84話-6、似た者同士による懺悔と告白

 座敷童子のまといから、自分はどんな存在かを聞き出し。とある決意を固めた花梨は、風呂に浸かってから三十分後。

 湯気が昇る火照った体で、冷えたコーヒー牛乳を一気飲みし、星空まで凍てつくような寒風に耐えつつ、皆で花梨の家を目指して歩いていた。

 スーパー銭湯から普通に歩けば、花梨の部屋があるアパートは、十分程度で着く距離ともあり。

 体が冷え切る前に着いた一行いっこうは、錆び付いた階段をなるべく音を立てずに上がっていき。扉の鍵を静かに開け、暗闇が佇んでいる部屋へと入っていった。


「ふぃ〜、やっと着いたや」


「ここが、花梨が住んでるお部屋なのねっ」


「初めて来た」


 ゴーニャと纏が、暗くて細部を把握出来ない部屋内を見渡している中。花梨は電気のスイッチを点けるも、蛍光灯は反応してくれず、暗闇を払ってはくれなかった。


「やっぱり電気も止まってるか。なら、ランタンを点けよっと」


 分かり切っていたものの。花梨は次の手を駆使するべく、部屋の隅に置いてあった、大型でくたびれたカバンを漁り出す。

 そのカバンの中から、電池式のランタンを四つ取り出し、視覚的に暖かみのあるオレンジ色の光を灯すと、光が行き届くよう部屋の四隅に設置した。


「明かりは、これぐらいあれば大丈夫かな」


「すごいっ、一気に明るくなったわっ」


「なんでそんなにランタンがあるの?」


 再びカバンの元へ行き、マミー型の寝袋を取り出している花梨へ、不思議に思った纏が問い掛ける。


「旅の必需品ですからね、予備を沢山持ってるんですよ」


「そういえば、ぬえに相当しごかれてたんだっけ」


「ですねぇ。お陰様で、どんな場所に行っても、一ヶ月以上は過ごせる備蓄と装備が揃いました」


「花梨となら、世界のどこに行っても大丈夫そう」


 そんな世界を股に掛け、数多の危険を潜り抜けてきた花梨が、床にマミー型寝袋を三つ敷き。

 その中に、暖かそうな厚手のタオルケットを二枚ずつ包み、簡易の枕を置いて「これでよしっと」とうなずき、腰に手を当てた。


「花梨っ。このミノムシみたいなのは、一体何なのかしら?」


「これは寝袋っていって、どこでも眠れる布団だと思ってくれればいいよ。極寒地向けの物だから、ものすごく暖かいんだ〜」


「へぇ〜っ。なら、すごく寒い場所でもへっちゃらなのね」


「うん、外で寝ても平気な代物さ。ささっ、二人共入って入って」


 花梨に催促された二人は、まだ好奇心をくすぐる物が沢山転がっていそうな部屋を、満足するまで物色したかったが。

 夜も更け、体をこれ以上冷やしたくない気持ちも湧いてくると、二人はいそいそと寝袋の中へ入り込み、中にあったタオルケットを体に巻いた。


「なにこれっ!? 全然寒くないっ!」


「思ってた以上に暖かい」


「でしょ〜。寒い国へ行った時は、相当お世話になってました」


 過酷な旅を、共に乗り越えてきた寝袋に入っていた、懐かしい記憶を思い出した花梨は、四隅に置いたランタンを三つ消し。

 一つだけ頭の近くへ置き、空いている真ん中の寝袋に入り込んだ。


「あっはぁ〜、暖か〜い」


「暖かいけど……。このままじゃ、花梨をギュッとして寝れないわっ」


「唯一の大欠点」


「ああ、そっか。多人数用のもあるらしいし、買っとくべきだったなぁ」


 普段から、二人に体を抱き締められて寝ている花梨も、両脇腹にそことなく寂しさを覚え、寝袋にしまっていた両手を後頭部に添える。


「そう思うと、暖かさが足りなくなってきちゃったや」


「寒くはないけど、ちょっと物寂しいわっ」


「花梨より暖かい物はこの世に無い」


「あっははは、嬉しいなぁ。なんだか太陽になった気分です」


 身近にある物の中で、全員に等しく温もりを与える物に例えるも、ゴーニャが「ううん」と首を横に振る。


「太陽より暖かいもんね、纏っ」


「間違いない」


「太陽よりもかぁ。なら、みんなを暖かく照らせるよう頑張らないと」


 会話に一段落つくと、三人は暗闇に染まる天井を見つめ、ほぼ同時に鼻から息を漏らす。


「天井を見ながら寝るのって、纏のお家に泊まった以来かもっ」


「私も花梨達と一緒に寝るようになってから、天井はほとんど見なくなった」


 新たな会話の流れが始まると、花梨はまたと無いチャンスだと思い、纏が居る方へ寝返りを打った。


「確か、私が魚市場難破船うおいちばなんぱせんに行った時の事ですよね。あの時って、どんな会話をしてたんですか?」


「どんな、会話……」


 とある話へ誘導したいが為に、花梨が好奇心を交えて問い掛けるも、纏はばつが悪そうに言葉を濁す。


「ゴーニャ、言ってもいい?」


「うんっ、全部言っちゃっていいわよ」


「本当にいいんだね?」


「私なら大丈夫よっ。心配してくれて、ありがとっ」


「そう、分かった」


 念を入れた確認に、ゴーニャが即答で快諾してくれると、纏は「なら」と切り出す。


「私がゴーニャの過去について気になったから、それについてずっと聞いてた」


「んっ……」


 まるで予想だにしていなかった返事に、花梨は問い掛けてしまった事を心底後悔してしまい、引っぱたきなるほど愚かな口を固くつぐんだ。

 ゴーニャの過去。それはかつて、ゴーニャがまだ人間としてではなく、都市伝説のメリーさんとして生きていた頃の事。

 纏の家に泊まった時は、温泉街に来てから日も浅く。花梨から苗字を貰い、正式な家族になったばかりであった。

 そんな、忘れてしまいたい過去でもあり。決して忘れてはならないゴーニャを過去を、ここで耳にするとは微塵も思ってすらいなかった。


「……纏姉さんも、ゴーニャから聞いたんですね」


「うん。まさか、ゴーニャにそんな過去があったんだなんて。軽い気持ちで聞いたから自己嫌悪した」


 当時の心境を振り返った纏が、「でも」と続ける。


「最後まで聞いてゴーニャの気持ちも分かったから、逆に聞けてよかったと思ってる。もしゴーニャの過去を知らなかったら、たぶん今も犬猿の仲のままだった」


 『犬猿の仲』というワードに、その日を境に仲良くなっていった二人の間柄を思い出し、花梨の意識が途端に逸れていく。


「そういえば、そこから二人は急に仲良くなりましたよね」


「そうだね。初めてゴーニャと会った時は花梨を取られたと思って、嫉妬して一方的に嫌ってたから。あの時は本当にごめんね、ゴーニャ」


 不意打ちの告白と謝罪に、油断していたゴーニャが青い瞳を丸くさせるも。

 眠気を覚えていた頭の中に、初めて纏と出会った時の記憶。今では有り得ないやり取りまで回想として流れ出し、眠気が一気に吹き飛んでいった。


「私もごめんね、纏っ。あの時は、初めて私を愛してくれる人と出会えて、とても嬉しくなってたの。心にも余裕がまったくなかったし、私も大好きな花梨を取られると思って焦ってたわっ」


「だよね。ゴーニャの過去を聞いて、あんな必死になってたのも合点がいった。よかったね。勇気を振り絞った結果、花梨と出会えて」


「うんっ、ありがとっ。勇気を出せなかったら、私はまだ一人で山奥に居たと思うわっ」


 薄い暗闇に飛び交う、「ふふっ」という二つの温かな笑い声。花梨の頭上で重なり合い、再び静寂が訪れるも、「ねぇ、纏っ」とゴーニャがすぐに振り払う。


「なに」


「纏の過去の話も、聞いてみたいわっ」


「私の?」


「うんっ。こんな話をしてたら、だんだん気になってきちゃった」


 単純な興味本位で言ってみると、纏の天井と合わせていた黒い瞳が左側へ逃げ。思案するかのように上へ向き、しばらくして元の位置に戻った。


「聞かない方がいい。出始めはゴーニャと似てるから、つまらないよ」


「私と似てる?」


「そう。ゴーニャが、一人でポツンと住宅街の道で立ってたように。私も、田んぼ道で一人でポツンと立ってたから」


 よもや、纏と境遇が似ていたとは露知らず。呆気に取られたゴーニャの瞳が、たちまち見開いていく。しかし、似た者同士と分かるや否や。大きく開けた瞳を微笑ました。


「なら、やっぱり纏の過去を聞いてみたいわっ」


「本当に言ってるの? それ」


「うんっ! だって私達、似た者同士なんでしょ? だから纏の過去を聞いたら、もっと仲良くなれると思うのっ!」


「仲良く……」


 『仲良くなれる』。一昔であれば、目を合わせると火花が散り、口を開けば喧嘩ばかりしていた纏の心を、際限なくぐっと突き動かしていく。

 数秒戸惑って悩んでいたが、すぐに決心がついたのか。ランタンの光が薄っすらと映っている纏の口元が、緩く上がった。


「ゴーニャの過去だけ知ってるのはずるいよね。分かった、言う」


「ほんとっ?」


「本当。けど、明かしたくない部分もあるから、少しはしょるよ。いいね?」


「うんっ、全然構わないわっ!」


「分かった。じゃあ言うね」


 そう言うと、蚊帳の外に追いやられていた花梨も、真剣な眼差しをしながら聞く体勢に入り。ゴーニャも、寝袋ごと花梨の体の上によじ登り、天井を見据えている纏を視界の中へ入れた。

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