85話-3、猫又の興味を惹いていく三姉妹

 『薬屋つむじ風』を後にした三人は、『建物建築・修繕鬼ヶ島』の店から流れてくる、金槌の音を耳にしながら先に進んで行き。

 秋国山へ続く赤い橋に差し掛かると、今度は橋の下にある『河童の川釣り流れ』から、闘志溢れる歓声が聞こえてきた。

 その闘争心をくすぐる歓声に、触発された花梨が橋の左側へ寄り、歩みを止めぬまま下を覗き込んだ。


流蔵りゅうぞうさん、今日もやってるなぁ」


 河川敷の一部を、対戦客で埋め尽くしている土俵の上では、ちょうど河童の流蔵りゅうぞうが対戦相手を土俵に沈め、勝利の咆哮を上げていた。


「行列がないと思ったら、全員下にいるのねっ」


「百鬼夜行が何組も作れそうな数の妖怪が居る」


「いいなぁ、あの熱気。また戦いたくなってきちゃったや」


 ずっと覗いていると、心が揺らいで目的がすり替わってしまうと思った花梨が、顔を前へ戻す。


「今度、みやび酒天しゅてんを誘ってみたらどうかしら?」


「あっ、いいね! そういえば、流蔵さんと酒天さんって、どっちが強いんだろ?」


剛力酒ごうりきしゅを飲んだ花梨が酒天と同じ力だったら、たぶん同等か流蔵が少し上」


「そうなると、取っ組み合いは流蔵さんの方に分がありますね。う〜ん、気になる」


 夢の対決とも言えるカードに興味を示した花梨は、橋を渡っている間。流蔵と酒天の熱い相撲を思い描き、一人で盛り上がっていく。

 衝撃波を伴う張り手、息を飲むがっぷり四つ、大地を揺るがす取っ組み合い。二人の勝負が佳境に入り、技の掛け合いに入った頃。

 橋を渡り切り、紅葉の絨毯が敷かれた山道へ入った。しかし、脳内の戦いは終わりを迎えず、体力勝負にもつれ込もうとした矢先。纏の「珍しい」という声が、二人の戦いを中断させた。


莱鈴らいりんが店先を掃き掃除してる」


「えっ? あっ、本当だ」


 集中力が途切れ、想像の戦いを中断させた花梨が、ようやく前へ注目し出す。

 チラチラと紅葉が舞う、視線の先。小さな身の丈にあった竹箒を、両前足で器用に掃き掃除をしている、人間のように立っている猫の姿があった。


 服装は、チャイナ服を彷彿とさせる柄が散らばった緑色の服。小さな丸眼鏡を掛けており、全体的に茶色の毛並みで、口周りから首にかけて白く続いている。

 やはり妖怪ともあってか。腰から伸びている尻尾は、二股に分かれていて先が白い。そんな、ほぼ猫と言っても差し支えがない妖怪を前に、花梨はオレンジ色の目をぱちくりとさせ、「へぇ〜」と続けた。


「いつもここを通る時は必ず寝てたのに、本当に珍しいや。ちょうどいい」


 相手が起きているのであれば、好都合だと思い。足取りを軽くさせた花梨が、茶色の耳をピンと立たせた莱鈴の元へ近づいていく。


「おはようございまーす!」


「んん〜?」


 川のせせらぎと、紅葉が擦れ合う音が辺りを漂う、雅やかな空間の中。突如と湧いた大きな挨拶に、莱鈴の眉間が上がる。

 そのまま声がした方へ振り向いてみれば、莱鈴には見上げるほど大きな人間と、己よりやや背丈が高い女性が二人、視界内に入り込んだ。


「花梨か。おはようさん」


「あれ? 私を知ってるんですか?」


「知ってるもニャにも、お前さんらは有名人だからニャ。噂はかねがね聞いてるニャ」


 自己紹介をする前から、花梨に覚えのある莱鈴が、竹箒を落ち葉の山に置いた。


「それに、そっちの金髪は秋風 ゴーニャ。黒い和服の座敷童子は、たまに会ってる秋風 纏。みんニャ知ってるニャよ」


「はい、秋風 ゴーニャです。よろしくお願いしますっ!」


「じゃあ私も。秋風 纏、よろしく」


 とりあえず、莱鈴に悪い印象を与えぬべく。ハキハキと自己紹介をして、丁寧を頭を下げるゴーニャに。気持ち的に声を張り、軽く会釈をする纏。


「猫又の莱鈴ニャ。これから『ぶんぶく茶処』にでも行くのかニャ?」


「いえ。今日は莱鈴さんのお店に行こうと思い、ここまで来ました」


「ニャに? わっちの店?」


「はい、前々から気になっていまして。それに莱鈴さんとはお話をした事が無かったので、一度でいいからしてみたかったんです」


「……ふむ。わっちと話を、ねぇ」


 莱鈴にとって花梨は、赤ん坊の頃から一方的に知っており。数十年振りに再会した事もあってか、自分に向けられた興味に悪い気はしていなかった。

 が、共通する話題も無ければ、会話が長引くとボロを出しかねないと危惧した莱鈴は、一度店へ顔を送り、頬を掻いた後。花梨に戻した。


「わっちと話すのは構わニャいが。わっちの店は、主に趣味で集めた骨董品を取り扱ってるから、若いお前さんらにはつまらんと思うニャよ?」


「私は好きだよ」


 この中で唯一、齢百歳を超える纏が、やや食い気味に反応する。


「私も好きです。こう見えても私、コンテナ船に乗ってた時期があるんですが。世界中の骨董品や珍しい物を搬入したり、実際に触れた事もあります」


「ああ。そういやお前さん、ぬえの派遣会社で働いてたんだったニャ」


「はい。ですので、莱鈴さんがどんな骨董品を取り扱っているのか、見てみたいです!」


「ほう、ニャるほどニャ」


 鵺が運営していた派遣会社は、温泉街では最早知らぬ者は居らず、全員に周知されている。

 その為、花梨の話には強い説得力があり。同時に、莱鈴の骨董魂に若干の火が付き、自慢の品々を披露したいという欲が湧いてきていた。


「ゴーニャ、お前さんはどうニャ?」


「骨董品っていう物がわからないから、今日はここでお勉強をしていきたいわっ」


「うむ。ゼロ歳だというのに、実に勉強熱心だニャ。関心関心」


 三姉妹の骨董品について興味を示している事を確認すると、莱鈴は竹箒を持ち、引きずりながら店へ向かって行く。


「ニャら、今日は特別にわっちの骨董品を見せてやるニャ。付いてくるニャ」


「ありがとうございます! よし、それじゃあゴーニャ、纏姉さん、行こっか」


「わかったわっ」


「うん」


 突然の来訪にも関わらず、話や説得が円滑に進み、許可を得られた花梨達は、莱鈴の小さな背中を追っていった。

 入口は『座敷童子堂』のような縁側えんがわとなっており、花梨達は手前で靴を脱ぎ、綺麗に並べてから店の中に入っていく。


 内装は、昔ながらの駄菓子屋を思わせる造りで、壁には何段にも連なったコの字型の棚が、グルリと回っている。

 その棚には、正方形の桐箱を始めとし。長方形、円形、六角柱と、様々な形をした桐箱が置かれていた。

 部屋を正面に見て左奥には、奥の部屋へ続く扉があり。右側中央には、年季の入った大型のコタツが設置されている。

 床は全て畳で、広さはおおよそ畳十二じょう分と広く。光源は、糸を引いて明かりの数を調整出来る、丸型蛍光灯のみ。


 そんな、どこか人の家に近い雰囲気で、落ち着いてくつろげる空間を粗方見終えた花梨が、「はえ〜」と抜けた声を漏らした。


「お店というよりも、お家の部屋に近い印象だなぁ」


「それを参考にしてるからニャ。わっちにとって、理想的な空間だニャ」


「莱鈴。このコタツに入って、ずっと寝てるでしょ?」


「当たり前ニャ。わっちの愛する布団であり、盟友だニャ」


 どこか誇らしげに語る莱鈴をよそに、纏はコタツの布団を捲り上げると、煌々こうこうと瞬くオレンジ色の暖かな光が、纏の無表情を優しく照らした。


「電気が点いたまま」


「消したら寒くニャるニャ。だから布団を干す時以外は、点けたままニャ」


「入っていい?」


「構わないニャいが。入るなら、せめて骨董品を見てからにしてほしいニャ」


「分かった」


 本当は、今すぐにでも入りたかったようで。名残惜しそうに布団を戻した纏が、莱鈴の元へ歩いていく。


「花梨とゴーニャも、早くわっちの所へ来るニャ。現世うつしよでは絶対に拝む事が出来ない、珍しい骨董品を披露してやるニャ」


「おお、そんな骨董品が? 分かりました!」


「わかったわっ」


 やはり、花梨をよく知っている者ともあり。好奇心のくすぐり方が上手い莱鈴の催促に、花梨はすぐさま歩み寄っていった。

 そして、ゴーニャもトコトコと来ると、莱鈴は喉を温めるように「うおっほん」と咳払いをし、両前足をおおらかに広げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る