97話-13、来年も、また

 自由参加型のちゃんこ鍋パーティも終わりを迎え、波乱の幕開けで始まり、予想外の引き分けで幕引きとなったものの。

 第一回『河童の日』は、参加者達の尾を引く余韻冷めやらぬ、誰もが認める大成功で収めた、その日の午後十一時頃。

 神楽が控えてるので先に帰ったかえでみやび金雨きんう銀雲ぎんうんを抜かした新旧温泉街メンバーと、一部の参加者達は、永秋えいしゅうにある露天風呂の一つを貸し切り、『健康の湯』に浸かって一日の疲れを癒していた。


「や、やばぁ……。疲れと一緒に、体だとろけていくぅ〜……」


「ア"ア"ア"ァァ〜……。今まで入ってきたお風呂の中で、一番気持ちいいっスぅ〜……」


「くぅ〜っ! これやこれ。この五臓六腑に沁みる湯の温かさが、最高にたまらぁ〜ん……」


 底が見えない赤褐色で、白湯気に薬屋独特の匂いを乗せた湯を満喫中の流蔵が、おちょこに注いだ熱燗をすすっていく。


「しっかし、楓達が帰っちまったのは残念だったなあ」


「銀雲様、すごく入りたそうな顔をしてたよな」


「毎年必ず行っていた神楽を、予告無くいきなり中止する訳にもいかないからな。まあ、今回ばかりは仕方ない。来年は調節すると言っていたから、期待しておこう」


 天然のプラネタリウムが開演している夜空を仰ぎつつ、ボヤいたぬえに、同じ夜空を見つめるクロが続き。

 流蔵に注いでもらった熱燗を飲み干したぬらりひょんが、月夜に照らされた秋国山を視界に入れる。


「また来年、か。待ち遠しいな」


「ですね。秋国でここまで盛り上がりを見せた正月は、たぶん初めてでしょう。見てるだけで本当に面白かったです」


「マジで全部面白くて、全員楽しんでくれてたな。ああ、来年も実況やりてえ〜」


 今日という日を完全にやり切ったのにも関わらず、既に来年の『河童の日』を待ち切れないでいる鵺が、頭をカクンと後ろに垂らす。


「是非、ワシからも頼みます。鵺はんの実況は、聞いてて心に滾るもんがありましたわ」


「だろ? 最初は、どうやればいいのか全然分からなかったから、色んなスポーツの実況を観て参考にしたんだ」


「うへぇ、実況の勉強までしてたんスね」


「まあな。特に力を入れて時間の掛けたのが、お前らの紹介部分さ。来年は人数も増えるし、更に忙しくなるぜ」


 既に来年を見越している鵺が、ワンパク気味な笑みを浮かべる。


「来年、かぁ。来年もまた『河童の日』に出たいなぁ〜」


 未だに剛力酒ごうりきしゅの副作用が出ていて、茨木童子の姿になっている花梨が、尖らせた口を湯に沈めていく。

 元々花梨は、ぬらりひょんから突発的に仕事の誘いを受け、一年のみ契約を交わして秋国へ来ている形となっており。

 今年の九月中旬には、その契約が満期終了を迎えてしまい、更に一年以上の契約を交わすか更新をしなければ、来年行われる『河童の日』に出る事は叶わず、最悪秋国から去る羽目になってしまう。


「出たいじゃなくて、お前は来年も出るんだよ。流蔵との再々戦は、全観客や私達も望んでるから、絶対に外せない枠だぜ」


「う〜ん、でもなぁ〜……」


「花梨よ。何故、そこまで躊躇っているんだ? 出たいのであれば、出ればいいじゃないか」


 まだ花梨が持つ懸念を汲み取っておらず、期間限定で秋国へ招いた張本人のぬらりひょんが、あっけらかんと言う。

 そんな他人事で加わってきたぬらりひょんに、花梨は「え〜っと……」と濁し、辺りをキョロキョロを見渡していく。

 そして、人前で説明しにくい内容ともあり、花梨はぬらりひょんに手招きをしながら、皆との距離を取っていった。


「なんだ? 急に呼んだりして」


 手招きで呼ばれ、不思議に思ったぬらりひょんが、花梨の横に付いてから質問を返した。


「あの〜、ですね? 私って、一年という期限付きの契約で秋国に居るじゃないですか」


「期限付き? ……ああ〜、なるほど? そういえば、そうだったな」


 期限付きという言葉に、花梨の言いたい事や、なぜ来年の『河童の日』の参加を渋っていたのか、ようやく薄々と気付き始めたぬらりひょんが、眉間にバツの悪いシワを寄せる。

 当時、花梨を秋国に連れて来させたのは、あくまで名目上にしか過ぎず。

 形はどうであれ、四、五年越しに目的を達成出来た安堵感と、花梨が日常に居る満足感に満たされていたせいで、その事はぬらりひょんの頭からすっかりと抜けていた。


「確かに。何事も無ければ、九月の半ばに一年契約は満期を迎えてしまうな」


「やっぱり、そうですよね。このままだと私、今年で秋国を去る事になっちゃいますので……」


 抱いていた懸念と、今のところ回避しようのない現実を突きつけられている花梨が、元気を無くしてしょぼくれた顔を下げていく。

 その共に改めて直面した、期限付きの日常というあまりにも悲しい現実に、ぬらりひょんは鼻から長めのため息をつき、湯の水面へ叩きつけた。

 そのまま黙り込んだぬらりひょんは、ここで言うのも何だが……。今言わなければ、この事を延々と引きずるだろう。仕方ない、花梨の為だ。と意を決し、今度は口から小さくため息を吐き出し、肩を落とした。


「なに、心配はいらん」


「……えっ?」


「一年の契約期限なんざ、ただの飾りみたいなものだ。お前さんが望むのであれば五年、十年、百年といくらでも伸ばせる。そうだ、いっその事」


 意味深に言葉を溜めたぬらりひょんが、赤褐色の湯を見つめていた顔を花梨に合わせ、ニヤリと口角を上げる。


「無期限にしてしまえばいい。そうすれば、期限という縛りも無くなるし、来年行われる『河童の日』にも出れるだろう」


「……って事は、つまりっ!」


 抱いていた懸念を全て払拭出来てしまう提案に、花梨が周りから注目を浴びかねない大声を出すと、ぬらりひょんはゆっくりうなずいた。


「そうだ。お前さんが望む限り、ここ秋国に居るといい。皆も大歓迎するだろう。もちろん、このワシもな」


 一年という期限を取っ払う、粋な計らいをしたぬらりひょんが、まるで我が子を想う親のような笑みを見せる。

 しかし花梨は、まだ頭で理解しておらず。呆けた真顔でいて、いつもより回数が多い瞬きを繰り返すばかり。

 が、数秒もすると、頭と心にぬらりひょんの言葉が届いたようで。目と口が徐々に大きく開き出し、「ほ、本当ですかっ!?」と叫びながら、ぬらりひょんに詰め寄っていった。


「ああ、本当だ。お前さんにとって、秋国は故郷。そして永秋えいしゅうは、実家と言っても差し支えない。去る場所ではなく、むしろ帰って来るべき場所だ」


 まだ全てを打ち明けていないのにも関わらず、花梨のルーツを説得材料として使い、かなり危なげな橋を渡るぬらりひょん。

 しかし、一年契約という縛りが完全に無くなった今、花梨はこれからも秋国に居られるという事実に、心がこの上ないほど打ち震えていた。


「……じゃあ、私はこれからもずっと、秋国や永秋に居てもいいん、ですか?」


「もちろんだとも。ゴーニャとまとい、それから秋国に居る皆と共に、日常を過ごしていきなさい」


「……わぁ〜っ! はいっ! ありがとうございます、ぬらりひょん様!!」


 ぬらりひょんの後押しにより、花梨は改めて、これからもずっと秋国に居られると分かるや否や。

 夜空に散りばめられた星々よりも、瞳を眩く輝かせて、月よりも眩しい満面の笑みで、ぬらりひょんにお礼を言った。


「流蔵さんっ!」


「な、なんや!?」


 来年の『河童の日』も、何も心配しないで出れるのであれば、やるべき事はただ一つと定めた花梨が、ワンパク気味な表情を流蔵へ向けた。


「来年の『河童の日』こそ、私が絶対に勝ってやりますからね! なので、首を洗って待ってて下さいっ!」


 先の出場を躊躇っていた花梨とは、一転。闘志とやる気を剥き出しにした花梨の大胆不敵な宣言に、不意を突かれた流蔵は、一瞬だけ気圧されて呆気に取られてしまったものの。

 最強のライバルが、来年も出場してくれると頭で理解が追い付くと、露天風呂の湯よりも熱い嬉しさが込み上げてきて、その嬉しさを雄々しい笑みへと変えた。


「おうっ! 来年も再来年も、何度でもワシに立ち向かって来い! そしてその都度、お前さんを負かしてやるわァ!」


 来年に向けた挑発を、何年先も見据えた挑発で返した流蔵が立ち上がり、力強く握ったガッツポーズを作る。

 そして、数秒の沈黙が流れた後。二人は沈黙に耐えられず、含み笑いをしながら肩を震わせ。最終的には、笑顔で豪快に笑い合っていった。

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