93話-2、妖狐だからこそ為せる提携
「おおっ! 中も広いっスねー」
初めて妖狐寮に入った
天井から吊るされた提灯が照らす廊下には、まだ六時前ともあってか。妖狐の往来が盛んで、温泉街とは違った活気に溢れていた。
「わあ〜っ、妖狐さんが大勢居るっスねー! なんだかワクワクしてきたっス!」
「ほっほっほっ。楽しそうにしてくれて、ワシも何よりじゃ。ほれ、食事処へ行くついでに、色々案内してやろう」
「よろしくお願いします!」
お上り状態の酒天と
後ろへ流れていく部屋は、マッサージ処や卓球部屋、囲碁と将棋、手芸などの娯楽施設が目立ち。
視界に映る全ての部屋を説明する度、酒天は「おお〜っ」と嬉々とした反応を示し。それを認めた楓も微笑み返しては、部屋の詳細を細々と説明していく。
そして、目的地である食事処に到着すると、楓は出入りする妖狐の邪魔にならぬ場所で止まり、振りむいて食事処に手をかざした。
「さあ、着いたぞ。ここが、ワシも御用達の食事処じゃ」
「ここが食事処っスか。なんだか、とてもいい匂いがするっスぅ〜」
「あっはぁ〜。鼻が効くようになってるから、一番出汁の匂いまで分かるやぁ〜」
「油揚げの甘い匂いがするぅ〜」
率直な酒天の感想を追う、鼻の穴をプクプクと膨らませているニヤケ面の花梨とゴーニャが、ヨダレをじゅるりと垂らす。
「あっ、本当だ。醤油、ゴマ、酢、みりん、調理酒の匂いまで嗅ぎ分けられるっス。妖狐さんの嗅覚って、すごいっスね」
「じゃろう? さあ、ワシも匂いにやられてきたし、今日はたらふく食べるとしようかのお」
その場に居る全員が匂いの虜になり、太い丸線に囲まれた『食事処』と書かれた紺碧色ののれんを潜り、食事処に入っていった。
食事処の内装は、木の温かな見た目が心を落ち着かせてくれる、和モダンを強調した造りになっており。柱に設置された提灯の淡い光が、どこか年季の入った居酒屋を彷彿とさせる演出を醸し出している。
テーブルは、木目が美しい一枚板が採用されていて、厚い艶が提灯の光を滑らかに反射させ。
席はどこも長椅子ながらも、背もたれの下部分に尻尾を収納出来るスペースがあり、妖狐でも比較的座りやすそうな印象を受けた。
そして、食事処の中央付近まで来ると、楓は六人居ても余裕を持って座れるテーブル席をチョイスし。片側に花梨、ゴーニャ、纏が。もう片側には楓、雅、酒天の順で腰を下ろしていった。
「あっ。背もたれの下の部分、空洞になってるや。へえ〜、尻尾が動かせるし、快適だなぁ」
「本当だわっ。すごく座りやすいっ」
「良き」
「どうやって座ろうか迷ってたんスけど、これなら安心っスね」
尻尾が大きい妖狐ならではの問題を、難なく解消してくれる特殊な背もたれに、花梨を含めた四人の妖狐が感心の声を漏らす。
「消さないと、どうしても邪魔になっちゃうもんねー。この背もたれを考えてくれた人は偉大だよー」
「そうそう。普通の背もたれだと、横にどけないといけないから、座れる人が少なくなっちゃうんだよね」
「尻尾って消せるんスね。なら、うちの店にも背もたれ付きの長椅子席があるんスけど、改良しなくても大丈夫っスかね?」
「そうですねー。酒天さんのお店には、化け狸や妖狐の客も多いですけど、みんな尻尾を消して座ってるので大丈夫ですよー」
妖狐の姿になり、実際に体験して直面した課題を、純粋な妖狐の雅に酒天が質問するも。特に変える必要性は無いと、おしぼりで手を拭き始めた雅が言う。
「なるほど、それならよかったっス」
「みんな、お品書きを見て。すごい」
「お品書き? どれどれ……」
客の居心地を第一に考えていた酒天が、安堵したのも束の間。珍しく興奮気味な纏の言葉に、楓と雅を抜いた全員が、お品書きに注目した。
「えっ? 天ざるが、普通盛りで四百円? 本格的なすき焼きも八百円!? やっす!」
「
「ふっふ〜ん、すごいでしょー? これは、『
「提携? と言いますと?」
提携という言葉に、商売魂に火がついた酒天が、食い気味に狐の耳をおっ立てる。
「主に急を要した際に必要な重機、漁船、農牧漁資材、仮資材、小規模屋舎の無償提供及び、支援をいつでもしておる。なので、そのお詫びとして、各食材を破格の値で売ってくれている訳じゃ」
「んげっ! 妖狐さんだからこそ、為せる提携じゃないっスか! 鬼のあたしには無理だぁ……」
「なんか、重機とか漁船とかすごい単語が出てきましたけど……。神社以外にも、何か事業を行ってるんですか?」
楓のサラリと放った一言により、全ての合点がいき。同時に、鬼の妖怪である自分では、どう足掻いても真似が出来ない提携内容に、酒天の耳が力を無くしてペタンと倒れ。
農園、牧場、漁の仕事に携わった事のある花梨も、事の内容と規模、意外さに驚きを隠せず、好奇心が先行して質問をした。
「単に、変化術を活用しているだけじゃ。葉っぱ一枚あれば、とらくたぁ、ろぅたりぃ耕転機、動力散粉機、野菜収穫機、畜舎清掃機、糞尿処理装置、定置網、漁船など、すぐにこしらえる事が出来るぞ」
「嘘おっ!? 葉っぱを重機にする事が出来るんですか!? す、すげぇ……」
農牧漁関連の、各重機の最安値も知っていた花梨が、驚愕した目と口をあんぐりさせる。
「言っても、並の妖狐じゃ資材関係が限界だけどねー。重機は、楓様と仙狐様が担当してるよー」
「それでも十二分にすごいよ。数百数千万する重機を、葉っぱ一枚で代用出来るんだ。欲しい重機がすぐ手に入るとか、現場に居る人や営業の人が聞いたら、すんごい羨ましがるだろうなぁ」
「実際、秋国を建設する時も、大いに活用したぞ。その都度、
「あっ。楓さんって、秋国の建設にも携わってたんですね」
「そうじゃ。ワシが参加したのは、工事が始まってから一週間ぐらいしてからじゃったかの? 整地が終わったばかりで、何も無い更地状態じゃった。懐かしいのぉ」
当時の広大な更地の景色や、工事風景を思い出しつつ、しんみりと語る楓が、ほくそ笑みながら天井を軽く仰ぐも。
あまり深く思い出に入り浸ると、花梨の質問攻めが始まり、ボロが出かねいと危惧し、「さて」と早々に話を切った。
「皆よ、腹がすいたじゃろう? ご覧の通り、各料理の値段もりぃずなぶるじゃ。なので、遠慮は無用。好きな料理をたらふく食べて、思う存分腹を満たしてくれ」
「楓、全部頼んでもいい?」
「もちろんじゃ。何周しても構わんぞ」
「本当? わーい」
遠慮する気は元から無かったものの。確認が取れると、纏の尻尾がブンブンと激しく動き出し、無表情な顔をお品書きへズイッと寄せ。
食欲に火がついた花梨達も、とりあえず品揃えを全て確認するべく、再度お品書きを握り締めていった。
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