60話-2、最愛なる者に贈る、真心を込めたプレゼント

「それでだゴーニャ、お前が欲しい物とはいったい何なんだ? それが売ってるであろう店に連れて行ってやるから、教えてくれ」


 クロの質問に対してゴーニャは、やや疑いを込めた眼差しをクロに向ける。


「……花梨に、絶対に言わない?」


「念を押してくるな、よっぽどの物か。大丈夫だ、安心しろ。絶対に言わないと約束する」


 その固い約束に胸を撫で下ろしたゴーニャは、疑いを無くした眼差しを前に戻す。


「わかったわっ。えとっ、私が買いたい物は、大好きな花梨へのプレゼントなの」


「ほう、花梨へのプレゼントか。……へっ? プレゼント?」


「うんっ。秋国って、たまに寒い日があるでしょ? なのに花梨は、寒い日でもずっとTシャツ一枚でいるの。見てると寒そうにしてる時があるから、上に羽織る温かい服と、新しいジーパンを買ってあげたいなって、思って」


「はあ~……。お前が買いたがってたのは、花梨へのプレゼントだったのか……」


 ゴーニャが隠していた全貌を知ったクロは、まったくの予想外であったせいか、そこから少しの間だけ言葉を失う。

 そして、先ほどのまといやゴーニャの反応を思い返すと、全てに合点がいき、心の中に後味の悪い罪悪感が芽生え始める。

 イタズラ心で演技をしていたとはいえ、二人にとって最悪な行動をしでかしたクロは、空いている手で後頭部を強く掻き、りんとしていた顔を歪めた。 


「だから纏はあんなに怒って、ゴーニャは泣くほど焦ってたワケか……。冗談とはいえ、悪い事をしちまったなあ」


「ほんとよ。さっきのクロっ、とてもイジワルだったわっ」


「すまん、やり過ぎた。反省してるよ。しかし、花梨に上着か……」


 プレゼントの内容を聞いたクロは、花梨の奴、動きづらくなるからっていう理由で、重ね着するのを断固として拒否するんだよなあ……。幼少の頃だろうが高校に上がろうが、真冬にならないと上着を着なかったっけ。と、祖父を演じていた時の記憶を思い出す。

 そのままゴーニャに横目をやると、私が指摘するのも野暮だろうし、ゴーニャが決めた事だ。最愛なる妹からのプレゼントだ、喜ばないワケがない。なら私は、助言をするだけにしよう。と思案し、口元を緩ませた。


「なら、なおさら私がお供について正解だったな。喜べゴーニャ、私は花梨の事ならなんでも知ってるぞ。身長や体の大きさ、もちろん足のサイズまでもな」


「ほんとっ? それなら心強いわっ!」


「ああ、任せておけ。それでだ、どんな上着にするか決めてるのか?」


 クロの更なる質問に、ゴーニャは人差し指を顎に置き、視線を天井に向けて考え込むと、「あっ!」と声を上げる。


「そうだ、帽子みたいなのが付いてる服! それにしようと思ってるの。それと、生地があまり厚くなくて動きやすそうなのがいいわっ」


「帽子? 帽子……。ああ、パーカーか。お前の要望通りなら、夏から秋にかけての服が良さそうだな」


「そうね、それがいいわっ!」


「よし、そうと決まればだ。夏物と秋物の服を取り扱ってる店に行くとしよう」


 明確な目的の店が決まると、二人は各フロアの店が記されている案内図を確認し、これから行く店の数を絞っていく。

 ザッと目を通すと、二十店舗以上も該当する店があり、全ての店には巡れないと早々に諦め、改めて話し合った結果。

 秋物のパーカーとジーパンが置いてある店一点に絞り、早足で目的の店に向かっていった。


 まばらに歩いている客を避けつつ、目的の店の前に着くと、開き切っていない自動ドアをすり抜け、新服の匂いが漂う店内へと入る。

 夜が更けてきているせいか、服の季節が今の季節に合っていないせいか。店内にはほとんど客がおらず、店員達が暇を持て余していた。


 そして、餌という名の客に飢えている店員達が、獲物であるクロとゴーニャの姿を目にするや否や。いやらしい笑顔を浮かべ、滑るように二人の元へ近づいていく。

 クロ達の目の前まで来た、あからさまな営業スマイルをしている店員が、手でゴマ擦りをしながら軽く会釈をすると、見下げているクロに顔を合わせた。


「いらっしゃいませぇ~! どのような服をお求めでしょうか~?」


「パーカーとジーパンだ。ゆっくり探したいから、置いてある場所だけ教えてくれないか?」


「……わ、分かりました。それではご案内致します」


 店員の目論見に一早く勘付いたクロは、共に行動させまいと威圧的で素っ気ない態度で指示を出し、萎縮した店員の後ろを着いていく。

 パーカーとジーパンが置いてある場所を全て行き、店員がクロに慌てて説明し終えると、そそくさと逃げるように離れていった。

 他の店員達も近づいて来ない事を確認すると、クロは鼻をフンッと鳴らし、温かな目をゴーニャに送る。


「さて、時間はまだたっぷりある。ゆっくり選んでけな。分からない事があったら、どんどん私に言ってくれ」


「ありがとっ! えと、早速なんだけど……。服ってサイズがあるのよね? 花梨は、どのサイズが合うのかしら?」


「Mサイズだと少し大きいから、Sサイズだな。ぶかぶかな服は嫌うんだよ、あいつ」


「そうなのね、わかったわっ!」


 サイズを教えてもらったゴーニャは、「Sサイズ、Sサイズ……」と忘れないように何度も復唱しつつ、花梨にプレゼントする為のパーカーを探し始める。

 最初は、ゴーニャの低い目線でも届く棚から網羅していき、見上げるほどに高い箇所にある棚は、クロが率先してゴーニャを抱っこし、じっくりと眺めていった。


 全体が灰色で、部屋着に最適な物。前がチャックで開けられるようになっており、動きやすそうな印象がある物。

 生地が厚く、内側がボア素材になっている温かそうな物。デニム素材で、見た目が固いながらも爽やかなイメージがある物。

 コートのように長く、突然の雨から守ってくれそうな物。帽子部分に動物の耳が付いており、ワンパクそうな雰囲気がある物など。 


 一通り眺め終わりそうになるも、花梨に合いそうなパーカーが見当たらず、諦めかけていたその瞬間。

 ゴーニャの落ち込んでいた目が、一つのパーカーに吸い込まれるようにピタリと止まる。


 秋の雰囲気にピッタリの、紅葉を思わせる鮮やかな赤いパーカーで、前は五つの黒いボタンで留められるようになっている。

 腰回りまで隠れる長さであるが、薄手の生地を使用しており、非常に動きやすそうな印象も受けた。

 腕周りには、腕章を彷彿とさせる白い生地がグルリと回っていて、それが紅葉の赤さを際立たせるアクセントになっている。


 一目でそのパーカーに目を奪われたゴーニャは、頭の中で花梨が着ている姿を想像してみると、これ以上に無いほど似合っており、興奮気味に赤いパーカーを指差した。


「クロっ、この赤いパーカーがいいっ!」


「おお、いいじゃないか。花梨にすごく似合いそうだ」


「でしょでしょっ! できれば三着か四着欲しいわっ」


「そうするか、一着だと何かと物足りないしな。Sサイズは……、あるな。値段はっと……、は、八千円だと? やたらと高いな。ゴーニャ、予算はどのくらいあるんだ?」


 想定外の値段に驚きが隠せないクロが、最悪自分も金を出そうと考えつつ問い掛けると、ゴーニャは「えと、三万円あるわっ」と答え、クロの表情に驚きが増していく。


「三万円も持ってるのか。花梨から貰ったのか?」


「ううん。ぬらりひょん様にお願いして、こっそりと焼き鳥屋八咫やたで働かせてもらったの。それで、一日働いた分の給料として貰ったお金よ」


「なにぃ!? 金まで自分で調達してたのか、こりゃ驚いた……。花梨の奴、全て知ったら嬉しくて泣いちまうだろうな」


「えっ? 花梨っ、泣いちゃうの……?」


 泣くという単語にゴーニャが過剰に反応すると、クロはニヤリと口角を上げ、誤解を招かない為に話を続ける。


「そうだゴーニャ。一つ花梨の秘密を教えてやろう」


「ひみつ?」


「ああ。だが、これから話す内容は花梨には内緒だぞ?」


「内緒……。うん、わかったわっ」


 ゴーニャがそう約束すると、クロは小さくうなずいた。


「実は花梨の奴、かなりの泣き虫でな。嬉しい出来事が立て続けに起こったり、感極まったりすると、すぐに姿を消すんだ。どうしてか分かるか?」


「う~ん……、わからないわっ。どうしてなの?」


 ゴーニャが質問を返すと、クロは目を瞑りつつ正面に顔を向ける。


「こっそりと影に隠れて泣いてるのさ。理由までは知らないが……、あいつ、人前で涙を見せるのが大嫌いみたいでな。姿を消しても、少ししたら明るい表情で戻ってくるんだが、目が真っ赤になってるから泣いてたのがバレッバレなんだよ」


「そうなのね。でも、何でそんな秘密を私に教えてくれたの?」


「私が『嬉しくて泣いちまうだろうな』って言ったら、お前が嫌そうな反応を示したからさ。花梨には悪いが、これで安心したろ?」


「うんっ。花梨って、嬉しくなると泣いちゃう時もあるのね。知らなかったわっ」


 誤解が解けた事を確認すると、クロは安心して笑みを浮かべる。しかし、ゴーニャの表情にはまだ幾分の曇りがあり、その表情を保ったまま赤いパーカーに顔をやった。

 しばらくの間、購入する事を決めたパーカーを、不安そうな眼差しで眺めていたゴーニャが、弱々しい声で喋り始める。


「ねえ、クロっ」


「んっ、どうした?」


「私がこのパーカーをプレゼントしたら、花梨は喜んでくれるかしら……?」


 素朴な疑問でもあり、ゴーニャにとって最大の不安要素である悩みに、クロは「たくっ」と呆れた声を漏らし、ゴーニャの頭の上に手をポスンと置いた。


「お前はもっと自分に自信を持て。一人で計画を立てて、汗水流して働いて金を調達し、花梨の事を想ってお前自らが決めた、真心のこもった最高のプレゼントなんだぞ? 胸を張れ、胸を」


「最高の、プレゼント……?」


「そうだ。あと、プレゼントには自分の想いがこもってるもんなんだ。その想いが大きければ大きいほど、プレゼントの価値は無限大に上がっていく。そしてこのパーカーにはな、ゴーニャ。お前の温かな想いが沢山詰まってるんだ。そんな嬉しいプレゼント、花梨は絶対喜ぶに決まってる。私が保証しよう」


「私の、想い……」


 クロの不安要素を根こそぎ飛ばしていくような喝に、ゴーニャは心の底から安心感を抱き、更に迷いのない自信をつけていく。

 曇っていた表情がだんだんと晴れていき、晴天を思わせる眩しい笑顔になったゴーニャが、更に明るい満面の笑みになる。


「ありがとクロっ! そう言われると、なんだか私も嬉しくなってくるわっ」


「お前が嬉しくなってどうするんだ。お前は、これから花梨を喜ばしてやるんだぞ? 嬉しくなる前に気合を入れてけ」


「わかったわっ! 絶対に花梨を喜ばしてやるんだから!」


「ああ、その意気だ。応援してるぞ、頑張れよ」


「うんっ!」


 クロの励ましで多大なる勇気を貰ったゴーニャは、真心がこもったパーカーを三着選ぶと、床に落ちないようにと、クロがパーカーを腕を置いた。

 その後に、余った金額の範囲内でジーパンを一着選ぶと、まとめてカウンターに持っていき、クロの提案でギフト梱包してもらい、店を後にする。

 花梨に悟られぬようクロが荷物を持ち、フードコートエリアに戻っていく中。足取りの軽いゴーニャが、嬉々と弾んでいる青い瞳をクロに向けた。


「クロっ、今日は本当にありがとっ!」


「礼には及ばんさ。あっ、そうだ。フードコートに戻ったら、まといにこっそりとお礼を言っておけよ」


「纏に?」


「ああ。ゴーニャの事を想って、ふざけてた私に向かってあんなに怒ってたんだ。人の事を想って怒るなんざ、そうそう出来る事じゃない。いい仲間を持ったな、その関係を大事にしてけよ」


「仲間……。うん、わかったわっ!」


 仲間という響きが嬉しかったのか、ゴーニャがふわっと微笑むと、クロも思わず微笑み返す。

 そして、閉店時間を迎えた店が多くなり、人がかなり少なくなってきた通路を歩いていき、何も知らない花梨の元へ戻っていった。

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