85話-2、皆の期待を背負ったカマイタチ
食事処に食器類を返却した花梨達は、入口からなだれ込んで来る客の隙間を縫い。受付で対応しているクロに手を振つつ、外へと出て行く。
活気に満ち溢れた温泉街の大通りに出ると、三人は揃って深呼吸し。今日の目的地である『骨董店招き猫』を目指すべく、左側の道を歩き始めた。
暖かな陽光を背中で感じ、猫又の
あわよくば、モフモフのお腹を擦りたいと願望を明かした花梨の視線に、『薬屋つむじ風』の店先で、掃き掃除をしているカマイタチの
その、約半月振りに拝めた姿に、花梨は「あっ!」と声を嬉々と弾ませ、辻風の元へ歩んでいった。
「辻風さーん!」
「ん? やあ、花梨君じゃないか。それにゴーニャ君と、
「おはようございますっ!」
「おはよう、辻風」
互いに、声を交わせたのも久しぶりな事もあり。目の前まで来た三人に、穏やかな笑みを送る辻風。
しかし、その笑みには活力が無く、毛並みも手入れが行き届いておらず、体全体がボサボサの状態になっていた。
「お久しぶりです、辻風さん! お店に行ってもなかなか会えなかったので、心配してたんですよ?」
「ああ、心配をかけてすまないね。ここ最近、材料の調達に明け暮れていたんだ。……ふぁっ」
長い期間、店を空けていた理由を明かした辻風が、クワッと大きなあくびをして、鋭い牙を覗かせる。
「眠たそうですね。ちゃんと寝てるんですか?」
「寝ていると言えば、嘘になるね。長年研究していた特効薬の完成が近くて、寝る間も惜しんで追い込みを掛けているんだよ」
「特効薬?」
「そう。我々妖怪にとって、温泉街の者達にとって、革命的な特効薬だ。機密事項だから、今はこれ以上明かせないけどね」
花梨の好奇心をくすぐり、どのような効果なのか知りたくなってきた矢先。
先に釘を刺されてしまい、追加の質問をしようとしていた花梨の口が、「がっ……!」という言葉を漏らし、固まってしまった。
「すまないね、花梨君。しかし、それほど重要な事なんだよ。完成するまで、今しばらく辛抱していてほしい」
当たり障りのない説得と、申し訳ない気持ちが見え隠れする辻風の笑みに、花梨もある程度の事情を察してしまい、口を尖らせる事しか出来なかった。
「むぅ……。どうやら、相当大変な思いをしてるんですね」
「まあね。温泉街がオープンした時期からやっていた研究だし、皆の期待も背負っているからね。必ず応えなければならない研究なんだ。でも、ようやく完成が見えてきた。これほど喜ばしい事は無いよ」
全容は未だに分からぬものの。辻風の嘘偽りの無いほころんだ笑顔に、花梨も自然と笑みをこぼす。
「なるほどです。今の私にはこれしか言えませんけど、頑張って下さいね!」
「ああ、花梨君の応援は励みになる。頑張るよ。今月完成すれば、とある日と被ってしまった『八咫烏の日』を盛大に行える。花梨君達も、是非楽しみにしていてほしい」
「『八咫烏の日』? という事は、
唐突に出てきた単語ながらも。天狐の
「その通りだよ。ちなみに花梨君は、八吉君の本職をご存知かな?」
「八吉さんの本職? 焼き鳥屋さんですよね?」
「なるほど。やはり何も知らずにいたら、焼き鳥屋だと思ってしまうよね。実はね、本職は花火師なんだ」
「えっ、花火師!? そうなんですか!? ……初めて知ったや」
温泉街に来て、初めて『焼き鳥屋
同じく、焼き鳥屋八咫の準店員にまでなったゴーニャも知らなかったが故に、驚いて目を丸くさせていた。
「じゃあなんで、焼き鳥屋をやっているのっ?」
「八吉君は、生粋の祭り好きでね。温泉街で店を開く前は、
「だから、温泉街をお祭り一色にしてたんだ」
温泉街に来てから二年目ながらも、『八咫烏の日』を体験したのある纏が、納得気味に割って入る。
「纏姉さん、見た事あるんですか?」
「うん、一回だけ。温泉街が出店だらけになる。夜は花火が大量に上がって、すごく綺麗だよ」
「特に、ラストを飾る
話していく内に、『八咫烏の日』に見た光景を思い出してきたのか。珍しく声を上げた辻風が、無邪気に語る。
「正四尺玉の連続打ち上げ!? うわぁ〜、規格外の凄さだ。早く見てみたいなぁ〜」
「しょーよんしゃくだま?」
「何それ?」
花火について、それなりの知識を有している花梨が驚くも。何も知らないゴーニャと纏には伝わっておらず、共に目をぱちくりとさせるばかり。
「打ち上げ花火の、元となる玉の事さ。大きさによって名前が変わってくるんだけども。正四尺玉っていうのが、一番大きな玉でね。直径は二人よりも大きくて、なんと百二十センチもあるんだ」
「百二十センチって、私達より三十センチも大きい」
「そんなに大きな玉が、空高くまで上がってドカーンってなっちゃのねっ。なんだか、早く見てみたくなってきたわっ」
「その様は、まさに夜空に咲き誇る大輪の花。残火が儚く落ちていく時も、柳を彷彿とさせる風流があり。瞬きながら消えていくと、いつまでも感動が残る余韻に浸らせてくれるんだ。ああ、実に楽しみだよ」
しみじみと空を仰いだ辻風の顔には、もう疲弊した様子は見受けられず。今か今かと心待ちにしている、期待を寄せた顔をしていた。
そんな、童心に帰ったようにも見える辻風に、花梨の表情も自然とほころんでいく。
「辻風さんを、ここまで虜にしちゃう花火かぁ。『八咫烏の日』って、いつぐらいにやるんですか?」
「そうだね。おおよそ一ヶ月半後ぐらいに開催されるよ」
「あっ、意外と近いんですね。それだと、もう火薬は作り終わってて、尺玉を作り始めてる頃かな?」
「花梨君、かなり詳しいね。やっぱり、これも
話の流れからして、想像に容易く、確信すら持てる辻風の質問に、花梨は期待に答えるように「はい」と返した。
「一ヶ月間ほどですが、花火玉作りをやってました。火薬を隙間なく詰めていくのが、かなり難しかったんですよね」
「やはりね。こうなってくると、花梨君がやらなかった仕事を探す方が難しいかな」
「それは、いくらなんでも大袈裟ですよ。えーと、その〜……。う〜ん……、あっ! 天文系とか宇宙飛行士、テレビのアナウンサーはやってません」
「スっと出てこないほどの仕事量を、やってきたんだね……」
鵺の派遣会社で働いていたのは、おおよそ四、五年ながらも。花梨の返答の遅さが全てを物語っており、辻風の顔がだんだんと引きつっていく。
しかし、その過去に再び興味を抱いてきた辻風の顔は、「ふふっ」という笑い声と共に、穏やかなものへと変わっていった。
「花梨君。時間が空いている時でいいから、また過去の話を沢山聞かせてくれないかな?」
「過去の話ですか? いつでも構いませんけど、辻風さんは大丈夫なんですか?」
「うん。しばらく店に居るし、最高の気分転換にもなる。お茶やお菓子を用意してあげるから、いつでも電話かメールをしてほしい」
最高の気分転換という言葉に、花梨はちょっとした使命感にも似た感情が生まれ、辻風を癒してあげたい一心で「分かりました!」と答えた。
「それじゃあ、次の休みにでもお邪魔しますね」
「辻風のお店、薬の独特な匂いがして好きなのよねっ。私も行くっ!」
「私も。肩揉みしてあげる」
花梨に続き、手を挙げて高らかに宣言したゴーニャに。両手を怪しくわきわきとさせ、いつでも準備万端とジェスチャーで教える纏。
「そうかい。これは、店が賑やかになるね。
「いいですね。一日中語り合いましょう!」
「うん、是非そうしよう」
思わぬ約束を交わせて、次回の休日に待ち遠しい楽しみが増えると、話に区切りがついた花梨達は、辻風に一言残して『薬屋つむじ風』を後にする。
そして、当初の目的を果たす為、秋国山の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます