21話-1、建築図面と夢の続き

 建築図面設計室で眠りに落ちた花梨は、以前、座敷童子堂で見た夢の続きを見ていた。


 とある女性に抱っこをされており、そのまま電気が点いたばかりの部屋に入ると、横にいたカーキ色のジャンパーを着ているガタイのいい男性に持ち上げられ、そっと座布団の上へと下ろされる。


 男性と女性は見上げる程に背が高く、今回は二人の顔が鮮明に見えた。男性の顎には薄っすらと無精ヒゲが生えており、眉毛と目はキリッとしていて顔全体はスラッと整っている。髪型はマットショットで髪色は茶色に染まっていた。

 女性の顔は若干男勝りな面立ちであるが、無邪気に微笑む姿はどこかワンパクでやんちゃそうな雰囲気があるも、女性らしさも垣間見える。髪型は長めのポニーテールで、濃い赤色に染まっていた。


 男性が部屋の中央まで行くと、持っていたビニール袋をテーブルの上に置き、くたびれた座布団の上に「どっこいしょ~……」と疲れた声を漏らしつつ、胡坐あぐらを組みながら座った。


 その声を聞いたポニーテールの女性が「ジジくさいなぁ、もう」と苦笑いし、石油ストーブと赤いポリタンクをベランダまで持っていく。その二つを下ろすと赤いポリタンクの封を開け、石油ストーブに灯油を流し込み始めた。

 座布団に下ろされた低い目線の主が、「ぱぱっ」とヨタヨタと歩みながら男性の元へと行き、胡坐を組んでいる足の上にちょこんと座った。男性が、座った目線の主にニッと笑みを送ると、大きな手でその目線の主の頭を撫で始める。 


「ひっさびさに帰ってきたけど、こっちは冬だから寒いな~。雪でも降るんじゃねえか?」


「厚い雲がかかってるから、もしかしたら降るかもしれないねぇ。長い間あっちにいたから、この寒さが新鮮に感じるや」


「たまにこっちに帰って来たとはいえ、三年以上もあっちにいたからな。季節の感覚が完全にマヒしてやがる」


「一生分以上は味わったかもしれないよねぇ。それでもやっぱ好きだなぁ、あの季節は」


 思いにふけた女性が石油ストーブに灯油を入れ終えると、重くなった石油ストーブを室内に運んで窓を閉める。そして、テーブルから少し離れた距離に置き、スイッチを付けた。

 すると、ぽうっとオレンジ色の優しい光がともり、徐々に室内を包み込むように暖かくしていく。

 男性がカーキ色のジャンパーを脱ぎ捨て「ああ~、あったけぇ~! 生き返るわ~」と、ほっこりとした笑みを浮かべると、テーブルに置いたビニール袋を漁り始める。


「よっし、こっちでも完成祝いだ! ケーキを食うぞケーキをよぉ!」


「まだ食べるの? 向こうでも散々騒ぎながら飲み食いしてたじゃんか」


「あっちはあっち! こっちはこっち! いいだろう別に? たまには家族水入らずで食おうぜぇ~」


「ほんと食いしん坊なんだからぁ、私も人の事は言えないけどね。でも、こっちで食べるのも久しぶりだなぁ。ちょっと待ってて、お皿とフォーク持ってくるから」


 女性は呆れつつも微笑みながら立ち上がり、明かりが点いていない廊下へと出ていった。ふと目線の主が、興味を示すように窓へと目をやる。

 半分開いているカーテンの隙間から見える、夜色に染まっている窓には、点々と白い物が上から降ってきており、目線の主が窓へと近づいていく。ヒンヤリとした窓に小さな手が付くと、目線の主がはしゃぎ始めた。


「ふわふわ、しろいのふわふわ」


「んっ? あっちゃ~……、とうとう雪が降ってきちまったか。そうか、お前はこっちで雪を見るのは初めてだったな」


「ぱぱっ、しろいのふわふわ」


「ははっ、喋れるようになってから一段と可愛くなったなぁ~。ほら、そっちは寒いからこっちに来い」


 その言葉を耳にした目線の主は、小さな手を前に伸ばし、ぱぱと呼んだ男性の元に近づいていき、再び足の上に座る。

 男性に「よしよし」と頭を撫でられていると、女性が鼻歌を歌いながら皿とフォークを二セットずつ持ってきて、テーブルに並べてから腰を下ろした。


「ケーキ分けるね~。一ホールあるけど、半分食べる?」


「当たり前だろ、なんなら全部食えるぜ。それより、雪降ってきちまったよ。明日どうすっかね?」


「げっ……。あのまま向こうの部屋に泊まってればよかったかなぁ。明日は何時からだっけ?」


「んっ、ちょっと待ってろ」


 そう言った男性は、脱ぎ捨てたジャンパーの内ポケットからボロボロの手帳を取り出し、素早く捲りつつ話を続ける。


「え~っと……、明日の八時からだな。楽しみだなぁ!」


「そうだねぇ、三年かぁ……。長かったような、短かったような……」


「あっという間だったな、本当に楽しかった。こっちじゃ絶対に味わえない刺激と驚きの連続だったし、まるで夢のようだったぜ」


「ねっ! しかも、少ししたらお父さんも支配人になるんでしょ? ちゃんとサポートしてあげるから、頑張ってね。はいっ、ケーキ」


「おう、頼りにしてるぜ! ……ん~っ! 甘くてうめぇっ! あいつらもお前から料理を教わってから、かなり上手くなったな」


「本当だ、すっごく甘くて美味しいや! 二人とも覚えるのが早くて、あっという間に抜かされちゃいそうだなぁ。私の料理の味付けも完璧に覚えてるし、今度から教わる側に回ろうかな?」


 二人が美味しそうに食べているケーキは、クリームとイチゴがたっぷりと乗っているショートケーキで、手を一切休めること無く食べ進めていく。

 残りが少なくなってくると、じっと見ていた目線の主に男性が気がつき、フォークに生クリームをちょこんと乗せると、目線の主へと近づけていった。


「ほら、お前も食うか?」


「ダメだって! まだ一歳になってから、そんなに経ってないんだからね?」


「大丈夫だって。ほら、食べた! どうだ、美味いか?」


 目線の主が生クリームを口の中に入れたのか、チュパチュパと味わうような音が聞こえてきた。そして、飲み込んだ音が聞こえてくると、目線の主が男性に小さな手を伸ばす。


「あまあまっ、もっと」


「おおっ!? 甘いって言ってるし催促してきてんぞ! はっは~ん、こいつも俺らみたいに食いしん坊になっちまうな」


「あっはははは……。流石は私達の子だね。カワイイなぁ」


 男性と女性は目線の主に目を向けながら微笑み、三人で甘いショートケーキを堪能していった。一ホールあったショートケーキを、十分もしない内に食べ終わると、男性が食器類を持って部屋を後にする。

 目線の主が「けぷっ」と小さなゲップをすると、女性に近づいていって太ももを枕にし、甘えるように頬を擦り寄せながら寝そべった。女性が温かな笑みを浮かべ、目線の主の頭を撫で始める。


「ふうっ、明日は本当に楽しみだなぁ。全部回るとなると、何日間掛かるんだろう?」


「ままっ、ままっ」


「えっへへ~、ママだってぇ~。カワイイなぁもうっ」


 ままと言われた女性は緩み切ったにへら笑いをしつつ、目線の主の体を抱っこし、揺りかごのように体を優しく揺らし始める。

 その一定のリズムで体を揺らされたせいか、目線の主がだんだんと夢心地気分になり、視界がゆっくりと狭まっていき目の前が暗くなっていく。


「あれ、寝ちゃったか。寝顔もカワイイなぁ。おやすみ、か―――」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「……さん。……花梨さんよ」


「ママ……。……んっ? ん~っ……。あれっ? ここは……?」


「目が覚めたか、花梨さんよ」


赤霧山あかぎりやま、さん……?」


 まだ意識が混濁している中。目を覚ました花梨が辺りを見渡してみると、温かな日差しが差し込んでいた窓はすっかりと黒く染まっていて、代わりに部屋の電気が点いている。

 隣ではまだ、ゴーニャが寝息を立てながらすやすやと寝ており、状況がハッキリとしてきた花梨が寝ぼけまなこを擦り、申し訳なさそうな目線を赤霧山に向けた。


「私、寝ちゃってたんだ……。すみません、仕事中に……」


「いやいや、気持ちは分かるよ。ここは日中すごく暖かいからな。俺も建築図面を描いている時に、よく寝落ちしちまうんだ」


「あっははは……、そうなんですね」


 花梨が苦笑いしながらそう言うと、赤霧山も四角い鼻頭をポリポリとか掻きつつ苦笑いを返す。そのまま赤霧山が黒い窓に目を移すと、「ふむ」と声を漏らしてから花梨に目を向ける。


「今日はもう遅いから、帰った方がいいんじゃないか? 青飛車あおびしゃも用があると言って先に帰ってしまったし。こっちも色々とやる事が出来たから、建築図面はゆっくりと時間を掛けて描いてくれ」


「う~ん……。そうですね、そうします。今日一日ありがとうございました! 青飛車さんにもよろしくお伝えください!」


 そう言った花梨は、寝ているゴーニャの体を揺するもまったく起きる気配を見せず、起こす事を諦め、赤霧山の手を借りてゴーニャを背中におんぶした。

 帰り際に赤霧山から「これをあげるから、建築図面を無くさないよう入れておくといい」と、クリアファイルを貰い、ついでに鉛筆を数本と定規も渡され、赤霧山に一礼をしてから建物建築・修繕鬼ヶ島を後にする。


 帰路の途中、花梨はゴーニャの寝息を聞きながら、夢に出てきた二人はいったい誰だったんだろう……。女性の方は私に似ていたし……。もしかして、あの二人は私の……。いやっ、まさかねぇ。と、頭に浮かべようとした願望を否定しつつ、寂しそうな表情を浮かべて永秋えいしゅうへと帰っていった。

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