62話-1、隠世で始動する温泉街プロジェクト

 今日は、ぬらりひょんさんと約束を交わした日である! そう、私とお父さんの考えた温泉街の建築が、ついに始動するのだ!

 でも、一つだけ些細な問題が発生した。お父さんってば、お酒に溺れていたせいで昨日の記憶が全く無く、ぬらりひょんさんが家に来たら「誰だお前!?」って言い放ったんだよね……。 

 その時は、ぬらりひょんさんが大柄な人を三人連れて来てたんだけども、私を含めて全員、唖然としたよね……。


 で、抜けてるお父さんにちゃんと説明をした後。ぬらりひょんさんが連れてきた人達と軽く挨拶を済ませ、温泉街を建てる現場へと向かったんだ。

 ぬらりひょんさんいわく、その現場は最寄りの駅の構内から行けるらしくて、私は「電車に乗って行くんですか?」って、ぬらりひょんさんに軽く質問をしたんだ。

 すると、「ひずみを通って行くぞ」って返されたんだけど、最初は頭の中がハテナで埋め尽くされて、その意味がまったく分からなかった。 


 だけど駅の構内に到着して、そのひずみとやらを見てみたら、多少なりとも意味が理解出来たような気がした。

 歪みって言うよりも、大穴って言った方が分かりやすいかな? 人一人が余裕で通れるぐらいの大きな穴が、構内の壁の一角にポカンと空いていたんだ。

 いつの間にこんな大穴が出来たんだろう? って思ったけど、どうやらこの大穴は、普通の人間には見えないらしい。


 その説明を聞いて、また理解が追いつかなくなったよね……。だって仕方ないじゃん。昨日から理解の範疇を超えた驚きの連続だったんだもん。

 でね、その大穴もとい歪みの中に入って、奥へと進んでいったんだ。中は暗くて先がまったく見えなかったから、携帯電話のライト機能を駆使し、辺りや足元を照らしつつね。 

 そこから四、五十分以上、湿った土の道を歩いたかな? やっと開けた場所に出て、そのまま光が差す上り坂を上っていったんだ。


 そして上り切ると外に出て、眩しい光に目が慣れてから辺りを見渡してみたら、私とお父さんは呆気に取られて、口をあんぐりと開けてしまった。

 だってさ、暗い歪みを抜けたらそこは、秋色に染まっている山の中だったんだよ? 紅葉とした葉っぱの天井から差し込む木漏れ日。

 その天井から、絶えずチラチラと降り注いでくる落ち葉の雨。その落ち葉の雨が地面にたっぷりと積もっていて、赤と黄色の絨毯がどこまでも広がっていた。 


 私とお父さんはただひたすらに、目を丸くして辺りを見渡してたよね。そりゃそうだよ。普通に電車に乗ったとしても、こんな場所には絶対に来れないもん。

 とうとう何も考えられなくなっちゃったよね。今の季節は夏なのに対し、歪みの中を少し歩いたら、季節がガラッと変わって秋になっちゃったんだよ? 普通じゃ考えられないよ。

 それでね、鼻で笑ったぬらりひょんさんが説明を始めたんだけど、頭が余計にこんがらがっちゃったよね。


 どうやらここは、私達がさっきまでいた現世うつしよではなく、限りなく現世うつしよに近い隠世かくりよという空間らしいんだ。

 その辺の知識にうとかった私は、ぬらりひょんさんに質問をしてみたんだけど、簡単に言うと、隠世かくりよとは永久に変わらない神域。死後の世界とも言われているらしい。

 じゃあ、私とお父さんは死んじゃったの!? って驚いたけど、そうでもないみたいである。


 限りなく現世に近い隠世ともあってか、生きた人間でも動物でも、ちょっとした条件を満たすと簡単に来れる場所らしいんだ。

 現に、ここに迷い込んできた動物達が沢山暮らしていた。熊とかイノシシとか、狐やらリスとかね。みんなのびのびと暮らしていたよ。

 歪みが隠世に続いている道なのは分かった。更に説明が入り、ここは何故か秋の季節が固定されている神域なのも分かった。……充分には分かってないけども。


 で、そこでまた新たな疑問が一つ生まれた。それは、この秋深い山奥の中のどこに温泉街を建てるのか? という事だ。

 その質問をぬらりひょんさんに投げかけたら、そこで初めて、ぬらりひょんさんが連れてきた人達の紹介が始まった。


 まず初めに。身長は優に二メートルを超えていて、強い天然パーマで虎柄のネクタイを締めている大柄の二人。

 見た目は完全に人間だけども、この二人は『鬼』と言う妖怪さんで、名前は『青飛車あおびしゃ』さんと『赤霧山あかぎりやま』さんである。 

 なんでもこの二人は、人間と妖怪の世界、どちらの世界の建築業界でも重鎮じゅうちんたる存在らしく、温泉街の建築で現場監督を受け持ってくれるらしいんだ。


 それでもう一人。こちらの方も身長が二メートルを超えている大柄の人で、坊主頭に黒が深いサングラス。肌は焼いているのか、全身が焦げ茶に染まっている。

 実はこの人は『ダイダラボッチ』と言う妖怪さんで、なんでも山を作ったり動かせたり出来る妖怪さんらしいんだ。

 その紹介を聞いた私は、頭にピンと来たよね! ダイダラボッチさんが山を動かして、温泉街を建てる為のスペースを作るんだと!


 そして、私の予想は見事に当たった! ダイダラボッチさんは、鬼の姿に戻った青飛車さんと赤霧山さんの指示の元。

 山をズズズッと動かしていき、半日もしない内に目の前にあった山を無くし、変わりに広々とした更地にしてくれたんだ!

 その光景は圧巻だったよね! 見上げるまでに巨大化したダイダラボッチさんが山を押すと、山がすんなりと動いていったんだよ!? もう信じられなかったよ!


 もうね、私とお父さんはずっと興奮状態だったよね。すごいっ! とか、すげえっ! としか言ってなかった気がするや。

 これで下準備は終わりらしく、明日から温泉街建設に向けて、本格的な作業が始まる! 現世ではなく、隠世というとても不思議な場所でね。


 後ついでに、これから温泉街のプロジェクトに関わってくるであろう妖怪さん達を、ぬらりひょんさんがちょくちょくここに連れてきて、紹介してくれる事になったんだ。

 どんな妖怪さん達と出会えるんだろう? みんな優しい人達だといいなぁ。とっても楽しみだ!














「ふっふっふっ、やっと温泉街の建設が始まったか。しかしダイダラボッチか。最近会っていなかったが、あやつは元気にしとるだろうか?」


「ぬらりひょん様、次に私が出てくるハズです! 早くページを捲って―――、あっ……」


「んっ? どうしたクロよ。急に黙り込んで」


「……いや、やっぱり私が出てくる部分は飛ばして下さい。色々と、嫌な事を思い出してきました……」


 クロの濁った発言に対し、ぬらりひょんはニヤリと悪どい笑みを浮かべると、その願いを無視するかのように次のページを捲り始める。


「なら、ハッキリと思い出させてやろう。読むぞ」


「あっ、ちょっと!」















 今日は、隠世で私とお父さんの温泉街の建設が始まる、とってもめでたい日だ!


 またぬらりひょんさんが私達の家に来て、例の歪みを通って隠世に行ったんだけども、昨日ダイダラボッチさんが作ってくれた更地では、鬼さん達が既に工事を始めていたんだ。

 その時は、地面を思いっ切り殴りつけていたんだよね。何をしているのかな? って思って青飛車さんに問い掛けてみたら、どうやら地盤調査をおこなっているらしい。

 

 地面を殴った時の硬さと振動で、おおよその地面と地盤の硬さが分かるらしいんだけども、本当なのかなぁ?

 普通は『ボーリング』という重機を使った『標準貫入試験』が一般的なんだけど、ちょっと心配になってきてしまった……。


 大きな不安に駆られている私をよそに、ぬらりひょんさんは一人の新しい妖怪さんを連れてきて、私とお父さんに紹介してくれたんだ。

 その人は女天狗という妖怪さんで、名前は『黒四季くろしき』さんだ。背中に大きな漆黒の翼が生えていて、とってもカッコイイ妖怪さんだった!

 頭に紫色の兜巾ときんをかぶっており、黄色い修験装束しゅげんしょうぞくを着ていて、黒い羽で作られたテングノウチワという物を持っていた。

 りんとした表情が素敵だったんだけど、とても虫の居所が悪かったのか、物理的に肌を刺してくるような凄まじい殺気を、ずっと放っていたんだよね。


 どうやらぬらりひょんさんによると、近々やりたくもない女天狗一族のおさに任命されるらしく、ここ最近ずっとピリピリしているらしい。

 もう、終始怖かったよ……。近づこうもならば鋭い目つきで睨んでくるし、生きた心地がまったくしなかったなぁ……。

 黒四季さんとは仲良くなれるだろうか? とりあえず機嫌が戻るまでの間は、極力無難に接していかないと。


















「ああ、そうか。この頃のお前さんは、まだあだ名ではなく本名で呼ばれていたんだったな」


「あ~、最悪だ~……。第一印象が悪すぎる~……。ぬらりひょん様、よくもとんでもないタイミングで私を呼んでくれましたね……」


 初めて自分が登場したページを読まされたクロは、当時の忌々しい記憶を鮮明に思い出してしまい、力なく書斎机に突っ伏し、恥ずかしさと後悔の念に駆られ、体を小刻みに悶えさせていた。

 そのクロの面白い様子を目にしたぬらりひょんは、口角上げて鼻で笑い、お茶で喉を潤してから話を続ける。


「悪い悪い。そういやお前さんは、なんでクロと呼ばれるようになったんだっけか?」


「……酒に酔ってた紅葉もみじに、「クロさん」て呼ばれたのが始まりですよ……」


「ああ、そうだったな。その時はよく怒らなかったもんだ」


「元々、本名で呼ばれるのが大嫌いでしたからね。殺すつもりでいたクソッタレな父と母から貰った、呪い染みた想いが込められた名ですから。それから解放されたんです、紅葉には感謝してますよ」


 落ち着きを取り戻してきたクロが話を終えると、ぬらりひょんはキセルに詰めタバコを入れ、マッチで火をつける。


「なるほど、だんだん思い出してきたわ。酒が入ると途端にあの二人は、怖いもの知らずになるんだったな」


「ええ。あの時も非常にイライラしてましたけど、人生で初めて大笑いしちゃいましたよ」


「そうだったそうだった。そこから温泉街の奴ら全員口を揃え、クロと呼ぶようになったんだったな」


「ふんっ、私の事はもういいでしょう。早く次の適当なページに行って下さい」


「分かった分かった。そう拗ねるな」


 そう意地悪そうに言ったぬらりひょんが、キセルの白い煙を大量にふかすと、日記のページをゆっくりと捲った。

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