21話-2、一人だった二人は、共に同じ道を歩み始める

 浮かない表情の花梨は、ゴーニャをおんぶしながら永秋えいしゅうに戻り、支配人室へと向かっていく。そして、今日の出来事を大体把握しているぬらりひょんに、改めて報告をし始める。

 寝落ちした時に見た、夢の内容は伝えずに報告を済ませると、今まで吸った中で一番美味いキセルの煙をふかしたぬらりひょんが、満面の笑みで口を開いた。


「ふっふっふっ。花梨が考えた店が永秋の横に建つ、か。今から楽しみでしょうがない」


「そう言って頂けると、とても嬉しいです」


 ぬらりひょんから嬉々とした言葉を受け取るも、依然として花梨は浮かない表情でうつむいており、その覇気が一切無い花梨を見て、ぬらりひょんが首をかしげた。


「どうした花梨よ? 元気がまったく無いじゃないか。なんかあったのか?」


「……えっ? あっ、いやっ、なんでもないです。疲れてるんですかねぇ、あはははは……」


「ふむ、それならいいが……。そうだ、少しは元気が出るように。ほれ、受け取れ」


 ぬらりひょんがニヤリと笑うと、和服の袖から『御祝』と書かれた厚い封筒を取り出し、花梨の目の前に差し出す。

 その封筒に気がついた花梨が、「御祝……?」と、声を漏らしつつ受け取り、厚い封筒の中身を確認してみると、一万円札がギッシリと詰まっていた。

 唖然とした花梨が枚数を数えてみると、二十枚も入っている。数え間違えたのかと思い、何度数え直してもやはり一万円札が二十枚入っており、更に唖然とした。


「えっ? ええっ!? 二十万円っ!? こ、こんな大金受け取れませんよ!」


「何を言っておる、御祝と書いてあるだろう? ワシにとって、これほど喜ばしい出来事はそうそう無いんだ。黙って受け取れい」


「い、いやっ! でも―――」


「今日分の給料と、ワシからの小遣いだと思え。ちなみに店が開店次第、毎朝通うから在庫は絶対に切らさぬようしろよ」


「そ、そこまで楽しみにしてくれているんですか……? う~ん……、分かりました、ありがとうございます」


 突き返せない雰囲気だと悟り、諦めて観念した花梨は寝ているゴーニャを背負い直し、厚い封筒を器用にリュックサックの中へとしまい込んだ。

 ぬらりひょんが嬉しそうに鼻で笑うと、祝福の想いを込めたキセルの白い煙を大量にふかし、話を続ける。


「それじゃあ、明日から二日間休みだ。ゆっくりと建築図面を描くのもよし、温泉街を満喫するもよし。以上だ」


「おっ、休みだっ。どうしよう、まだ行ってない場所にでも行ってみようかなぁ。それでは、お疲れ様でした」


 そう疲れたように言って一礼した花梨は、静かに支配人室を後にする。自分の部屋に戻り、ゴーニャを起こさぬようベッドに横たわらせると、誰にも見られない内に日記を書き始める。







 今日は、建物建築・修繕鬼ヶ島の仕事の手伝いをしてきた。いろんな色の体をした鬼さん達がいっぱい居て、木材の匂いが漂っている心安らぐ場所だった。

 建物の中に入って右側を見てみると、居酒屋浴び呑み用として扉と窓が大量にストックされていた。その膨大な量から察するに、酒羅凶しゅらきさん相当暴れているんだろうなぁ。


 そして左側を見てみると、頭を抱え込んで悩んでいた青鬼の青飛車あおびしゃさんと、赤鬼の赤霧山あかぎりやまさんがいてね。声をかけたら、どうやら新しい店を出す事で考え込んでいたらしいんだ。

 そこに私も加わって温泉卵の案を出したら、どんどん話が進んでいって、最終的にはそれが採用されてしまった。事が早々に進み過ぎて、正直驚いちゃった。 

 大きな永秋の横に、私が考えた温泉卵専門店が建つのかぁ。まだ実感が湧かないや。ぬらりひょん様もすごく喜んでくれていたけど、そんなに温泉卵が好きなんだろうか?


 そして、ここからが本題。とても気になった事がある。建築図面室で寝落ちしちゃったんだけど、とある夢を見たんだ。

 座敷童子堂で寝落ちしちゃった時にも見た、夢の続きをね。あの時は男性と女性の顔が全然見えなかったけど、今回は顔をハッキリと見れて、声もしっかりと聞けたんだ。


 初めて見る顔だった、初めて聞く声だった。だけど、なんて言えばいいんだろう? 私は過去に、その二人の顔を見た事も、声を聞いた事もある気がするんだ。

 あと、なんでかは分からないけど、その夢の中で見た二人の事を思い出すと、胸が締めつけられるようにキュッってなって、急に目頭が熱くなってくるんだ。本当になんでだろう?


 実際に会って話してみたいんだけど……。たぶん、この願いは絶対に叶わない。そんな気がする。それと、この夢の続きはもう見たくない。このままで終わってほしいし、忘れてしまいたい。

 うまくは言えないけど、この後とても








「花梨っ? なんで泣いているの?」


「……えっ?」


 黙々と日記を書いていると不意に、いつの間にか起きていたゴーニャの心配そうにしている声が耳に入り、花梨は確認する為に、ゆっくりと両手を目の下に持っていく。

 すると、右手が温かく湿っていくのを感じ、手を離すと、右手の指先が大量の涙で濡れていた。目線を下に向けると、書きかけの日記に点々と涙の粒が落ちており、思わずハッとする。

 日記を書くのに没頭していたせいか、無意識の内に涙が流れ出ていたせいか。本人はまったく気がついておらず、花梨は急いで流れている涙をぬぐい、頭にいくつかの言い訳を並べてから口を開いた。


「……本当だ、なんでだろう。あくびをいっぱいしたせいかな? 全然気がつかなかったや」


「そうなの? 何かを書いてる時の花梨っ、とっても悲しそうな顔をしていたわっ。何かあったの?」


「いや、何も無いよ。心配してくれてありがとうね、ゴーニャ」


 花梨が温かみの無い笑みを向けると、ゴーニャは何か違和感を覚えつつ首をかしげる。


「本当かしら? ……それならいいんだけど。何かあったら、すぐ私に言いなさいよ! 隠しっこ無しなんだからねっ」


「……うん、分かった」


 人に心配されるのが大の苦手でイヤだった花梨は、ゴーニャに嘘をつき、心のこもっていない空っぽな返事を送る。

 ふと背後から、扉をノックする音が三度聞こえきて「入るぞー」と言う声を共に、両手にお盆を携えてる女天狗のクロが部屋に入ってきた。


「あっ、クロさん。お疲れ様です」


「お疲れ。喜べ二人共、今日の夜飯は豪勢にしてやったぞ」


「本当ですか? なんだろう、楽しみだなぁ」


 声に元気の無い花梨は、書き途中の日記を隠すようにカバンの中にしまい込む。その間にもクロは、ニヤニヤとしながら持っていたお盆をテーブルの上に置き、鼻をフンッと鳴らした。


「見て驚くがいい。ぶ厚いシャトーブリアンのステーキと、特製ケーキだ!」


「シャトーブリアン!? 牛肉の中でも特に希少な部位である、あのっ!? それと、特製ケー……、あっ」


 クロが持ってきたお盆の上には、湯水の如く脂が染み出してきている、ぶ厚いシャトーブリアンのステーキと、山のように盛られている白飯。

 そしてその横には、夢の中で男性と女性、目線の主が美味しそうに食べていた物と瓜二つのショートケーキが置かれている。急に言葉を失った花梨を見て、クロが眉をひそめながら口を開いた。


「どうしたんだ花梨? 急に黙って。ケーキ嫌いだったか?」


「……あっ、いやっ。とっても美味しそうなケーキだなぁって思いまして。このケーキ、クロさんが作ったんですか?」


「ふっふーん、そうだぞ。ちなみに、この部屋に持って来ている料理の大体は、私が作っているんだ。感謝しろよ?」


「えっ、そうだったんですか? いつもありがとうございます。どの料理もすごく美味しいです」


「そりゃそうさ。お前達のために丹精込めて作っているからな。それじゃあ、ゆっくり味わって食えよ」


 クロが得意げな表情でそう言うと、二人に手を振りながら部屋から出ていった。花梨とゴーニャは肉肉しい湯気が立っているテーブルの前に座ると、ゴーニャがぶ厚い肉の壁をじっと睨みつけた。


「花梨っ、これってお肉よね? バーベキューで食べた時のお肉よりも美味しいのかしら?」


「実は私も初めて食べるんだけど……。たぶん、バーベキューのお肉とは比べ物にならないほど美味しいと思うよ……。覚悟して食べてね……?」


「そっ、そんなに……?」


 真剣な眼差しと変に重みのある花梨の言葉に、生唾をゴクンと飲み込んだゴーニャの口から、余ったヨダレが垂れ出し、目をキラキラと輝かせる。

 そして、まだフォークとナイフの使い方を知らないゴーニャの為に、花梨が、五センチ以上はあろう肉厚のシャトーブリアンを小さく切り分け始めた。


 ナイフを火が通っている部分に当てると、最初は固い物が当たった感触がしたものの、中に通した途端。力を一切込めずともナイフがスっと下に落ちていく。

 水を切っているような錯覚さえ起こすほどの柔らかさに、花梨は驚愕するも、次々に肉を切り分けていく。

 全てを均等に切り終えた頃には、皿の上に透き通った肉汁が溢れ返っており、その皿をゴーニャの前に差し出した。


「ありがと花梨っ」 


「すごい柔らかさだったなぁ。食べるのが楽しみだ。それじゃあ、いただきます」


「いただきますっ!」


 片や声に張りが無い夜飯の号令を叫ぶと、ゴーニャはフォークを握り締め、一口大にカットされた肉を真上から刺して口の中に運んでいく。

 塩コショウのみで味付けされた肉は、噛んだ瞬間に溶けたんじゃないかと思うほどに柔らかく、固さは焼けている表面でのみ感じ、残りの箇所はくうを噛んでいるような気分にさえなった。

 ほぼ食感を感じぬまま咀嚼そしゃくをすると、咀嚼をした分だけしつこくなく、サラサラとしたクドさが一切無い脂が溢れ出し、口の中を満たしていった。


 肉から旨味が凝縮された脂に全て変換されると、咀嚼を止めてゴクンと飲み込んだゴーニャが、うっとり顔をしながら口をボカンと開ける。


「ふわぁ~……、すっごく柔らかくておいひい……」


「すごいやこのお肉、歯が無くても噛めそうなぐらいに柔らかいや」


 肉の柔らかさに驚いた二人は、口に入れるたびに顔を一緒にとろけさせ、何も言わずにゆっくりと食べ進めていった。

 その、フォークが食器に当たる音しか聞こえない静寂の中。ゴーニャが何かを思い出したかのように微笑み始め、その様子に気がついた花梨がゴーニャに目を向ける。


「急にどうしたのゴーニャ、嬉しそうな顔をしちゃってさ」


「んふふっ。青飛車達が、私達を家族みたいだって言ってた事を思い出しちゃって、つい~」


「ふふっ。今日、何度もそれを口にしてたよねぇ。よっぽど嬉しかったんだね」


「うんっ、だって花梨と家族だもん! すっごく嬉しかったわっ!」


 ゴーニャの率直で眩しい感想を聞くと、花梨は、ゴーニャと家族、か。私も嬉しかったなぁ。いいなぁ、家族って響き……。私の人生には無縁な言葉だった……。家族、家族……。……そうだっ! と、何かを思いつきながら話を続ける。


「ゴーニャっ!」


「わっ! び、ビックリした……。急にどうしたの花梨っ?」


「ゴーニャが喜んでくれるかは分からないけど、プレゼントをあげるよ!」


「プレゼント? 何かしらっ」


「ふふんっ。これから自己紹介をする時にはさ、「ゴーニャです」じゃなくて「“秋風” ゴーニャです」って、そう言いなよ」


 花梨から形の無いプレゼントを貰うと、キョトンとしていたゴーニャの顔が、ふっと真顔になった。そして、徐々に目と口が大きく見開ていくと、花梨の元に駆け寄り、声を震わせながら喋り始める。


「そ、それって、もしかして……!」


「うん、私の苗字をゴーニャにあげる。温泉街の皆も言ってたし、なっちゃおうよ。本当の家族に」


 本当の家族と聞いたゴーニャは、視界が一気に霞むほどの涙を滲ませるも、未だに信じらず、花梨の手を小さな両手でギュッと握りしめる。


「い、いいのっ? 私なんかが花梨の本当の家族になっちゃって、本当にいいのっ!?」


「なに言ってんのさゴーニャ。……いやっ、私の大事な妹の『秋風 ゴーニャ』。私達はもう家族みたいなもんだったし、大歓迎だよ。それとも……、イヤ、だったかなぁ……?」


 心底不安そうに言った花梨の言葉に対し、ゴーニャは目に溜まっていた涙を、辺りに振り撒きながら首を強く横に振った。そして、握っていた花梨の手を更に強く握りしめる。


「イヤじゃないわっ! ……本当に嬉しいっ。花梨っ、ありがとっ!」


「……う、嬉しいっ? よかったぁ……!! これからもずっとよろしくね、ゴーニャ!」


「よ、よろし……、く、ううっ……、花梨っ!!」


 既に、感情を抑えるのが限界を超えていたゴーニャは、本当の姉になった花梨に飛びつき、胸元で大声を出しながら泣き叫んだ。

 本当の妹が出来た花梨もゴーニャの体を強く抱きしめると、徐々に顔が歪んでいきゴーニャに悟られぬよう、静かに大粒の涙を流し始める。 


 そして花梨は、私は心のどこかで、家族に会いたい、家族が欲しいって思ってたんだろうなぁ……。だから、その思いに背いたり忘れたくて、刺激がある事を沢山……。

 ああ、ゴーニャが家族になってくれて、本当に嬉しいやっ……! と、心の中で強く叫び、ゴーニャの耳元で「ありがとう、ゴーニャ……」と、か細い声でそっと呟いた。

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