取る。
蓋が開くと、花梨は綺麗な艶をしていて、夕日色に染まったおいなりさんを一つ取り、口の中へと入れた。
まず初めに、サッパリとした甘さが際立つ風味が先行するも、油揚げに包まれている酢飯の酸味がほのかに顔を出し、食欲を際限なく刺激していく。
具は酢飯のみとシンプルなものの。妖狐の姿になっている今、油揚げは最高のご馳走に昇華しており、それだけで大きな満足感を得られていった。
一つ、二つと瞬く間に食べていき、二分も掛けずに五つのおいなりさんを完食した花梨が、無い六つ目を取ろうとした瞬間、「あっ!」と驚愕した声を上げる。
「おいなりさんがもう無いっ!」
「嘘ぉっ!? もう食べ終わっちゃったのー!?」
「私も食べ終わっちゃった……」
「ゴーニャちゃんまで!? あっ、本当だー……」
まだ二つ目を食べ終わったばかりの雅が、姉妹の空になっているフードパックを認めると、常に半開きでいた瞼が大きく見開いていく。
よもや、すぐに無くなるとは微塵も思っていなかった花梨の狐の耳と尻尾が、見るも無惨に垂れ下がっていき、追い討ちとして腹の虫が豪快に鳴り響いた。
「雅ぃ……。おかわりって、どこで貰えるのぉ……?」
「本殿の階段脇で配ってるけどー……。『妖狐の日』では、そんなに早く食べてなかったじゃーん。そこまでお腹すいてたのー?」
「あの時は油揚げばっか食べてたからさ。ちゃんとうどんも食べてたら、三十杯以上はいけてたと思うよ」
「さ、三十杯? はえ〜……」
元々花梨は大食らいだという事を知っていたが、改めてにわかに信じ難い数字を耳にし、ただただ呆気に取られる雅。
ゴーニャの胃袋も、五つのおいなりさんでは満足出来なかったようで。くぅっと、小動物の鳴き声を彷彿させる腹の虫を鳴らしている中。
金色の瞳をぱちくりとさせている雅に、花梨が「ほ、ほら」と苦しい言い訳を続ける。
「秋国の季節って、秋のままでしょ? だから、胃袋がずっと食欲の秋状態なんだよ」
「そんな事言いおって。
「あっはははは……。バレちゃった……、んっ?」
不意に、雅の声ではない誰かが割って入り、範疇内の例えを出してきたせいで、遅れて違和感に気づいた花梨が、思わず目をきょとんとさせる。
声がした方に顔を移すと、そこには赤い扇子で顔を仰いでいる
「あっ、楓さん。お疲れ様です」
「お疲れ様ですっ、楓っ」
姉妹の挨拶に、雅は無言の
すると、姉妹の表情は途端にぱあっと明るくなり、声を綺麗に重ねて「ありがとうございます!」と感謝を述べ、浮いているフードパックに手を伸ばしていった。
その水を得た魚のように、おいなりさんを食べ出した姉妹を眺めていた楓が、雅に顔をやる。
「雅よ。花梨達においなりさんをやる場合、最低でも百個以上はやらんとまったく話にならんぞ?」
「えっ、百個以上? その口振りからするとー……。もしかして、ゴーニャちゃんも?」
あえて花梨とではなく、花梨“達”と強調された楓の言葉に、雅は確信に近い予想を立てつつ、ゴーニャに顔を向ける。
ゴーニャはというと、既に二つ目のフードパックを開けていて、雅の視線に気がついたのか「ふぇっ?」と声を漏らし、口元にご飯粒が付いている顔を雅に合わせた。
「なにかしら?」
「あいやっ。ゴーニャちゃんも、おいなりさんを沢山食べられるのかなーって、思ってさー」
「おいなりさん? うんっ。この前『定食屋
「ひゃ、百五十個? ……ああ、そうー」
二人合わせて百五十個以上食べたのか。二人で百五十個ずつ食べたのか真意が気になるものの。
勝手に後者だろうと決めつけた雅も、ようやくおいなりさんを完食し、近くに浮いていたフードパックに手を伸ばした。
「姉妹してすごい大食らいだねー。秘湯に行った時、花梨に言ったけれどもよく太らないなー」
「花梨は、子供の頃から活発に遊んでいたからの。食べた以上に動いとるんじゃ」
以前、花梨とは会った事があると明かしたせいで、幼少期の頃を包み隠さず話しては、懐かしむように糸目を微笑ませる楓。
そのまま花梨の腕に手を伸ばし、巫女服の袖を捲り上げ、細い腕を
「ほら雅、花梨の華奢な腕を見てみろ。綺麗な筋肉がついとるじゃろ? 大人になってからも活発に動き、力仕事をしとる証じゃ。なかなか太らないのも、たぶんそれのお陰じゃな」
「あー、本当だー。よく見てみると、結構引き締まってるやー」
楓の自由気ままな催促に、雅は二人の元に近づいていき、花梨の細いながらも筋肉がついている腕を認める。
おいなりさんに夢中になりながらも、二人のやり取りに耳を傾けていたゴーニャも、三人の元に行っては、花梨の腕を意識してペタペタと触り出した。
「柔らかいけど、固い所もあるわっ」
「あのー……。そんなに寄って
やや恥じらいも見せるも、花梨は空いている手を止める事なく動かし、おいなりさんを食べ進めていく。が、楓が言った事を聞き逃さなかった花梨は、五つ目のフードパックを片手で開けながら話を続ける。
「というか楓さん、私が子供の頃から会ってたんですか?」
「うむ。あの頃のお主は、とにかく好奇心旺盛でやんちゃでのお。よく親しき友と山に行っては、身体中傷だらけにして帰ってきておったわ」
「山って事は、小学生や中学生の時の話ですね。そんな頃から楓さんと会ってたのかぁ」
だんだんと抑制が効かなくなってきた楓の昔話に、大きなヒントを得られた花梨は、小学生と中学生の時か。あの頃はご近所さんと、よく家で宴会とか開いてたけど、その中に居た可能性があるなぁ。と思案し、おいなりさんを口に入れる。
更に、けれども、その時はかなりの人数が居たし、もうちょっとヒントがないと絞るのは厳しいか。と諦め、肩を落とした。
これ以上考えるのは止め、おいなりさんを食べる事に集中しようとしたが、楓が「しかし」と話題を持ち掛ける。
「やんちゃながらもいたいけな花梨が、ここまで麗しき華やかな女性に育つとはの。ワシは嬉しくてたまらんぞ」
「うるわっ……」
唐突にベタ褒めされたせいか。夕日色に染まる頬を、ほんのりと赤らめた花梨が、思わず
「じゃが……。世間の人間共は、まるで見る目がない。ここまで出来た麗人を見落とすなんて、節穴にも程がある」
「えっへへへへ……」
「ああ、早く花梨の子を見てみたいのお。間違いなく可愛いはずじゃ」
「……楓さん?」
様子がおかしいと感じ、花梨が呼びかけようとも。想像の世界に囚われ、お節介な母性を発揮し始めている楓は、返答をしないままうわの空でいた。
そして、想像を現実の物にしたいと切に願った楓は、夕空を仰いでいた顔を花梨に移し、両肩に手を置く。
「花梨よ、恋人はおらぬのか? その様子だとおらんようじゃな。もし結婚をしたくなった場合、妖狐寮へ来い。美男で面倒見のいい仙狐が居るから、いつでも紹介してやるぞ」
「楓さん?」
「もちろん、人間の美男も知っとるぞ! そうじゃ、お見合いをしてみぬか!? 明日にでも場を設けてやるし、決して後悔はさせんから! のおっ、のおっ!?」
「か、楓さんっ!?」
是が非でも花梨の子を拝んでみたくなり、興奮して暴走を始める楓に。万力の握力で肩をガッチリと掴まれ、逃げる術が無く、狼狽える事しか出来ない花梨。
その一方的なやり取りは延々と続き、貴重な休憩時間を全て削られていった。
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