84話-3、夜に舞い降りた爆食の客達
久しぶりとも言える
待機中のバスが少ないロータリーまで来ると、寒風に都会特有の喧騒が混ざり始め、辺りが賑わい出していった。
提灯の淡い光とはまた違う、多色の機械的な店の光に包まれたロータリーを認めると、花梨は一通りグルリと見渡し、白が濃い息を吐いた。
「寒いのに、人がいっぱい居るなぁ」
「色んなお店があるわっ」
「誘惑が強すぎる」
花梨達が立っている場所からでも、牛丼屋、ピザ屋、焼肉屋、フライドチキン専門店と、他にもおおよそ八件以上の飲食店があり。
ハンバーガー屋を目指している姉妹の腹を、目に入る情報と匂いで誘惑し、前に運ぶ足を鈍らせていく。
「ああ……、牛タン塩を焼いてる匂いがするぅ……」
「よくそんなピンポイントで分かるね」
「ここからだと、牛丼の匂いがするわっ」
「扉開いてないのに、なんで分かるの」
腹がすいているせいか。鋭く研ぎ澄まされた姉妹の嗅覚に
が、パン屋に差し掛かった途端。纏の足が凍りついたかのように止まり、様々なパンが陳列されたショーウィンドウにベタリと張り付いた。
「あんドーナッツ」
「うわ〜、カリカリしてて美味しそう」
「閉店が近い。でも今食べたら、間違いなく全部食べちゃう。むう」
油で揚げられた『あんドーナッツ』には、適度にグラニュー糖がまぶされていて、ほんのりと白み掛かっている。
その、あんこがギッシリと詰まっていそうで、パンパンに膨れたあんドーナッツを見て、誘惑に負けそうになっている纏へ顔をやった。
「それじゃあ、次の休日にでも買いに来ましょうか」
「いいの?」
「はい。もしかしたら、ぬらりひょん様が同行するかもですがね」
そんな花梨の嬉しい提案に、纏は一度顔をショーウィンドウに移し、花梨へ戻した。
「じゃあお願い」
「分かりました。その時になったら、色んなお店に行って食べ歩きをしましょうね」
「うん、しよう」
近々にでも来れそうな約束を交わすと、三人は誘惑に打ち勝った足を前へ進ませる。すると、すぐにゴーニャが「ねぇ、花梨っ」と呼んだ。
「その時になったら、牛丼を食べてみたいわっ」
「渋いチョイスだねぇ。いいよ、お昼時に行こうね」
「やったっ!」
「玉ねぎと汁をたんまり、生卵、紅しょうが。ああ……」
姉妹の会話を聞き、纏も牛丼を食べている自分の姿を想像してしまい、ヨダレをじゅるりと垂らす。とうとう全員が誘惑に負け、食べたい物の気分が秒単位ですり替わっていく中。
ようやく目的のハンバーガー屋が視界に入り、三人は他の誘惑から逃げるように歩き、急いで中に入っていった。
現在の時刻が、九時二十分頃ともあってか。客足は少なく、店内で飲食している人も疎らで、落ち着いた雰囲気になっている。
注文をしている客も居ないので、花梨達は一通り店内の様子を確認し終えると、カウンターの上に設置されているメニューに注目した。
「うわぁ〜、久々に来たから新メニューがかなり増えてるや。あんこバーガーは必ず食べるとして、他は何を食べようかな?」
「チーズバーガー、ベーコンエッグ……。あっ、フィッシュバーガーなんておいしそうっ」
「どうしよう、全部食べたい」
分かりやすい現物の絵が連なったメニューは、古い物から新しい物を合わせ、約二十以上。今の飢え切った三人の腹であれば、全てのメニューを網羅するのは容易い行為ともあり。
何気なく言った纏の言葉が、花梨とゴーニャの後押しとなってしまい、元々無いに等しい思考能力を放棄させていった。
「……もう、メニューにあるの全部食べるか?」
「全部単品で食べると、おおよそ一万円前後」
「一万円か。あれ、今いくら持ってたっけ?」
正気を失いかけていた花梨が、正気を取り戻す纏の助言に反応し、財布の中身を確認してみる。
やや軽い財布の中には、一万円札が二枚入っていて、物寂しさを覚えた花梨の口が、悔しそうに尖っていく。
「むう、ちょっと心もとないや。仕方ない、五つだけにしておこっと。ゴーニャは、どれにするか決めた?」
「う〜ん、どうしようかしら? 私も部屋にお金を置いてきちゃったから、そんなに食べられないかも」
メニューに目移りしているゴーニャも、花梨から貰った青い小銭入れをショルダーポーチから取り出し、折り畳んだ五千円札を寂しげに見つめた。
「ああ、大丈夫大丈夫。ゴーニャも纏姉さんも、私が奢ってあげるから心配しないでいいよ」
「えっ?」
「私も?」
焼き鳥屋
まさか自分も入っている事に驚き、メニューに齧り付いていた纏の顔が、微笑んでいる花梨に向いていった。
「はい。ゴーニャは、そのお金を大事に取っていてほしいし。纏姉さんは、普段からお世話になってますからね。ここは私に任せて下さい!」
二人には絶対にお金を出させない意志を見せつけ、そことなくやる気に満ちた表情で、胸をドンッと叩く花梨。
そう高らかに宣言すると、花梨はゴーニャをひょいと抱っこし、姉らしい頼り甲斐のある笑みを送った。
「ずるいわっ、花梨っ! それじゃあ今度は、私がみんなに奢るもん!」
「じゃあ次は私が奢る」
「ふふん、そうはさせませんよ? 隙あらば、私が全部奢っちゃいますからね」
互いに奢る精神を譲らずとも、各自は合間合間に品定めをしていき、店内に入ってから約八分後。
代表として花梨が、全員の食べたい物をメモに書き、暇を持て余している店員の元へ歩んでいった。
「すみません」
「はい、いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
「えっと、あんこバーガーを単品で十個」
「あんこバーガーを単品で十個ですね」
「はい。それと、フィッシュバーガーをセットで三つ。大きさは全部エルサイズで」
「フィッシュバーガーをセットで三つ。全てエルサイズ。お飲み物は?」
「緑茶とコーラ。それと〜、オレンジジュースで」
「緑茶、コーラ、オレンジジュース」
「後ですね〜」
「えっ?」
「ギガハンバーガーを単品で三つ。トッピングメガ盛りバーガーを単品で三つに、ドカ盛りスペシャルバーガーを単品で三つ。以上でお願いします」
「ぎ、ギガ三つ、メガ三つ、ドカ盛り三つ……。え、えと? お持ち帰り、でしょうか?」
突如として現れた大人二人、子供一人の悪ふざけとしか思えない注文に、店員が願い込めて問い掛ける。
が、花梨はさも当然のように「いえ、店内で食べます」と笑顔で言い放ち、眠気を覚えていた店員の目が見開き、顔がサーッと青ざめていった。
「て、店内で、お召し上がり、ですね? 合計で、一万四千円二百円に、なります……」
「二万円でお願いします」
一度で大量の注文が入り、背後にあるキッチンが慌ただしく稼働し始めて、一気に活気付いていく。
その作業音を背中で浴びている店員は、焦り出しだ気持ちを抑えつつ二万円を受け取り、おつりの五千八百円と共に、長いレシートを差し出した。
「おつりの五千八百円と、レシートになります」
「ありがとうございます」
「そ、それでは、各自出来次第お持ちしますので、席でお待ち下さい」
「分かりました。それじゃあ、受付から近い席に行きましょうか」
「そうだね」
店員を戦慄させた注文を終えた三人は、品物を待つ為に席へ移動しようとするも、花梨が急に「あっ」と声を上げた。
「クロさん達に、今日は遅くなりますと連絡しておかないと」
あえてぬらりひょんの名を出さなかった花梨は、受付が見える席に腰を下ろすと、ポケットから携帯電話を取り出し、ぬらりひょんとクロ宛にメールを打ち出した。
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