93話-4、常識が通用しないドッチボール
妖狐寮の食事処にある料理を、一巡して食べ切ったものの。食欲魔の花梨、ゴーニャ、
各々好きな料理を頼み直してから、一時間以上が経過した後。
多目的ホールに続く廊下では、同じくレクリエーションに参加しようとしているのか。先を行く度に、妖狐の人数がだんだんと増えていき。
入口に到着する頃には、見える範囲で、総勢二十を越す大人や子供の妖狐が居り。先を行っていた楓と雅が、入口の前で止まると、二人して振り返り、同時に多目的ホールに向けて手をかざした。
「ほれ、ここがそうじゃ」
「うわぁ〜。思ってたより、ずっと広いや」
「はえ〜、
多目的ホールに入らず、中を覗いた花梨と酒天達が、それぞれ物珍しそうに辺りの様子を眺めていく。
床は、樹脂塗装が施されたフローリングで、天井に吊るされた照明の白い光を、眩く反射させている。観客席などは無く、入口は左右正面の四方にもあり、そこからも妖狐達が続々入場していた。
「床がピカピカだわっ、綺麗っ」
「疲れるまで走り回ってみたい」
「ああー、いいねー。ここでやる鬼ごっこは、なかなか楽しいよー」
「鬼ごっこ。いいな、やりたい」
温泉街を毎日のように、風よりも速く駆け巡って遊んでいる纏が、鬼ごっこと聞いて疼き出し。尻尾を落ち着きなくそわそわ揺らす。
「この多目的ホールは、朝八時から夜十時まで解放しておる。使用用途は自由で、ワシがりくりえぃしょんをやっている時以外、何をしても───」
「楓様楓様! 早くやりましょうよ!」
「む?」
楓が皆に説明している最中。どこか幼い声の催促が割って入り、皆の注目を逸らしていく。
声がした方へ顔を向けると、そこには纏と同等の背丈をした妖狐の子供が居て、早く行こうと楓の巫女服を引っ張っていた。
「おお、もうそんな時間か。分かった、今行くから待っとれ。それじゃあ二人共、後で頼んだぞ」
「分かりました!」
「了解っス!」
特別ゲストとして呼ばれた花梨と酒天が、了承の返事をすると、楓はほくそ笑みながら小さく
すると、楓の入場と共に、和気あいあいとしていたホールの空気が徐々に静まり返っていき、皆が中央へ向かう楓に顔をやっていた。
そのまま、楓がホールの中央に立つと、四方の入口に顔をやり。「よし」と呟くと、「ゴホン」と咳払いをした。
「さてと、これで全員のようじゃな。皆の者、今日もやる気に満ちているようじゃの。忙しい中、集まってくれて感謝する」
「今日こそは、一泡吹かせてやりますからねー!」
「一回ぐらいは勝ってみたいよねー」
「よーし、やるぞー!」
礼を述べると、辺りから返ってくるは、活力漲る勝利宣言や、緩く勝利を願う声。気合いを入れる為の叫び声などなど。
十人十色の決意表明が飛び交い、気合いを入れ終えてポツポツと静まっていくと、皆の声に耳を傾けていた楓が、「うんうん」と二度頷く。
「よろしいよろしい。それでじゃ、今日のりくりえぃしょんは、前日告知した通りのどっちぼぉるになる。各自、ぼぉるは用意出来るかの?」
説明を始めた楓の言葉に、
綺麗な円を描いたボール。やや
「うむ、上出来じゃ。るぅるは、今まで通りで特に変更無し。ワシに当てる直前なら、投げたぼぉるを何に変化させても良しじゃ。ワシは、開始と同時に四つのぼぉるで身を守る。この時、千里眼と神通力は使わぬ。そして、人数が四分の一にまで減った頃。
「ルールを聞く限り。
「そうだねー。真正面からボールが飛んでくる方が稀だし、後半はボールじゃない物ばかり飛んでくるよー」
「げっ……、そうなんだ」
現世の常識があまり通用しなさそうなルールに、入口で聞いていた花梨が思った事を呟き。後頭部に両手を当てていた雅が、あっけらかんと言う。
「なら、死角を常に警戒してればいいんスかね?」
「死角というか、楓様は円状で囲まれた状態になるので、全方位を警戒してないとダメですねー」
「んげっ、コートの形も特殊なんスね。円状っスかぁ……、なら!」
コートの形を聞き、何か思い付いたのか。口角をニッと上げた酒天が、「花梨さん花梨さん」と小声で呼んだ。
「はい、なんでしょう?」
「ちょっと、耳を貸して下さいっス」
「耳ですか?」
何事かと思うも、酒天の急かす手招きを待たせまいと、花梨は頭を傾け、狐の耳を酒天の口元へ近づけていく。
「あたし達の出番が来たら、楓さんを挟む形で挑まないっスか?」
「楓さんを挟む? という事は……。例えば、酒天さんが楓さんの前に立って、私が背後に立つっていう感じですかね?」
「そうっス。ほら、あたし達って、真っ直ぐにしかボールを投げられないじゃないっスか。なので、あたしが言った立ち位置になれば、あたし達も少しは楓さんの死角を狙える様になれるっスよ」
「ああっ、なるほど。いいですねぇ、その案」
元より無かった勝機が、酒天の提案によって微々たる物へなると、花梨は途端に悪どい笑みを浮かべ、釣られた酒天も小悪党さながらな笑みを見せつけた。
「なら、私達はその戦法でいきましょう!」
「了解っス! ふふん、なんだか燃えてきた───」
「よーし! 紙飛行機班、どんどんいっけー!」
少々乗り気でなかった酒天も、遅れて闘志が宿ってくるも。ホールから流れてきた大声が、花梨と酒天の耳をおっ立てる。
「やばっ。もう始まって……、えっ?」
「紙飛行機が、沢山飛んでるっスねぇ」
開始の場面を見逃した二人が、慌ててホールに注目した矢先。目に映った光景に、二人が呆気に取られて言葉を失う。
ホール内には、ドッチボールに必要不可欠なボールが、一切飛び交っておらず。代わり飛んでいたのは、読めない軌道を音も無く描く、大小様々な紙飛行機であった。
「これは、なかなか厄介じゃのう」
とは言いつつも、楓は不規則な方角から飛来する紙飛行機を、周りに浮遊する四つのボールを駆使し、的確にさばいていく。
時には、変化を解く前に打ち落とし。上手くすり抜けてきて、当たる直前にボールへ戻った物を、紙一重で避け。
片手で受け止めたボールを、床スレスレに投げ返したりなど。防戦と反撃を同時に繰り返し、着々と妖狐の数を減らしていった。
「楓さん……。神通力抜きでも、めちゃくちゃ強くない?」
「あの華麗な身のこなし、フィジカルが凄いっスね。うわっ、それなりに強いボールも片手で止めたっス」
「楓様の握力は、私が九十九年掛けて鍛えさせたからねー」
雅がイタズラをする度に、頬をつねっては幾星霜。不本意に培った強靭な握力が、レクリエーションで活躍するとなると、本人もどこか誇らしく語り。
万回以上はつねられたであろう頬に、過去積み重ねてきた鋭い痛みを噛み締めるよう、
「自分の身長より高く飛んでる」
「すごいっ! 落ちながらボールを取って投げ返してるわっ」
「しかも、死角から飛んできたボールを、空中で体を捻って避けてるじゃん……。本当に千里眼を使ってないのかな? あれ」
「気配で察知してると思うんスけど……。ボールを投げても当たる気がまったくしないっスね」
強者故に分かる、決して越えられぬ実力の差を見せつけられた酒天は、戦意喪失するどこか感銘してしまい。
ドッチボールに対する絶対強者の姿を忘れまいと、瞬きするのも忘れて目に焼き付けていった。
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