97話-1、一日の流れの最終確認

 昇ったばかりの太陽が、寝惚けた温泉街を起こそうと、健気な朝日で照らし始めた、朝七時半頃。

 正体がバレないよう、マント付きのフードを深々とかぶった花梨は、『河童の川釣り流れ』がある橋まで到着し、赤い橋を小走りで渡っていき。

 渡り切ると、河川敷に通ずる坂道を下っては、川付近に設営された、関係者専用の壁テント内へ急いで入っていった。


「おはようございまーす!」


「おっす、秋風」


「花梨さん、おはようございます!」


「おお、おはようさん」


 テント内を満たすハキハキとした挨拶に、先に到着していたぬえ、茨木童子の酒天しゅてん。今日開催される『河童の日』の主役、河童の流蔵りゅうぞうが挨拶を返す。


「よう、カリン! よく来てくれたな!」


 そして、花梨よりも一際雄々しく挨拶を挨返した、仁王立ちしている仙狐の銀雲ぎんうんが、朝の澄んだ空気よりも清々しい笑みを浮かべた。


「銀雲さんも、お疲れ様です! 今日一日よろしくお願いします!」


「おう、よろしく頼むぜ!」


 花梨の到着を嬉々と受け入れた銀雲が、近寄ってきた花梨の肩に手を回し、気合い注入がてらに頭をポンポンと叩く。


「うっし。そんじゃ、一日の流れの最終確認すんぞ」


 進行役兼、実況役を任された鵺が皆の注目を集め、ズレた黒縁メガネの位置を直し、伸縮式の指示棒をホワイトボードの左上に差した。


「まず私が、十時になったら軽く開会式を行ってだ。その後、流蔵、酒天、秋風の順番で呼ぶから、それぞれ土俵に上がって一言喋ってくれ。ここまではいいな?」


「はい、大丈夫です!」


「ワシも大丈夫や」


「あたしも大丈夫っス! 熱く語って、場を盛り上げるっスよ!」


 とにかくやる気に満ちた酒天が、頼り甲斐のありそうな硬い握り拳でガッツポーズをする。


「その意気込み、私は好きだぞ。本番も、その調子で頼むぜ。でだ、秋風も一言喋った後。西の無敗こと秋風対銀雲様による、デモンストレーションを始める」


「ついに、この時が来たな! いやー、滾るぜえ!」


 遡るは、花梨達が妖狐寮でお泊まりをした日。夕食を終え、リクリエーションでドッチボールを行った後。

 西の無敗の正体が、花梨と分かった銀雲は、そこで初めて一日四日に開催される『河童の日』について話し、花梨や酒天と相撲を取ってみたいと熱望し。

 更にはその三人で、ぬらりひょんと流蔵に直談判までして、夢の戦いを実現させた経緯があり。

 ようやくその日が訪れると、奮い立つ銀雲の心は燃え滾り、手の平に拳を当てて『パンッ』と鳴らした。


「カリン! 俺が仙狐だからって日和るんじゃねえぞ! 全身全霊を込めて、俺に向かって来い!」


「もちろんです! 銀雲さんが満足していただけるよう、頑張ります!」


 たとえ、相手が神に等しき妖怪であろうとも一切怯まず、楽しみさえ宿していそうな、花梨の真っ直ぐな眼差しに、銀雲は口角をニッと上げた。


「はぁーっはっはっはっ! どうやら、余計な心配だったな! いいねぇ、その迷い無き目よ! 俺が一番好きな目だぜ!」


 闘志、気合い、やる気の全てが備わった花梨の目に惚れた銀雲は、花梨の頭を掴む要領で手を置き、わしゃわしゃと撫で始める。


「酒天と流蔵もだぜ! お前達の土俵にも行くから、俺を満足させてくれよ?」


「はいっス!」


「ワシも銀雲様との相撲、楽しみにしてまっせ」


「残りの決意表明は、土俵の上でお願いします。そろそろ、話を戻しますよー」


 一連の流れを止めるタイミングを見極め、キリの良い場面で皆の注目を再度集めた鵺が、あえて収めていた指示棒を伸ばしていく。


「おっと、すまねえ! つい熱くなっちまった。続けてくれ」


「ありがとうございます。そんで、デモンストレーションが終わったら、ついに『河童の日』が開催だ!」


 鵺も鵺で、開催を楽しみにしていたようで。声に力が入ると、指示棒が『第一部』という項目を指し示した。


「まず、午前中に行う『第一部』。午後にも行われる『第二部』と、流れはほぼ一緒だ。流蔵、酒天、秋風が各々土俵に上がり、対戦相手と相撲を取ってくれ」


「第一部が、十時から昼の十二時まで。それで、一時間の昼休憩を挟むんやったな」


「そうっスね。で、一時から再開して、各自の判断で休憩をしつつ、夕方の四時まで相撲をするっス」


 事前の打ち合わせで説明された事を、確認も兼ねて復唱した酒天が、人差し指を立てる。


「ですが、まだ終わりじゃありませんよね」


「その通りだぜ、秋風!」


 本当の楽しみはここからだと言わんばかりに、張った声で割り込んできた鵺が、指示棒で花梨をビッと差す。


「四時に第二部を終えて、そこから更に三十分の休憩をした後。第一回『河童の日』限定、エクストラ戦を開始する! 『河童の川釣り流れ』の、原点とも言える戦いを再現させるか。はたまた、二度と無えかもしれねえ夢のカードを実現させるか。二つに一の激闘連戦だぜ!」


 最後の説明に、感情と熱意が入り過ぎ、握力のみで指示棒をへし折る鵺。


「なんだそれ!? そんな面白そうな連戦、今初めて聞いたぞ!」


 どうやら、銀雲の元には届いていなかった情報のようで。鵺の熱意に感化された銀雲が、声を荒げて反応した。


「それは当たり前です。会場へ来た人達のみに送るサプライズとして、他言無用にしてましたから。もちろん、宣伝ポスターにも載せてません。初めて情報を出すのは、会場に設置予定のプログラムだけです」


「しかもですよ? こちら側は、第二部が終わるまでその事には触れず。終わってから、鵺さんが明かす流れでいます」


 あえて宣伝ポスターにも載せず、今日の今日まで隠していた情報に、銀雲は小さく武者震いをし、口角を嬉々と上げていく。


「……おいおい、やってくれたなあ? お前ら。最高じゃねえか! 今から楽しみで仕方ねえぜ! で? 最初に相撲を取るのは、もちろんあいつとあいつなんだろ?」


「誰とは言いませんが、銀雲様の予想は当たってると思います」


「だよなあ!? それで、勝った奴が最後にあいつと相撲を取るのか! ああ、勿体ねえ! 二人共、あいつと相撲を取って欲しいぜ!」


「一応、その案は最後までありました。ですが、時間の関係上と、各対戦者の体力と状態を考慮した結果、泣く泣く没にしました」


 片や、エクストラ戦という存在や内容を知り、余す事無く全員に戦って欲しいと熱望する銀雲。

 片や、没案になった経緯を淡々と明かし、妖狐に変化へんげした花梨がこさえた箒で、バラバラになった指示棒を集める鵺。


「なるほどなぁ……。無理して体を壊されたくねえし、仕方ねえか」


「ご理解の方、ありがとうございます。ちなみに、銀雲様も他言無用でお願い致します」


「あったり前よ! 今すぐ綺麗さっぱり忘れて、四時になってあんたが情報を明かしたら、さっきとまったく同じ反応を取ってやるぜ!」


 河童の日を想い、冗談で豪語しているのか。はたまた本気で言っているのか、皆も判断に困る約束をした銀雲が、ニカッとはにかんだ。


「そうですか。御協力、誠にありがとうございます。とまあ、メインのおおまかな流れは、大体こんな感じだな。そして、エクストラを無事に終えた後」


「最後の締めとして、自由参加型のちゃんこ鍋パーティやるんスよね」


 なんとか打ち合わせに付いてきた酒天が、ここぞと説明を合わせる。


「せや! そんでなんと、ちゃんこ鍋に使う食材は『木霊農園』はん、『牛鬼牧場』はん、『魚市場難破船』はんが。各飲み物や酒は、『居酒屋浴び呑み』はん、『焼き鳥屋八咫やた』はんが。大量の薪は『建築・修繕鬼ヶ島』はんが、無償で提供してくれたんや。ほんま、ありがたい事やで。酒天はん、ほんまにありがとうなあ」


「いえいえ、無償提供は店長の案っス! あたしも『河童の日』に出ると話したら、ならっていう事で決まったっス」


「まあ、あいつの事だ。どちらにせよ、無償提供してくれただろうな。他にも、秋国中から花輪が届いてっから、この打ち合わせが終わったら設置してくぞ」


 十中八九当たっているであろう予想の後に、鵺がサラリと別件を伝えると、酒天にお辞儀をしていた流蔵が「えっ!?」と、驚いた反応を示した。


「は、花輪!? ぬ、鵺はん? それ、ワシ聞いとらんで!?」


「今初めて言ったから、聞いてねえのは当然だろ? 総勢五十以上の花輪を隠しとくのは、大変だったぜ」


「ご、ごごごっ、五十以上!?」


 想像をゆうに越す花輪の数に、目玉が飛び出しそうな勢いで叫んだ流蔵の肩が、ストンと落ちた。


「せ、せやったのか。ワシの為に、秋国中の皆が……」


 初めて開催される自分の日が、秋国中から祝福されていると知り、左胸に暖かい物を感じ出した流蔵の黄色いクチバシが、緩くほくそ笑んだ。


「思えば、とんでもない所まで来てもうたなあ。これも全部、ぬらりひょん様と花梨のお陰やで。ほんま、いくら感謝してもし切れんわぁ」


「おっ? どうやらここまで来るのに、胸が熱くなりそうなエピソードがありそうだな。ちゃんこ鍋パーティが始まったら、是非聞かせてくれよ?」


 『河童の川釣り流れ』が本格的に始動し出した、原点とも言える切っ掛けを耳にした銀雲が、食い気味に問い掛ける。

 が、あまり乗り気じゃない流蔵は、どう返そうか困った顔を、同じく苦笑いしている花梨に合わせた。


「花梨、どうする?」


「え〜っとですね……。ちょっと、公には明かしたくない事情が、色々とありまして。ちゃんこ鍋パーティの時ではなく、後でこっそりお話しますね」


「おお、そうか。なら、それで頼むぜ。無論、誰にも話さねえと約束するぜ!」


「すみません、ありがとうございます!」


 先に釘を刺されまいと、自ら信用に値する口約束を交わした銀雲へ、花梨がペコリと頭を下げる。

 そして、最後の打ち合わせを済ませると、限りある休憩を挟んだ後。会場に人が居ない事を確認し、隠していた花輪をあらゆる箇所に設置していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る