39話-2、仲間をも穿つ殺気

 うつむいているゴーニャが、昨日起きた出来事の説明をし始める。すると早々に、ぬらりひょんの表情に暗雲が立ち込めていった。


 花梨が細身の鬼に木の棒で殴打され、自分がガタイのいい鬼にさらわれた事を告げると、ぬらりひょんは驚愕して顔をヒクつかせ、怒りに満ちた表情へと変わっていく。

 なんとかその場から逃げ出して花梨に電話を掛けたはいいが、細身の鬼に見つかり、携帯電話を破壊された事を告げると、怒りによるものだろうか、ぬらりひょんの全身がわなわなと震え出した。


 そこから必死になって逃げるも、細身の鬼に捕まり、右頬を思い切り殴られた事を告げると、ぬらりひょんはおもむろに震えた手でキセルを取り出すも、横に居た女天狗のクロに取り上げられた。  


 そして、花梨がボロボロになりながら助けに来てくれるも、その花梨がガタイのいい鬼に蹴っ飛ばされた事を告げた瞬間。

 ぬらりひょんは奥歯をギリッと噛み締め、肌をつんざく凄まじい殺気を放ち始める。


 最後に、花梨が剛力酒ごうりきしゅを飲み、妖怪の血に取り込まれた復讐の茨木童子と化し、二人組の鬼を蹴散らした事をかみ砕いて説明すると、ぬらりひょんは口をポカンと開けていた。


 呆気に取られて一瞬だけ殺気が薄まるも、再び耳の奥が痛くなるようなけたたましい殺気を放ち、部屋内を隙間なく埋め尽くしていく。

 花梨が号泣しつつ、家族について叫んでいた事を話そうか迷っていたゴーニャは、部屋に充満する殺気に当てられて畏怖いふし、カタカタと震えた手をギュッと握りしめ、口をつぐんだ。


「……大体の事は分かった。で、その二人組は今どこにいる?」


 ゴーニャが喋らなくなった事により、腕を組みながら聞いていたぬらりひょんが、怒りをこめた口調で喋り、萎縮しているゴーニャを睨みつける。


「わ、私は知らないわっ……。そいつらをどうする気なの?」


「無論だが、一応言っておこう。花梨やお前さんを傷つける輩は例外無く殺す。たとえそれが、温泉街にいる奴らでもな。のお、辻風つじかぜよ」


「いいっ!?」


 花梨に適切な治療をほどこし、頭に清潔な包帯を巻き終えた途端。ぬらりひょんの敵意がある言葉により、辻風の全身の毛が一気に逆立つ。

 思い当たる節はあるものの、それを認めたらぬらりひょんに殺されるかもしれないと恐れた辻風は、恐怖に駆られた首をぎこちなく動かし、恐る恐る背後にいるぬらりひょんへと向けていった。


「な、なっ……、なんの、事でしょう、か……」


「とぼけるな。花梨が初めて貴様の店に行った日、外から一部始終をちゃんと見ていたからな?」


 その絶望的な発言を耳にするや否や。辻風はかつて、花梨の首元に鎌を向けてしまった場面を鮮明に思い出す。

 全身の毛が焦りでざわめく中。あの時はほんの少しの悪ノリと、とある発作により起こしてしまった行動だという事を、ぬらりひょんが理解しているていで釈明を続ける。


「あ、あの時は、多少のおふざけはありましたが……。ほとんどは、例の突発的な発作のせいなんです! ぬらりひょん様には、分かって頂けるかと……」


 必死に釈明をしている辻風をよそに、苛立ちが頂点に達しているぬらりひょんは、懐からキセルを取り出そうとするも、クロに没収されている事を思い出し、大きな舌打ちをした。

 

「それは充分に理解しているが、花梨はワシの愛娘だ。貴様もそれは分かっているだろう? ワシの愛娘に鎌を向けるという行為は、ワシに鎌を向けているものだと思え」


「ぬらりひょん様」


 怒りで暴走し始めたぬらりひょんを、クロが制止しようとするも、ぬらりひょんの耳には届いていないのか、怯えて縮こまっている辻風の元に歩み寄っていく。

 部屋に充満している殺気が、意思を持ったように辻風の体にまとわりついていき、零れた殺気が弱っている花梨にも流れていった。


「いいか? 貴様は禁忌の一つを犯したんだ。それ相応の処罰をされても文句は言えまい」


「あ、あっ……、あのっ……」


「ぬらりひょん様っ」


 クロが強めに名前を呼ぶも、ぬらりひょんは聞く耳を持たず、更に辻風との距離を詰めていく。


「たとえ花梨が許そうとも、ワシは決して許さんからな? 覚悟は―――」


「おいオッサン、こっち向け」


「なん―――……ッ!」


 先ほどから煩わしく耳に入ってくる雑音に反応したぬらりひょんが、背後に立っていたクロに顔を向けた直後。右頬から乾いた破裂音が鳴ったと同時に、重い衝撃と鋭い痛みが走る。

 その衝撃でぬらりひょんの顔は、自分の意思とは関係無く左に向き、遅れてやって来た耳鳴りが襲う。


 耳鳴りはすぐに遠のき、思考が停止したまま向き過ぎた顔を正面に戻すと、手の平を振り抜いていたクロが、ぬらりひょんを睨みつけながら鼻をフンッと鳴らした。

 その姿を見たぬらりひょんは、初めてそこでクロにビンタされた事を理解し、霧散した怒りがふつふつと蘇ると、部屋内に散っていた殺気をクロに目掛けて集めていった。


 怒りが頂点を突き破ったぬらりひょんが、目を血走らせながらドスの利いた声で喋り始める。


「おい、ワシの右腕だからって調子乗ってんじゃあねえぞ? どうやら、貴様から先に死にたいようだなあ?」


「さっきからあんたの殺気が、花梨の体を傷めつけてんだよ。少しは落ち着いて、周りをよく見てみろ。花梨にトドメを刺すつもりか?」


「むっ……」


 クロの激しく怒りを露わにした言葉を耳にすると、煮えくり返っていたぬらりひょんの頭が、瞬時に冷却されていく。

 冷静を取り戻しつつ部屋内を見渡してみると、最初に目にしたのは、丸い耳が後ろに垂れ下がり、涙が滲んでいる瞳で命乞いを送ってきている辻風。

 

 次に、どうすればいいのか分からず、オロオロと右往左往しているゴーニャ。殺気に当てられ続けていたせいか、衰弱して呼吸が荒くなっている花梨。

 そして部屋内を見渡した後、視線を前に戻す。目の前には周りに気を配り、ぬらりひょんに過ちを犯させない為に、命を懸けて止めに入ったクロが立っていた。


 頭が完全に冷え、普段通りのまともな思考を出来るようになったぬらりひょんは、大きく咳払いをし、恐怖に囚われている辻風にチラッと横目を送る。 


「あー、その、なんだ……。すまん辻風よ、怒りで我を見失っていた。せっかく花梨を治療してくれているっていうのに、それを裏切るような事を言ってしまった。許してくれ」


「あいえ、いえっ! だ、だいっ……、大丈夫、です……」


 心底怯えている辻風に対し、ぬらりひょんは一度、反省の念を込めて頭を下げた。


「本当にすまぬ。頼れるのはお前さんしかおらん。こんな状況で悪いが、引き続き花梨の面倒を頼んでもいいか?」


「は、はいっ! 了解致しました!」


 慌てて立ち上がった辻風が、背筋をこれ以上ないまでにピンと伸ばす。その返答を聞いたぬらりひょんがコクンとうなずき、クロに視線を戻した。


「お前さんはちょっと、ワシと一緒に支配人室に来てもらうか」


「はいはい」


 そう指示を出したぬらりひょんが部屋から出ていくと、後を追うように、頭の後ろに両手を置いているクロが着いていく。

 そのクロが部屋を後にする前に、辻風に向かってニッと無邪気な笑みを送り、ウィンクをしてから姿を消した。


 あやかし温泉の顔である二人が部屋から居なくなると、辻風に張り巡らされていた緊張の糸が一斉にプツンと切れ、膝から崩れて溶けるようにへたれ込んでいった。


「じゅ、寿命が……、百年以上縮んだ……」


「辻風っ、大丈夫?」


「だ、大丈夫とは、言えないね……」


 ゴーニャが一旦辻風を心配するも、先ほどのぬらりひょんとのやり取りを思い出し、頬をプクッと膨らませる。


「さっきのぬらりひょん様との話だけど、花梨に乱暴をしたっていうのは本当かしらっ?」


「うっ……! そ、それは……、だねぇ」


 ぬらりひょんと和解し、命の危機に瀕する巨大な一難が去るも、今度は小さな愛嬌のある一難が辻風に襲い掛かる。

 そこから再び情けない姿で必死に釈明を説き、ぷりぷり怒っているゴーニャをだんだんとなだめていく。


 そして、二度目の和解を済ませると、ゴーニャに治療の仕方を教えながら二人で花梨の看病を行っていった。 

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