93話-3、特別ゲストとして

 皆がお品書きに齧り付いてから、数分が経過した後。

 みやびがおもむろに店員を呼び止め、度の過ぎた粋な計らいにより、お品書きに載った料理全てを注文されてしまい。

 そこから更に数分が経過した頃。時間があまり掛からず、手軽に作れる料理が運ばれて来ては、テーブルを徐々に埋め尽くしていき。

 この場で唯一、初めて妖狐姿で料理を食べる酒天しゅてんが、大判の油揚げに顔をやった。


「なんだか、油揚げがすごく美味しそうに見えるっスねぇ」


「酒天さんって、その姿で料理を食べるのは初めてですかー?」


「そうっスね、初めてっス」


 雅にとって、反応の見がいがある返答が来ると、楓に顔を合わせ、両者何かを企んでいる笑みを浮かべた。


「なら酒天よ、その油揚げを食べてみよ。あまりの美味しさに、頬がとろけてしまうぞ」


「本当っスか? なら、食べてみるっスね。いただきまーす!」


 期待に満ちた食事の挨拶を交わした酒天が、先に箸を持つ中。妖狐姿に箔がついてきた花梨達も、酒天の反応をうかがうべく、じっと見守った。


「んんっ!? うんまっ! なんスかこれ!? めっちゃくちゃ美味いっス!」


 一口食べるや否や。瞬く間に油揚げの虜になった酒天が、今度は大口で頬張っていき。

 その初々しくもあり、どこか懐かしさもあり、初めて妖狐姿で油揚げを食べた時の自分を思い出した花梨も、思わずほくそ笑んだ。


「妖狐になると、油揚げが本当に美味しく感じるんですよね。私も初めて食べた時は、あまりの美味しさに感動したなぁ」


「ああ、なるほど! 確か妖狐さんの好物って、油揚げっスもんね。しかし変化すると、味覚がここまで変わるもんなんスね。すごいなぁ」


「だから私も、定食屋付喪つくもで食べる時は、妖狐に変化してから食べてるわっ。オススメは、きつねうどんと油揚げ丼よっ」


「今なら絶対に美味しい料理じゃないっスか! ……どうしよう、油揚げ料理がもっと食べたくなってきたっス」


 そう言いながらも、内なる妖狐の性に抗えていない酒天が、二枚目の油揚げに齧り付く。


「安心して下さい、酒天さーん。ここで出る料理は、大体が妖狐仕様になってるので、沢山油揚げを食べられますよー」


「本当っスか? わあ、楽しみになってきたっス!」


「んっふー! この油揚げ、『妖狐の日』で食べたのと同じ味がする〜。んまいっ!」


 酒天の食べっぷりを見て、我慢の限界が来た花梨を筆頭に、ゴーニャと纏も油揚げを食べ始め、共に気持ちの良い唸り声を上げていく。

 そんな、喜々とした唸り声が増していく間にも、油揚げが混じった天ぷらや、出汁をたっぷり吸い取り、ほのかに色が移った油揚げのすき焼き。

 いなり寿司はもちろんの事、具材がシンプルなきつねうどんまで。各種の料理も運ばれて来ては、各々好きな料理を食べていった。


「このいなり寿司、酸味と甘味のバランスが絶妙っスね。いくらでも食べられそうっス!」


「油揚げの天ぷら。油同士が喧嘩してクドくなると思ったけど、全然そうでもない」


「きつねうどんに入ってる油揚げも、サッパリした出汁を吸ってておいひい〜っ」


「すき焼きと油揚げって、こんなに合うんだ。お肉より美味しいや」


 花梨が食べたすき焼きには、焦げ目が視覚的に食欲をそそる焼き豆腐。完成間近に入れられて、まだシャキシャキ感が残った長ネギ。

 弾力とコシを兼ね揃えた、しらたき。薄切りながらも一枚が大きく、肉を食べているという確かな満足感を得られる牛肩ロース。

 ネギにも負けない楽しい歯応えと、濃い出汁にも打つ勝つコクが口の中に広がるエノキ。彩りが映えて、箸休めにもなる苦味のアクセントを持った春菊。


 そして、出汁を限界まで吸っているのにも関わらず、本来の風味が損なわれる事なく強く感じる、主役と言っても過言ではない油揚げが入っており。

 特に油揚げを気に入った花梨は、溶き卵に絡めて食べると、ご飯を大量にかき込んでいき、尻尾を満足気に揺らした。


「おや、楓様と雅様。お疲れ様です」

「めっちゃくちゃ食ってんな。あんまり食うと、動きが鈍くなるぜ? 楓さんよ」


「んっ?」


 すき焼きを完食した花梨が、寿司に手を伸ばそうとした矢先。この場には居ない、二人分の男性の声が聞こえてきたので、声がした方へ顔を移した。

 視線の先。片や、おしとやかそうな美丈夫で、首を隠す金色長髪の妖狐。

 片や、銀色のスパイキーヘアで、小顔ながらも雄々しさを醸し出している妖狐が、腕を組みながら楓達に顔を合わせていた。


金雨きんう銀雲ぎんうんか。また性懲りも無く、験担げんかつぎのカツ丼を食いに来たのかえ?」


「あたぼうよ! 今日こそは、あんたから勝利をもぎ取ってやっからな。覚悟しとけよ?」

「と言いつつ、楓様の本気を出せないまま、僕らは負けてしまうんですがね」

「おい、それを言うんじゃねえ」


 銀雲の荒々しく上げた勝利宣言とは相反し。負け宣言を放った口元を手で隠し、柔らかく苦笑いする金雨。

 髪色や性格が正反対ながらも、どこか似た空気を漂わせる二人が、異なった笑みを楓に見せつけた。


「それでは楓様、お食事中に失礼致しました」

「また後でな、楓さん!」


 終始穏やかな口調で語る金雨が、静かに一礼し。親しみ深く接してきていた銀雲が、片手をヒラヒラとさせつつ、二人して店の奥へと歩んでいく。

 その、金と銀の尻尾を揺らす二人の背中を見送ると、ほぼ同時に寿司を完食した花梨が、「ねえ、雅」と声を掛けた。


「んー? どったのー?」


「今の妖狐さん達、金雨さんと銀雲さんだっけ? なんか勝ち負けみたいな事を言ってたけど、これから何かやるの?」


「ああー。夜八時から、楓様主催のレクリエーションがあるんだー。花梨達も参加するー?」


「レクリエーション?」


 雅の言葉をオウム返しした花梨が、油揚げとほうれん草の煮浸しを箸でつまむ。


「どっちぼぉるや枕投げといった、大人数で行える娯楽みたいな催しじゃ。しかし対決となると、特別ルールが適用される事になっている」


「特殊ルール、ですか。……んっ? 待てよ? 枕投げって事は、まさか?」


 どこか聞いた事のある単語に、煮浸しを食べ終えた花梨の箸が、油揚げの煮物に伸びていく。


「そう、そのまさかじゃ。その場合、必ずワシ一人対参加者全員の割り振りになる」


「やっぱり! 前に、雅から楓さん対五十人で、枕投げをやって勝ったなんて聞いた事があるから、まさかと思ったんですよ」


 聞き覚えのある話は、かつて初めて雅の部屋にお泊まりした日。皆の後押しにより、本性を現してあどけない姿となった楓が、遊びの提案をした時の事。

 その提案の中には、枕投げも入っており。花梨が何気なく枕投げに反応して、そこで雅の説明が入り、朝まで枕投げをやる事態にまで発展した事があった。


「しかもだよー? その対決で勝つと、そこから妖狐寮に居る人達は半年間、食事処の料理が全部タダになるんだー」


「えっ、そうなの?」


「無料と言っても、全てワシが払う事になるんじゃがの」


「げっ……。そ、それじゃあ、楓さんは絶対負けられないですね」


 食事処の値段設定は、かなり低くなっているものの。寮に住む、総勢五百人以上を超える妖狐の支払いを肩代わりするとなると、一日だけでも相当な額になり。

 先ほど楓と話していた、銀雲がやる気に満ちていた事も頷けると、油揚げの煮物を完食した花梨の口元が、薄々と強張っていった。


「でじゃ、ここからが本題なんじゃがの。花梨、酒天。お主らも特別げすととして、りくりえぃしょんに参加してみぬか?」


「へっ?」

「あたし達が、っスか?」


 仲良くきつねうどんを食べていた二人が、呆気に取られながら言葉を返すと、楓がゆっくりとうなずく。


「そうじゃ。ちなみに、花梨は剛力酒を飲み。酒天は、変化を解いた状態で。かつ、終盤頃にワシが呼び掛けるから、そのたいみんぐで出て来て欲しいんじゃ」


「あっ、それおもしろそー。怪力自慢の二人が出てきたら、かなり盛り上がりそうですねー」


「じゃろう? それに、物理的な豪速球を投げられた事がないから、ちと受けたくなってみての。どうじゃ? お主らよ。温泉街一、二を争う力を、ワシに見せてくれぬか?」


 むしろ、手加減せず本気で投げてきて欲しいと願う楓の催促に、二杯目のきつねうどんを食べ始めた二人が、顔を見合わせ、眉間にばつが悪そうなシワを寄せた。


「たぶん、やめた方がいいですよね?」


「そうっスねぇ。あたしと茨木童子になった花梨さんが、本気でボールを投げたら、壁が木っ端微塵になっちゃうっスよ」


「ああ、それなら安心せえ。ワシが堅固な結界を張るから、思う存分本領発揮して構わぬぞ」


「結界?」

「っスか?」


 あまり聞きなれぬ言葉に、乗り気で無い二人の顔が楓の方へと向いた。


「そう、結界じゃ。たとえ、空から巨大な隕石の雨が降り注いでこようとも、傷一つすら付けられぬ強度を誇る。なので、遠慮は要らん。二人共、本気でワシに掛かってこい」


 結界の強度を、かなり低めに伝えた楓が、挑発気味に妖しく微笑する。そんな、闘争心に火を灯しかねない挑発にも関わらず。

 己の限界を知らない花梨は、「う〜ん」と口を尖らせ、楓から逃した視線を酒天に戻した。


「酒天さん。酒天さんの本気の力って、どのぐらい強いんですか?」


「あたしの力っスか? そうっスねぇ〜……。百五十トンぐらいある漁船なら、難なく持ち上げられるっス」


「ひゃ、百五十トンの漁船を、難なく……? それじゃあ、剛力酒を飲んだ私も、そのぐらいの力になっちゃうんですか?」


「たぶん、そうなるっスね」


 茨木童子の未知数に近い力の一部を、聞いてしまった花梨の口が、呆気に取られてポカンと開く。


「その力で本気を出して投げて、もし楓さんに当たったら、大惨事になるんじゃ……?」


「ほっほっほっ。花梨よ、前にワシとやった枕投げを思い出すんじゃ。そう簡単に、ワシに当てられると思うでないぞ?」


「前に、楓さんとやった枕投げ? ……ああ〜。そういえば、神通力っていうとんでない力で、夜通し蹂躙され続けてたっけ……」


 口元が強張り出した花梨が思い出すは、浅い過去の出来事。一つの願いを叶えるという甘い誘惑に負け、楓と枕投げ対決をするも、神通力で操られた枕を突破出来ず。

 結果、楓対四人で夜から始めた枕投げ対決は、四人の圧倒的敗北に終わり、枕を掠める事すら叶わなかった。

 そして今日、リベンジを果たせる機会が訪れた事により、花梨の闘志に僅かな火がつき、体が疼き出していった。


「よし、酒天さん。レクリエーションに参加しましょう!」


「えっ? 本当に言ってるんスか?」


「はい! たぶんボロボロに負けてしまいますが、全力で楓さんに挑みましょう!


 最早、参加する気になっている花梨が、油揚げの炊き込みご飯を、景気付けに頬張っていく。


「全力を出して負けると分かってるなら……。まあ、やってみても、いいっス、かねぇ?」


「おおー、いいぞー。やれやれー」


「なら、決まりじゃな。今宵のりくりえぃしょん、楽しみにしとるぞ」


 あまり乗り気ではない酒天も、すき焼きを食べながら参加表明すると、ガヤに回った雅が後押しをし。

 今日のレクリエーションは、盛り上がり間違い無しと確信した楓も、油揚げが入っていない寿司を口に入れ、静かに嗜んでいく。

 そのまま会話が別の話題に入るも、皆の手は料理に伸びていき、数十分もすれば、お品書きに載った料理を全て残さず網羅していった。

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