96話-5、三十人分が、腹の足しにもならない者達

 ぬらりひょん達の好意により、三人の妖狐もつき立の餅に舌鼓を打ち、全員で餅のお供を試しては食べ比べ、花梨達がついた餅を綺麗に完食した後。

 花梨、まといぬえの三人は、焼き芋入りの餅を作るべく、準備には取り掛かっていた。

 餅つき役は、クロにプロと謳われた花梨が買って出て。纏と鵺は手水役に回り、花梨が杵で餅米をすり潰しつつ、的確な説明を挟んでは、二人が感心した様子で相槌を打っていく。


 数分して餅が纏まると、花梨の「よいしょっ!」という餅をつく掛け声に、皆も真似をして合いの手を入れ。

 纏と鵺は、交互に餅を畳んで中心に集め、花梨がつき易いよう形を整えていった。

 そして、餅をつき始めてから数分後。完成間近に迫ると、ある程度ほぐされた焼き芋が臼に追加され、餅米をすり潰す要領で餅と焼き芋を馴染ませていく。

 手際良く焼き芋のダマを無くし、更にそこから百回ほどついた頃。餅全体がムラなく均等に黄色みを帯び、妖狐のお墨付きを貰い、鵺待望の焼き芋餅が完成した。


「もう出来たのか。私と纏がついた時より、五分以上早いんじゃねえか?」


「何もかも早かった。流石プロ」


「いえいえ、鵺さんと纏姉さんの協力があったからこそです。それじゃあ、冷めちゃう前にちぎっていきましょう」


 一人の力だけではなく、三人の結束力があってこそだと豪語する花梨が、皆と一緒になり、出来たて熱々の餅を一口大にちぎっていく。

 未だ湯気が昇る餅には、焼き芋特有の甘さがほのかに乗っており、早く食べたがっていた鵺の食欲を刺激する。

 涎を口に含み、食べたい欲をグッと堪え、銀色のトレーに隙間無く敷き詰め追えると、我慢の限界を迎えた鵺が「よし!」と声を上げた。


「もう食うぞ! いっただっきまーす」


 誰かの許可を待たず、我先にと焼き芋入り餅を二つ持った鵺が、気持ち良く豪快に齧っては、誰よりも長く伸ばしていった。


「おお、おおっ! んん〜っ、やっべ! めっちゃ美味えぞ、これ!」


「そんなになのか。どれどれ、私も一つ」


「私も食べてみよっと」


 鵺の唸りに触発されたクロや花梨、他の者達も、個々の大きさがある餅を口に運ぶ。

 しなやかな弾力や、力強いコシもさる事ながら。餅本来の丸みを帯びた甘さの中に、焼き芋の奥深い香ばしさと、ハチミツを彷彿とさせる、ねったりとした濃厚な甘さが備わっている。

 しかし、互いの風味は喧嘩する事無く、異なった二つの甘さを良い所取りして、口の中に満遍なく広がっていく。


 鼻で呼吸をすれば、焼き芋の香りが通っていき。しっかり噛んで飲み込むと、後味に餅の甘さをふわりと感じ。

 後を引く余韻には、餅と焼き芋の風味が微かに残っていて、もう一つ食べたいという欲を生み出していった。


「んん〜っ! お餅と焼き芋って、こんなに合うんだ。上手く絡み合ってて、甘さも丁度いいや。んまいっ!」


「おおっ! こりゃ美味い。焼き芋好きには、たまらない味だな」


「う〜んっ! 甘くておいひいっ!」


「新しい扉が開きそう」


 初めて食べる組み合わせに、食欲魔達の手が止まらなくなり、各自焼き芋入り餅を両手で持ち、ストックを確保していく。

 そんな、秒殺必死の焼き芋入り餅を、急いで別皿に六つ移したぬらりひょんは、皆の食いっぷりを満足そうに眺めていた妖狐達に差し出した。


「ほれ、お前さんらの分だ。仲良く食っとくれ」


「すみません、ありがとうございます」


 仲間外れにはさせないという、妖怪の頂点に立つ者の配慮に、温かい気持ちを抱きつつ、餅を一つずつ取っていき。静かに食べ合っては、皆して狐の尻尾を嬉しそうに振った。


「あれ? もう無くなりそうだ。確か、三升分ついてなかったか?」


「そうですけど、なんだか少なく感じましたよね」


「げっ、マジじゃねえか。人数換算すると三十人前だろ? それなのに爆速で消えちまうのか」


「全然足りない」


 花梨、ゴーニャ、纏、クロ、鵺が一堂に会すると、三十人前分の餅も蒸発するように消え失せてしまい。そこでようやく、五人の食べるスピードが僅かに落ちた。


「またつき直すのも、なんだしなぁ。よし、秋風。明日もここに来るぞ」


「ですね。明日は十升分ぐらいついて、その後に出店を回りましょう」


「頼むから、例の日に支障が出ない程度に抑えてくれよ?」


 ボソッと呟いたぬらりひょんの忠告に、食欲が暴走し始めた花梨と鵺の体に小波が立ち、体を縮こめてコソコソと餅を食べ進めていく。


「……と言う訳で、鵺さん。明日は五升に抑えておきましょう」


「しゃーねえ、そうすっか」


「それでも五十人前だが……。まあ、お前さんらなら大丈夫だろう」


 鋼鉄以上の胃袋を持ち合わせた二人であれば、五升分を食べたとしても、特に問題無いと甘く判断したぬらりひょんが、空になった皿を長テーブルに置き。

 それでも、おかわりを止める気配を見せない花梨と鵺は、ホッとしながら餅を皿に移し、ぬらりひょんに背を向けつつ、残り少ない餅を大事に食べた。


「でだ、秋風。これを食い終わったら、どうする? 出店に行くか? それとも……」


「もちろん、食後の運動は欠かせませんよねぇ?」


 薄笑いする鵺の、言葉足らずな挑発を汲み取った花梨が、いやらしい笑みを鵺へ送る。


「だよなぁ? お前、これから墨汁まみれになんだぞ? 今着てる服、ゴーニャから貰った大事なパーカーじゃねえのか? 着替えた方が身の為だぜ?」


「ふっふっふっ、ご心配無用です。今着てるのは、妖狐に変化へんげして、葉っぱに変化術をかけた物なので、いくら汚れても平気です」


「お、おお……。えらく気合い入ってんじゃねえか。なら、いくらお前を負かしても大丈夫だな」


「ちなみに、鵺さんのスーツも変化術でこさえられますけど、どうします?」


「む……」


 挑発返しではなく、単なる気遣いで聞いてきた花梨に、鵺の言葉が詰まり。

 自分が着ている、替えの少ない紫が濃いミニスカスーツに視線落とし、花梨の方へ戻した。


「だったら、動きやすいジャージがいいな」


「ジャージですね。色はどうします?」


「ああ〜、紫で頼むわ」


「了解です!」


 色の指定まで聞き入れると、花梨はポケットからグレードアップされた葉っぱの髪飾りを取り出して、頭に付けて清楚な巫女服を纏った妖狐に変化する。


「ゴーニャ。食べ終わったら私達も羽付きやろ」


「いいわよっ。あと、凧揚げなんかもやってみたいわっ」


「いいね、空高くまで揚げよう」


 妹達も次の予定を組むと、二人揃って熱々のおしるこが注がれた茶碗を持ち、息を吹きかけてすすっていく。


「では、ぬらりひょん様。もう少ししたら、私達もやりますか?」


「そうだな。なあ、クロよ。ワシらは、何回続けられるか挑戦してみないか?」


「いいですね。百回ぐらいは続けてみたいです」


「よーし。なら、それを目標にしてやるか」


 ぬらりひょんとクロの目標も定まると、花梨は鵺が着替えるスペースを設けるべく、小型の試着室を変化術で作り、鵺が着替え終わるのを待つ。

 そして、準備万端な状態で羽付きを始めるも、花梨は動きが俊敏になった鵺に勝てず、顔面が墨汁だらけになっていった。

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