60話-3、想いは届いたプレゼント

 荷物を携えたクロとゴーニャが花梨達と合流し、フードコートで体に馴染んだ料理を食べ明かした後。

 妖怪達が蔓延はびこる秋国へと帰る為、既に誰も居ない真っ暗な駅事務室を通り、電車に乗って体を揺らしてした。


 女天狗の姿に戻って席に座っているクロが、太ももに座っている座敷童子のまといの頬をいじくり回している中。

 同じく隣に座っている花梨が、今日は寝ていないゴーニャの頭を撫でつつ、クロに顔を向けた。


「クロさん。大きな荷物ですけど、ショッピングモールで何を買ったんですか?」


「ん~? お前が気にする程の物ではないさ」


「ええ~、そう言われると余計に気になるなぁ」


「気にすると体に毒だぞ、忘れろ忘れろ」


 やけに素っ気ない態度でいるクロが、会話を強制的に終わらせると、わざとらしい大きなあくびを一つつく。

 諦め切れなかった花梨がニヤリと笑うと、クロに連れて行かれたゴーニャに顔を近づけ、耳元で囁き始める。


「ゴーニャ、クロさんは何を買ったの? こっそりと教えてよ~」


「はにゃっ!?」


 これから花梨にプレゼントをするせいか、極度に緊張して眠れなかったゴーニャが、悪魔の囁きを耳にすると、ひたいから汗をダラダラと垂らし、ぎこちない横目をクロに送って助けを求める。

 その横目がクロと纏の横目に合うも、二人は花梨に悟られぬよう首を小さく横に振り、そっと目を閉じた。

 助け船が無く、窮地に追いやられたゴーニャは、働いていない頭で精一杯の嘘を並べると、ヒクついている口を動かし出す。


「え、えと……。途中で寝ちゃったから……、買った物は、わからないの……」


「えっ、寝ちゃったの? な~んだ、残念」


 震えた嘘を真に受けた花梨は、ゴーニャの頭に顎を置いてから鼻でため息をつき、顔を帽子にうずめる。

 普段であれば嬉しい行為であるものの、今のゴーニャは緊張していてそれどころではなく、前にある黒く染まっている窓を見据え、静かに呼吸を荒げていた。


 そこからは特に会話も無く、カーブを曲がる時に車輪から発せられる金属の擦れる音や、ガタンコトンという走行音だけが電車内に鳴り響く。

 意図的に感じる長い静寂の中、目的地に近づいてきたのか、電車の速度が徐々に落ちていく。

 完全に停車すると音も無く扉が開き、四人はゾロゾロとホームに降りていった。


 電車内よりも静寂が色濃く、蛍光灯が点滅しているホームに降り立つと、目の前にあったコンクリート製の階段を上っていく。

 そして、提灯の淡い光に包まれている温泉街に到着すると、花梨は抱っこしていたゴーニャを地面に降ろし、体を限界まで伸ばした。


「う~ん……。やっぱり、ここが一番落ち着くなぁ。おじいちゃんには悪いけど、こっちの方が我が家に帰ってきた感じがするや」


 花梨が何気ない独り言を呟くと、クロは鼻で笑い、永秋えいしゅうに向けて歩み出す。


「この温泉街が我が家、ねえ。もしだ、万が一そうなったとしたら、お前はどうするつもりだ?」


「そうしたら、ずっとここで暮らしたいですねぇ。ぬらりひょん様やクロさん、温泉街の皆さんに毎日会えますし」


「なるほどねえ……」


 そこで口を閉ざしたクロは、そういえば、花梨の一年契約が切れた後の事は、ぬらりひょん様から聞いてなかったな。あの人はいったい、どうするつもりなんだ? と、まだ遠い未来を気にし始める。

 そのまま今後について思いふけていると、気がついたら、永秋えいしゅうが目の前にある丁字路まで来ており、ハッとしたクロが歩みを止める。

 すると、すぐさまゴーニャと纏を両脇に抱え上げ、漆黒の翼を大きく広げて宙に浮き、地面に立っている花梨に顔をやった。


「ちょっと用事を思い出したから、二人を借りてくぞ。お前はぬらりひょん様の所に行って、いつもの報告を済ませてこい」


「へっ? あっ、はい。分かりました」


 そう告げて花梨を置き去りにしたクロは、四階にある自室を目指して一直線に飛んでいく。

 自室の窓の前に着くと、開いている窓から電気が点いていない部屋内に進入し、翼を畳んで床に着地した。

 何も知らずにここまで連れて来られ、キョトンとしている二人を床に降ろすと、口角をいやらしく上げて扉に向かっていく。


「よしお前ら、花梨の部屋に先回りするぞ」


 何か悪巧みを考えているようなクロの言葉に対し、ゴーニャと纏が、互いに顔を見合わせてから首をかしげる。


「なんで先回りするのかしら?」


「サプライズしてやるのさ。ゴーニャ、お前のプレゼントで花梨をうんと驚かせてやれ。それと、少し緊張し過ぎだぞ? もっと落ち着け」


「うっ……。わ、わかったわっ……」


 全てを見透かされていたゴーニャは、爆発しそうなほど早く鼓動している心臓を落ち着かせる為に、深呼吸をしながら花梨の部屋に入っていく。

 そして扉が正面に来るように、ゴーニャがテーブルの前に座ると、すぐ横にちょこんと座った纏が、ショッピングモールの袋の中を覗いた。


「ゴーニャ、何を買ったの」


「えと、花梨に似合うパーカーを三着と、ジーパンを一着よ」


「そう、花梨喜ぶといいね」


「う、うんっ」


 ゴーニャが自信無くうなずくと、クロはショッピングモールの袋を隠す為にゴーニャの背後に置き直し、腕を組んでから鼻をフンッと鳴らす。


「おいおい。私がショッピングモールで言った事を、もう忘れたのか?」


「い、いやっ! そうじゃ、ないけど……。き、緊張しちゃって……」


「まあ、気持ちは分からなくもない。花梨が来るまでの間に、少しでも落ち着かせるんだな」


 クロの励ましと同調する言葉に、ゴーニャは間を置いてから小さくうなずくと、再び大きな深呼吸をする。

 何度も肺の空気を入れ替えると、気持ちはだんだんと落ち着いてはいったが、深呼吸を止めた途端に、一時的に静まった鼓動が早まっていった。


 喉をカラカラに乾かし、なかなか落ち着きを取り戻さない鼓動を抑える為に、永遠とも感じる長い時の中で、深呼吸を繰り返し続けていく。

 体中に秋の新鮮な空気が行き渡った頃には、その深呼吸に夢中になっており、拙い神経が徐々に研ぎ澄まされていった。

 しかし、充分に気持ちが落ち着いた瞬間。不意に、正面にある扉が開く音が耳に入り込み、ゴーニャの落ち着きを取り戻した小さな体が、飛び跳ねる程の大きな波が立つ。


「あれ? みんなここに居たんですね」


 キョトンとしている花梨が部屋に入って来るなり、落ち着いた気持ちが完全に乱れてしまったゴーニャが「あっ、あっ……」と、困惑しながら声を漏らすも、勢いに任せて叫び始める。


「か、花梨っ!」


「んっ? どうしたのゴーニャ、急に声を上げちゃって」


「テーブルの前に座ってっ!」


「テーブルの前に? うん、分かった」


 ゴーニャの張り上げた指示に、花梨は素直に従い、目をパチクリとさせつつテーブルの前に腰を下ろす。

 深呼吸をする前よりも、耐え難い緊張感に襲われているゴーニャが、背後にあるショッピングモールの袋をテーブルに置くと、「こ、これっ!」と叫びながら、花梨の元へスライドさせた。


「これは、クロさんがショッピングモールで買った物が入ってる袋、だよね? これがどうしたの?」


「ちっ……、違うのっ!」


「えっ?」


「それは……、そのっ、私が働いたお金で買った……、花梨への、プレゼントなのっ!」


「……へっ? プレゼン、ト?」


 ゴーニャが唐突に言い放った、まったく予想だにしていなかった言葉に、花梨はそこで一旦、硬直したようにピタリと動きが止まる。

 まばたきしている目だけが動いており、その瞬きする速度がだんだんと早まっていき、回数がどんどん増えていく。


 十秒ほど黙ったまま固まっていると、思考が止まっていた脳がようやく理解してきたのか、呆気に取られてポカンとしていた表情が崩れていき、目と口が大きく開いていった。


「……ゴーニャが、働いたお金で買った、私へのっ、プレゼントォ!?」


「……う、うんっ」


「わっ、あっ、嘘っ? えっ? ええっ!? プ、プレゼント……、そ、そんなっ! ……ね、ねえゴーニャ、開けてもいい!?」


「……うんっ」


 花梨が我を失うほど仰天し、袋の中身を取り出している中。クロは静かに立ち上がり、無我夢中になっている花梨の横へ移動する。

 そのクロに監視されつつ、花梨がギフト梱包の封を逸る気持ちに身を任せ、丁寧にかつ素早く開けていく。

 四つ全ての封を開け終えると、オレンジ色の瞳を子供みたいに輝かせている花梨が、ゴーニャが真心を込めて購入した赤いパーカーを、広げながら高々と掲げた。 


「赤いパーカーだっ! それに、カッコイイジーパンもあるっ! これ全部、ゴーニャが選んだの!?」


「うんっ」


「うわぁ~……。ね、ねえっ! 着てもいい!?」


「……うんっ」


 興奮状態でいる花梨が許可を貰うと、すぐさま両腕にパーカーの袖丈を通す。周りの目を一切気にせず、今まで履いていたジーパンを脱ぎ、ゴーニャが購入したジーパンに履き替える。

 パーカー、ジーパン共にサイズはピッタリで、最初から自分の物だったとさえ思えるほど体によく馴染み、新しい自分の姿をまじまじと眺めていた花梨が、震えたため息をつく。


「すごいっ、私の体にピッタリだ! 嬉しいなぁ。とっても、温かいや……」


 花梨が袖の中に手を隠すと、その温もりを噛み締める為か、興奮して赤く火照っている顔を覆い隠し、黙り込んで動かなくなる。

 横から注意深く花梨を観察していたクロは、袖から少しだけ覗かせている口元を目にし、思わず口角をニタリと上げた。


 その口は、何かを我慢するかのように力が思いっきり入っており、深いシワが出来るほどギュッと閉ざしている。

 時折、僅かながらも鼻をすする音が聞こえてきて、クロはとある事を確信し、安心して人知れず静かに笑みをこぼした。


 ずっと顔を覆い隠していた花梨が、部屋に居る全員に聞こえる程の音で鼻をすすると、覆い隠していた手をゆっくりとどかし、ゴーニャに明るい満面の笑みを送る。

 そして、ゴーニャのすぐ横まで歩み寄ると、その場にしゃがみ込み、不安そうな眼差しをしているゴーニャの体に力強く抱きついた。


「ありがとうゴーニャ! 最初はすごくビックリしちゃったけど、本当に嬉しいよ!」


「よ、喜んで……、くれた、かしら?」


「うんっ、当たり前じゃんかっ! 大好きなゴーニャからの素敵なプレゼントだもん。もう嬉しくて嬉しくて、心がはち切れそうだよ!」


「……本当? よかったっ、そう言ってくれると私も嬉しいわっ!」


 花梨の素直な感想を聞けたゴーニャは、計画が上手くいった事と、重く纏わりついていた緊張感から解放され、目に涙を浮かべながら微笑んだ。

 その微笑みに、花梨も応えるようにふわっと微笑み返すと、「さーて!」と言いつつ立ち上がり、色々な物が入っている自分のカバンを漁り始める。


「ゴーニャやみんなに聞きたい事が山ほどあるし! 露天風呂で質問攻めしちゃおっかなぁ〜。纏姉さんとクロさんも一緒に行きましょうよ」


「行く」

「……」


 纏が花梨の問い掛けに即答するも、腕を組んで立っていたクロは反応せず、代わりに赤いパーカーを身に纏っている花梨に向け、不敵な笑みを送った。

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