64話-3、初耳に次ぐ暴露大会

 ぬえに案内された一行いっこうは、席が空いている白いテント内へと入っていく。屋根が陽の光を遮っているお陰で、外に比べると、中はやや涼しくなっている。

 地面にブルーシートが敷かれていて、中央には専門店で見かけるような立派な焼肉台が設置されており、その焼肉台を四つの黒いダイニングチェアが囲っていた。

 中に入るなり、焼肉台を目にした花梨が「おお~っ」と弾んだ声を出し、艶のある茶色い焼肉台に置かれているタレ瓶を手に取った。


「すごいっ、かなり本格的だ。ぬえさん、この焼肉台って、どうやって調達したんですか?」


かえでに頼み込んで、適当な物をそれに変えてもらったのさ。焼肉台のカタログを見せて、これが良いっつってな」


「ああ~、なるほどっ! ……今度私も試してみようかな?」


 妖狐の変化へんげ能力に新たなる可能性を見出した花梨は、頭の中で欲望にまみれた想像を思い描き、みるみる内に表情が緩んでいく。

 そのまま「あっはぁ~……、私の部屋でケバブが回ってるぅ~……」と欲望の内容を晒すと、後ろに居た鵺が「いいから、さっさと席に着け」と言い、意識が別世界に飛んでいる花梨の後頭部を引っ叩いた。

 席の奥にゴーニャと神音かぐね。手前に花梨と八吉やきちが対面を向いて座ると、鵺は焼肉台の側面にある穴からメニュー表を取り出し、花梨と八吉の前に置く。


「メニューが決まったら、私に声を掛けてくれ。今、おしぼりと水を持ってくるわ」


 店員を装いつつ口にした鵺が、販売所の裏口に入っていくと、鵺の背中を見送った四人はメニュー表に顔を移す。

 メニューは想像していたよりも豊富で、単品だけでも一ページ分埋め尽くされており、別のページにはセット物やドリンク、締めのデザートと大量に記されていた。

 予想を遥かに上回るメニューに、花梨が「うわぁ~」と歓喜に満ちた声を漏らし、オレンジ色の瞳を輝かせていく。


「全部食べようと思っていたけど、これだけあると無理かもしれないなぁ。カルビだけでも七種類もあるや。あっ、厚切りのタン塩とか美味しそう!」


「お肉や野菜がいっぱいあって、目移りしちゃうわっ」


「はっはっはっ。ウチのメニューを半日で制覇した花梨も、流石にお手上げか」


 にわかに信じがたい八吉の言葉を耳にした神音が、丸くさせた目をメニュー表から、明るい笑みを飛ばしている八吉に持っていく。


「えっ? ウチのメニューもかなりあるじゃんか。秋風君、半日で全部食べたの?」


「おお、ちゃんとタレで全部食いやがったぜ。余裕の表情で二週目に行ったけど、途中で花梨の食いっぷりに戦慄した親父に止められちまってよお」


「はあ~……、すっごいねえ。調子が良ければ私も食べられるかもしれないけど、二週目は絶対に無理だわ」


「私が初めて八吉さんのお店に行った時の話ですよね。あの時食べた焼き鳥、最高に美味しかったなぁ」


 懐かしささえ感じる八吉の会話に加わった花梨が、当時の記憶を徐々に思い出し、表情がほころんでいく。

 当時の花梨は、あやかし温泉街に来てからまだ三日目ともあってか、目に映る物が全て真新しく、右も左も分からない状態でいた。

 その時に初めて訪れた焼き鳥屋八咫やたでは、八吉の都合で焼き鳥が食べられず、店先で嗚咽おえつしながら嘆いていた。

 しかし、今となってはそれもいい思い出であり、蘇った記憶を振り返った花梨は、「ふふっ」と微笑む。


「あの時に持って帰った焼き鳥の串、今でも大事に持ってますよ」


「ああっ? あの串まだ持ってんのか、いい加減捨てちまえよ」


「イヤですっ。私の大事な宝物の一つですからね、絶対に捨てません」


 意固地を貫いてそっぽを向いた花梨に、どうにもならない八吉は諦めたのか、「へへっ」と乾いた笑いを漏らす。


「俺にとっちゃ罪深い串が、宝物にまでなっちまったかあ。こりゃ敵わねぇぜ」


「罪深い串ぃ? なにそれ、それも初耳なんだけど」


 二人の会話を目で追っていた神音が割り込んでくると、八吉はしまったと言わんばかりに顔を歪め、逃げるように視線をズラし、ばつが悪そうに頬をポリポリと掻く。


「あ~、その~、なんだ……? 初めてウチの店に来た花梨に焼き鳥を食わせて、もしマズイって言われたどうしようと思ってたらよお……、だんだんと怖くなっちまってな。だから、最初は食わせないで無視しちまってたんだ」


「はあっ!? 大事なお客さんになにやってんだよ! 大体お前が焼いた焼き鳥を、マズイって言う奴なんかこの世に居るワケないだろうがっ!」


 罪深い串について説明した途端。神音が怒鳴りながら八吉に詰め寄り、いきなり迫られて驚いた八吉が、思わず体を仰け反らせる。


「な、なんだその怒り方はよ……? 俺は今、褒められてんのか? 怒られてんのか?」


「両方だよ、このバカ! なあ秋風君、こいつが焼いた焼き鳥は美味かったよな? なっ?」


 やや不安を抱えた表情をしている神音が、今度は客であった花梨へと詰め寄っていく。

 目前まで迫られた花梨も慌てて体を仰け反らせるも、驚いた顔を笑顔に変え、さも当然のようにコクンとうなずいた。


「はいっ。色んな焼き鳥を食べてきましたけど、八吉さんが焼いた焼き鳥が一番美味しかったです」


 その偽りの無い感想を耳にするや否や。不安が吹き飛んだ神音の表情が一変、無邪気な子供ようにぱあっと明るくなった。


「だよなあ、だよなあっ! ほら見ろ、秋風君だって大絶賛してんだろうが! お前の焼き鳥は世界一美味いんだよ! もっと自分が焼いた焼き鳥に自信を持て!」


「お、おお……。美味いって言ってくれるのはめちゃくちゃ嬉しいんだけどよ、なんだかずいぶんと複雑な気分だぜ……」


 怒られながらにして褒められ、八吉の感情が忙しく右往左往している中。

 右手におしぼりとお冷が乗ったお盆を携え、左手に子供用の高い椅子を持った鵺が、一際騒がしいテント内へ戻り、お盆をテーブルの上に置いた。


「まだなんも来てねぇってのに、やたらと盛り上がってんな。ほらゴーニャ、私が持ってきた椅子に座れ。こっちの方が食べやすくなんだろ」


「わかったわっ。ありがと、鵺っ」


 感謝を述べたゴーニャが地面に下りると、鵺は今までゴーニャが座っていたダイニングチェアをどかし、持ってきた子供用の椅子を代わりに置く。

 そして、ちょこんと立っていたゴーニャの体を持ち上げ、子供用の椅子へ座らせる。景色が高くなったゴーニャがテーブルの上に両手を添えると、満足気にポンポンと叩き出した。


「テーブルの上がよく見えるわっ」


「そりゃあよかった。そういや花梨、八吉の隣に居る八咫烏はお前のダチか? よく見ると初めて見る顔だし、私に紹介してくれよ」


「えっと、彼女は私のお友達と言うよりも、ゴーニャの仕事仲間です。私も先ほど知り合ったばかりなんですよね」


「ほ~ん。ゴーニャの仕事仲間、ねえ」


 花梨の知り合いではないと分かると、鵺から神音に対する興味が薄れていき、無関心にまで落ちていく。

 しかしゴーニャの仕事仲間ともあれば、イコール花梨の知り合いとも無理に取った鵺は、細めた真紅の瞳で神音を捉え、そのままじっと睨みつけた。

 鵺に睨み続けられている神音が首をかしげるも、互いに初めて見る顔だと思ってハッとし、慌てて軽く会釈をする。


「すみません、自己紹介がまだでした。八咫烏の神音といいます。今日は秋風君のお誘いでここに来ました。よろしくお願いします」


「どーも、鵺だ。秋風は基本馬鹿でマヌケでどうしようもない奴だが、根はとても良い奴だ。よろしくやってくれ」


「ぬ、鵺さん? 私の扱い、酷くないですか……?」


 鵺の雑が極まった紹介に口をヒクつかせた花梨が、震えた声で文句を垂れる。

 その不服そうでいる花梨に横目を送った鵺は、更なるイタズラを思い付いたのか、口角を怪しくニタリと上げていく。


「よし分かった、ちゃんと紹介してやろう。よく聞けお前ら。秋風は私の元で働いていた最高の部下であり、我が子当然のように慕ってる愛娘だ。こいつを泣かせたり傷つけたりする輩は絶対に許さん。見つけ次第私に報告しろ、そいつは必ず殺してやる。ゴーニャと八吉も当然そうだが、神音、お前も秋風と知り合ったからには私が守ってやる。何かあったらすぐに言え、以上だ」


「ふぇあっ!?」


 鵺の改まった強烈たる宣言に言葉を失い、ゴーニャ、八吉、神音が呆気に取られている最中。

 かつて『カタキラ』というしゃぶしゃぶ専門店で、女天狗のクロにも言われた事を鵺にも宣言された花梨が、仰天して体を大きく波立たせ、酷く困惑している顔を鵺にやった。


「ぬ、鵺さんっ!? 色々と初耳なんですけど!? 最高の部下とか、ま、まにゃむしゅめ、とか……。あ、あと、殺すとかものすごく物騒ですよ!」


「ああん? お前が扱いが酷いって言うから、ちゃんと紹介してやったんだろうが。それに初めて言ったんだから初耳は当然だろう。あとよ」


 顔がこれ以上無い程までに赤く染まり、目線がブレにブレている花梨の前に、鵺が静かにしゃがみ込む。

 その熱く火照っている花梨の頬に華奢な手を添えると、今まで花梨さえも見た事がない、温かみの深い笑みを浮かべた。


「愛する我が子が傷つけられたり、泣かされたりして怒らねえ母親なんざどこにも居ねえよ。私だってそうさ。秋風が傷つけられたり、泣かされてる場面を見たら本気で怒るだろう。それだけお前を慕ってるって事さ。私がここまで慕う奴なんざ、そうそう居ねえぞ。お前ら・・・ぐらいしか居ねえんじゃねえか?」


「ひゃっ……、あ、あうっ……」


「なーに照れてんだよバーカ。さーてと」


「いだっ」


 花梨の頬を軽く引っ叩いた鵺が立ち上がり、未だに呆然とした目を向けている三人を見据え、「ふんっ」と鼻で笑う


「てめえらも、なに鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんだ。さっさとメニューを決めちまえ、日が暮れちまうぞ?」


 場の空気を戻そうとした鵺がそう言うと、三人は慌ててメニュー表に目を移し、落ち着かない心で品定めを始める。

 だが花梨だけはメニュー表を見ず、鵺から唐突に言われた言葉が頭の中で反芻はんすうし続け、嬉しさのあまりか、人知れず目に涙を浮かべていた。

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