61話-4、頓挫した夢と、希望の出会い

 温泉街の構想を考え始めて、ついに最終日!


 私とお父さんが考えた、夢や大好きが沢山詰まった温泉街の建築図面を提出してきた!

 ちゃんと全てチェックして、細かなミスや漏れが無いか確認してあるけど、とても重大で大きな見落としをしている気がする。

 この見落としが何か分からないまま提出してしまったけど、大丈夫だろうか? たぶん、致命的かもしれない。

 まあ、私とお父さんの大好きがたっぷり詰まった温泉街だ。なんとかなるでしょう! 


 審査は主に三つあるみたいなんだよね。一次審査、二次審査、そして最終審査。この三つである。

 各審査ごとにテーマがあるらしいんだけど、これは結果が出次第教えてくれるらしい。


 うーん、テーマの内容が気になる……。たぶん見落としている物は、このどこかにあるハズだ。

 最初から分かっていたら、対策が練れたかもしれないのに。ああ、ちょっとずつ嫌な予感がしてきてしまった……。

 この予感は的中するだろうなぁ。私の予感って、嫌な方はよく当たるんだよね……。いや、最初からこんな気持ちになっていたらダメだ!


 提出してしまった事だし、とりあえず結果を待とう。そして、今日はお父さんと打ち上げをするのだ! そりゃもう盛大にやるよ!

 その後は、休戦していた資格・免許取りチャレンジの再開だ。お父さんと少し差を広げてあるから、更に差を広げるチャンスである。

 体がすっかりと訛っているし、建築関係を攻めようかな? そこら辺で、まだ取ってない資格と免許はあったかなぁ? 後で確認がてらに、お父さんと振り返ってみよっと。












「既にこの時から、ある程度の予感はしていたようだな」


「みたいですね。この結果は酒が入ってる二人が散々愚痴にしてましたから、イヤってほど覚えてますよ」


「何をするにも必要だからな。とりあえず、結果が出た所まで飛ばすか」














 今日、温泉街プロジェクトの結果と、私とお父さんが描いた建築図面が返ってきた。私とお父さんの温泉街は、一次審査は無事に通っていた。

 だけど、二次審査で落ちていた。理由も細かく丁寧に書いてある。


 まず初めに、一次審査のテーマ。

 これは『想像とアイデア』。永久とわの秋の発想部分が高く評価されていたらしい。これは嬉しい限りである。

 和風の街並みと、温泉旅館のウケもよかったみたいだ。そして、自給自足の発想も悪くはなかった模様……。……嘘でしょ?


 ただ、次の二次審査のテーマ。ここで私の悪い予感が的中してしまった。


 二次審査のテーマは『コスト・費用対効果』。

 そう、このテーマを見た瞬間、私とお父さんは現実に引き戻された。

 永久の秋を維持する為の維持費。これがもう既に、とんでもない額になっていた。向こうで年間費用を算出してくれたみたいだけど、ゼロが八個以上並んでいたかな。


 そして、発想は悪くなかった農園、牧場、魚市場。費用対効果も悪くないみたいだけど、設備に掛かる費用、人件費、餌代、エトセトラエトセトラ……。

 こちらもゼロが異様に並んでいた。そう、私達の大きな夢には、それ相応の莫大なお金が掛かる。何をするにもお金が必要だ。


 いくら途方にない想像をしても、いくら大きな夢を語ったとしても、お金はまったく必要ない。タダである。し放題だ。

 ただ、その想像や夢を形に変えるのであれば、話はまったく別である。お金という切っても切れない物が必要になってくる。

 その想像が大きければ大きいほど、その夢がより複雑で難解なほど、沢山のお金が必要になってくるのだ。


 私とお父さんは、そこを見落としていた。当初は相当浮かれていたからね。とても大事な部分だってのに、ずっと忘れていた。初歩的なミスだ。

 これで私とお父さんの夢は、夢のままで終わりを迎えた。コスト・費用対効果という現実と言う名の、大きな壁に阻まれて。

 それが最初から分かっていれば、無難で、普通で、夢がまったく無く、つまらない温泉街を考えていただろう。 


 現実を突きつけられたからには仕方がない事だけども、ショックを受けていないと言えば嘘になる。私もお父さんも、少し放心状態に陥って言葉を失ったよ。

 「まあ、仕方ねえな」ってお父さんは言っていたけど、その言葉にはいつもの元気がなかった。苦笑いをしていたけど、悲しさが混じっていた。

 私も「そうだね」って返したけど、後で隠れて泣いちゃった。だって、本当に悔しかったんだもん。……初めてかもなぁ、こんな悔しい気持ちになったのは。


 明日からどうしよっかな。今日はもう、何もやる気が起きないや。
















「地獄の沙汰も金次第と言うが……、こればっかりはどうにもならんな」


「……何をするにも必要ですからね。しかし、この部分の日記だけは心が痛んできますね。今までずっと明るく書いてた分、余計にクるものがありますよ」


「だな、読んでいて辛くなってきたわ。紅葉もみじが唯一、心が折れた瞬間か。それ程までに楽しみにしていたのだろう」


「ですね。……んっ? もしかしてぬらりひょん様、タイミング的にこの次に出るんじゃないですか?」


「むっ、確かにそう言われればそうだな。さて、読んでみるか」
















 今日のお父さんは荒れに荒れている。昼間からお酒をグイグイ飲んでいるんだ。間違いない、ヤケ酒である。

 昨日の事もあったし、私も飲んじゃおうかなって思ったけど、そんな気分じゃなかったから、夜までずっとお父さんの愚痴を聞いていたよ。 


 でね、夜八時頃だったかな? お父さんが、私が復唱出来るほど同じ愚痴を繰り返し言っていたんだけど、突然「そこの小さいオッサン! あんたもそう思うだろ!?」って、壁に向かって叫んだんだ。

 一応、お父さんが向けている目線の方へ振り返ってみたけど、当然あるのは壁だけで、誰もいなかった。

 最初は、飲み過ぎて幻か幻覚を見たんだろうと思って、適当に流す為に「誰もいないじゃんか」って言ったんだ。


 するとね、お父さんが「おいオッサン! 紅葉もみじがてめえの姿が見えねえって言ってんぞ! 姿を現せ!」って怒鳴ったんだ。

 そうしたら、なんと……。本当に姿を現したんだ! お父さんが言っていた、小さいオジサンが! 目の前にパッと現れたんだ!


 しかもそのオジサン……、なんて言えばいいんだろう? 見た目は人間っぽいんだけど、一つだけ決定的におかしい箇所があったんだ。

 その箇所は、異様に伸びている後頭部だ。すごく長いんだよ? でね、そのオジサン、姿を消していたのに居たのがバレたせいか、すごく驚いた表情をしていたんだ。

 そしてそのオジサンが「なんで姿を消していたのに、ワシがここにいる事が分かったんだ……?」て喋ってきたんだ!


 ビックリした私は、慌てて警察に電話をしようとしたんだけど……。冷静になったオジサンの自己紹介を聞いて、それは無駄に終わると悟った。

 だってさ、そのオジサン自分の事を『ぬらりひょん』って言ったんだよ? ぬらりひょんって、あの妖怪のぬらりひょんだよ?

 最初は信じられなかったけど、姿は本に記されている物とほとんど一緒だったし、姿も消していた事だし、私とお父さんはすっかりと信じてしまった。


 でね、ここからが嬉しい本題だ。


 そのぬらりひょんさんが、私達の温泉街の話の一部始終を聞いていて、興味を抱いてくれたみたいなんだ。

 そしてね、なんと! 私達の温泉街を一緒に建ててみないか? って相談を持ち掛けてきたんだ!


 その相談を聞いて私とお父さんは、ものすごく舞い上がってしまったけど、同時に色々な疑問点も浮かんできたんだ。

 なんでこうもすんなりと、私達の温泉街を建ててみないかと話を持ち掛けてきたのか? もし建てる事が決まったとしても、その莫大なお金はどう用意するのか?

 そして何よりも、今さっき出会ったばかりの妖怪さんの話を、信用してしまっていいものなのか? など。


 だから、その疑問点を全てぬらりひょんさんに投げかけたんだけども、全てちゃんと答えを返してくれた。


 まず一つ目。これは単純明快にぬらりひょんさんが、私達が考えた温泉街に興味を抱いてくれたらしい。

 でも、そこで更に色々と疑問が浮かんできたけども、それについては後々書く。


 そして二つ目。お金に関しては全て、ぬらりひょんさんが受け持ってくれるらしい。……マジか? うん千万の世界じゃないんだよ? 億とか兆とかそんな世界なんだよ?

 掛かる費用を説明したけど、ぬらりひょんさんは鼻で笑って「任せておけ」って言ってきたんだ。……妖怪さんって、すごいお金持ちなのかなぁ?


 最後に三つ目。実はぬらりひょんさんは、既に一度、私と会っているらしい。……いや、正確に言うと会ってはいない。

 どうやらぬらりひょんさんは人間の姿に化けて、温泉街プロジェクトの審査員の一人をやっていたらしいんだ!

 で、二次審査で落ちた私達の温泉街に興味を持ち、その夢を叶えてくれる為に、私達の家に訪れてきたらしいんだ!


 流石に最初は信用出来なかったけど、これはすぐにぬらりひょんさんが解消してくれた。

 だって、私達が描いた温泉街の内容を、建築図面を見せる前に、全てちゃんと把握していたんだもん。


 そりゃあお父さんの愚痴を聞いていれば、多少は分かっていたかもしれないけど、もう本当に全ての建物も分かっていたし、建築図面にしか描いていない内容も理解していたんだ。

 そして何よりも、ぬらりひょんさんは秋国あきぐに永秋えいしゅうの事を褒めてくれたんだ。「良い名前だな、ワシは好きだぞ」って、温かな笑みを浮かべながらね。

 そこで、私とお父さんはぬらりひょんさんの事をすっかりと信用してしまい、沈んでいた心を救われて、本当に喜んでしまった。


 これで私とお父さんの夢が叶う。私とお父さんの考えた温泉街が形になり、現実の物となる。

 そう考えただけで、思わず泣き出しそうになっちゃったや。その時は必死になってグッと堪えたけどね。


 それでね、温泉街を建てられる場所と目星は付いているようで、明日からそこへ向かう事になったんだ!

 嬉しいなぁ、本当に嬉しい! 明日の朝八時、またぬらりひょんさんが私達の家に来ると約束してくれた! すっごく楽しみだなぁ!

















「ちょっと、ぬらりひょん様? この日記の内容は本当なんですか? 初めて知りましたよ、こんな話」


「ふっふっふっ、誰にも言っておらんからな。驚いただろう?」


「……ええ。たまたま鷹瑛たかあきの家に居て、その話を聞いて興味を持ち、きまぐれで決めた事だと聞いてましたからね……。まさか、ぬらりひょん様が審査員の一人をやっていただなんて……」


「その温泉街プロジェクトの発案者とは、昔からの腐れ縁でな。やってみないかと誘われて出てみたんだ。んで、審査をしている途中に秋国の建築図面を見て、心を惹かれてしまい、いても立ってもいられず抜け出したってワケだ」


「はあ~……、そうだったんですね」


「そのお陰で、最終審査を通った温泉街の事は知らんがな。まあ、どこかで建っとることだろう」


「あの、後ででいいので、私だけにこの話の内容を詳しく教えて下さいよ」


「気が向いたらな。それより、そろそろお前さんが出てくるんじゃないか?」


「あっ、そうか! は、早く先に進んで下さい! 早くっ!」


「分かった分かった、そう急かすな。じゃあ次のページに行くぞ」

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