77話-1、続・妖狐神社の手伝い

 闇夜に彩られた空が、朝焼けによって淡い薄紫色を帯びてきた、朝の六時頃。


 早めの朝食を済ませた花梨とゴーニャは、永秋えいしゅうにある露天風呂の一つ『炭酸泉の湯』に浸かり、まだ眠気が残る身を清めていた。

 普段、風呂の解放時間は、開店時間である朝の八時なので、客や宿泊客の姿は人っ子一人おらず、永秋に住んでいる二人の貸し切り状態であった。


「あっはぁ〜、文字通りの一番風呂よ……。すっごく気持ちいい〜」


「ふぇゃ……。朝風呂って初めてだから、新鮮に感じるわっ……」


 薄紫色の空へ向かい、花梨が身に染みる感想を放てば。花梨の太ももの上にちょこんと座っているゴーニャも、とろけた表情をしつつ後を追う。

 今日二人の仕事は、妖狐神社の手伝いをするべく、ぬらりひょんの『行く前に、全身を綺麗に洗って好きな風呂に浸かり、身を清めてから行ってこい』という指示に従い、それを実行している最中であった。


「しっかし、なんでお風呂に入ってから行くんだろう? 何か特別な事でもするのかな?」


「ぬらりひょん様に聞いても、教えてくれなかったわよね」


「だね。気になるなぁ〜」


 そうボヤくも、二人は底から湧き出してきては弾けていく泡の音楽を楽しみ、雑談を交わしていく。そして、空の闇が全て晴れ、薄っすらと水色に色付いてきた頃。

 二人は露天風呂から上がり、清潔なタオルで全身を拭き、私服に着替えて脱衣場を後にする。そのまま、開店時間に備えて慌ただしくなり始めたメインフロアを通り過ぎ、永秋の外へ出て行った。


 まだ早朝ともあってか。永秋の前に列は無く、温泉街の大通りも人通りは疎らであり。道のど真ん中では、スズメ達が平和そうに地面をついばんでいる。

 そんな、早起きした者にしか拝めない光景を堪能した花梨は、眠気が飛んでいる体をグイッと伸ばし。ゴーニャも真似をするかのように体を伸ばした。


「う〜ん。空気が美味しいし、風も気持ちがいいし。早朝はこういう所が好きだなぁ」


「私もっ。でも、朝早く起きると、夜になるとすぐに眠くなっちゃうのよね」


「確かに。十時ぐらいに眠くなってきて、あくびが止まらなくなるんだよねぇ」


 早起きのメリットと体に良いデメリットを言い合い、手を繋いでから歩き出す二人。歩みを遮る通行人がほとんど居ないのをいい事に、あえて道のど真ん中を歩いていく。

 まどろみが包み込んでいる辺りを見渡してみると、開店に向けてシャッターを開けている店や、既に準備を終えており、店先を箒で掃いている者。

 開店時間が遅いのか。未だにシャッターが下りている店など、個々の差が明らかになっていた。


 ろくろ首の首雷しゅらいが営んでいる、『着物レンタルろくろ』も。雪女の雹華ひょうかが営んでいる『極寒甘味処ごっかんかんみどころ』も、まだシャッターは上がっていない。

 座敷童子のまといは、起床した時には一緒に居たものの。『座敷童子堂』に帰宅して寝直しているのか、縁側には居なく、引き戸が閉まっていた。

 そして、『座敷童子堂』の隣ある『妖狐神社』に着き、眠る事を知らない立派な赤い鳥居をくぐり、境内けいだいに入っていく。


 やはり、神社は早起きな部類のようで。眠気をものともしていない妖狐達が、あちらこちらで短い列を成しており、ゆっくりと歩いている姿がうかがえた。

 が、傍から見ると、何をしているのかまったく分かっていない二人は、棒立ちして目をキョトンとさせ、互いに顔を見合わせた。


「何をやってるんだろうね?」


「並んで歩いてるようだけど、楽しいのかしら?」


「流石に楽しそうには見えないけど……。すごく真剣そうにやってるなぁ」


「あれは、『狐の嫁入り』の練習じゃ」


「へぇ〜、あれがかの有名な狐の嫁入りかぁ。んっ?」


 流れるがままに相槌は打ったものの。たった今聞こえてきた声がゴーニャの物ではなかったので、遅れて違和感に気づき、眉をひそめる花梨。

 不思議そうな表情をしながら振り向いてみると、視界一杯には、妖々しい笑みを浮かべている天狐のかえでの顔が映り込み、思わず「ふおおおっ!?」と声を上げ、半歩後退る。


「ふっふっふっ。お主は、毎回ちゃんと驚いてくれるのお。これだから背後に立つのはやめられん」


「か、楓さん……。未だに慣れないなぁ、これ。お疲れ様です」


「お疲れ様ですっ」


 鼓動が速まっている花梨をよそに、ゴーニャも健気に挨拶を済ませると、楓の背後から妖狐のみやびがひょっこりと現れては、二人に向かい手をヒラヒラと振ってきた。


「やっほー、二人共ー。おはようさーん」


「あっ、雅。おはよう」

「おはよう、雅っ」


 雅の出現に、花梨の鼓動が正常に戻って落ち着いてくると、雅が楓の横に立ち、体をゆらゆらと揺らし出す。


「そんじゃあ二人共も、夕方の狐の嫁入りに備えて練習を始めるから、早く妖狐の姿になってー」


「えっ? 私達もやるの?」


 雅が唐突に話を進めると、楓が流れるように雅の背後へ回り、雅の頬を優しく引っ張り出す。


「そうじゃ。お主らの今日の仕事内容は、狐の嫁入りの列に加わり、新郎新婦をもてなす事じゃ」


 仕事内容が明かされるも、花梨は信じられない様子で目を丸くさせ、「はぇ〜……」と抜けた声を漏らすばかり。


「まさか、私達もやるだなんて。私達人間ですけども、本当にいいんですか?」


「ああ、構わん。それに今回は、新郎新婦たっての願いじゃ。それを聞いたからには、無下に出来んじゃろ?」


「新郎新婦たっての願い、ですか。その新郎新婦さんって、一体どなたなんですかね?」


 止まらない花梨の質問攻めに対し、初めて楓の語り口が止まり、口角を緩く上げる。


「それは、夕方までの秘密じゃ。楽しみにしておれ」


「むう〜。またそうやって焦らすんですから〜」


「ふふっ、そう怒るでない。楽しみは後に取っておいた方がいいじゃろ? それに、今回祝う新郎新婦は、お主らもよく知っとる人物じゃ。お主の事じゃ、自分のように喜ぶじゃろうて」


「私達がよく知っている人物、かぁ……」


 答えに近いヒントを得られた花梨は、私達も知っている人物って、誰だろう? 知っているからには、温泉街の人に違いないはず。……いや、それでもかなり多いなぁ。と思案し出し、顎に手を添えた。

 答えは絞れてきたものの、視線を空に向け、う〜ん……。まあ、夕方になれば分かる事だ。今は考えるのはやめて、完璧な狐の嫁入りが出来るよう、練習に専念しよっと。と一旦諦め、視線を楓で戻す。


「とりあえず、練習出来る時間が少なそうなので、早速練習をさせて下さい」


「うむ。その心構え、非常に良いぞ。なら花梨、ゴーニャ、妖狐の姿になれ。ワシら直々に指導してやろう」


「分かりました」

「わかったわっ」


「う〜ん、久しぶりの狐の嫁入りだー。張り切ってやるぞー」


 自分に言い聞かせ、ストレッチを始めた雅をよそに。花梨とゴーニャは、リュックサックと赤いショルダーポーチから葉っぱの髪飾りを取り出す。

 二人同時に頭に付けると、螺旋を描いた白い煙に包み込まれ。花梨は普通の妖狐姿に、ゴーニャは大人の妖狐に変化へんげしていった。

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