85話-7、鬼が出るか蛇が出るか
眠りから覚めた花梨が、あくびをついてから数分後。冷たくなってきた秋の風にさらされつつ、ぼんやりと夕暮れ空を見て黄昏ている最中。
紅葉が擦れ合う音の中に混じる、寝息に似た呼吸音を耳にした花梨が、背後に居るであろうゴーニャの顔を覗いてみた。
「あれ? みんなも寝ちゃってたんだ。そろそろ起こしてあげないと、風邪を引いちゃうな。よいしょっと」
全員が寝ている事に気付くと、花梨は今の力では動かせないゴーニャの腕を潜り抜け、太ももの上にずれ落ちていく。
そのまま一旦座ると、壁のように高いゴーニャの体をよじ登り、視界一杯に映る巨大な顔を、右前足でペチペチと叩き出した。
「ほら、ゴーニャ。起きないと風邪ひくよ」
「……う〜ん。あっ、かわいい……」
「あっははは。ありがとう」
閉じていた妖狐姿になってるゴーニャの、獣に近い金色の瞳と目が会うや否や。開口一番に褒められてしまい、照れ笑いをする花梨。
とりあえず起きてくれたので、花梨はゴーニャの肩を借りて寝ている
「
「んっ……。あ、チャンス」
「うわっと」
纏が瞼を開けた矢先。纏は花梨を両手で持ち上げ、胸元まで引き寄せ。左手を曲げた腰に添え、右手で頭を撫で始めた。
「むふーっ、やっと抱っこ出来た」
「また捕まっちゃったや」
ようやく体が自由になったかと思いきや。今度は纏に捕まってしまうも、満更ではない様子で撫でられている花梨は、「ふふっ」と笑みをこぼす。
「ごめんね、纏っ。花梨を抱っこしながら寝ちゃって」
「大丈夫、気にしないで。
「うんっ、いいわよっ」
「ああ、そうか。この姿のまま帰らなくっちゃいけないんだっけ……。あ〜あ、ぬらりひょん様の所に行くの嫌だなぁ〜」
今日の夜十二時になるまでの間、猫又と化す首輪が取れない事を思い出すと、花梨の猫耳がパタン垂れ、顔を纏の体にコテンと置いた。
重いため息をつくと、背後から「ブシュンッ!」という豪快なクシャミの音がし。その勢いで起きたであろう
「莱鈴も起きた」
「……んあ。ああ、もう夕方かニャ。通りで肌寒いと思ったニャ」
暖かな昼時から一転。いつの間にか、日向ぼっこをするには厳しい時間帯になっていて、肌寒さを実感した莱鈴は身震いしてから、纏に捕まっている花梨達へ顔をやった。
「花梨。お前さん、そろそろ帰るんだろニャ?」
「ああ。そう、ですね。あまり帰りたくないんですけども」
「安心するニャ。先にも言ったが、わっちからぬらりひょん様に話を通しておくニャ。だからお前さんは、
現状、叱られる事しか頭にない花梨を、緩く説得した莱鈴が座り、後ろ足で耳を掻き始める。
「本当に、大丈夫ですかね?」
「お前さん、ぬらりひょん様を怖がりすぎニャ。どうせ、あの人の事だニャ。怒るどころか、デレデレしながら
「そうだといいんですけども……」
どう言おうとも、怒られる恐怖心が勝ってしまっている花梨が、「はぁ……」と軽いため息をつき、体が項垂れていった。
「花梨っ。何かあったら、私達が守ってあげるから安心してっ。ねっ、纏っ」
「うん。逆に私がぬらりひょん様を叱ってあげる」
「ゴーニャ、纏姉さん……」
大人の姿になっている妹達の心強い励ましに、花梨は二人の微笑み顔を見返していく内に、恐怖心がだんだんと和らいでいき、表情をほころばせていく。
「ありがとう、二人共。それと、ごめんね。私のわがままのせいで巻き込んじゃって」
「全然気にしてない。困った時はお互い様」
「私もよっ。困った事があったら、どんどん頼ってきてね!」
互いに助け合う心を見せる三姉妹をよそに。今回の元凶に近い莱鈴が、マイペースに体を伸ばしながらあくびをつく。
「ふぁ〜っ……。それじゃあ、お前さんらよ。ぬらりひょん様には帰る旨も伝えておくから、ゆっくり帰るといいニャ」
「あっ、はい! 分かりました。今日は突然訪ねてきたのにも関わらず、お付き合い頂いてありがとうございました。また近々ここへ来ますね」
「ありがとう、莱鈴」
「今日は、ありがとうございましたっ!」
妹達のお陰で、すっかり元気を取り戻した花梨がお礼を言うと、花梨の背中をポンポンと叩いている纏が続き。ゴーニャも丁寧にお辞儀をして、狐の耳を揺らす。
「うむ。今度来る時は、一人で来るニャよ。そうしたら、色々教えてやるニャ」
「はい、こっそりと伺いますね。それでは!」
そう別れの挨拶を交わすも、抱っこをされて自分の足で歩けない花梨は、纏に抱かれながら『骨董店招き猫』を後にする。
普段より視界が低く、上下に揺れ動く帰路に就き。赤い橋に差し掛かり、河川敷にて、ちゃんこ鍋を用意している河童の
「うわぁ〜、すごい。全部大きく見えるや。まるで巨人の国に来たみたいだ」
「そんなに大きくみえるのっ?」
「うん。いつもの温泉街と、雰囲気がまるで違うよ。この姿で地面を歩いたら怖いだろうなぁ」
猫視点の景色を改めて目の当たりにして、ほのかに歩いてみたい欲を醸し出すも。纏がそれを許さないように、花梨を抱いている両手に軽く力を込めた。
「駄目。地面は土が剥き出しだから、足と肉球が汚れちゃう」
「あっ、そうか。今の私、裸足の状態なんだった。自分で足が拭けないだろうし、色々もどかしいなぁ」
「そういえば、ちゃんと猫の手になってるから箸も持てないね」
「じゃあ、私達が花梨にご飯を食べさせてあげるわっ」
花梨の姿を楽に見たいのか。未だに大人の妖狐姿でいるゴーニャが、むしろ頼ってくれと言わんばかりに微笑み、嬉しそうに狐の尻尾を揺らす。
「そうだね。花梨はテーブルの上で座ってるだけでいいよ」
「なんだか悪い気もするけど。今回ばかりは、二人の言葉に甘えちゃおうかな」
流石に、皿に直接顔を近づけて料理を食べたくなかった花梨は、やや気が引けるものの。妹達の気遣いに甘えてしまい、ゴーニャに笑みを返してから、だんだん近づいてきた
猫目を細め、耳を閉じると、さーて、鬼が出るか蛇が出るか……。と心の中で呟き、四階にある明かりが灯った支配人室を凝視する。
そこから三分ほど経つと、出入りが激しい永秋の前まで着き。纏達は人混みを避けながら中へと入っていった。
幸いにも、受付には女天狗のクロは居らず。顔見知りの女天狗とも鉢合わせずに、中央階段まで到達して上っていく。
いつもより環境音が騒がしく聞こえる二階を過ぎ、逆に静寂が際立つ三階を抜け、あまり来たくはなかった四階に到達した。
そして、支配人室の扉の前まで来ると、花梨は威圧感を放っているようにも感じる扉を、首を上下に動かして認め、今日一番長いため息をついた。
「とうとう来ちゃったか……。なんだか見慣れた扉が、地獄の門に見えるや」
「大丈夫、私達が居る」
「そうだっ。扉を少しだけ開けておくから、何かあったらすぐ逃げてちょうだいっ。その間は、私達が時間を稼いであげるわっ」
「ううっ……。ありがとう、二人共」
愛する姉を、絶対に守るという意志を見せ付けた妹達に、恐怖心に囚われ始めた花梨の猫目が、少しだけ潤んでいく。
ゴーニャと纏がふわりとほくそ笑むと、二人は顔を見合わせて小さく
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