77話-2、苦戦する独特の歩き方

「それではかえでさん、ご指導の方よろしくお願いします!」

「よろしくお願いしますっ」


 妖狐姿に変化へんげした花梨と、大人の妖狐姿になったゴーニャが改めて言うと、天狐のかえでが妖々しく微笑みつつうなずいた。


「それじゃあ、まずは歩き方から始めようかのお。二人共、ワシらの後ろへ付け」


 練習を始めるべく、楓が花梨達に背中を見せ、妖狐のみやびが楓の横に立つ。その二人の背後に花梨達が立つと、前を向いている楓が「よし」と口にした。


「まずは、ワシらが手本を見せてやる。雅、やるぞ」


「アイアイサー」


 楓が合図を出すと、二人はゆっくりと前へ歩き出していく。右足を前に出し、約三秒その場に制止。左足を前に出し、再びその場に制止を繰り返す。

 足を前へ出している最中に体を少し沈め、のらりくらりと亀のように遅い速度で歩いていき、花梨達との距離を離していく。

 そして五メートル程離れると、二人は同時に振り返り、楓が「こんな感じじゃ」とざっくり言い放った。


「それだけなんですか?」


「そうじゃ。お主らはただ提灯を持ち、今のように歩くだけでいい。簡単じゃろ?」


「って事は、他の人は別の事をやったりするんですかね?」


「まあの。龍笛りゅうてき班、神楽かぐら鈴班、和傘班、狐火班、提灯班。他にもまだ班はあるが、まあ細かい所は説明しなくてもいいじゃろ」


 流れるがままに質問し、細かな役割分担を知れたものの。神楽かぐら鈴という聞き慣れぬ単語を耳にした花梨が、更に質問を続ける。


「あの〜、神楽鈴ってなんですか?」


「神楽鈴っていうのは、こういうのじゃ」


 止まらない花梨の質問に、楓は目の前にヒラヒラと舞い落ちてきた紅葉を手に取り、変化術をかけた。すると、持っていた紅葉が白い煙に包まれていく。

 その煙はすぐに霧散していき、持っていた紅葉は、三段に連なった各層に鈴が取り付けられている、持ち手が艶のある赤で、先に真っ赤な紐らしき物が付いている物へと変わっていた。


「これじゃ。神楽鈴、または三番叟さんばそう鈴とも呼ばれておる」


 軽く詳細を挟んだ楓が、手首を捻るように回し、シャンと、幾重にも重なった透明度の高い鈴の音を鳴らす。


「ああっ! それ、神社で働いた時に見た事がある! へぇ〜、それが神楽鈴っていうんだ。改めて聴くと、心が洗われるような音色だなぁ」


「とても綺麗な音がするわっ。私、その音好きかも」


「いい音だよねー。私も好きなんだー」


 神楽鈴の本体と音色を認めた花梨が、瞬く間に音色の虜になると、初めて聴いたゴーニャもすぐさま気に入り、雅が相槌を打つ。


「いい音色じゃろう? ちなみに、ワシが神楽鈴。雅が龍笛を吹きながら先頭で導き手をするぞ」


 どこか誇らしげに楓が言うと、得意気に神楽鈴をシャンと鳴らした。


「楓さん達が先頭を行くんですね。うーん、正面からも見てみたいなぁ。それにしても」


 好奇心が止めどなく溢れてくる花梨が、神楽鈴から話題を切り替えようとする。


「和楽器は、龍笛と神楽鈴だけなんでね。私が見た神社の結婚式のイメージですと、和太鼓や〜……。え〜っと、あれあれ……。そうだ、鳳笙ほうしょうとかも使われてました」


「その名前をよく知っているのお。確かに、他にも使われておる。他の和楽器は狐の嫁入り後、直会殿なおらいでんで結婚の儀を行う際に使う予定じゃ」


「そうなんですね。それじゃあ楽しみにしてよっと」


 一通りの好奇心を満たし終えると、そこから狐の嫁入りの練習が始まり、花梨達は再び楓達の後ろに立つ。

 体をやや沈めつつ、一歩進んでは三秒制止の動きを意識し、頭や体に覚えさせ、徹底的に叩き込んでいく。

 ただそれだけの行為なので、数十分程度で完璧にこなせるようになるだろうと踏んでいたが。タイミングを合わせるのが思いの外難しく、ゴーニャと共に悪戦苦闘を強いられた。


 練習を重ねていく中で、花梨は視覚的にも学んでいこうと考え。まずは、二人の歩んでいく間隔をコンマ秒毎に確認するべく、足元へ視線を送る。

 すると、一秒、二秒、『三秒』のタイミングで足を前に出し、四秒制止している事に気づき、タイミングがずれていた正体を掴んだ。

 ゴーニャに伝えて実践してみると、楓達の進むタイミングとピッタリ合い。やっとの思いでコツを掴んだ二人は、手を握り締めて喜びを分かち合う。


「やったぁっ! 花梨の言う通りにやったら、ちゃんとできたわっ!」


「でしょでしょ! 頭が煮詰まるほど苦労したから、達成感が半端ないや!」


 一時間以上も苦戦をしていたせいか。気分が止めどなく舞い上がり、満面の笑みでピョンピョンと飛び跳ねだす姉妹達。


「あえて言わず、昼休憩中にコツを教えてやろうと思っとったんじゃが。まさか、自分で見出すとはの。どうじゃ? 意識して歩くのは案外難しいじゃろ?」


「案外どころの騒ぎじゃないですよ。一秒の誤差を修正するのは、すごく大変でした」


「でも短時間で覚えたのは、なかなかすごいと思うよー。後は体で覚えて、ごく自然に歩けるようになるだけだねー」


 糸目を微笑ましている楓の横で、雅が褒めると、狐の嫁入り特有の歩き方の難しさを知った花梨が、「それもそうだけどさ」と口にする。


「雅達は、神楽鈴を鳴らしたり龍笛を吹きながら歩くんでしょ? それもかなり難しくない?」


「おおー、そこを分かってくれるかー。最初は頭がこんがらがって、耳から煙が出そうだったよー」


 やはり雅も過去に苦戦していたようで。苦い思い出を語ると、楓が意地悪そうな表情をしながら雅に指を差す。


「こやつな。「もう無理ー!」と弱音を吐き、半べそをかいた事があるんじゃよ」


「ぬわっ!? ちょっと楓様! ここで言わないで下さいよ!」


「しかもじゃ。狐の嫁入り中に龍笛を、むぐっ」


 トドメを刺す勢いで、過去のワケありな暴露話を明かそうとするも、雅が慌てて楓の滑る口を手で塞ぐ。


「それ以上は絶対にダメー! もし言ったら、楓様が隠し持ってる油揚げを全部食べちゃいますからねー!」


 必死に釘を刺そうと試みるも、それが逆効果だったのか。楓の狐の耳と糸目がピクリと反応し、力ずくで雅の手を引き剥がす。

 次に、威圧感がこもった顔をジリジリと寄せていき、雅の手を掴んでいる両手に力を込めていった。


「なぜ、とっておきの油揚げの事を知っとるんじゃ? ん?」


「……あっ。そ、それはー、そのー……」


 釘を刺そうと必死になり過ぎたせいで、今までずっと隠し通せてきた悪事がバレてしまい、逃げ場のない金色の瞳を右へずらしていく雅。

 しかし瞳をどこへ逃がそうとも、視界には恐怖さえ纏い始めた楓の顔が映り込んでしまい、言い訳が思いつかないでいる雅の頬を、冷や汗が数滴伝っていく。


「たまに数が減ってるとは思っとったが。まさか、あの隠し場所を嗅ぎつけておったとはのお」


「な、なんの、こと、でしょうかねー……?」


 未だにとぼける雅に対し、楓は最終尋問をするべく。雅の手を握っていた両手を、刹那の速さで頬に移す。

 そのまま軽く摘むと、雅はそこで初めて頬を掴まれたと察し、表情をハッとさせた後。ひたいから大量の汗が流れ始めた。


「今言えば、三千世界・黄泉捻りだけは勘弁しておいてやろう」


 二人のやり取りで置いてけぼりを食らい、物騒極まりない技名を耳にした花梨は、よく分からないけど、頬がとんでもない事になりそうな技名だなぁ……。と自分の頬に手を当て、想像してしまった幻痛で体を身震いさせる。

 為す術がなく、己の命日を今日だと悟り出した雅は、負けたと言わんばかりの諦め顔になり、爽やかな笑顔に変えた。


「あの油揚げ、ほっぺがとろけるほど美味しかったです」


 その爽やかな命乞い染みた白状に、楓は小さくうなずくも、手先にゆっくりと力を込めていく。


「うむ、素直でよろしい。さあ、そのとろけた頬を直してやろう」


 死を悟って素直に白状したものの、罪自体は消えるはずもなく。せめて死ぬ前にと思った雅は、花梨達に哀愁漂う横顔を送った。


「花梨、ゴーニャちゃん。短い間だったけど、今まで楽しかぁぁあああああっっ!!」


 別れの言葉を交わす前に、雅の両頬がゴムの如く伸び、チラホラと参拝客が行き交う境内けいだいに、悲痛な断末魔を響き渡らせていく。

 途切れる事を知らない断末魔は、紅葉に染まる山まで駆け、やまびことなり反響し、温泉街全体まで広がっていった。

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