84話-5、妹だけど、お母さんみたいな存在

 祖父と化したぬらりひょんによる、怒涛の『帰って来い』攻めをなんとか切り抜けた花梨達は、道中で冷え切った体を温めるべく、二十四時間営業のスーパー銭湯に来ていた。

 夜中の十二時ともあり。多種多様の風呂がある大浴場には、片手で数えられるほどの人しかおらず、どの浴槽もほぼ貸切状態になっている。

 その、お湯が排水溝に流れていく音しか聞こえない大浴場で、花梨達は炭酸泉の湯を選び、仲良く並んで肩まで浸かった。


「ふぃ〜……。やっぱ真冬のお風呂は、こうでなくっちゃ〜……。きんもちいぃ〜」


「ふぁっ……。寒い時に入ると、ここまで気持ちよくなるのねぇ……」


 肌を刺す真冬の冷気に当てられていた体が、外側からじんわり温まっていく様を感じつつ、ゴーニャの体が口元まで沈んでいく。

 そんな頭まで浸かっていきそうなゴーニャに、花梨はほくそ笑んでから周りに目を移し、物寂しく広がる景色を見渡していった。


「う〜ん、なんだか目が落ち着かないなぁ」


「私もっ。秋国の露天風呂じゃない方でも、こうはならないのに」


 心の内に留めていようとしていたのか。花梨が思った事を口にすると、浮上したゴーニャも正直に明かす。


「ゴーニャもなんだね。きっと私達の体が、秋国の温泉色に染まっちゃってるんだろうなぁ。あ〜あ、素直に帰ってればよかったかも」


「私があんなわがままを言わなければ、みんなにここまで迷惑掛ける事もなかったのに。ごめん二人共」


「んっ……」


 最後に余計な一言を付け加えたせいで、終始黙り込んでいたまといの心に、追い討ちをかけてしまったと自己嫌悪した花梨が、咄嗟に「いえ」と切り出す。


「纏姉さんのせいじゃないですよ。あの時は、ハンバーガーの大きさをちゃんと見てなかった私が悪いんです」


「そうよ、纏は悪くないわっ。私も食べるのが遅かったし、悪いのは私達の方よっ」


「ううん、全部私のせい。『あんこバーガー』を食べたいって誘わなければ、ちゃんと秋国へ帰れてたし。落ち着いて露天風呂にも浸かれてたのに、本当にごめん」


 卑屈とはまた違う、二人が知らない別の何かで罪悪感を募らせている纏に、姉妹揃って言葉を詰まらせてしまい、気まずい静寂が流れ出した。

 が、その筋違いな罪悪感を背負わせたくないと、感情的に動いた花梨は、纏の両頬に手を添え、柄にもなく落ち込んでいる顔を強引に合わせた。


「いいえ、纏姉さんは悪くありません」


「え?」


「纏姉さんは、ただ美味しいご飯を食べに誘ってくれただけです。ここまで遅くなったのは、私の確認不足が招いた事ですから、纏姉さんは気にしないで下さい」


「違う、花梨は悪くない。全部私が、ぶにゅ」


 引く姿勢をまったく見せない纏に、花梨は両頬に添えていた手を押し込み、反論してきた口をすぼませる。


「いいえ、私が悪いんです。普通の大きさでしたら、私達なら十時前には食べ終わってましたからね。まさかギガとメガも、普通サイズの五倍以上もあっただなんて……」


 『ギガハンバーガー』『トッピングメガ盛りバーガー』は、花梨が食べたくて提案したハンバーガーであり。

 二つとも、ピザで例えるとМサイズ近くの大きさがあった為に、『ドカ盛りスペシャルバーガー』同様、直接かぶりつく事が出来ず、食べる量だけプラスチック製のナイフで切り分けていた。


「しかも、かなり分厚かったわよね」


「そうそう。厚さだけなら、ドカ盛りよりすごかったよね」


 ゴーニャの支援もあやかり、今回の原因は自分にある事を明確にするも、やはり纏は納得していないようで。すぼめていた口を尖らせていく。

 拗ねているようにも見え、どこか認めたくない表情でいる纏に、花梨は、もう一押しかな。と纏の心境を読み取り、口元を軽くほころばせた。


「ですから、纏姉さんは悪くありません。だから、そう自分を責めないで下さい」


 言い包めに入ると、花梨は話題を変えるべく「それと」と続ける。


「纏姉さんが紹介してくれたあんこバーガー、本当にすごく美味しかったです。また何か美味しい物があったら、必ず教えて下さいね」


「花梨……」


 全ての原因と罪を纏から奪い、代わりに背負い込んだ花梨が微笑むと、頬に添えていた両手を湯船に沈めていく。

 その両手を追うように、纏の強張っていた肩も湯船へ落ち、罪悪感に駆られていた顔が無表情に戻っていった。


「花梨、本当に優しいよね。つい甘えたくなっちゃうし、そういう所が大好き」


「なら、どんどん私に甘えてきて下さい」


「分かった。後で元の姿に戻るから抱っこして」


「ふふっ、分かりました。ギューって、抱きしめてあげますね」


 早速甘えてきてくれた纏に、花梨は嬉しくなり全力以上で応え、心の中でほっとため息をつく。


「ねぇ纏っ、私は?」


「ゴーニャは、なんだか二人目の妹が出来たような気分になるから、私には欠かせない存在」


「妹っ! ふふんっ。なら、いつでも私の頭を撫でていいわよっ」


「そういう正直な所も大好き」


 むしろ撫でてほしいとも取れる願いに、纏は濡れた手を振って水気を払い、待ち構えているゴーニャの頭を不器用に撫でる。

 すると、撫でられて気持ちよくなってきたようで。ゴーニャの表情が途端にぽやっと緩み、鼻から下が湯船に浸かっていった。


「なんだか猫みたい」


「撫で続けると、リラックスしてそのまま寝ちゃうので、気を付けて下さいね」


「猫だった」


 花梨の忠告通り。ゴーニャは湯船でむにゃむにゃとさせていた口を浮上させ、「ふわぁ〜っ」と大きなあくびをした。

 そんな期待に応えてくれたゴーニャに、纏は撫でるのを止め。今度は喉元を擦り始めると、ゴーニャはもっとと言わんばかりに、顎を少しだけ上げた。


「なんだかずっとやってたくなる」


「ですよねぇ。しかも、この時のゴーニャって、本当に可愛い顔をしてるんですよ。すごく癒されますよね」


「分かる。すごく気持ち良さそうにしてる」


 ゴロゴロと喉は鳴らなくとも、そう聞こえてきそうなゴーニャの緩んだ顔に、纏と花梨は自然に笑みをこぼす。

 その纏の笑みを見逃さなかった花梨は、更に話題を逸らそうと考え。無難に話せそうな内容を、いくつか頭に思い浮かべてから口を開いた。


「纏姉さん。私って纏姉さんにとって、どんな存在ですか?」


「花梨? 花梨は……」


 一旦言葉を濁した纏の瞳が、右側に逃げるも、すぐに花梨の方へ戻ってきた。


「ぬらりひょん様に『まるで姉妹みたいだ』って言われた時があったでしょ」


「また懐かしいですね。その時は纏姉さんと、初めて遊んだ時の事ですよね」


「そう。あの時は本当に嬉しかったし、私の妹になってほしいと思ってた。けど、今は違う」


 心の内に留めていた気持ちを、包み隠さず口にした纏が一呼吸置く。


「今はなんていうか、お母さんみたいな存在」


「私が、お母さん?」


「うん。なんて言えばいいんだろう。そばに居ると甘えたくなってくるし、わがままも言いたくなるし、それを我慢出来ない自分がいる。ずっと一緒に居たいし、離れると寂しくなる。花梨やゴーニャと一緒に寝ると、すぐに眠れるけど、一人で寝るとなかなか寝付けなくなった。それに、花梨が笑ってるとなんだか安心する」


 真顔で本心を明かしているも、僅かな恥ずかしさが垣間見える語り口に、花梨は驚いて目を開き、口を軽く噤んだ。

 しかし、その閉ざされた口はすぐに柔らかくなり、纏が安心する笑みを浮かべる。


「私がお母さん、か。すごく嬉しいなぁ」


「そう、そんな笑顔。見てて安心するし、私も嬉しくなる」


「ふふっ、そうですか。なら、もっと笑わないとですね」


 そう言われて、笑みを笑顔に変えた花梨は、湯けむりが昇っていく天井に顔を移した。

 ようやく視点が落ち着くと、昔は妹、今はお母さん。そんな嬉しい事を言ってくれる人が、私の笑顔をみると安心してくれるだなんて。まるで、本当の家族になったみたいだなぁ。と喜びが込み上げてきて、首をユラユラと左右に揺らす。

 更に、私やゴーニャと一緒に居ると、すぐに眠れると言っていたし。離れると寂しくなるとも言ってたから、私も極力傍に居てあげたい。と思案し出し、纏にチラリと横目を送る。

 再びゴーニャの頭を撫でている纏を見て、纏姉さんって、確か独り身なんだよな。ならば―――。と決意し、人知れず小さくうなずいた。

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