77話-3、祝福の涙は二人の為に

 時刻は午後の三時前。未だにみやびが発した断末魔の余韻が、紅葉した山々と妖狐神社の境内けいだいを彷徨っている中。

 その境内でかえでを除いた花梨達一行は、夕刻に始まる狐の嫁入りに備え、焼きたての焼き芋を頬張り、英気を養っていた。

 一口頬ばる度に、焼き芋に含まれているしっとりとした深い甘みが、疲れた体にじんわりと染み込んでいき、全身を満遍なく癒していく。


「ん〜っ! これもはちみつのように甘いや。もう一本食べちゃおっと」

「あっ、私も食べるっ!」


「花梨達、それで六本目じゃーん。あっ、私にもちょうだーい」


 二人の凄まじい食欲に触発され、花梨から焼き芋を受け取ったみやびが、焼き芋を両手に移して外側を冷まし、綺麗に割る。


「そう言ってる雅も、それで五本目じゃんか。でも、ずっと食べていられそうだよね、この焼き芋」


「だねー。一生食べ続けても飽きないよー」


 いくら追加しようとも、瞬く間に手から無くなっていく焼き芋を、止めどなく追加している最中。

 乱雑に流れている参拝客の波を避けつつ、どこかへ行っていた楓が戻って来ては、雅が持っていた新しい焼き芋を素早く奪い、丁寧に割った。


「ちょっと楓様ー、それ私のだよー」


「お主が持っていた焼き芋を食べたくなっての。ほれ、半分やる」


「やったー。……ん?」


 奪われた焼き芋を楓から貰うや否や。楓の背後に誰か居る事に気付いた雅の顔が、更に後ろへ向いていく。

 そのまま視線が上下に動くと、ふわりと微笑み会釈した。その合間に、焼き芋を齧った楓が咀嚼そしゃくをすると、嬉しそうに眉を跳ね上げる。


「うむ、今日も美味いのお」


「楓さん。急に居なくなっちゃいましたけど、どこに行ってたんですか?」


「ちと、新郎新婦の様子を見に行っていたんじゃ」


 すぐに焼き芋を食べ終えてしまった楓が、話しながら空いている手の平を雅に差し伸べ、新しい焼き芋を受け取る。


「そうなんですね。新郎新婦さん、一体誰なんだろう? 早く見てみたいな〜」


「気になるじゃろう? ちなみに、誰と誰だと予想しとるんじゃ?」


「そうですねぇ〜……」


 人差し指を顎に添え、薄い白が際立つ空に視線を移した花梨をよそに、焼き芋を齧っては糸目を緩ませる楓。

 口の中にある焼き芋の事を忘れ、新郎新婦が誰かについて考え出した花梨は、私が喜ぶような人達でしょ? そうなると、新郎新婦も私が知ってる人達になるよなぁ。と予想を立てていく。

 ふと焼き芋の事を思い出し、全て口の中へ放り込むと、辻風つじかぜさん達は兄妹だし。洗香あらかさんと硬嵐こうらんさん? 酒羅凶しゅらきさんと酒天しゅてんさん? それとも―――。と男女のペアを思い浮かべていき、焼き芋を飲み込んだ。


八吉やきちさんと、神音かぐねさんかなぁ?」


 一つの可能性を声に出すと、同じく焼き芋を食べ終えた楓が「おっ」と反応する。


「どうして、その二人だと思ったんじゃ?」


「一応、色んな人達を思い浮かべてはみたんですけども……。その二人が、一番可能性が高いかな〜っと思いまして。とても仲良しですし、もしカップルだったらすごくお似合いですからね」


「ふむふむ、そうかそうか。よし二人共、こちらへ参れ」


「えっ?」


 不意を突く楓の合図に、花梨がきょとんとした顔をすると、楓の右側からは、白無垢を見事に着こなしている神音が。

 左側からは、黒五つ紋付き羽織袴を羽織っている八吉が現れ、共に恥じらいを垣間見せる笑みを浮かべつつ、楓の前に立つ。

 予想をした二人が、まさに今から結婚をするような服装で現れたものの。花梨の頭の中は真っ白になっていて、真顔で二人を見据えていた。


「よっ、二人共」

「や、やあ」


 片や、普段通りにニッと眩しい笑顔を見せる八吉。片や、普段の男勝りな顔つきではなく、一人の乙女となり、恥ずかしくて化粧を施した頬を赤らめていく神音。

 八吉は、黒五つ紋付き羽織袴を着ているも、雰囲気が異なっているだけで、落ち着いた様子で持っている扇子で肩を叩いている。

 相反して神音は、これから結婚式を挙げる事もあってか。やや緊張しているも、日常では決して見せる事がないおしとやかさ、煌びやかさ、華やかさがあり。

 花梨とゴーニャに送った微笑みには、大人びた女性美が含まれていた。


「八吉さんと神音さんだ。和装してるって事は、もしかして……?」


「そっ。今日結婚するんだぜ、俺達」

「う、うん。今まで黙っててごめんね」


「八吉さんと、神音さんが……、結婚? ……結婚、結婚っ!?」


 しばらく思考が停止していて、二人の和装姿を認めてもなお、頭の整理が追いつかずにいた花梨。

 しかし、ようやく思考が働き出し、八吉と神音が結婚するんだと脳で理解した途端。花梨の目は限界まで見開き、二人の手を同時に握った。


「わ、あっ、結婚っ! 八吉さんと神音さん、結婚するんですね! うわぁ〜、すごいっ! とってもめでたいやっ! えと、えとっ! おめでとうございますっ!!」


「めちゃくちゃテンパってんなあ、おい。とにかく嬉しいぜ、ありがとよ」

「すごいはしゃぎようだね、秋風君。でも、ここまで祝福されると、すごく嬉しいよ。ありがとうね」


 自分のように嬉しくなり、喜びが大爆発した花梨は、その場でピョンピョンと高く飛び跳ね、更にはしゃぎ出す始末。

 その花梨の横に来たゴーニャも、結婚についての知識はほとんど有していなかったが。質問して場の空気を壊すのは無粋だと思い、八吉と神音にふわりと祝福の笑顔を送った。


「八吉っ、神音っ、ケッコンおめでとうっ!」


「おお、ゴーニャ。良い笑顔で言ってくれるじゃねえか、ありがとよ」

「うん、ゴーニャもありがとうね。とても嬉しいよ」


 姉妹共々に祝福されたせいで、八吉もとうとう指で鼻の下を擦りながら照れ笑いし、最愛なる神音に横目をやる。

 これから旦那になる八吉の視線に気付くと、神音も幸せを噛み締めるようにほくそ笑んでみせた。


「それにしても、結婚するんだなんてまったく知りませんでしたよ! 言ってくれればよかったですのに」


 二人の手を離した花梨が、控えめに文句を垂れると、八吉の照れ笑いが苦笑いに変わり、後頭部に手を当てる。


「いやなあ、とにかく言うのが恥ずかしくてよお。今まで親父にすら言うのを躊躇ってたんだ」


「そうそう。付き合ってる事も言ってなかったし、結婚するって言ったのも、つい一週間前だったしね」


 恥ずかしがり屋な新郎新婦の告白に対し、花梨は金色の瞳を丸くさせ、「はえ〜……」と驚きを含んだ声を漏らす。


「そうなんですね。よく許してくれましたね」


「許してくれるも何も。かなり前から親父と店員達には、俺達が付き合ってたのがバレてたみたいでよ」


「上手く隠してたつもりだったんだけど……。お前ら、いい加減いつになったら結婚すんだ? って、結構な頻度で茶化されてたよね」


「ああ。毎回お前と声を揃えて、焦りながら「だ、誰がこんな奴なんかと!」て、必死になって否定してたよなあ。あん時は嘘でも、心が痛かったぜ。まっ、今となっちゃ、それもいい思い出だがな」


「ふふっ、だね」


 見え隠れする過去の甘酸っぱい思い出に浸っては、互いに微笑ませている顔を見合わせ、キスの代わりにひたいをコツンと当てる。

 ここぞとばかりに甘える新郎新婦を眺めていた花梨は、二人は本当に結婚するんだと頭で再度理解すると、口を緩く紡ぎ、潤い出した金色の瞳を細めていった。


「そっかぁ。八吉さんと神音さん、結婚するんだ。嬉しいなぁ……」


 呟くようにか細く、途中から声が震え出した花梨の右頬を、一粒の涙がつうっと伝っていく。

 一粒流れてしまったせいか、それとも気が緩んでしまったせいか。次を追う涙は大粒の物へとなり、左頬にも伝い始めると、もう抑制は効かず我慢も出来なくなり、ボロボロと大量に流れ出していった。


「うおっ!? か、花梨!? どうしたんだよ急に?」

「めちゃくちゃ泣いてるじゃんか。何かあったの?」


「……だって、だってぇ」


 花梨が泣いている場面を初めてみたせいで、八吉が焦って詰め寄っていくと、異変に気が付いた神音も遅れて花梨との距離を詰めていく。

 心配している新郎新婦に囲まれると、花梨は両手で大粒の涙をぬぐい出し、狐の耳とこうべを垂らしていった。


「八吉さんと神音さんが、結婚するんだって分かったら、すごく嬉しくなっちゃって……。涙が勝手に、どんどん出てきちゃって……。止めようとしてるんですけど、止まらなくってぇ……」


 すすり泣く花梨が涙声で理由を明かすと、八吉と神音は一瞬ハッとした表情になり、呆けている顔を見合わせる。

 その顔を保ったまま見つめ合い、数秒後。二人はやんわりとはにかんだ。


「神音。俺達の為に、泣いてくれてる奴が居るぜ? すげえ幸せ者だな、俺達」


「だね。私も感極まっちゃって、ちょっとウルってきちゃったや」


「へへっ、俺もだぜ」


 釣られ泣きしそうでいる神音が、涙が滲んでいる右目を指で拭い。八吉も潤んできた両目を閉じ、誤魔化すようにニッと笑う。

 そして二人は、祝福の涙を流し続けてくれている花梨の肩に手を置き、和装を身に纏った体に導き、優しく抱きしめていった。

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