16話-1、人間にも妖怪にも、なれなかった少女
私は目が覚めたら、住宅街の道の真ん中に立っていたの。何もかもが初めて見る景色で、自分が何者かさえも分からず、ポツンと一人でね。
ここはどこ? 私は、誰? そんな状態だった。辺りをじっくりと見渡してから、自分の姿を見てみたの。いま着ている服装で、左手にはこの白い携帯電話を持っていたわっ。
でも、その時は、この携帯電話がなんなのかさえも分からなかった。だって、仕方ないじゃない。何もかもが、初めて見る物だったんだもの。
でね、持っていた携帯電話をずっと眺めていると、だんだんと不思議な気分になってくるの。その携帯電話に、私の意識が吸い込まれていって、私が私でなくなっていくような……、そんな感覚が襲ってきたの。
だから、その携帯電話はポイッて、思いっきり遠くに投げ捨ててやったわっ。だって、なんだか怖かったんだもの。
でもね、それは無駄な抵抗だった。気がついたら知らないうちに、投げ捨てたハズの携帯電話がポケットに入っていたのよ。
最初それに気がついた時は、本当にビックリしたわっ。それから何回も携帯電話を投げ捨てたけど、いつの間にかその携帯電話は、必ずポケットの中に戻ってきていた。気味が悪いわよね。
仕方ないから携帯電話の事は諦めて、住宅街の中を歩き始めたの。自分さえも分からない私の事を、知っている人がいるかもしれないと思ってね。
しばらく歩いていたら、……公園、だったかしら? 私と同じぐらいの小さな子供達が遊んでいる広い場所、そこにたどり着いたの。
それでね、公園の中を歩いていると、砂をかき集めて遊んでいる子供達が目に入って、私も一緒になって遊びたいな。そう思ったワケ。
普通、そう思うでしょ? その時の私は、自分も人間の子供だと思ってたから。
仲間に入れてもらおうと思って、「ねえ、私も入れて」って、子供達に言ったの。でも、子供達は誰一人として無反応で、私に向かって振り向く事はなかった。
私の声が小さかったのか、聞こえなかったんだろうと思って、もっと近くによって大きな声で、「私も一緒に遊ばせてっ」って言ったけど、結果は同じでやっぱり無反応だった。
ムッとした私は、一人の子供の目の前に立って「なんで無視するのよ!?」って、大声で叫んでやったの。それでも、その子は砂に夢中になって遊んでて、私に目を向ける事はなかった。
流石におかしいと思った私は、他の子供の目の前に立って同じ事を繰り返しやってみたけど……、反応は返ってこなかった。試しに、公園にいる連中全員に声をかけてみたけど、全員が、無反応だった……。
「なんで、なんでみんな、私のことを無視するの……? なんでっ……?」
そこで初めて、私は泣いた。いくら大声を出して泣き続けても、誰も反応してくれなかった。そのせいで、余計に涙が出てきたの。
誰も、私の事を心配してくれない。誰も、私の事を気に留めてくれない。誰も、私の事を、慰めてくれない……。その時の事は、鮮明に覚えてる。今でも思い出すだけで、泣き出しそうになってくるわっ……。
でね、私は大泣きしながら公園を出ていったの。そこにいても仕方なかったからね。泣き止んだ頃には、辺りはすっかりと暗くなっていたわっ。
ちょうど灰色の棒……、電柱、だったかしら? その電柱の上に付いていた物が急にパッと明るくなって、私の小さな体を明るく照らしたの。
私がその光を見ていたら「ヒィイッ!? って、何か驚いた声が左側から聞こえてきたのよ。
声がした方を見てみると、何かを見て怯えているおじさんがいた。なんだろう? って思って、右側を振り向いてみたけど、そこには私を照らしている同じ光が、点々と奥まで続いているだけだった。
そしてね、もしかしてあの人……、私の姿が見えているじゃっ!? って、思って「あ、あのっ!」って声を掛けたら、そのおじさんは私に向かって指を差してから「お、お化けぇ!」って、叫びながら大慌てで逃げていったの。
その時は、お化けっていう言葉の意味が分からなかったから少しはよかったけれど、私の姿を見て、怯えた表情で逃げていった事については、心にすごく傷ついたわっ……。
で、私はそこでまた泣いたの。それで、泣いていると後ろからまた声がしてね、泣きながらそっちに向いてみると、「でっ、出たーーーっ!!」って、叫びながら子供が逃げていったの。
それで私は、また心に傷がついて、もっと泣いたわっ。朝までずっとね。涙って、枯れる事を知らないのね。ずーっと出続けていたわっ。
目の下が真っ赤になるほど腫れてたし、ものすごく疲れちゃったから、電柱に寄りかかって寝ちゃったの。
そこから、だんだんと人が嫌いになっていった。お日様が出ている間は、当ても無く住宅街を歩き回って、夜になったら人目を避けるようにして隠れていたの。
だって、当たり前でしょ? 夜になったら、人は私の事を見ると怖がって逃げていっちゃうんだもの。そのたび傷つくには、とってもイヤだったから……。
そこから三週間以上が経ってからかしら、最初に訪れた公園に来たの。相変わらずみんなは、私の事を無視していたけれど、その頃になるともう慣れていたわっ。
そして、子供達が話していたとある会話が耳に入ると、私は歩いている足を止めちゃって、その会話を聞き始めてしまった。だけどそれが、いけなかった。
「おい、知ってるか? 最近、ここら辺で化け物や妖怪みたいなのが出るんだってよ!」
「化け物や妖怪? どんなの?」
「俺達みたいに子供の姿をしてて、携帯電話を持っている奴らしいぜ。確か……、メリーさん! ママがそう言ってた!」
「あっ、テレビで見たことある! 電話に出るたびに近づいてくるっていうのだろ? マジかよ!?」
「マジマジ、綺麗な白いドレスを着てるらしいぜー! 例えば……。あっ、ほら、あいつあいつ! あんな格好をしてる……、えっ?」
会話をしていた子供達は、私に向かって指を差した瞬間、二人共ピタリと動かなくなったの。二人の会話を聞いていた私は、みるみる顔が青ざめていったわっ。
だって、その子供達が言っていた事の大体が、私に当てはまっていたんだから。化け物? 妖怪? メリーさん……? 私は、人間の子供じゃなくって、化け物だったの……? ってね……。
体がだんだんと震えて、吐き気がしてきたわっ。でも同時に、確かめたくなっちゃったの。だから私は、その子供達に質問をしてしまった。
「な、なによそれ……? わ、私の事を、言ってるの……?」
「あっ……、ああっ! で、出たぁぁーーっ!! メリーさんが出たーーっ!!」
「ヒィッ!? に、逃げろーーっ!!」
「ちょっと待って! 逃げないでっ! ……なんで、なんで逃げちゃうの……? 私、なにもしてないのに……、なんで……?」
これで私は確信した。その会話で私の正体が分かっちゃって、酷くショックを受けた。それまで私は、自分の事を人間だと思っていたけど、実際は違った。人間じゃ……、なかった。
なんなの、妖怪って? なんなのよ……? そこから、人間の目線に怯えるようになっていったわっ。何もしてないのに忌み嫌われて、目が合えば逃げられる。
普通に歩いているだけなのに、私の姿が見える人間に「お化けが出た」「化け物」「妖怪」しまいには「殺される!」そんな事を言われ続けたのよ……?
本当にイヤだった。心がずっと痛かった……。もう、死にたかったっ……! でも、死ぬ勇気が出なくて、ずっと傷つきながら生き続けた……。
ヤケになった私は、そうよ、私がメリーさんなのであれば、あの子供達が言ってた事が本当なのならば、やるわっ、やってやろうじゃないの! って、立ち上がって、そこで初めて携帯電話を使ったの。
面白いのよ、この携帯電話。私が頭の中で願った事が、この画面に表示されるの。例えば『私が驚かせれば、泣き叫ぶ人間』と願えば、その人間の名前と電話番号が表示されるのよ。でね、早速やってやったわっ。
相手に電話をかけると、私の中に眠っている本性が現れて、電話をかけた人間の家に勝手に近づいていってね。気がついた時にはもう、しこたま驚かせた後だったわっ。
その人間は男だったけど、「助けてっ! 殺さないでっ!」って、泣き叫んでいたのよ。ははっ、ざまあみろだわっ! ……それでね、その男の表情を見たら、私は心を深くえぐられたの……。
私が何もしていないのに、人間に驚かれた時とまったく同じ表情をしていたの……。驚かせても、驚かさなくても変わらない……。何をしようが、結局は全て同じ事……。
体の震えが止まらくなった私は、逃げるようにそこから立ち去って、また泣いた。何十分も、何時間も、何日間もずっと泣き続けたわっ。
人間になれなくて、妖怪や化け物にもなり切れなかった……。じゃあ私は、いったい何のためにこの世に生まれてきたの? もう、何も分からなくなっちゃった……。
そして、道の片隅で座りながら
そこから
「ふむう。そいつは災難だったな、可哀想に。辛かっただろう?」
「私もう……、疲れちゃった……。どうすれば、こんな思いをしなくて済むの……?」
「そうさなぁ。お前さんは、どこかに行く当ても無ければ、帰る場所も無いのだろう?」
「……うんっ。……あっ」
「なら、ワシと一緒に来んか? ワシは、とある温泉旅館を経営しておってな。そこに住まわせて―――」
「……あっ、ああっ……」
「……んっ? どうした、お前さんよ」
ぬらりひょん様が何かを言っていたけれど、途中から私は、話をまるで聞いていなかった。原因はひとつ、目の前に人間が立っていて、私の事をじっと見ていたからだ。
自分でも分かるほどに顔が真っ青になって、その視線に怯えて、体がガタガタを震えだして、目にまた涙が溜り始めたわっ。もう、気が気じゃなかった……。
「いっ、イヤッ……、見ないで……。私の事を、見ないでっ!!」
そのせいで、唯一私の話を聞いてくれたぬらりひょん様を置いて、その場から逃げ出しちゃったの。がむしゃらに走ったわっ。もちろん泣きながらね。
でね、住宅街にいると人間と出くわすのなら、人間がいないどこか遠くに行けばいいんだと思って、初めてちゃんとした目的を持って走ったの。
人間がいなさそうな場所を探していたら、
薄暗くて怖い森の中を五日間ぐらい歩いていたら、急に開けた場所に出たの。その広場の中央に大きな木が一本あって、その木の前に座って雨を凌ぎながらずっと、ぼーっとしていたわっ。ただひたすら、ぼーっとね。
辺りに転がっている石になった気分だったわっ。でも、不思議と気持ちは楽だった。このまま私も石になっちゃおう。そう思ったけど……、石にさえ、なり切れなかった。
たまにね、ふっと人間の視線を思い出して、体が勝手に震えだして涙が出てきたの。涙を流す石なんて、おかしいと思わない?
それから二ヶ月ぐらい経ったかしら? 不意に、ポケットから忌々しい携帯電話が落ちて、拾おうと手を伸ばしたら、ハッ!? と、したの。
『私が驚かせれば、泣き叫ぶ人間』と願って、この携帯電話に、人間の名前と電話番号が表示されるのであれば、もしかして違う願いも表示されるんじゃ……? ってね。
……ありえない、ありえるワケがないっ! そんな人間が、この世にいるハズなんてないっ! って、一度は思ったけど、ゆっくりと目を閉じてから願ってみたの。
『私がどんなに驚かせても、迷惑をかけても、優しく接してくれる温かな人間』って。
なにをバカな事を考えているんだろうって、自分に笑いながら目を開けたら……、一件だけ、一件だけ画面に表示されていたのっ!! ……花梨っ、あんたの名前と電話番号が……、表示されていたのよっ!!
私は、本当に驚いた。そんな優しい人間が、この世にいるんだっ!! って、心の底から喜んだわっ! でも同時に、花梨に電話をかけるのが怖かった……。
怖がられるかもしれない。逃げられるかもしれない。裏切られるかもしれない……。って、三日三晩、悩んだ。電話をかけるのを、ものすごく
そうしたら、花梨が電話に出てくれたっ!!
でも、アパートに花梨はいなかった……。
だけど、花梨は今の事情を説明してくれて、私をこの温泉街までエスコートしてくれたっ!!
そして、花梨と巡り合えたっ!!
本当に、本当に嬉しかった……。
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