88話-2、愛娘が一気に増える母親

 酒呑童子の酒羅凶しゅらきの子煩悩が爆発して、全員に奢ると咆哮を轟かせ。その場に居た皆の飲み会に対する士気を上げてから、約十五分後。

 各々が注文した料理と酒、ジュースが行き渡り、長テーブルが隙間なく埋め尽くされた頃。

 場の盛り上げ役を自ら買って出た茨木童子の酒天しゅてんが、「皆さーん!」と声を上げて全員の注目を集め、ビールが並々と注がれたピッチャーを掲げた。


「本日はお忙しい中、『居酒屋浴び呑み』にお集まり頂きありがとうございます! 今回は店長のご好意により、時間は無制限で飲み食い放題となってるっス! なので皆さんっ! 今日は無礼講で大いに楽しんでいって下さい! それでは、かんぱーい!!」


 短めに纏めた乾杯の挨拶の後を追う、十人十色に重なった乾杯の声を合図に、今度は喉を鳴らす輪唱が響き渡る。

 そして、一斉に「ぷはぁ〜っ」と気持ちの良いため息を吐き、箸を持って料理の品定めを始めた。


「さ〜ってと、どれから食べようかなぁ〜。唐揚げ、オニオンリング、舟盛りに肉の盛り合わせ。あっはぁ〜、迷う〜」


「このブリ、脂が乗ってておいひい〜っ」


「すみません、松茸の土瓶蒸し二つ追加で」


 酒羅凶から注文は抑えるなと念を押され、メニュー表にある料理を全て注文された花梨に。

 酒羅凶経由で注文された、花梨の舟盛りから刺身を食べていくゴーニャ。クロからオススメされた松茸の土瓶蒸しにドハマりし、追加で注文するまとい

 開幕から暴走を始めた食欲魔達は、二十分経った頃になると、一人ずつに注文専属の店員が付いており、厨房もろとも鉄火場にさせていく。

 そんな、ブレーキが壊れた食欲魔達を、シラフを保ちつつ飲んでいたクロは、そろそろ、花梨の胃が温まってきたかな。と見計らい、松茸の茶碗蒸しを口にした。


「花梨。もう少ししたら『極白きょくはく』を飲んでみるか?」


「あっ、いいですね! それじゃあ、もう飲んじゃおうかな」


「そうか。なら、私が注いでやるよ」


「すみません、ありがとうございます」


 舟盛りの刺身を食べていた花梨は、箸を置いてコップに持ち替え、一升瓶を構えていたクロへ差し出す。

 ちょうどいい位置まで持っていくと、クロは一升瓶を少しずつ倒し、緩かに注いでいった。


「いらなくなったら、ストップって言ってくれ」


「えと、もうちょい、も〜うちょい……。ストップ!」


 無色透明な極白が、コップの半分までに差し掛かると、花梨を声を大きめにして合図を出し。クロが急いで一升瓶を立てて、テーブルに置いた。


「その量でも、お前にとっては多くないか?」


「かもですね。でも、せっかくなので、チビチビと全部飲んじゃいます」


「そうか、あまり無理するなよ?」


「はい、気を付けます。ではでは、早速」


 この飲み会で、花梨に酒を飲ませて酔っ払わせる目的があるものの。寸前になり、心配する気持ちの方が勝ったクロが、やんわりと警告する。

 花梨も花梨で、己の許容量を把握し始めていたので、クロへ宣言した通りに、ほんの少しだけ口に含んだ。


「わっ。すごいや、このお酒。クセのない透き通った甘さがあって、お水や麦茶のように飲みやすい。喉を通っていくというよりも、浸透していくような感じだ。お酒って分かってなかったら、ゴクゴクいっちゃいそうだなぁ」


「だろ? 色んなツマミに合うし、私も気が付いたら、一升瓶を全部飲んでた事もザラにある」


「このお酒でしたら、それも仕方ないですね。特に油っこい物や、塩辛い物と相性がいいかも?」


「そうそう。しつこさや油っこさもリセットしてくれるから、箸休めにもってこいなんだ」


 同じ酒を交わせて、一口飲んだだけで極白に合うツマミが花梨の口から出てきた事に嬉しくなったクロが、やや食い気味に話を広げていく。

 物は試しにと、花梨は近くにあったサラミを数枚食べて、噛んでいる途中に極白をチビりと飲んだ。


「おおっ、すごく合う! ヤバいなぁ、いっぱい飲みたくなってきちゃったぞ」


「止めはしないけど、ほどほどにしとけよ? 私はもう、それ以上の酒は注がないからな」


「分かってますって。そうだ、クロさん。今度は、私が注いであげますよ」


「おっ、悪いな。それじゃあ頼む」


 愛娘の注ぐ酒ともならば、至高の美味さになると確信したクロは、コップに残っていた酒を急いで飲み干し、万全の状態でコップを差し出す。

 そのまま並々まで注がれると、クロは喉を気持ちよく鳴らしながら一気飲みし、「ぷっはぁ〜っ!」と清々しい唸りを上げた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 母親であるクロがこよなく愛する酒を、子の花梨が制限を設けて飲み始めてから、僅か数分後。


 下戸を極めた花梨にとっては、標準サイズのコップ半分でも多かったようで。飲んでから一分後には、頬がほんのりと赤く染まり出し。

 三分もすればすっかりと出来上がっていて、隣で飲んでいたクロに抱きつき、公然の場で人目もはばからず甘えていた。


「ねえねえ〜お母しゃ〜ん、もっとお酒ちょ〜ら〜い」


「ダメだ。悪酔いするといけないから、先に水を飲め」


「ええ〜? お母しゃんのケチィ〜」


 一旦は頬を大きく膨らませ、口を尖らせながら文句を垂れた花梨だが、すぐに表情を緩めてクロの体に頬擦りをする。


「えっ? 花梨のお母さんって、クロさんだったのー!?」


 聴力が優れているが故に、呂律が回っていない花梨の会話を聞き取ってしまったみやびが、声を荒らげて反応してきた。


「そーだよー。知らにゃかったのー?」


「し、知らなかったー……。ちょっと、かえで様ー? 花梨のお母さんって、本当にクロさんなのー?」


 まだ半信半疑ながらも、真実を確かめる為に、答えを知っている楓に問い掛ける雅。

 しかし、答えていいものかと悩んだ楓は、油揚げを食べつつ、逃げるように横目をクロへ送る。

 クロもまた、愛娘がベッタリくっついているせいで、どう答えていいのか困っている瞳を、楓に合わせてから酒を飲んだ。


「まあ、なんじゃ。花梨とクロは、それほど仲が良いという事じゃよ」


「あっ、なんだー。そういう事かー。だったら楓様ー。今日は無礼講だし、今だけ楓様をお母さんって呼んでもいいー?」


「便乗しおって。まあいい、許してやる」


「やったー」


 なんとかこの場は凌げたが、断れぬ願いを仕方なく受け入れた楓は、寄り添ってきた雅の頭をそっと撫でた。

 賑やかな酒の席で、二組の親子が出来た中。目でやり取りを追っていたゴーニャ達が、満更でない様子で花梨に接しているクロへ顔をやった。


「ねえ、クロっ。花梨のお母さんがクロになるなら、私とまといのお母さんも、クロになるのかしら?」


「確かに」


「ぶっ!」


 先の話からすると、当然の流れになる姉妹達の質問に、思わず体を波立たせたクロが、コップ内に酒を吹き戻す。

 が、ここで拒んでしまうと、ゴーニャ達の期待を裏切ってしまうと深読みしたクロは、口から垂れた酒をおしぼりで拭き取った。


「そ、そうなる、かな?」


「やっぱりっ! じゃあクロっ。私も、クロをお母さんって呼んでいいかしら?」


「私はママって呼びたい」


「あー、分かった分かった。恥ずかしいから、今だけにしといてくれよ?」


 まだ花梨以外の者から、お母さんと呼ばれるのに抵抗があり、全身がむず痒くなっているクロが、今日限定で許可を出し、花梨の背中をポンポンと叩く。


「やったっ! お母さんっ、私の頭も撫でてっ」


「ママー」


 一時的に母親となったクロから、許可を得られた途端。ゴーニャは大きくバンザイをしてから、クロの体に抱きつき。

 無表情を貫いている纏は、胡座をかいているクロのど真ん中に座り、体に寄りかかりながら上目遣いを送った。


「愛娘が、一気に三人になっちまったなぁ。よしよし」


 苦笑いをしつつも、三児の母になってしまったクロは、手に持っていたコップをテーブルに置き、ゴーニャと纏の頭を撫で始める。

 そして、更に甘えてくる花梨の頬擦り攻撃が、クロの頬へと移行し、その場から完全に動けなくなったクロは、温かな幸せを感じながら三人の対応に追われていった。

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