96話-4、プロさながらの味

 花梨の掛け声と共に、童心へ帰っていくクロが、餅つきを開始してから数分後。

 専属の妖狐も納得の滑らかな餅が出来上がると、三人は両手をぬるま湯でしっかり濡らし、まだ熱々な餅を一口大にちぎり、銀色のトレーに移していく。

 全ての餅を移し終えると、花梨とクロは箸と紙皿を持ち。まずは普通に食べようと決め、出来立ての餅を一斉に頬張った。


「ん、んっ! んん〜っ! すっごい伸びてく!」


「おっ、おおっ! すごいな、この餅。どこまでも伸びてくぞ」


 まろやかな香ばしさと、じんわり湧いてくる甘さを兼ね備えた餅を、噛み切ろうとしてもなかなか切れず。

 腕を伸ばして強引にちぎろうとしても、それすら叶わず。しなやかな弾力と、力強いコシを併せ持つ餅は、腕を限界まで伸ばしてもちぎれる事はなかった。


「よーく伸びるのは、お餅をちゃんとつけた証になります。どうですか? 美味しいでしょう?」


「はいっ、さいっこうに美味しいです!」


「うん、すごく美味しいよ。この味を覚えると、市販の餅じゃ物足りなくなりそうだ」


「そうですか。美味しく食べて下さると、私も嬉しいです」


 二人から理想以上の感想が返ってくると、専属の妖狐はニコリと微笑み、狐の尻尾を嬉々と揺らす。


「秋風さん、クロさん。今から、あんこ、きな粉、大根おろし、ずんだ、醤油、焼き海苔、おしるこ用の汁をご用意しますので、よかったら一緒に食べてみて下さい」


「わぁっ、ありがとうございます! 全部試してみます!」


「へぇ〜、大根おろしもあるのか。気になる組み合わせだな」


「大根おろしの辛味が、お餅とマッチしていてすごく合うんです。それではご用意しますので、皆様と共にお待ち下さい」


 そう説明を終えて、丁寧にお辞儀をした専属の妖狐は、他の組に付いていた妖狐達と合流し、受付所がある場所へ向かっていった。

 三人の背中を見送ると、花梨達は新しい餅を紙皿に乗せ、つき立ての餅をみょーんと伸ばし、舌鼓したつづみを打つぬらりひょん、ゴーニャ組の元へ歩んでいった。


「う〜んっ、おいひい〜っ!」


「うん、美味い! やはり餅といったら、きな粉だな」


 どうやら二人は、一足早く、きな粉をまぶした餅を食べているようで。

 砂糖を混ぜ込んだきな粉の甘さに感動したゴーニャは、満面の笑みを浮かべ、焦らずとも夢中で餅を食べていく。


「あれ、もうきな粉餅を食べてるんですね」


 ぬらりひょんとゴーニャも、普通の餅を食べているのかと思いきや。白い箇所が見えないほど、きな粉がまぶされた餅を認めつつ、餅を口に運んで伸ばすクロ。


「おお、クロか。餅をついている途中に、きな粉を持って来て欲しいと頼んでおいたんだ」


「あっ、先に言っておくと、持って来てくれるんですね」


「花梨っ! きな粉のお餅、すっごくおいしいわよっ! 頑張ってついたから食べてみてっ!」


「ありがとう! どれどれ〜」


 ニコニコ顔のゴーニャが、きな粉餅を差し出してきたので、花梨はその場にしゃがみ込み、箸で持つと長く伸びていくきな粉餅を口に運ぶ。

 まず先行するは、餅の水分を吸っているのにも関わらず、衰えを知らないきな粉の素朴で香ばしい風味が広がり。適度に溶けた砂糖の嬉しい甘さが、そっと後を追う。

 時折、固まった砂糖のシャリっとした食感もあり、普通の餅とはまた違う味わいを楽しんだ花梨が、「う〜んっ!」と唸りを上げた。


「本当だ! すっごく美味しいや。甘さもちょうどいいし、何個でも食べられそう」


「でしょでしょっ! いっぱいついたから、どんどん食べてみてっ!」


「おおー、きな粉も美味そうだな」


 ゴーニャのついた餅という事も相まって、すかさず二個目のきな粉餅を食べようとするや否や。

 比較的落ち着いたぬえの声が聞こえてきたので、おかわりの餅を食べながら、顔をそちらへ向けていく。

 視界の先には、赤い漆塗りの茶碗を持ち、粒あんが引っ付いた餅を無心で食べている鵺とまといが居た。


「あっ、鵺さん。鵺さんは、何を食べてるんですか?」


「おしるこ。纏に勧められて食ってみたんだけど、これがめちゃくちゃ美味えのよ」


「むっふー、おわかり」


 満足気に頬を赤らめ、食べていたおしるこを瞬く間に完食した纏が、おかわりを求めて駆け足で去っていく。


「よく食うなー。もう七杯目だぞ、あいつ」


「纏は、おしるこに目がないからな。なあ、鵺。一口くれないか?」


「いいぞ、ほれ」


 クロのワガママを聞いた鵺が、持っていた茶碗を差し出し。「ありがとう」とお礼を述べたクロは、湯気が昇る餅を齧り、おしるこを軽くすすった。


「うん、美味い。控えめだけど上品な甘さで、餅との相性も最高に良いな」


「だろ? 何杯食っても、口の中が全然甘ったるくならねえんだ。もっと食うか?」


「いいのか? じゃあ、もう一口だけ」


「どうせ、まだまだあるんだ。もう一口とは言わずに全部食っちまえ。代わりに、お前の餅をくれ」


「ああ、いいぞ」


 鵺とクロが互いに交換し合うと、鵺はクロよりも餅を長く伸ばしていき。クロも、気に入りつつあるおしるこをすすり、負けじと汁が絡んだ餅を伸ばしていった。


「なんか、気のせいか? お前らがついた餅、私達の餅より美味く感じるぞ」


「たぶん、花梨がついたからだろ。全部の手際が良くて、素人の私から見ても、プロさながらだったからな」


「えっへへへ……。体力はまだまだ有り余ってますので、おかわりが欲しくなったら言って下さい! 最高のお餅をついてみせますよ!」


 おしるこを完食して、ぬらりひょん達がついた餅を、さり気なく貰ったクロが、あるがままに思った事を口にし。

 褒められて嬉しくなり、同じくぬらりひょん達の餅でおかわりをしていた花梨が、頼り甲斐のあるガッツポーズをする。


「マジか。なら秋風、今度は焼き芋入りの餅をつく予定だったから、手伝ってくれ」


「任せて下さい!」


「花梨が加われば百万馬力」


「皆さーん、お待たせしました」


 クロが持ってきた餅を食べ終えた鵺が、ゴーニャからきな粉餅を貰おうとした矢先。

 一際大きなお盆を携えた妖狐達が、受付所から戻って来て、手に持っていた葉っぱを変化術で長テーブルに変え、お盆を置いた。


「こちら、先ほど説明した物になります。皆さんのついたお餅は、こちらへ持ってきますので、ご自由にお食べ下さい」


「何から何まですまないな、ありがとう」


「あんこ、あんこっ」


「んじゃ、ずんだでも試してみっかなー」


 凛とした表情でお礼を述べるクロに、大好物のあんこへ直行する纏。せっかくだからと、食べた事の無いずんだをすくい、餅にかけていく鵺。


「妖狐達よ。それが終わったら、お前さんらも食うといい」


「私達も、いいのですか?」


 ぬらりひょんのねぎらいを込めた計らいに、妖狐達の目がきょとんとするも。すぐさま花梨の、「あ、いいですね!」という嬉々とした声が割って入る。


「大勢で食べた方が、より美味しくなりますもんね。ですので、一緒に食べましょう!」


「私も賛成よっ」


 話を聞いていたゴーニャも後押しすると、三人の妖狐達は無言で顔を見合わせた後。断れない空気だと悟ったのか、クスリと笑みを浮かべた。


「お誘いの方、誠にありがとうございます。では、お言葉に甘えさせて頂きますね」


 感謝の意を伝えると、三人の妖狐は丁寧なお辞儀をし、皆がついた餅を集めるべく、一旦その場を離れていく。

 そして、大量の餅が集結すると、三人の妖狐も紙皿と箸を持ち、つき立ての餅を堪能していった。

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