84話-2、続・駅事務所の見張り番

 大人の姿になったまといの撮影会が始まり、時間の流れを忘れて撮り続けていた花梨達は、急いで駅事務室へ向かうべく、建物の屋根を走っていた。


 纏は元の姿に戻り。座敷童子に変化へんげした花梨は、絶叫しているゴーニャを背負い、黒瓦の屋根を颯爽と駆け抜けていく。

 建物を三つほど飛び越し、人の少ない大通りへ下り、風やツバメよりも速く駆ける二人の座敷童子。

 しばらくしてから、地下鉄に続く入口が見えてくるも、二人は走る速度を緩めず、入口に飛び込んでいった。

 そして闇深い階段を落ちていくと、瞬間的に見えた地面に両足を向け、勢い任せでカカトから着地した。


「……とととっとっと」


 そのまま滑るように踏ん張りをきかせ、速度を落としながら電車に乗り、反対側の扉付近で止まる二人。

 すると、入ってきた側の扉が閉まり、電車全体に大きな振動が走り、アナウンスも無く発車し始めた。


「ふぃ〜、なんとかギリギリセーフ」


「いい運動になった」


「ですねぇ。人が少なかったから、気持ちよく走れたや」


 全力疾走だったのにも関わらず、二人の座敷童子は息切れ一つも起こしておらず。落ち着いた様子の纏は、特製の葉っぱの髪飾りを頭に付け、駅員の制服を着た大人姿に変化へんげした。

 しかし、花梨がおんぶしているゴーニャは、意識がまだ秋国に居るのか。「いやぁ……。妖狐神社が、まだあんな遠くに……。空に、空にぶつかる……」と悲痛な唸り声を呟いていた。


「ゴーニャ、意識が乗車出来なかったみたい」


「つ、次の電車に乗ってくれてるといいんだけど……」


 意識が遅刻しているゴーニャを認めると、花梨は一旦ゴーニャを席に降ろし、「座敷童子さん、おやすみなさい」と唱え、元の姿に戻る。

 再びゴーニャを優しく抱っこすると、ようやく意識が追いついたようで。虚ろな青い瞳を瞼が覆い隠し、眠りへと就いていった。


「あっはは、どうやら叫び疲れて寝ちゃったみたいです」


「もしくは気絶したとか」


「うっ……、ありうるかも……」


 纏の鋭い指摘に、花梨は口元をヒクつかせつつ、ゴーニャを起こさないよう席に座る。纏も花梨の横に腰を下ろすと、「ふう」と一息ついた。


「それにしても、纏姉さんと仕事が出来る日が来るだなんて、思ってもみませんでした」


「私も。だから今日は嬉しい」


「ふふっ、私もです」


 いつも通りの無表情ながらも、纏の声はそことなく弾んでおり、そこから途切れる事のない会話に花を咲かせていく。

 体感的に、まだ十分も過ぎていない三十分後。漆黒を保っていた窓の景色が、高速で流れていく駅のホームに変わり。

 ずっと喋り続けていた花梨が、色付いた周りの変化に気付き、纏に合わせていた顔を窓にやった。


「あれ? もう着いちゃったんだ」


「本当だ。早かったね」


「ですね。さってと、仕事モードにならないと」


 気を引き締めた花梨が、上半身をグイッと伸ばし、ゴーニャを抱っこし直して、纏と共に扉へ向かう。

 扉の前まで来ると、丁度よく電車が停車し。凍てついた風を引き連れながら開くと、二人は誰も居ない物静かなホームに降りた。

 吐いた息は薄白く、秋の陽気に慣れていた体が寒さを感じ取ると、花梨と纏は揃って体を身震いさせた。


「来る度に毎回思い出すけど……、こっちは真冬だったんだっけ」


「秋国に居ると季節の感覚が狂うよね」


「ずっと秋ですからね。あ〜あ、もう秋国が恋しくなってきちゃった」


「へ、へっ、へぷちっ」


 寒さで身震いが止まらず、白いボヤキを入れている中。半袖のワンピース姿のゴーニャが、腑抜けたクシャミを放ち、顔を花梨の胸元にうずめた。


「しゃ、しゃむい……」


「ああ、ごめんねゴーニャ。纏姉さん、早く駅事務室に行きましょう」


「そうしよう」


 自分の身震いが移ったゴーニャを、覆う形でギュッと抱きしめ、早足で駅事務室を目指していく。

 寒さが際立つ鈍色の通路を進み、突き当たりにある古ぼけた木の扉を開け、視覚的に暖かい駅事務室に到着し。

 整えている息が透明に戻るや否や。視線の先に、初めて来た時には無かった大型の電気ストーブがあり、花梨が「あっ!」と声を上げた。


「纏姉さん、電気ストーブがありますよ!」


「点けざるを得ない」


 どうやら、纏も初めて見たらしく。電気ストーブの元まで行くと、花梨はゴーニャを床に降ろし、ダイヤル式のスイッチを回して『強』に合わせる。

 それを合図に、中にある三本のヒータが煌々こうこうと眩い光を放ち始め、手を伸ばしている三人の全身をオレンジ色に染め上げていった。


「ふぃ〜、生き返る〜……」


「あったかぁ〜い……」


「極楽」


 瞬間的に熱を帯びたヒータが、冷え切った体を包み込むように温めていくと、仕事モードのスイッチが再び入った花梨が、おもむろに携帯電話を取り出す。

 現在の時刻を確認してみると、七時五十五分と表示されていた。


「五分前か。三分ぐらい温まってから、扉の鍵を開けましょうか」


「そうだね。あ、ねえ花梨。一つお願いがある」


「はい、なんでしょう?」


「クロから聞いた話だけど。この近くのハンバーガー屋に、新商品で『あんこバーガー』っていうのが出たらしい。仕事が終わったら、みんなで一緒に食べに行こ」


 主食というよりも、甘味に近い商品名を聞くと、頭にあんパンを思い浮かべた花梨は「あんこバーガー、ですか」と、物珍しそうに反応を示す。


「バーガーというからには、バンズに挟まってるんですよね?」


「うん。美味しかったらしいし、私に刺さる味って言ってた」


「という事は、クロさん食べたんだ。ちょっと気になってきたなぁ」


 愛する母の一押しもあり。仕事よりも『あんこバーガー』に意識が向いた花梨は、食べたそうにしている瞳を天井へ持っていく。

 最早、食べないといけない使命感すら湧いてくると、欲の強そうな笑みを浮かべた花梨は、その顔をゴーニャへ移した。


「ゴーニャはどうする?」


「私も気になるけど、普通のハンバーガーも食べてみたいわっ」


「そういえば、食べた事がなかったね」


 体が温まってきたゴーニャも食べたい事が分かると、花梨は「ならば」と続ける。


「仕事が終わったら、みんなで行きましょうか」


「うん、行こ行こ」


「やったっ! 楽しみにしてよっと」


 まだ朝食を食べてから間もないというのに、夜ご飯が決まって腹がすいてきた三人は、温まった腹を『ぐぅ』と鳴らす。

 その部屋内に響く音は綺麗に重なり、三人は目をきょとんとさせるも、途端に笑い出し合っていった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 窓が設置されておらず、外の状況が分からないものの。現世うつしよへ続く扉から、人間に変化へんげしている妖怪の出入りがほとんど無くなり。

 その扉から流れてくる空気が、だんだん澄んだものへと変わってきた、夜の九時前。


 『あんこバーガー』を美味しく食べるべく、気合いを入れて昼飯を抜かした三人は、最後の客を見送った直後。

 花梨とゴーニャは、力尽きたようにテーブルへ頭を落とし、『ぐぅぅぅうう〜』という、重低音の腹の虫を鳴らした。


「な、何事もなく終わってくれたけど……。お腹が減りすぎて、死にそう……」


「ご飯……、ごはぁ〜ん……」


「死屍累々」


 飢えて瀕死状態になっている姉妹に対し、纏だけは涼しい顔をしていて、大人びたジト目で二人を見返していく。


「纏姉さん、よく平気でいられ、ますね……」


「元々食べなくても大丈夫」


「あれ? そうなんですか?」


 姉妹を筆頭に、三大食欲魔である纏の信じ難い言葉に、花梨は寝かせていた上体を起こした。


「うん。九十年ぐらい何も食べなかった時期があるけど平気だった」


「九十年!? ……えっ? 纏姉さんって、今何歳なんですか?」


「百は超えてる。正確な年齢は知らない」


「ひゃ、百歳……? はぇ〜……」


 本来の姿こそは、ゴーニャとそれほど大差がなく、おおよそ五歳ぐらいの身長であるが。

 初めて纏の年齢を知った花梨達は、容姿とのギャップに衝撃を受け、大口を開いて固まってしまった。


「そういえば、かえでさんは千歳以上だったっけ……。妖怪さんって、本当に長寿なんだなぁ」


「とてもそんな風には見えないわっ」


「よく言われる。そんな事よりも、早く食べに行こ」


 三人にとって、本来の目的を思い出させると、姉妹は更に腹を大きく鳴らし、体から力が無くなっていく。


「そうだった! それじゃあ外は寒いですし、私が妖狐に変化へんげして、みんなの服をこしらえますね」


「ありがとっ、花梨っ!」


「ありがとう」


 薄着の三人が真冬の季節に立ち向かうべく、花梨はリュックサックから葉っぱの髪飾りを取り出し、頭に付けて妖狐に変化へんげする。

 そして、ゴーニャと纏、自分の服を変化術で用意すると、忘れ物がないか確認し合い、現世うつしよへ通ずる扉を開けて外に出ていった。

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