83話、語るは人々に幸せを与え、それ以上の不幸を与えていた者
なに? あなた、昨日から秋国に来てたよね。この道を通る人の顔は大体覚えてるから、あなたの顔も覚えてる。
温泉街を案内してほしい? いいよ、してあげる。とりあえず、先に自己紹介しておくね。座敷童子の
昨日から私を気になってた? そう。私は、あの家に住んでる。なんでって? ぬらりひょん様が、私の為に建ててくれたから。
他の家には、もう二度と住みたくない。だって私が住んで居なくなると、その家と住んでる人に不幸が訪れちゃうから。
過去、何度も見てきた。私をよくしてくれたおばあちゃんやおじいちゃん、家族のみんなが家ごと居なくなっちゃったのを。
私ね、自分がいつこの世に生まれたのか知らないんだ。気付いたら、田んぼと山しかない道でぽつんと立ってた。
今でも、その景色はよく覚えてる。綺麗な水が張ってる田んぼの上では、赤トンボが沢山飛んでて。指をかざせば、必ず一匹は留まってくれた。
行ってみたい? もう無いから無理だよ。だって百年以上も前の話だから。今はすっかり開拓が進んで、高いビルしかない。
寂しいよね、好きだった景色が無くなっちゃうの。私が転々と住んでた家も、同じように全部無くなっちゃった。
私、最初は自分を人間だと思ってた。こんな成りをしてるし、田んぼの水面に映る自分の姿を見たら、確信までしちゃって。
その確信は、とある町に着いても続いた。子供達が楽しそうに遊んでたんだけど、羨ましがって近づいていったら、そのまま仲良くなって一緒に遊んでくれたし。
大人達もそう。何も知らないで家に入っても、大人達は私を見て、まるで自分の子のように愛想よくしてきてくれた。夕方になれば、ご飯まで出してくれたんだ。
だから私もその気になっちゃって、少しの間だけ居座っちゃった。けど、それがいけなかった。その家に居座ってから、というよりも
家の人が畑を掘れば、お金になる物が次々と出てきたり。なんて事はない些細な出来事が、莫大な利益をもたらす結果になったり。
そんな事が連続で続いて、あっという間に暮らしは一変。一ヶ月もしたら、何不自由なく暮らせる裕福なものへとなってた。
もちろん私も含めて、家の人達は全員困惑してた。でね、人って簡単に変わっちゃうんだ。特に、お金が腐るほどあると。
住み始めた時は、本当に居心地が良かった。みんな笑いながら食卓を囲んで、温かくて美味しいご飯を食べてた。
そしてなによりも、私を深く愛してくれてた。膝枕をしてくれたり、子守唄も毎日歌ってくれてたのに。
豪邸に移り住んでからは、みんな食卓に集まる事は少なくなり。一人一つずつある部屋にこもりっぱなしで、誰も相手をしてくれなくなって。
居心地がすごく悪くなったから、その家を出ちゃったんだ。『さよなら』とだけ言い残して。
それで次に移り住んだのが、優しいおばあちゃんとおじいちゃんが居る家。おじいちゃんは縁側に座って、熱いお茶を啜るのが日課で。
おばあちゃんは、そんなおじいちゃんの隣に居て、日光浴をするのが好きだった。だから私も、おじいちゃんとおばあちゃんの間に座って、一緒に熱いお茶を啜ってた。太陽がポカポカしてて、座ってるだけで幸せな縁側に。
だったのに。また一ヶ月ぐらいすると、その家がだんだん裕福になっていって。けれど、おばあちゃんとおじいちゃんは変わらなかった。
変わらなかったけど、周りの見る目が変わっていって、おばあちゃんとおじいちゃんが、手の届かない遠い存在になっちゃった。
そこで、ようやくおかしいと思い始めた。私が行く先々の家が裕福になってるって。
それで次は試す為に、生活が貧しい人の家に住んでみたの。部屋のそこらかしこで隙間風が吹いてて、それを直す余裕さえない人の家に。
結果。半年もすれば、手に余るほどの富と名声を手に入れて、隙間風なんて有り得ない豪邸に引っ越してった。
その次の家も、次の次の家も。またその次の家も。途中で数えるのを忘れるぐらい、沢山の家に移り住んだけど、結果は全て同じだった。
ずいぶん長い時間が掛かったけど、やっと分かったんだ。私は人間なんかじゃない。きっと『福の神』か何かなんだろうって。
私が家に住めば、形はどうあれ、その家に住んでる人に幸せが舞い込んでくる。約束された裕福な暮らしが出来るようになる。
ならば私は、色んな人を幸せにしよう。別に愛されなくてもいい。その人が幸せになってくれるのであれば、私はそれで構わない。
同時にそれが、悪夢の始まりでもあった。
住んでる人が幸せになり、それを確認してから移り住み。そんな生活を、五年ぐらいやったかな。たまたま一番最初に住んだ家がある町に着いたから、みんなは元気にしてるか気になって、確かめにいったんだ。
家のある場所は覚えてた。道も変わってないし、町の雰囲気も変わってなかった。けれども、変わってた物が一つだけあった。
それは、私も少しだけ住んだ豪邸があった場所。その豪邸は綺麗さっぱり無くなってて、代わりに『売地』という小さな看板だけが、広い空き地に刺さってた。
でも最初目にした時は、きっとまた引っ越したんだろうなって、簡単に諦めて、みんなを探さないで去った。
そして次に湧いてきたのは、おばあちゃんとおじいちゃんの顔。まだ生きてるか分からないけど、縁側に座ってるか分からないけど、また会いたくなっちゃったんだ。
せめて顔だけ見ようとして、おばあちゃんとおじいちゃんが居る家に足を運んだけど、家自体が立て替えられてて、違う人が住んでて会えなかった。
その時も、もう少し早く来てれば、二人に会えたかな? って感傷的になっただけで、何もおかしいとは思わなかった。
思いたくもなかった、なかったのに。三件目の豪邸も無くなってたせいで、流石にそう思わざるを得なくなってきた。
もしかして、私が居なくなったせい? って。
ものすごく嫌な予感がして、私が住んだ事のある家を全部回ってみたの。もう、言わなくても結果は分かってるでしょ?
うん、全部無くなってた。私が去ってからすぐに、全部、同じように。なんで知ってるかって? 近くに住んでた人に聞いてみたの。
どの人も裕福になったけど、すぐになんかしらの理由が起きて破綻。幸せになった以上の不幸が訪れてた。
目を逸らしたくなるほど、見るも無惨なほどに。それを聞いた時は、頭が真っ白になって膝から崩れ落ちた。そして、完全に気付かされた。
ああ、私は『福の神』じゃなくて、『疫病神』だったんだ。って。
そこで初めて、私は泣いた。取り返しのつかない事をしでかしたって、ずっとずっと空を仰いで泣いてた。夜になっても、朝が来ても、ずっと。
私が居なければ、みんなの温かさは変わらず残ってたのに。縁側に座ってるおばあちゃんやおじいちゃんが、あのままでいれたのに。
私はみんなの人生を狂わせて、終わらせてしまった。あまりにも多い人達の、罪のない人生を……。
……ごめん、暗いよね。語りすぎちゃった。もうやめよう。その後が気になる? 聞いても面白くないよ。
みんなの後を追おうとしたとか。全て無駄に終わったから、
それじゃあ、ここに来た流れまで? もういいでしょ、温泉街の案内に戻るよ。そんなのはいい? 本当に言ってるの? 目的が変わってるよ?
……分かった、言う。言うけど、ここに来た流れまでだよ。その後は絶対に言わない。いいね、約束だよ?
えっと、どこから話そう。じゃあ、ぬらりひょん様と出会う前から話すね。
あれは、冷たい雨が降ってる夜の事だった。鉄塔の上で雨に打たれながら座ってたら、目の前に突然、一反木綿に乗ってるぬらりひょん様が現れたんだ。
その時のぬらりひょん様も、私と同じように雨に打たれてた。でも、そんなのお構い無しって感じで、私に話を掛けてきた。
『どうしたんだ、こんな所に居て。風邪をひくぞ』
『ほっといて』
『放っておけるものか。何か訳ありだな? 悩みがあるなら聞いてやるぞ?』
『聞いてどうなるの? 言っても居なくなった人達は帰って来ない。それに、私に近づかない方がいいよ。疫病神だから』
『疫病神? なんだお前さん。本当の自分を分かっていないのか?』
『え? 本当の、私?』
『そうだ。お前さんは疫病神なんかではない。お前さんは、『座敷童子』という妖怪だ』
『ざしき、わらし……? 妖怪?』
そう、私は『疫病神』でもなかった。『座敷童子』っていう妖怪だったらしい。うん、ぬらりひょん様に言われるまで知らなかった。
その後、屋根がある場所に移動して、ぬらりひょん様が座敷童子について細かく教えてくれたんだ。どんな妖怪だとか、どんな事をしてるとか。
私がこの世に生まれてから、百年以上経ったかな。とにかく長かった、本当の自分を知るまでに。
もっと早く知ってれば、生まれた時から知ってたら、力の使い方を誤らず、最初の家族を幸せにし続ける事が出来たのに。
いいの、私は幸せになれなくても。幸せになれた人の笑顔を見るだけで充分。それに、私が幸せになる権利なんて無い。
あったとしても、もうこれ以上はいらない。あれからぬらりひょん様に保護してもらったし、私だけの家まで建ててくれたから。それだけでいい。
……なんで嘘だって分かったの? そんな顔をしてる? どんな顔? どこか後ろめたい? 暗い? 暗く見えるのは元からだよ。
そんな暗さじゃない? ねえ、もういいでしょ? 詮索はやめて、いい加減怒るよ? ……せめて、夢や願いがあるなら聞かせてほしい?
それを言ったら、私の話を終わらせていい? 本当だよ? 絶対だからね。待って、指切りげんまんしよう。
やっぱ指切りげんおくにして。げんまんって言うのは、げんこつ一万回っていう意味なんだ。それだけじゃ足らないから、げんこつ一億回。うん、怒ってる。
指切りげんおく、嘘ついたら針千本飲ーます。指切った。
じゃあ言うよ。一回だけしか言わないから、ちゃんと聞いてて。
『ずっと傍に居てくれる家族か、お姉ちゃんや妹が欲しい』
これが私の願い。……理由? あっ、もう約束破った。いくらなんでも早いよ。一億回げんこつするから目を瞑って。
冗談だよ。温泉街の案内に戻るから、私に付いてきて。まずは私がよく行ってる『
うん、仕方ないから一日中付き合ってあげる。えっ、奢ってくれるの? いい、大丈夫。……あなたも頑固だね。急にどうしたの?
特に理由はない? 嘘が下手だよ、あなたも。でも、ありがとう。それじゃあ、少しだけご馳走になるね。
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