62話-4、隠世で授かった子宝
今日は久々に雨が降ってきたせいで工事が中止になり、仮の宿屋でずっと引きこもっていたよ。
仮とは言っても、もうだいぶ増築されて一人一人の個室があり、キッチンやトイレはもちろんのこと。なんと大きな風呂場まで設けられている。
最早仮とは言わずに、立派な宿屋になっているよね。それで今日はずっと大広間に居て、妖怪さん達と談笑をしたり、各々が出す店の場所を考えていたんだ。
なんなら山頂にも一つお店が欲しいよねぇ。でもこれは、今のところ保留中である。たぶん、ここも甘味処になるかな?
逆に
神社はもちろん、
そして神社の巫女さんは全員、楓さんの元にいる妖狐さん達がやってくれるらしい。みんなが住める寮か孤児院が欲しいとも言っていたので、もちろん大きな建物を建てる予定だ。
それと、
ちなみに鵺さんとの大食い対決は、今のところ十勝ゼロ敗で、圧倒的に私とお父さんが勝っている。まあ、いつ負けるかは分からないけどもね……。
いつも僅差で勝ってるからなぁ。お腹の調子が悪い時にやると、負けてしまう可能性がある。常にコンディションを整えておかねば……。
それで話を戻すけど、お店の名前は各々が考える予定だ。どんな名前になるんだろう? すごく楽しみだなぁ。
でだ、今日は隠世に訪れてから二回目の結婚記念日である。去年は流石に家に帰ったけども、今日は雨が降っていたので家に帰れず、仕方ないので宿屋でこっそりと
「はいぬらりひょん様、ストップ」
「……いや、待てクロ」
「待ちません。結婚記念日のワードが出たら読むのを―――」
「読むのはやめるが、とある疑問が一つ生まれてな」
「疑問、ですか?」
クロがオウム返しで言葉を返すと、神妙な目線をクロに向けたぬらりひょんが、小さく
「この文章から察するに、タイミング的に
「あ~……。一応、
「ふむ、異常がないのであればいいが……。なにか体に影響や異変がなければいいんだがな」
支配人室内に短い静寂が訪れると、クロが何かを思い出したのか「あっ」と声を上げる。
「そういや花梨の奴、昨日現世から帰って来た時にこっちの方が落ち着く~とか、我が家に帰ってきた感じがする~とか、言ってましたね……」
「なにぃ? ……と言う事は、花梨の奴は現世よりも隠世の空気の方が合っとるんじゃないか? 本当に大丈夫なんだろうな?」
「お、おそらくは……。たぶん、ヨモツヘグイを食べても平気なんじゃないですかね?」
「ヨモツヘグイ、ねえ。何だかだんだんと心配になってきたな。とりあえず注意して様子を見ていこう。さて、また少し飛ばすか」
隠世生活を始めて、一年と二ヶ月目!
秋国の顔である
鵺さんやぬらりひょんさん、クロさんも交えて永秋の内装について話し合っているけど、構想もだんだんと固まりつつある。
四階建てにするつもりであり、その各階層ごとの施設の内訳もだんだんと見えてきたんだ。
一階は主に銭湯、温泉、露天風呂。食事を楽しむスペースや、マッサージを受けられる場所などを置く予定。ここが永秋のメインフロアになるかな?
二階は娯楽施設。娯楽施設と言うからには、色々と楽しめる場にしないといけない。卓球はもちろんのこと、ゲームセンターやマッサージ機を多数設置。
カラオケなんかも欲しいなぁ。妖怪さんと人間が一緒になって楽しめるような、
三階は全て宿泊所。ここは防音を強化し、ゆったりと休める場所にしたいと思っている。沢山の人が安らげる空間にしていきたいなぁ。
四階はまだ決まっていない。多数の案が出ているけども、社員寮的な案が有力かな? いやぁ、温泉旅館の中に社員寮って贅沢だなぁ。
それで嬉しい事に、鵺さんやぬらりひょんさんの意見で、私とお父さんの部屋を永秋に設けてくれる事になったんだ!
すごくない!? もしかしたら、ここに住める事になるかもしれないんだよ!? 万が一そうなったら、すぐさま永住を決意するよね。(割と真面目な話で)
もしそうなった場合は、永秋でずっと働きたいなぁ。私とお父さんの夢がギュッと詰まった温泉街で働けるなんて、ものすごく贅沢な事だよね。
まるで夢物語みたいな話だけども、決して夢じゃない。永秋の完成が楽しみだなぁ。今からワクワクが止まらなくて、ものすごく待ち遠しいや。
そして今日は久々に、ぬらりひょんさんが新しい妖怪さんを紹介してくれたんだ。数ヶ月振りぐらいかな?
その人の名前は、船幽霊の
この人は他の人とは違い、濃い。色んな意味で濃い。なんだろう、雰囲気というか見た目というか、性格というか……。
幽霊の割にはかなりの筋肉質であり、紺色の防水エプロンを身に着けていて、角刈り頭にはねじりハチマキをしており、何よりもしゃくれにしゃくれた顎が際立って目立つ。
語尾に「でぃ」と付けているせいで、見た目も中身も完全に江戸っ子だよね。とりあえず活力に満ち溢れた人である。
この幽船寺さんはなんと、現世でも有名な魚市場を開いている人なんだって! その魚市場の名前を幽船寺さんから聞いてみたけど、私とお父さんも何度か行った事があった場所だったよ!
だけど幽船寺さんは、現世でそろそろ引退しないとおかしい年齢設定になっていて、まだまだ現役だけども、その魚市場を辞める事になったんだって。
だから、ぬらりひょんさんに誘われて仲間と一緒にここに来て、魚市場を開いてくれる事になったんだ!
海はだいぶ離れた場所にあるけども、その道中に農園と牧場を建てる予定なので、幽船寺さんも寂しくないハズだ。
しかし、農園と牧場はかなり人数が必要になりそうだけど、ぬらりひょんさんは誰も連れて来てくれるんだろうか?
一応、目星はもうついているようで、その内に連れて来るとは言ってくれた。人数の規模が今までとは桁違いなようで、準備と時間が掛かっているらしい。
ぬらりひょんさんの人脈は凄まじく広いなぁ。……それにしても、ぬらりひょんさんには本当に頭が上がらないや。
私とお父さんの夢を叶えてくれて、私達の意見も
何回感謝しても足りないや。今度ささやかなお礼がしたいなぁ。何がいいだろうか? 形に残るプレゼントを贈りたい。
そういえばぬらりひょんさんはよく、ではなくかなりの頻度でキセルをふかしている。新しいキセルでもプレゼントしようかな?
他にもお父さんと一緒に相談して、色々とプレゼントを考えていこう。たっくさん贈りたいなぁ。ぬらりひょんさんを驚かせたいから、本人には黙っておこっと。
「ふっふっふっ、あの時は嬉しかったな。まさかプレゼントをくれるとは夢にも思ってなかったから、思わず目頭が熱くてなってしまった」
「確か、学生時代の花梨からも誕生日プレゼントを貰ってましたよね」
「ああ、そうだ。あの時も泣きそうになってしまったよ。今では
「ぬらりひょん様だけズルいですよ。私の時は全て食べ物でしたからね」
クロの拗ねているボヤきに対し、鼻で笑ったぬらりひょんが花梨から貰った赤いキセルを吸い、辺りに白い煙を撒き散らす。
「お前さんは間食のし過ぎだ。そりゃあ必然とプレゼントは食い物になってしまうだろうに」
「確かに……。カップラーメンを一年分くれた時がありましたが、半年持ちませんでしたからね」
クロがサラッととんでもない事を口走ると、その初めて耳にする発言にぬらりひょんは、無意識に上がった口角をヒクつかせる。
「ど、どんなペースで食っとるんだお前さんは……。流石に食い過ぎだぞ」
「仕方ないじゃないですか、どれも美味しかったんですから」
「限度をわきまえんか限度を。よくそれだけ食って太らんな」
「食べてる以上に働いてますからね、体も至って健康です」
「急に悪くなりそうな気もするが……。まあいい、続きを読むぞ」
えっと、かなり動揺しているから日記がうまく書けないかもしれない。
最近になって体の調子がちょっとおかしかったので、現世に戻って病院に行ったら……、なんと妊娠していた。
なんでも妊娠してから三ヶ月目らしい。お医者さんからそう告げられた瞬間、頭が真っ白になっちゃったよね。その時はまだ実感が湧いてなくて、ぽけっとしたまま隠世に帰ったんだ。
そして、工事の手伝いをしていたお父さんにこっそりと耳打ちで教えたんだけど、お父さんてば大声で「妊娠したぁーーッッ!?」って叫んじゃってね。
その騒ぎのせいで、工事は一時中断。周りに居た妖怪さん達は私達を囲んで、温かい拍手を送りながら祝福してくれたんだ。
そこでだんだんと赤ちゃんが出来たんだって実感が湧いてきて、とても嬉しくなっちゃったせいか、みんなの前で柄にもなく大泣きしちゃったや。
その時は、近くに居たクロさんが私を抱きしめてくれたんだけど、その後に続いて
最後にはお父さんも泣きながら抱きしめてくれて、そこでまた大泣きしちゃった。人前であんなに泣いたのは初めてかもしれない。
でも、それだけ嬉しかったんだ。私とお父さんの間に、ついに赤ちゃんが出来たんだもん。嬉しいなぁ、本当に嬉しい! ちなみに性別は女の子である!
それで明日は、工事をストップして祝賀会を開いてくれるらしいんだ。もちろん、ぬらりひょんさん主催でね。
その時にみんなで赤ちゃんの名前を考える予定であり、みんなとても張り切っていたよ。ふふっ、生まれる前から愛されているなぁ。
それはそうと、赤ちゃんを育てる事についての知識がほぼ皆無なんだよね。手が空いてる時に色々と調べないと。
道具も揃えておかないといけないよなぁ。……まだ気が早いかな? でも、性別も決まっている事だし、これについてはお父さんと相談しよっと。
そして、クロがその表情を保ったまま腕を組むと、鼻から長いため息をつき、口元を緩ませる。
「そういや紅葉の奴、ずっと泣いてたなあ。あの時は強く抱きしめてやって、頭を撫でてやったっけ」
「いの一番にお前さんが抱きしめたよな。あの時のお前さんの表情は、よく覚えておるよ。とても優しい顔をしていた」
「そんな顔をしてたんですか私? 知らなかったです……」
「ほぼ無意識だったんだろう。それ程までに紅葉の事を想っていた証拠だ」
ぬらりひょんの温かみがある言葉に、クロは頬を赤く火照らせ、目を逸らして後頭部をポリポリと掻いた。
その照れているクロを見て、笑みを浮かべたぬらりひょんが、花梨から貰った赤いキセルで煙をふかすと、視線を紅葉の日記へと戻す。
「さあて、これからは花梨についても書かれている事だろう。更に盛り上がってきたな、どんどん読むぞ」
「ですね、早く読みましょう」
日記を読み始めてから既に一時間以上は経過しているものの、二人は時間の流れをとっくに忘れており、没頭しながらページを捲った。
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