62話-3、怪我の功名に乾杯

 今日は日記を二日分書かないといけないや。いや、決してサボったワケではないんだけどもね。

 理由は、ぬらりひょんさんが新しく紹介してくれた、二人の妖怪さんが関係している。とりあえず書いていこう。


 まずは一人目、酒呑童子の酒羅凶しゅらきさん。

 あちらこちら傷だらけの赤い甲冑を着ていたせいで、これから合戦にでも行くのかと思ってしまった。

 身長は三メートルぐらいあり、ゴワゴワした白髪混じりの髪の毛が、ヒゲと繋がっていて顎まで伸びている。

 ひたいからは見事な朱色をした角が二本伸びていて、ゴツゴツした岩場みたいな顔から覗かせている獣染みた黄金色の瞳が、とても印象的で怖かったなぁ。


 もう一人は酒羅凶しゅらきさんの子分である、茨木童子の酒天しゅてんさん。

 大柄な酒羅凶さんとは打って変わり、身長は私と同じぐらいだったかな?

 髪色はやや明るいうぐいす色で、サイドテール。額からは長くて立派な赤黒い角が二本伸びている。酒天さんの瞳も狼を彷彿とさせる金色で、閉じている口からは八重歯がピョコッと顔を出していた。

 ハイカラで動きやすそうな白い和服を着ていて、ニッと笑みを浮かべた表情は、とても明るくて好印象だ。


 とまあ、その二人をぬらりひょんさんから紹介されたんだけども、その日の夜から記憶がぶっ飛んでいる……。

 二人を紹介されてから、温泉街建築のお手伝いを夜までしてだ。確かその後に、酒羅凶さんと酒天さんがお酒を大量に持ってきて、楽しい宴を始めたんだよね。

 今まで紹介された妖怪さん達もみんな居て、それぞれがお酒を飲み明かしていたんだ。それで、酒天さんからお酒を勧められて飲んだら……、そこからの記憶が一切無い……。

 私はね、お酒がものすごく弱いんですよ……。コップ半分ぐらい飲んだら、ベロンベロンになってしまう程に……。


 それで、ここからが今日の出来事なんだけど……。やっぱり昨日の私は、一つ大きな過ちを犯してしまっていたらしい……。

 それは、黒四季くろしきさんについてである。なぜか今日はみんな、黒四季さんと呼ばずに口を揃えて『クロさん』と呼んでいた。

 その理由はなんでも、お酒に酔っていた私が黒四季さんの事を、ずっとクロさんと呼んでいたかららしい……。


 畏れ多い事をしちゃったなぁ……。たぶん怒られると思って、ずっとビクビクしていたよ。けれども、黒四季さんは怒るどころか、私に向かってニコッと微笑んでくれてね。

 そして、「私に変なあだ名を付けてくれて、ありがとよ」って言って、喜んでくれたんだ。ここに来てから初めて笑顔になってくれて、初めてまともに喋ってくれた。……しかし、なんでだろう?


 恐る恐る理由を聞いてみたら、どうやら黒四季さんもといクロさんは、本名で呼ばれるのを本当に嫌がっていたらしいんだ。

 嫌がっていた理由も聞いたけれど、それについて書くのはやめておこう。私とお父さん、クロさんも早く忘れてしまいたいしね。

 それで怪我の功名とも言うべきか、やっとの事でクロさんと仲良くなれたんだ! そこから色々と話していったんだけども、本当のクロさんはとっても優しい人だったよ!


 気さくだし人当たりも良く、何よりも笑顔がとっても素敵で、頼り甲斐のある姉御肌である。ふふっ、すっかりとクロさんの事が好きになっちゃったや。

 これからはクロさんも、毎日のように隠世かくりよに来てくれる事になったんだ。なんでもあだ名で呼ばれるようになってから、ここの居心地が良くなったらしいんだって。

 このキッカケを作ってくれた、酒羅凶さんと酒天さんに感謝をしなくては! 近々にでも、飛びっきり美味しいお酒をプレゼントしてお礼をしないと!












「見て下さいぬらりひょん様っ! 私について良い事ばかり書かれてますよ! ほらここっ、ほらっ!」


 己の事について、好感を持てる事ばかり書かれている文章を目にしたクロは、無垢な子供のような表情ではしゃぎ出し、その文章に向かって何度も指を差す。

 大いに騒いでいるクロの横で、キセルの煙を静かにふかしたぬらりひょんは、鼻で小さく笑ってから口角を上げた。


「分かっとる分かっとる。ここからお前さんは、人が変わったように明るくなっていったよな」


「違いますよ、これが本来の私なんですっ。気さくで? 人当たりが良くて? 笑顔が素敵で? 頼り甲斐のある姉御肌っ! いや~、紅葉もみじは分かってるなあ。うんうん」


 気分が舞い上がり過ぎて天井をぶち抜き、おかしなテンションになっているクロに、ぬらりひょんは緩ませていた口角をヒクつかせる。


「か、過去のお前さんが今のお前さんの姿を見たら、黒春くろはるを使わずに問答無用で黒風くろかぜを放ってくるだろうな……」


「仕方ないでしょう。当時の私は幼く、親の意向に逆らう事が出来ず、従う他なかったんですから。過去の私の事はもう、綺麗サッパリ忘れて下さい」


「本当に変わったな、お前さんは。まあいい、忘れるとしよう。次は適当にページを開くか」















 隠世で温泉街プロジェクトが始動してから、そろそろ一ヶ月!


 どんどん温泉街の工事が進んでいくせいか、力自慢のお父さんは難なく工事に着いていけてるけど、非力な私はそろそろお邪魔になってきてしまった。

 だから、邪魔にならないよう工事の手伝いからは離れ、違う所でみんなの手助けをする事にしたのだ。

 それは、料理! 美味しい料理を沢山作って、お父さんや妖怪さん達に精を出してもらい、元気になってもらうのである!


 しかし、これも中々大変な作業でねぇ。人間サイズの妖怪さんはもちろんいるけども、大勢いる鬼さんの身長が千差万別なんだ。

 小さい鬼さんから見上げるほど大きい鬼さんがいるんだけど、どの人もまあ、良く食べること食べること。

 もうね、ご飯の量だけでもすごい。五右衛門風呂っていう風呂があるんじゃんか。あれぐらいの大きさの釜が十個ぐらい必要なんだ。


 お米を洗うだけでも一苦労だよ。全身使ってわっしゃわっしゃ洗うんだよ? すっごい疲れるよねぇ……。

 そしておかずの量よ。超大型の中華鍋に振り回されるように使っても、たぶんこれで四、五人前程度。

 だけどね、どの人達も私の料理を食べてくれると、満面の笑顔になって「美味いっ!」って言ってきてくれるんだ。


 その笑顔と感想だけで、疲れなんて全部一気に吹っ飛んじゃうよね。思わず私も、笑顔になっちゃったや。

 でね、料理が得意な鬼さん達も手伝ってくれたんだけど、興味を持ったのか、クロさんと雹華ひょうかさんも手伝ってくれる事になったんだ。

 この二人ってばすごいんだよ? 共に料理は初めてやったらしいんだけども、あっという間に上達していって、私の料理の味付けも完璧にマスターしちゃったんだ。


 いやぁ~、クロさんと雹華さんの料理は美味しかったなぁ~。それでなんだけど、雹華さんが明確にやりたい事が出来たみたいでね。

 前からちょくちょくと、釜巳かまみさんが甘味をご馳走してくれていたんだけども、雹華さんがそれを作って客に提供するお店をやりたいと言ってきたんだ。

 そこで私はピンと来てね。物を冷やしたり凍らせたりするのが得意なのであれば、アイスクリームやかき氷がすぐに作れるのでは? と。


 試しに材料を用意して作ってもらってみたら、めちゃくちゃ絶品だった……。特にかき氷よ、ふわっふわで最高に美味しかった……!

 現場に居た人達にも食べてもらったんだけど、全員が全員唸っていたよね。特に釜巳さんが、一番至福そうな表情をしていたかな。

 この嬉しい結果のお陰か、雹華さんも釜巳さんと同じく甘味処を営む事に決定した! これからは釜巳さんと私の指導の元。色々な甘味の作り方を教えていく予定である。


 なるべくならいっぱい品を出したいと言っていたから、ビシバシと教えていかねばなるまい。そして私は、その甘味を全て食べるのだ!

 ふっふっふっ。楽しみだ、非常に楽しみだ。今から想像しただけでも、ヨダレが止まらないや。

















「これが極寒甘味処ごっかんかんみどころのルーツか。しかし教えるのはいいが、いくらなんでも教え過ぎじゃないか?」


「二、三百品以上ありましたっけ? 確かに多いですね。だけど今では、極寒甘味処目当ての客もかなりいますよ」


「確かに。昔からある甘味は釜巳が教え、現代のスイーツ系は紅葉が教えたんだったよな」


「ええ、そうです。どちらも老若男女問わず大人気ですよ」


「二人共、腕はプロ並み以上だからな。物覚えがいい雹華だからこそ出来た事か。その内、雹華をねぎらってやらねばなるまい。さて、次に行くとしよう」














 隠世で温泉街プロジェクトが始動してから、二ヶ月ぐらい!


 現世うつしよで大規模な現場の工事が始まったのか、最近は鬼さん達の姿がちらほらと少なくなっている。

 仮の宿屋が建てられてからというものの、現世うつしよに帰る機会がグッと減ってしまったから、向こうの情報が全然分からないんだよねぇ。

 ここいら一帯は地脈が多く、自然と湧き出ている温泉と湧き水が沢山あるし、食料は鬼さんや酒羅凶さんが常に提供してくれるので、それに困る事も無くなってしまっている。


 秋の季節が固定されている隠世ってば、居心地がとってもいいんだよねぇ……。そのみやびやかな景色を見ながら入る温泉とか、もう最高に気持ちがいいんだもん。

 妖怪さん達と一緒に居て楽しいし、現世では決して味わえない驚きと刺激の連続で、私とお父さんはもう、すっかりとこっちの世界の虜になっちゃったや。

 でも、温泉街が完成してから少し経てば、普通の人間も、この楽しいひと時を味わえるようになるのだ。完成が楽しみだなぁ。


 それで今日は久々に、ぬらりひょんさんが新しい妖怪さんを紹介してくれたんだ。それは、三人兄妹であるカマイタチさん達だ。

 紳士的な態度で落ち着いた雰囲気である、辻風つじかぜさん。巨体ながらも優しい心の持ち主で、上半身だけ緑色の甚平を着用している薙風なぎかぜさん。

 気品な面立ちで可憐であり、毛並みがとても美しい癒風ゆかぜさん。なんでもこの三人は、とある限界集落で小さな病院を営んでいたらしいんだ。


 で、その限界集落がとうとう本当に限界を迎えてしまい、誰も居なくなって途方に暮れていた所を、昔からの仲であるぬらりひょんさんに誘われて、ここに着いてきたらしい。

 そして、この三人のカマイタチさんは、お父さんが考えた病院……、ではなく、薬屋を営んでくれる事になったんだ!

 これはカマイタチさん達の意見で、病院と言うと大それた物になってしまうから、控えめに薬屋と称する事になったんだ。


 このカマイタチさん達が持っている薬は、本当にすごいんだよ? もはや万能薬と言っても過言ではない!

 癒風さんが特製の塗り薬が入っている壺を持っているんだけど、その塗り薬ね、本当にすごい。かすり傷程度ならあっという間に治っちゃうんだ。

 しかも、お湯に溶かして飲めば風邪や腹痛、下痢、嘔吐にもすぐに効くらしい。もし現世でこの塗り薬が広まったら、すごい事になりそうだなぁ……。


 それにしても、だんだん賑やかになってきたなぁ。隠世でのちょっとズレた日常も、今の私達には当たり前になりつつあるや。……ずっとこっちに居たいなぁ。
















「辻風達が出てきたか。あやつらも本当に良くやってくれておる」


「酒羅凶が暴れてるせいで、主に酒天と取り巻き達がお世話になってますがね」


「ああ、そうだな。しかし、辻風の奴は大丈夫なのか? そろそろ例の薬が完成しないと、あやつ自身が危ないぞ」


「薬自体はほぼ完成してるみたいですが……。持続性に難があり、そこで手こずってるみたいです」


「ふむ……」


 クロの報告を聞き、神妙な面立ちになったぬらりひょんは、残り少ないお茶をすすり、キセルの白い煙をふかした。


「満月の光を浴び過ぎて、突発的な発作がちょくちょく出ているんだ。早く休ませてやりたいな」


「……そうですね。暴走を始める度に抑え込んでる、薙風と癒風も辛いでしょうに」


「今度、辻風にヒヤリングでもしてくるか。あやつの状態を常に知っておかねばなるまい」


「ですね、辻風も喜ぶと思いますよ」


「ふむ、そうだな。……興味本位で読んでしまった紅葉の日記だったが、色々と振り返る事もあって非常にいいな。次は何を思い出させてくれるのやら」

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