85話-2、皆の期待を背負ったカマイタチ

 食事処に食器類を返却した花梨達は、入口からなだれ込んで来る客の隙間を縫い。受付で対応しているクロに手を振つつ、外へと出て行く。

 活気に満ち溢れた温泉街の大通りに出ると、三人は揃って深呼吸し。今日の目的地である『骨董店招き猫』を目指すべく、左側の道を歩き始めた。


 暖かな陽光を背中で感じ、猫又の莱鈴らいりんについて話し始めてから五分後。

 あわよくば、モフモフのお腹を擦りたいと願望を明かした花梨の視線に、『薬屋つむじ風』の店先で、掃き掃除をしているカマイタチの辻風つじかぜが入り込む。

 その、約半月振りに拝めた姿に、花梨は「あっ!」と声を嬉々と弾ませ、辻風の元へ歩んでいった。


「辻風さーん!」


「ん? やあ、花梨君じゃないか。それにゴーニャ君と、まとい君まで」


「おはようございますっ!」

「おはよう、辻風」


 互いに、声を交わせたのも久しぶりな事もあり。目の前まで来た三人に、穏やかな笑みを送る辻風。

 しかし、その笑みには活力が無く、毛並みも手入れが行き届いておらず、体全体がボサボサの状態になっていた。


「お久しぶりです、辻風さん! お店に行ってもなかなか会えなかったので、心配してたんですよ?」


「ああ、心配をかけてすまないね。ここ最近、材料の調達に明け暮れていたんだ。……ふぁっ」


 長い期間、店を空けていた理由を明かした辻風が、クワッと大きなあくびをして、鋭い牙を覗かせる。


「眠たそうですね。ちゃんと寝てるんですか?」


「寝ていると言えば、嘘になるね。長年研究していた特効薬の完成が近くて、寝る間も惜しんで追い込みを掛けているんだよ」


「特効薬?」


「そう。我々妖怪にとって、温泉街の者達にとって、革命的な特効薬だ。機密事項だから、今はこれ以上明かせないけどね」


 花梨の好奇心をくすぐり、どのような効果なのか知りたくなってきた矢先。

 先に釘を刺されてしまい、追加の質問をしようとしていた花梨の口が、「がっ……!」という言葉を漏らし、固まってしまった。


「すまないね、花梨君。しかし、それほど重要な事なんだよ。完成するまで、今しばらく辛抱していてほしい」


 当たり障りのない説得と、申し訳ない気持ちが見え隠れする辻風の笑みに、花梨もある程度の事情を察してしまい、口を尖らせる事しか出来なかった。


「むぅ……。どうやら、相当大変な思いをしてるんですね」


「まあね。温泉街がオープンした時期からやっていた研究だし、皆の期待も背負っているからね。必ず応えなければならない研究なんだ。でも、ようやく完成が見えてきた。これほど喜ばしい事は無いよ」


 全容は未だに分からぬものの。辻風の嘘偽りの無いほころんだ笑顔に、花梨も自然と笑みをこぼす。


「なるほどです。今の私にはこれしか言えませんけど、頑張って下さいね!」


「ああ、花梨君の応援は励みになる。頑張るよ。今月完成すれば、とある日と被ってしまった『八咫烏の日』を盛大に行える。花梨君達も、是非楽しみにしていてほしい」


「『八咫烏の日』? という事は、八吉やきちさん達が何かをするんですか?」


 唐突に出てきた単語ながらも。天狐のかえでが大いに暴れ、温泉街全体を巻き込んだ『妖狐の日』を体験した事のある花梨が、的を射た質問を返す。


「その通りだよ。ちなみに花梨君は、八吉君の本職をご存知かな?」


「八吉さんの本職? 焼き鳥屋さんですよね?」


「なるほど。やはり何も知らずにいたら、焼き鳥屋だと思ってしまうよね。実はね、本職は花火師なんだ」


「えっ、花火師!? そうなんですか!? ……初めて知ったや」


 温泉街に来て、初めて『焼き鳥屋八咫やた』へ赴いてから、今日の今日まで八吉の本職を焼き鳥屋だと思っていた花梨にとって、驚愕を飛び越えた事実であり。

 同じく、焼き鳥屋八咫の準店員にまでなったゴーニャも知らなかったが故に、驚いて目を丸くさせていた。


「じゃあなんで、焼き鳥屋をやっているのっ?」


「八吉君は、生粋の祭り好きでね。温泉街で店を開く前は、現世うつしよで開かれているお祭りに必ず参加して、主に焼き鳥の出店をやっていたらしいんだ」


「だから、温泉街をお祭り一色にしてたんだ」


 温泉街に来てから二年目ながらも、『八咫烏の日』を体験したのある纏が、納得気味に割って入る。


「纏姉さん、見た事あるんですか?」


「うん、一回だけ。温泉街が出店だらけになる。夜は花火が大量に上がって、すごく綺麗だよ」


「特に、ラストを飾る正四尺玉しょうよんしゃくだまの連続打ち上げは圧巻でね! 毎年毎年、夜空に向かって拍手をしてしまうんだ」


 話していく内に、『八咫烏の日』に見た光景を思い出してきたのか。珍しく声を上げた辻風が、無邪気に語る。


「正四尺玉の連続打ち上げ!? うわぁ〜、規格外の凄さだ。早く見てみたいなぁ〜」


「しょーよんしゃくだま?」


「何それ?」


 花火について、それなりの知識を有している花梨が驚くも。何も知らないゴーニャと纏には伝わっておらず、共に目をぱちくりとさせるばかり。


「打ち上げ花火の、元となる玉の事さ。大きさによって名前が変わってくるんだけども。正四尺玉っていうのが、一番大きな玉でね。直径は二人よりも大きくて、なんと百二十センチもあるんだ」


「百二十センチって、私達より三十センチも大きい」


「そんなに大きな玉が、空高くまで上がってドカーンってなっちゃのねっ。なんだか、早く見てみたくなってきたわっ」


「その様は、まさに夜空に咲き誇る大輪の花。残火が儚く落ちていく時も、柳を彷彿とさせる風流があり。瞬きながら消えていくと、いつまでも感動が残る余韻に浸らせてくれるんだ。ああ、実に楽しみだよ」


 しみじみと空を仰いだ辻風の顔には、もう疲弊した様子は見受けられず。今か今かと心待ちにしている、期待を寄せた顔をしていた。

 そんな、童心に帰ったようにも見える辻風に、花梨の表情も自然とほころんでいく。


「辻風さんを、ここまで虜にしちゃう花火かぁ。『八咫烏の日』って、いつぐらいにやるんですか?」


「そうだね。おおよそ一ヶ月半後ぐらいに開催されるよ」


「あっ、意外と近いんですね。それだと、もう火薬は作り終わってて、尺玉を作り始めてる頃かな?」


「花梨君、かなり詳しいね。やっぱり、これもぬえ君絡みで携わっていたのかい?」


 話の流れからして、想像に容易く、確信すら持てる辻風の質問に、花梨は期待に答えるように「はい」と返した。


「一ヶ月間ほどですが、花火玉作りをやってました。火薬を隙間なく詰めていくのが、かなり難しかったんですよね」


「やはりね。こうなってくると、花梨君がやらなかった仕事を探す方が難しいかな」


「それは、いくらなんでも大袈裟ですよ。えーと、その〜……。う〜ん……、あっ! 天文系とか宇宙飛行士、テレビのアナウンサーはやってません」


「スっと出てこないほどの仕事量を、やってきたんだね……」


 鵺の派遣会社で働いていたのは、おおよそ四、五年ながらも。花梨の返答の遅さが全てを物語っており、辻風の顔がだんだんと引きつっていく。

 しかし、その過去に再び興味を抱いてきた辻風の顔は、「ふふっ」という笑い声と共に、穏やかなものへと変わっていった。


「花梨君。時間が空いている時でいいから、また過去の話を沢山聞かせてくれないかな?」


「過去の話ですか? いつでも構いませんけど、辻風さんは大丈夫なんですか?」


「うん。しばらく店に居るし、最高の気分転換にもなる。お茶やお菓子を用意してあげるから、いつでも電話かメールをしてほしい」


 最高の気分転換という言葉に、花梨はちょっとした使命感にも似た感情が生まれ、辻風を癒してあげたい一心で「分かりました!」と答えた。


「それじゃあ、次の休みにでもお邪魔しますね」


「辻風のお店、薬の独特な匂いがして好きなのよねっ。私も行くっ!」


「私も。肩揉みしてあげる」


 花梨に続き、手を挙げて高らかに宣言したゴーニャに。両手を怪しくわきわきとさせ、いつでも準備万端とジェスチャーで教える纏。


「そうかい。これは、店が賑やかになるね。薙風なぎかぜ癒風ゆかぜにも言っておくから、皆で楽しもうじゃないか」


「いいですね。一日中語り合いましょう!」


「うん、是非そうしよう」


 思わぬ約束を交わせて、次回の休日に待ち遠しい楽しみが増えると、話に区切りがついた花梨達は、辻風に一言残して『薬屋つむじ風』を後にする。

 そして、当初の目的を果たす為、秋国山のふもとにある『骨董店招き猫』を目指し、三人同じ歩幅で向かっていった。

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