15話-2、名前が付いたメリーさんの過去

 未だに花梨を、まといに取られるのではと危惧しているメリーさんと、苦笑いしながらメリーさんをなだめている花梨は、目的地である極寒甘味処ごっかんかんみどころへと着いた。

 店の前にあるテーブル席で、か細い声でボソボソと接客をしている雪女の雹華ひょうかがおり、その接客が終わると同時に花梨が歩み寄っていった。


「雹華さーん、こんにちはー」


「……あら、花梨ちゃん、いらっしゃい……。……後ろで隠れている子は誰かしら……?」


「えっと、この子は昨日から私の部屋に住むことになった子でして、名前はまだ無いんですよね」


「……花梨ちゃんの部屋に……!? 羨ましいわぁ……。……私もお邪魔していいかしら……?」


「こ、ここでもか……」


 雹華の言葉に過剰に反応したメリーさんは、大きな危機感を抱き、頬をプクッと膨らませると、花梨の背後に隠れながら声を上げる。


「は、はじめましてっ! 花梨は絶対に渡さないんだからね!」


「……初めまして、雪女の雹華よ……。……あなたも花梨ちゃんの事が大好きなのね……。……私、「花梨大好きっ子クラブ」の会長をやっているんだけど、あなたも入らない……?」


「かりんっ、だいすきっこくらぶ?」


 身の毛もよだつような恥ずかしいクラブ名を聞いた花梨は、しかめっ面をしながら「ゔっ……。その変なクラブ、まだあったんですか?」と、震えた声を漏し、興味津々なメリーさんが話を続ける。


「えっと、なにそれ?」


「……花梨ちゃんの事が大好きな人達が集まっているクラブよ……。……現在、メンバーは総勢十二人……」


 メンバーの総数を耳にした花梨は、両腕を垂らしながら口をヒクつかせ、「う、嘘でしょ? 前回聞いた時よりも、人数がかなり増えてる……」と、愕然とし、軽く身震いをした。

 雹華の説明を受けたメリーさんが、謎の使命感に駆られ、鼻をフンッと鳴らしながら口を開いた。


「花梨は私の物だと知らしめるチャンスねっ。そのクラブっていうの、私も入るわっ!」


「えっ、君も入っちゃうの!?」


「もちろんよ! 花梨は誰にも渡さないんだから!」


 メリーさんが躍起になって加入宣言をすると、雹華は白い唇をふわっとほころばせた。


「……あらあら、可愛いライバルが増えちゃったわね……。……分かったわ、リストに加えておくから、あとで名前を教えてちょうだいね……。……それじゃあお好きな席に座って、メニューが決まったら声をかけてちょうだい……」


 そう説明をした雹華は、微笑みながら店の奥へと消えていった。席に座るよう促された二人は、外にあるテーブル席に腰を下ろし、仲良くメニュー表を見ながら品定めを始める。

 初めてメニュー表を見たメリーさんは、ひらがなとカタカナはなんとなく読めるものの、漢字は何一つとして読めず、読めたとしても、その物がどういう食べ物なのかまったく想像が出来なかった。


 メニューの料理名を目で読むたびに、左右に首をかしげていたメリーさんのひたいに、底が浅いシワがだんだんと寄っていく。

 ついには細目でメニュー表を睨みつけ、読める文字だけを選びつつ、ぶつくさと呟き始めた。


「ぱふぇ……、くれぇぷ……、かき、かきっ? 読めないわっ。あい、す……くりぃむそぅだぁ……? 花梨っ、これらって本当に食べられる物なのかしら?」


「ふふっ。食べられる物だし、全部美味しいよ。そうだなぁ、私がここに来て初めて食べたバニラアイスから食べてみようか?」


「ばにら、あいす? おいしいの?」


「甘くて美味しいよ~、ここのアイスは作り方もすごいんだ」


「花梨がそう言うんだったら間違いないわね。じゃあ、それでっ!」


 微笑んだメリーさんがそう言うと、花梨も微笑み返してから「うん、分かった」と返答し、雹華に声を掛け、バニラアイスを二つ注文した。

 そして、注文を受けた雹華はすぐに、ドロッとした白い液体が入っている容器と、透明の皿とスプーンが乗っているお盆を持ってきて、テーブルの上に並べ始める。


 目の前に置かれた透明な皿を、指でツンツンとしながらメリーさんが口を開いた。


「このお皿が、バニラアイス?」


「……違うわよ、いまから作るから私の手の平を見ていてちょうだい……」


 そう催促されたメリーさんは、白く透き通っている雹華の手の平に目をやった。すると雹華は、二人に見せていた手の平を、空いている手に持っていたお盆で隠す。

 そのお盆の裏でパキッパキキッと、氷に連続で亀裂が入るような音が聞こえ始める。そして、その音が鳴り止むと、雹華がニヤリと口角を上げてお盆をどかした。


 隠していた手の平に、いつの間にか上に穴が開いていて、中が空洞の氷の玉が生成されており、その初めて目にした作り方に花梨は、興奮気味に声を上げる。


「何その作り方! 私が初めて見た時と違う!」


「……新バージョンよ、いま思いついたの……。……でも、ここからの作り方は一緒よ……」


 次に雹華は、ドロッとした白い液体を、氷の玉の中へと注ぎ始める。白い液体をギリギリまで注ぎ込むと、穴が開いている部分に手をかざし、冷気を送り込んで穴を塞いでいった。

 鼻をフンッフンッと小さく鳴らしているメリーさんが、目をキラキラと輝かせながら見守っている中、雹華は氷の玉に冷気を送りつつ、上下に数回ゆっくりと振っていく。


 氷の玉を振るの止めると、「……はい、完成よ……」と、言いながらメリーさんの皿の上に、白くなっている氷の玉をそっと置いた。

 そして、雹華がパチンッと指を鳴らすと同時に、氷の玉の周りに亀裂が一気に入る。そのまま、ガラスが割れたような音を立たせながら弾け割れ、氷の粒が光を乱反射させながら皿の中で飛び散り、中から丸いバニラアイスが現れた。


 その光景を真剣な眼差しで見ていた花梨が、体を震わせながら雹華に目を向ける。


「ちょっと雹華さん!? 私の時は、高い所から落として割っていたじゃないですかーっ!」


「……アレンジよ……。カッコよくない? これ……」


「超カッコイイッす!」


 花梨は、親指を立てながら無邪気な笑顔を送ると、雹華も得意げな表情をして白い親指を立てた。何もかもが初めての光景で、興奮が最高潮に達したメリーさんが、椅子に立ち上がりながら雹華に目を向けた。


「こ、これがバニラアイスっ! も、もう食べられるの!?」


「……ええ、少し食べたら周りにある氷の粒を付けて食べてみてね……。……それじゃあ、花梨ちゃんの分も作るわね……」


 そう言った雹華は、同じ要領でバニラアイスを作ると、花梨の皿の上でも氷の粒を弾き飛ばした。

 そして、「……それじゃあ、また何かあったら呼んでちょうだいね……」と言い残し、容器とお盆を持って店の奥に消えていった。


 未だに興奮が冷めやらぬメリーさんが胸を躍らせ、氷の粒よりも輝いている目をしながら、椅子に腰を下ろす。


「花梨っ! 早く食べましょっ!」


「先に食べててもよかったのにー。それじゃあ、いただきまーす」


「いただきますっ!」


 既に満面の笑みでいるメリーさんは、花梨がバニラアイスをスプーンですくったのを見ると、それを真似てバニラアイスをすくい、じっくりと眺めてから口の中へと運ぶ。

 口に入れたスプーンをそのまま離さず、舌に転がすようにバニラアイスの味を確かめていく。するとメリーさんは、そこから微動だにしなくなり、不思議に思った花梨が首を傾げた。


「どうしたの? 急に止まっちゃって」


「……おっ」


「おっ?」


「おっ……、おいしいーーっ!! 花梨っ、このバニラアイスっていうの、とってもおいしいわっ!」


「ふふっ、いいリアクションだねぇ。よかったね、美味しくて」


「うんっ!」


 バニラアイスが溶けそうなほど明るい返事をすると、再び小さな口の中にバニラアイスを入れる。その時のメリーさんは、とても幸せそうな表情をしており、花梨にはその表情が時折、微笑んでいる猫のように見えた。

 その後も、メリーさんはバニラアイスの甘くて濃厚な味を楽しむたびに、体を左右にゆらゆらと揺らしつつ、微笑んでいる猫ような表情を浮かべていく。


 そのメリーさんの可愛い表情をじっと見ていた花梨が、何かヒントを得て閃いたのか「あっ!」と、声を上げた。


「そうだっ、ゴーニャ!」


「ふぇっ? ゴーニャ?」


「そう、君の名前だよ! なんかこう、猫がごろにゃ~んって感じで、可愛く笑っている君の表情を見て思いついたんだ。『ごろにゃ~ん』の文字から取って、『ゴーニャ』。……どう? ダメ、かな?」


 その名前を聞いたメリーさんは、「ゴーニャ? ゴーニャ……。私が、猫みたいにカワイイ……? ゴーニャ……、ゴーニャ……、……嬉しいっ」と、か細く呟きつつ、顔がだんだんとうつむいていく。

 おどおどしていた花梨が、……あれ? もしかして、怒った? と、内心焦りを募らせていき、メリーさんの表情を伺おうとしてみるも、鼻下までつばの広い帽子で隠れており、表情を伺う事ができなかった。


 が、口だけはハッキリと確認でき、口角が少しだけ上がっていて喜んでいるように見えた。


「こ、この名前で……、大丈夫、かな?」


 花梨が恐る恐る問いかけると、メリーさんは何も言わずにコクンと小さくうなずく。

 その頷きを大丈夫と解釈した花梨は、しがらみから抜けたように大きな安堵のため息をつき、胸を撫で下ろしながら話を続ける。


「ああっ、よかったぁ! それじゃあ、今日から君の名前はゴーニャだ。よろしくね、ゴーニャ!」


「……うん、ありがとっ」


 肩から重大な荷が下りた花梨は、脳の片隅で張っていた緊張の糸が切れ、またたく間に気が緩んでいく。

 そして、口や喉までも緩んでしまったせいか、昨日の夜に飲み込んだ言葉の一部が、口から漏れ出した。


「ふう~っ。それにしても、ゴーニャはなんでメリーさんって呼ばれるのがイヤなの?」


 その地雷とも言える言葉を、耳にしてしまったゴーニャの微笑んでいる口元が、急に感情を無くしたようにふっと下がった。

 メリーさんの名前が無事に決まった事によって気が緩み、つい口が滑った花梨が、あっ、しまった!! と、慌てて愚かなる自分の口を両手で塞ぐ。


 今の発言を取り消そうと試みるも、既に取り返しはつかないようで、ゴーニャが何かに怯えながら震えた声を出し始める。


「い、いいわっ……。カワイイ名前を付けてくれた……、お礼に、教えて……、あげ、る……」


「うっ……! あぁっ、いやっ! あっ……、う、うん……」


 明るく和やかだった雰囲気が一転、花梨のうっかり言い放ってしまった質問により、場の空気が一気に暗くて不穏なものへと変わる。

 そして、震えが止まらない小さな手で、着ていたロリータドレスを思いっきりギュッと握ると、息を荒げているゴーニャが重い口を開いた。

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