84話-4、気が気でない妖怪の総大将

「お待たせしましたー!」


「おっ! 来た来た……、えっ?」


 大量の注文をしてから約十五分後。待望の品を店員が持って来たかと思えば、特注の大型トレイを持っている店員が三人立っており。

 空いていた隣のテーブルを、花梨達が座っているテーブルと連結させ、注文したであろう品々を山積みにしていった。


「なに? このピザみたいな箱は……」


「こちら、ドカ盛りスペシャルバーガーになります」


「げっ!? これが!?」


 ただ名前だけで判断し、品物の大きさまで見ていなかった花梨が大声を上げ、店員とテーブルを埋め尽くしているドカ盛りスペシャルバーガーを見返していく。

 そのまま店員を視界に入れると、申し訳ない気持ちが湧いてきて、しゅんとさせた顔を下げていった。


「すみません……。こんな時間に、迷惑が掛かる注文をしてしまいまして」


「いえいえ、お気になさらないで下さい。それでは、ごゆっくりどうぞ」


「は、はい! ありがとうございます!」


 店員達が笑顔で会釈すると、花梨は慌てて席から立ち上がり。店員以上に頭を深く下げ、受付に戻っていく背中を見送った。

 全員の姿が見えなくなると、「ふうっ」と罪悪感のこもったため息をつき、席に腰を下ろす。


「三つ連ねると、箱がゴーニャより大きそう」


「厚さも、かなりあるわねっ」


 ゴーニャが箱の蓋を開けてみると、Lサイズのピザぐらいはあろう巨大なバンズが現れ。様々な具材が重なっている厚さを見てみれば、ざっと十センチメートル以上はあり。

 大きさ、厚さ、具材の量、備え付けのプラスチック製ナイフを認めた三人は、互いに顔を見合わせ、再びドカ盛りスペシャルバーガーに戻した。


「ここまで大きいとはなぁ。食べるだけなら問題ない量だけど、ちょっと時間が掛かるかも?」


「箇所によって具材が違う」


「メニューに載ってた具材が、全部入ってそうだわっ」


 大きさにおののいたものの。全員が問題なく食べられる量だと分かると、とりあえず三人は自分が注文した品々を取っていく。

 ポテトとナゲットは一箇所に集め、飲み物で乾いた喉を潤すと、ここへ来た目的の品である『あんこバーガー』の封を開けた。

 専用のバンズは普通の物より色白で、パンパンに詰まったあんこの上下に、フワフワのクリームが挟まっている。

 やはり主食というよりも、甘味に近い全容を認めた三人は、「おお〜」と声を綺麗に重ねた。


「これも食べ応えがありそうだ」


「あんこの量が、パンの二倍あるわっ」


「見た目が幸せ」


「よし、それじゃあ食べてみようかな。いただきまーす」


 夜の店内ともあり、花梨が控えめに夜飯の号令を唱えると、ゴーニャと纏も声量を抑えて後を追い、あんこバーガーを一斉に齧った。

 上から圧力が掛かったせいで、横からあんこが飛び出すも、三人は気にせず噛み切っていく。

 どうやら白いバンズは、あんこの風味に合わせているらしく。小麦のほのかな風味と共に、スッキリとした強い甘さが先行し。

 次に、あんこの濃密な甘さが怒涛に押し寄せるも、想像していたより重くなく、みずみずしささえ感じる程に控えめな軽さで収まった。


「う〜ん。この喉越しのいい、スッと消えていく水ようかんみたいな甘さよ。クリームも爽やかな甘さだし、何個でもペロリと食べられそうだ。んまいっ」


「三時のおやつに、ちょうどいいかもっ。おいひい〜っ」


「クロ、教えてくれてありがとう」


 瞬く間に一つ目を完食し、二つ目に手を伸ばす姉妹に。桃源郷を彷徨う幸せ色に染まった瞳で、どこか遠くの一点を見つめる纏。

 極度の空腹も相まって、すぐに三つほど食べ終えると、甘さに慣れてきた口を休めるべく。花梨はプラスチック製ナイフを手に持ち、ドカ盛りスペシャルバーガーに焦点を合わせた。


「さ〜て、冷める前に手を付けておかないとね」


「なら、私も食べよっと」


「私も」


 ホールケーキを切る感覚でナイフを入れると、ゴーニャと纏も食べる意志を見せたので、花梨は「それじゃあ」と続ける。


「みんなの分も一緒に取り分けちゃうので、空いた紙を敷いてて下さい」


 取り分けながら指示を出すと、二人は個性のある感謝を述べ、『あんこバーガー』を包んでいた紙をテーブルに敷く。

 二人の用意が出来ると、花梨は切り終えたケーキ一切れ大のハンバーガーをナイフに乗せ、紙の上に置いていった。


「はい、どうぞ」


「ありがとっ、花梨っ!」


「ありがとう。断面が凄まじい」


 ハンバーガーらしからぬ断面には、ベーコン、ハンバーグ、チーズ、レタス、ピクルス、目玉焼きまであり。

 他にも、ウィンナーらしき円型の物体。カルビと思われる光沢を放った肉。エビに似た物まで見えて、視覚的に食欲を迷子にさせていった。


「うわぁ〜、トッピングの暴力だなぁ」


「いつかの打ち合わせで花梨が発表した『全乗せスペシャル』が、こんな感じになるんだと思う」


「うっ……、よく覚えてましたね。けど実際に見ると、圧倒されるや」


 いつぞやにやった、のっぺらぼうの無古都むこと主催による打ち合わせ時。店に出すメニューを、全員で考え合っていた時の事。

 オーナーとも言える花梨が、ほぼ本気の悪ふざけで出した案の一つである『全乗せスペシャル』。

 その原案に近い実物を、間近で見てしまった花梨は、……メニューに採用されなくて、よかったかも。と心の中で安堵した。


「けどまあ、こうやって商品化されたんだ。食べたら絶対に美味しいはず」


「間違いない、食べよう」


「うわっ。結構重いわね、これ」


 あんこバーガーのついでで頼んだ、一際大きい切れ端を持った三人は、揃って大口を開けて頬張り。

 満足気に両頬を膨らませつつ、巨大なドカ盛りスペシャルバーガーを食べ進めていった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ハンバーガーとは言い難く、ピザと比べると数倍も厚いドカ盛りスペシャルバーガーを食べ始めてから、早一時間以上が経過した頃。

 雑談を交えながら食べていると、不意に花梨の携帯電話から、着信を知らせる黒電話の音が鳴り出した。

 その食事を遮る音に気付いた花梨は、紙ナプキンで手を綺麗に拭き取り、ポケットに入っている携帯電話を取り出す。

 画面を確認してみると、『ぬらりひょん様』と表示されており。花梨は、ぬらりひょん様からだ、なんだろう? と思い、着信ボタンを押して左耳に当てた。


「もしもし、花梨です」


『お前さん、今どこに居るんだ!?』


 開口早々返ってきたのは、慌ただしそうにしているぬらりひょんの大声。耳底を劈く大声に、花梨は思わず携帯電話を耳から離すも、すぐに戻した。


「び、ビックリしたぁ。まだハンバーガー屋さんに居ます」


『ハンバーガー屋? ……なんだ、まだそこに居たのか。なかなか帰ってこんから、心配してたんだぞ? 遅くならメールか電話ぐらいせんか』


「うぇっ……。すみません、心配かけちゃいまして……。それはそうと、今何時なんですか?」


『何時って、そろそろ十一時になるぞ』


「十一時!? あっ、本当だ……」


 駅事務室に出てから、一度も時間を見ていなかった花梨が、店内にある掛け時計に目を移す。

 現在の時刻は十時五十八分になっており、ガラス越しに見える歩道には、人影がまったく居らず。道路を走っている車の数さえ疎らであった。


『その様子だと、時間を確認していなかったようだな』


「はい、まったくしてませんでした……」


『まったく。寝坊さえするものの、時間は厳守するお前さんが珍しいじゃないか』


「ううっ、すみません……」


 非は全てこちらにあり、ただただ謝る事しか出来ない花梨が、こうべを弱々しく垂らしていく。


『まあ、起きてしまった事は仕方ない。以後、気を付けるように』


「はい、気を付けます……」


「よろしい。それで、いつ帰って来るんだ? そのタイミングで護衛を派遣するから、なるべく正確な時間を教えてくれ」


「護衛? なんで護衛なんかを?」


『電車の運行が全て終わっているから、念には念を入れてな』


 なぜ護衛を付ける必要があるのか。その説明をあえて避けたぬらりひょんに、花梨は好奇心を含んだ疑問が芽生えてくる。

 が、更に迷惑が掛かると自己解釈してしまい、それだけは遠慮したいと思うと、「あの」と切り出した。


「ぬらりひょん様。一つだけ質問があるんですが、いいですかね?」


『なんだ? 言ってみろ』


「明日って、仕事の予定は入ってますか?」


『いや、入っとらん。休みの予定だ』


 最も理想な返答がくると、花梨の口元が軽くほころんだ。


「なら、今日はこっちで泊まりますので、護衛は呼ばないで下さい」


『そっちに泊まる? 泊まる当てはあるのか?』


「はい、あります。私が住んでるアパートの鍵を持ってますし、二十四時間営業してるスーパー銭湯も知ってるので、衣食住には困らないです」


『ああ、なるほど……?』


 相当ばつが悪そうな声が聞こえてきた後。ぬらりひょんは次の言葉を発さず、相手の心境が読めない静寂が訪れる。

 だんだんと落ち着かなくなってきた花梨が、何か喋ろうと思案するも、ぬらりひょんの「ふむ」という声が割って入った。


『よかろう、許可してやる』


「本当ですか? すみません、ありがとうございます!」


『しかし、何かあったら必ず連絡するんだぞ? それとアパートに着いたら、メールでいいからワシに連絡するように』


「分かりました。あと、そちらへ帰る時にも連絡しますね」


『そうだな、そうしてくれ。じゃあ、気を付けて帰るんだぞ? 疲れが残らぬよう、しっかり風呂に浸かって早く寝ろよ? そうだ、水道とかガス、電気は止められているんじゃないか? せめて飲み物ぐらいは買っとけよ?』


「それは全部大丈夫です。非常食と長期保存可能の飲料水を半年分ストックしてますので、まったく困りません」


『そうなのか? なら、大丈夫か……。やっぱ、こっちに帰ってこんか? もう遅いし、ワシも行くぞ?』


「そ、それも大丈夫です。護身術と複数の格闘術を使えますので、武器を持ってる人が襲ってきても対処出来ます」


 後半から呟くように説明するも、ぬらりひょんは「う〜む……」と納得しておらず、底無しの心配を募らせている様子でいた。


『本当に、ほんっとうに大丈夫なのか?』


「はい。腕も落ちてませんので、普通の人には絶対に負けません。自己防衛は完璧ですし、纏姉さんとゴーニャも私が守ります」


『ふむ……。最悪、座敷童子か天狗に変化へんげして逃げるんだぞ? 頼むから無理だけはしないでくれ』


「わ、分かりました」


『よろしい。……なら、今日はお疲れさん。纏とゴーニャにも言っといてくれ。それじゃあ、おやすみ』


「はい、二人に言っておきます。おやすみなさい」


 ぬらりひょんのどこかたどたどしい声と、名残惜しそうに通話が切れた事を確認すると、花梨も通話を切り、「ふぅ〜っ」とため息をついた。


「今の電話、ぬらりひょん様でしょ。ごめん、私のせいで」


 一息をついたのも束の間。隣から聞こえてきた纏の謝罪に、花梨は慌てて纏の方へ向き、から笑いをしながら手を振った。


「いえいえ、纏姉さんのせいじゃないですよ。連絡しなかった私が悪かったんです。穏便に話が付きましたし、気にしないで―――」


 強い罪悪感を抱いている纏に、花梨はその罪悪感を背負うつもりで庇おうとするも、再び携帯電話に着信が入り、全員の注目を集める。

 開いていた画面を確認してみると、また『ぬらりひょん様』と表示されており、流石に嫌な予感がした花梨が口元をヒクつかせた。


「な、なんだろう? もしもし、花梨です」


『……花梨。やはり、こっちに帰ってこんか?』


 最早、妖怪の総大将としての威厳はどこにもなく、愛娘の帰りを心待ちしている祖父のような優しい声に、花梨の口元にヒクつきが増していく。

 そこから迷惑を掛けたくない愛娘と、絶対に帰らせたい祖父の応酬が始まり。ようやくぬらりひょんを納得させたのは、二回目の電話が来てから二十分後の事であった。

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