15話-1、私、メリーさん。いま、あやかし温泉街にいるの

 いつもより体が、優しい温もりに包まれている朝八時半頃。


 カーテンの隙間から差し込んでくる眩しい光と、心地よい秋の風が顔をくすぐってくるせいか、眠っていた花梨がゆっくりと目を覚ます。

 腹部に温かく感じる違和感と、何かに抱きつかれているような感触を覚え、目線を腹部に移すと、メリーさんが眠る前の体勢を維持しつつ、花梨の体をギュッ抱きしめて静かに寝息を立てていた。


「う、動けん……。しっかし、気持ちよさそうに寝ているなぁ」


 体は抱き枕のようにガッチリと掴まれており、寝返りはおろか体を起こすこともままならず、メリーさんをそっと起こそうと手を伸ばすも、とても幸せそうな寝顔が起こそうとする手の邪魔をしてくる。

 少しも動けないまま困り果てていると、強烈な睡魔が襲い始め、大きなあくびをついてから「この子が起きるまで、また少し寝ちゃおうかな……」と、再び眠りへと落ちていった。


 そして午前十時を回った頃、ふとメリーさんが目を覚ます。


 抱きついていた花梨の体に甘えるように頬をすり寄せ、口をむにゃむにゃとさせてから「あったかくて、いい匂いっ……」と、思わず花梨の体に顔をうずめる。

 すると突然、「んっはぁ~……。この雲で出来てるお城、すんごい甘いやぁ~……。へっへへへっ……、全部食べちゃお……」と、不気味な声が耳に入り込んできて頭を上げると、ニヤニヤしながらヨダレを垂らしている花梨と顔が合った。


「な、なんか変なことを言ってるけど……、寝てるのかしら? もうちょっとこうしていたいから、私も寝ちゃおっ。おやすみ、花梨っ……」


 そう呟いたメリーさんは、再び花梨の体に頬を寄せると、すぐに寝息を立て始めた。更に昼前頃、雲で出来た城を完食した花梨が、満足そうな表情で夢の世界から帰還を果たす。

 体をグイッと伸ばしてから「んあっ? あ~……、今、何時だぁ?」と、寝ぼけながら携帯電話で時間を確認してみると、昼の十二時前になっていた。


「げっ、もう昼かぁ~。流石に起きねば……。ほら、起きて起きて」


 時間を確認して目が完全に冴えた花梨は、メリーさんの背中を手でポンポンと優しく叩いて起こそうとするも「ん~……」と言うばかりでまったく起きず、体を抱きしめていた手に力が入っていく。


「ぬう、カワイイなぁ……。軽そうだし、このまま抱っこして起きるかな」


 そのまま花梨は上体を起こし、ガッチリと体に引っ付いているメリーさんの体を抱えつつ、起こさないようにベッドから抜け出した。

 テーブルの上を覗いてみると朝食は置いておらず、代わりに『寝すぎだ』と、太文字で書かれたメモが置かれている。


 口をヒクつかせながらそのメモを手に取ると、「確かに……、十四時間は寝ちゃってたからなぁ……」と、猛省してから歯を磨き始める。

 その歯磨きの音に気がついたのかメリーさんが目を覚まし、小さな口で大きなあくびをついた。


「あれっ? 布団の中じゃないわっ……」


「おっ、起きたね。おはよう」


「おはよー、花梨っ……」


「さっ、君も歯を磨きなさい」


「イヤッ」


 昨日の出来事が、嫌な思い出として頭に蘇ってしまったのか、メリーさんは逃げるように花梨の体に顔をうずめた。

 その一連の流れを見ていた花梨は、仕草もカワイイなぁ……。と、心をときめかすも鬼に変え、体に張り付いているメリーさんを引き剥がそうとし、小さな体を掴んで引っ張り始める。


「ダーメ、虫歯になっちゃうよ? ほら、……あれっ? ……んっぐぐぐぐぐ! なんだこれ!? ぜんっぜん剥がれ、ないっ!」


 花梨は、メリーさんを引き剥がそうと試みるも、火事場の馬鹿力が働いているのか思いのほか力が強く、まったく剥がれる気配がしなかった。

 疲弊して息を荒げるも、ニヤリと笑い「なるほどぉ? 力尽くでダメなら、奥の手がある。ふっふっふ……、くらえっ」と言い放つと、メリーさんの脇腹をいやらしい手つきでくすぐり始める。


「こちょ、こちょこちょっ、こちょこちょこちょこちょ……」


「んっ……、ちょっやめ……。う、うふふっ……、あっははははっ!! や、やだぁ、やめてぇっ!」


「歯磨き~、するぅ~?」


「す、するっ……、するからっ! あーっはっはっはっはっ!!」


 下駄笑いしながら観念したメリーさんは、花梨の体から脱力しながら床へとずれ落ちていく。そのまま床に寝転ぶと、目を光らせた花梨はすかさず歯ブラシを差し出した。

 しばらくして体中の痙攣が収まると、メリーさんはしかめっ面をしながら歯ブラシを受け取り、泣きべそをかきつつ歯磨きを始める。


「おえぇ~……、ああっ……、うっ、おえっ……」


「よしっ。それじゃあ、歯を磨き終えたら極寒甘味処ごっかんかんみどころに行こっか」


 メリーさんが嗚咽おえつしながらも歯を磨き終えると、花梨は私服へと着替え、メリーさんと共に部屋を出て永秋えいしゅうを後にする。

 既に、昼食時を過ぎている温泉街を歩いている中、メリーさんは花梨の服を掴みながらピッタリと引っ付き、何かに怯えるように後ろに隠れて歩いていた。歩きにくく感じていた花梨が、苦笑いをしてから口を開く。


「私の後ろに隠れちゃって、いったいどうしたの?」


「ま、周りに怖くてヘンテコリンなのがいっぱいいるじゃないっ……。花梨は怖くないの?」


「ああ、大丈夫だって。怖いのは見た目だけで、中身はとっても優しい人達ばかりだから」


「じゃ、じゃあ……。ものすごいスピードでこっちに向かって来てるのがいるけど、あれはっ?」


 首をかしげた花梨が、メリーさんが指を差した方向に目をやると、そこには駅事務室から帰ってきた座敷童子のまといが、遊びと称した温泉街障害物走をしていた。

 花梨の姿を見つけた纏が、少し離れた距離から急ブレーキを掛け始め、砂ぼこりを巻き上げながら花梨の目の前でピタリと止まった。


「こんにちは花梨。駅事務室から帰ってきた」


「こんにちは、纏姉さん。お仕事お疲れ様でした」


「今日こそは花梨の部屋に泊まりに……。後ろにいるその子、誰?」


 花梨の背後で、ビクビクとしながら隠れているメリーさんの存在に気がついた纏が、メリーさんに向かって指を差す。花梨は、後ろに隠れているメリーさんに目を向けながら説明を始めた。


「この子は、昨日から私の部屋に住む事になった子で、名前がまだ無いんですよね」


「花梨の部屋に住む事になった? 私も住みたい」


 二人の会話を体を震わせながら聞いていたメリーさんが、花梨の服を引っ張りつつ会話に割って入る。


「か、花梨っ。そいつ誰よ? それに、姉さんって?」


「あ~、これには色々と事情があってねぇ。この人は、座敷童子の纏さん。……そうだ、初めて会った人にはちゃんと『初めまして』て、挨拶をするんだよ」


「……は、はじめましてっ」


 纏は、花梨にやたら引っ付いている、白のドレスを身に纏っている金髪の少女が気に食わなかったのか、ムッとしながら話を続ける。


「よろしく。花梨は私の妹だよ、絶対にあんたには渡さない」


「はあっ!? 言ってる意味がサッパリわからないわっ! 花梨は私の物なんだからね!」


「私の方が花梨とずっと長くいるし、一緒に寝たこともある」


「ふんっ、私だって花梨と一緒に寝たわっ! しかも、花梨の体をギュッとしながらね!」


「なにそれ、羨ましい。私もやりたい」


「えっ? ちょ、えっ?」


 嫉妬心を抱いた纏が、花梨を自分の妹だと強調するも、メリーさんも必死に抵抗を始めてしまう。そのせいか、二人は会って早々険悪なムードになってしまい、お互いに睨み合って火花を散らす。

 その火花をチクチクと浴びていた花梨が、困惑しながらも火花に水を差すように割って入る。


「ちょ、ちょっと、落ち着いて二人とも!」


「落ち着けるワケないじゃない! 纏って奴に花梨が取られちゃうかもしれないのよ!?」


「取られるも何も、元々私のだよ」


「ほらっ! あんなこと言ってる!」


「ええ~、大人気だな私。……ちょっと嬉しいなぁ」


 二人による自分の争奪に嬉しくなった花梨は、はにかんだ表情をメリーさんに向けた。


「なに呑気なこと言ってるのっ!? いい、纏っ! 花梨は絶対に渡さないんだからね!」


「だから私のだよ。今日は花梨の部屋に泊まって、私も花梨の体をギュッてして寝る。それじゃ」


 そう断言した纏は、ニヤリと口角を上げてから屋根に飛び乗り、話を締めくくるように走り去っていった。

 纏の言葉に腹を立て、その場で何度も地団駄を踏んだメリーさんが、纏に取られないようにと花梨の片足をギュッと掴んだ。


「ふんっ! それじゃあ今日は、花梨の上に乗って寝てやるんだから!」


「そ、それはちょっとイヤだなぁ……」


 花梨は、その宣言を聞いて苦笑いするも、頬をプクッと膨らませて怒っているメリーさんをなだめつつ、極寒甘味所へと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る